ちゃん」
「んん……?」

 目を開ける。見慣れた青年がそこにいた。

「やっと起きた? 寝坊助なんだね」

 いつもの口調だが、どこか懐かしい気がするのはなぜだろう。
 起き上がると屯所の自室にいた。頭がぼうっとする。いつから寝ていたんだろう。

「巡察行かないの? みんな待ってるよ」
「みんなって……?」
「何言ってるの。左之さんに新八さん、平助、一君、あと野村君に……そうそう、山南さんもたまには一緒に行きたいってさ」

 大所帯だなと思う。組長に小姓に総長。そんな巡察の面子だったことがあるだろうか。……よく覚えていなかった。

君、総司」
「あ、近藤さん」
「俺も今日は外に出ようかと思ってな」
「本当ですか?」

 青年は嬉しそうに駆け寄った。立ち上がって自分も向かおうとすると、後ろから腕を引かれた。
 振り返ると、そこには千鶴が立っていた。悲しい顔をしている。

「どうしたんだ、千鶴」
ちゃん……もう行っちゃうの?」
「千鶴は巡察行かないのか?」

 千鶴は悲し気に目を伏せて、それから真っ直ぐに自分を見た。

「土方さんが待ってるよ」
「……土方さん」

 急激に体が重くなった。腕も足も満足に動かなくて、その場に立っているのがやっとだった。それでも頭は動いている。この光景が、夢であると告げている。
 何をしていたか、思い出した。自分は戦っていた。たくさんの託された思いを背負って、戦場に立っていた。ここにいるのが、間違いなのだと気が付いた。

「総司さん」

 青年が振り返る。

「おれ、まだ一緒には行けない。……土方さんが、待ってるから」

 土方さんをよろしく頼むと、託されたから。このまま、何も言わずに皆と共に行くわけにはいかなかった。

「そっか」

 青年が残念そうに言った。

「じゃあ、先に行ってるね」
「うん。あとで追いつくから」

 二人がいなくなる。その背を見送ってから、千鶴の方を振り返る。

「行こう、ちゃん」

 千鶴が微笑んで手を差し伸べた。頷いて、その手を取る。

「ありがとな、千鶴」

 千鶴はにこりと笑みを浮かべた。


  ◆◆◆


 意識が戻った時、自分は揺られていた。ぼんやりとした視界。ゆっくりと焦点が合う。誰かが自分を抱きかかえている、らしい。

「……土方さん?」

 掠れた声が出た。喉に血の塊があるように喋りにくい。息を吸っても、どこかから漏れるような感じがした。

「目が覚めたか」

 馬の背に揺られているのだとぼんやりと思う。腕を動かそうとしたが、鈍りがついているかのように重く、諦めた。

「なに、してるんです……おいてけば、いいのに」
「喋るんじゃねえ。今手当してやるから、もうちょっと待ってろ」

 五稜郭に向かうのだろう。

「敵は……」
「弁天台場は持ちこたえているが、市内は押さえられちまった。戻ったら再度援軍を出す」
「……そうですか」

 馬が走る音がする。頭がどんどん重くなる。目を開けているのもやっとで、土方の顔がぼやけてきた。
 意識が遠くなる。その前に、聞かなければならないことがあった。

「土方さん、みてましたか?」

 喋るんじゃねえ、とまた言われる。

「おれ、最後まで、新選組で、いられましたか?」

 気にせずに話し続ける。

「みんなみたいに、戦えてましたか?」

 脳裏に、死んでいった皆の顔が蘇る。自分に思いを託していった皆の顔が蘇る。彼らのように戦えていたらと――そう、思った。

「……ああ。おまえは、よく戦った」

 土方が声を張り上げる。

「立派だった」

 耳が、最後にその音をちゃんと脳に届けてくれた。その言葉を言われることに、どんな意味があるか、自分はもうわかっていた。
 よく生きた、とそう言ってもらえたようで。自分の生に意味があったと、そう言ってもらえたようで。

「――よかった」

 目を閉じる。

 ……ああ、もう。
 なんにもいらないや。