パン、という音と衝撃があり、土方はと一緒に落馬した。馬は驚いて走り去ってしまう。
 土方はその場に血を吐き出した。腹部に手を当てると、どろりと血が流れていた。



 一緒に投げ出されたを見る。

……」

 這うようにしての元に向かう。そして、その顔を見て、土方は表情を歪めた。

「……おまえは、」

 声が震えた。

「なんて幸せそうな顔して死んでるんだ、馬鹿が……」

 まるで寝顔のような表情で。満足したような表情で。土方は思わず笑みを浮かべてしまった。仲間が死んで笑ったことなどないけれど、こんな顔をされたら笑わずにはいられないだろう。
 動かないを背負う。立ち上がるだけで、腹からぼたぼたと血が落ちた。足を引きずって歩く。ここは一本木関門の近くだ。そこまで行けば、まだ状況をなんとかできるかもしれない。
 を置き去りにすることはできない。帰りを待っている人間がいる。だから、置いていくわけにはいかなかった。土方は血を吐きながら、を背負って歩き始めた。

「――さん」

 声が聞こえる。敵兵か?

「土方――さん」
「土方さん!」

 前方から二人、見知った人間が走ってきている気がした。ぼやける視界ではよくわからなかったが、残してきた人物も二人しかいないので、誰なのかはすぐにわかった。

「ったく……おまえらは、こんなとこまで来やがって……」

 苦笑する。相馬と千鶴だった。
 相馬が土方を支えながら、道の脇へと移動する。を下ろし、土方も腰を下ろした。

ちゃん……?」

 千鶴が声をかける。は返事をしなかった。

さん……まさか……」

 相馬が声を震わせた。土方は何も言わない。
 千鶴がの前に膝をついた。は土方の隣で、頭を土方の肩に寄せるようにして眠っている。
 血で張り付いた前髪を、千鶴は丁寧にはがしていく。

ちゃん。お疲れ様」

 微笑んで、声をかける。

「頑張ったんだね」

 指先が震える。

「自分の誠のために、戦ったんだね」

 声が震える。

「お疲れ様」

 反応はない。

「お疲れ様っ……」

 千鶴は俯いた。

「泣くんじゃねえぞ雪村」
「泣きません」

 土方の言葉に、千鶴は俯いたまま首を振った。

ちゃんのことはよくわかっています。こうなることもわかっていました」

 別れの挨拶は、既に済ませていたから。

「私たちは、わかっていました」

 千鶴は顔を上げた。泣いていなかった。

「だからっ……泣きません……!」
「雪村先輩……」

 千鶴は泣く代わりに、持って来ていた旗を握りしめた。そこで土方は、それが新選組の誠の隊旗であると気が付いた。

「……雪村、その旗を貸してくれ」

 千鶴が旗を差し出すと、土方はそれを掴んだ。

「相馬……こいつを頼む」

 血塗れの手で握られた旗が、相馬に差し出される。

「土方さん……」
「これからは、おまえが……新選組を引き受けてくれ」

 たくさんの人から受け継いだ重いものを、相馬に託そうとしている。土方や、や、たくさんの人たちが戦い抜いたそのすべてを。

「は……」

 すぐに言葉が出てこなかった。

「はい……! あなた方の魂は、この俺が、受け継ぎます……!」

 新選組が掲げた誠の隊旗を受け取り、相馬ははっきりとそう言った。目に涙を浮かべて。

「……新選組局長が、こんなことで泣くんじゃねえよ」

 土方が苦笑する。
 そして、土方は隣を見た。自分の肩に頭を預けている、新選組最後の新入隊士。

「雪村、悪いな……は、新選組の隊士として、俺が連れて行く」
「はい」

 千鶴は頷いて、頭を下げた。

「……ちゃんを、よろしくお願いします」

 土方は深く息を吐き出した。
 新選組は引き継いだ。
 十分に戦った。誇れる戦いをした。――立派に生きた。

「これで俺もようやく……肩の荷が下りるってもんだ……」

 重い腕を持ち上げ、の肩に腕を回した。
 自分たちに託された思いが、荷物が、今日この場をもって消え去る。
 目を閉じる。

「……そうだろ、


 ひとりの少女がおりました。刀を持っておりました。
 信じる志を胸に、託された思いを背に、戦いました。
 生きるべきときに生き、そして死ぬべきときに死にました。
 武士は、それを「勇気」と呼びます。
 最後まで足掻いた姿は、決して美しくはなかったかもしれません。
 潔さをよしとする武士に、少女はなれませんでした。
 それでも、立派に生きました。
 精一杯生きた、立派な最期でした。

 咲いていた思い出を誰かの心に残し、桜は散ります。
 散り際まで足掻いた色のない花びらが、ひらり、ひらりと舞い落ちます。
 ――もう、思い残すことは何もないので。