周囲の村に食料を分けてもらいつつ、現在の戦況を確認していく。土方たち旧幕府軍は宇都宮城を攻撃し、一度は攻め落としたものの、すぐに新政府軍に取り戻されてしまったそうだ。その後会津に向かったのだろうか。宇都宮城を避けるようにして、会津を目指す。敵に見つからないように夜の闇に紛れて進んでいた最中のこと。

「そっちに行ったはずだ。捜せ!」

 新政府軍に追われていた。

「くそっ、こんなところで敵に見つかっちまうなんて」
「おまえが不用意に火なんて熾すからだ」
「二人とも、今はとにかく走って」

 前方を走る三人に、殿をが務めて森の中を走る。しばらく走り、ようやく追手の足音が聞こえなくなった。

「ふう……どうやら引き離したみたいだな。それじゃ、ゆっくりと」

 ガサリ、と音がして警戒を強める。なるべくなら戦わず体力を温存したいところだが、ここまで来たら戦うしかない。そう思って刀に手を添える。

「誰だ。新政府軍か」

 が鋭く問う。

「あれ、ちゃん?」

 聞き覚えのある声だった。夢じゃないだろうか。ここで聞く筈のない声だ。

「総司さんか……?」
「えっ、沖田さん!?」

 暗闇から現れたのは、筒袖を着た沖田だった。見間違いではない。江戸に置いて来た沖田総司がそこにいる。

「沖田さん、なんでここに? お体の方は……」
「そんなことはどうでもいいよ。土方さんはどこ?」

 沖田が問う。

「実は俺たちも土方副長を追っている途中なんです」

 相馬が答える。

「ふうん……そうなんだ。相変わらず逃げ足が速いんだね」

 冷たい言い方には眉を寄せる。

「それより、近藤さんの小姓だった君たちが、どうしてここにいるの?」

 厳しい口調で問いかける。

「沖田さん……実は、近藤局長は新政府軍に捕らえられて」
「それは知ってるよ!」

 沖田が叫んだ。

「だから、近藤さんを見捨てた土方さんや君たちが、何をしてたのかって……ごほっごほっ!」
「総司さん!」

 膝をつく沖田に、が駆け寄った。背をさする。骨の浮き出た、病人の背だった。やはり、沖田は病気が良くなったわけでも何でもない。近藤の話を聞いて、土方を追って来たのだ。

「無茶しやがって……とりあえずあっちで休もうよ」

 が沖田に肩を貸す。火を熾そうとしていた辺りに移動をし、皆で座り込んだ。

「俺たちだって、局長を逃がそうと努力はしたんですよ。でも局長は……あそこに残るって……俺たちに副長のところに行けって……」

 野村が悔しそうに言った。

「俺たちは、近藤局長からこの刀を土方副長に届けてくれと頼まれました。今はその任務を遂行している途中なんです」

 相馬が刀を差し出し、沖田が受け取った。

「これは……?」
「井上真改。新選組の再起のための、真を改める刀だと」

 沖田が鞘を優しく撫ぜる。

「そうなんだ……近藤さんが、これを土方さんに……」

 沖田はしばし刀を見つめてから、相馬に刀を返した。

「沖田さん、何か食べましたか? 村の方から食料を分けていただいたんです」

 千鶴が握り飯を取り出した。先程立ち寄った村で分けてもらったものだ。沖田が首を振る。

「いらない。喉を通りそうにないから」
「でも……」
「一口でいいから食べろよ。何も食べずにその体で会津まで行けると思ってんのか?」

 が言うと、沖田が隣を睨む。そんな目で睨まれたって、は怖くもなんともない。しばし睨み合って、沖田が折れた。一口分だけ千鶴から握り飯を分けてもらって、口に入れた。
 千鶴と相馬、野村が眠り、が今日の見張り役の番だった。パチパチと火が爆ぜる音だけ。沖田も刀を抱えて、ぼうっと火を見ていた。

「そういえば、刀変えたのか?」

 が隣に問う。鞘が以前の大和守安定の頃と違っていた。うん、と言って沖田が刀を抱え直す。

「僕の部屋に、桐の箱があったの覚えてる?」
「ああ。あの触るなって言ってたやつだろ?」
「あれ、近藤さんから預かってた……というか、僕にくれた刀だったんだ」
「近藤さんから?」

 沖田がぽつりぽつりと語りだす。話は慶応元年に遡る。長州視察に行くという近藤に、沖田は猛反対した。危険だからやめるべきだと言い、絶対に納得はしないと言っていたところ、近藤がこの刀を持って沖田のもとを訪れた。この刀の名は『山城守藤原国清』――近藤曰く、天然理心流次期宗主にふさわしいだろうと、沖田のために入手した刀だと言った。まだ宗主になるには早いと断った沖田に、では預かってくれ、と近藤は言った。無事に帰ってくるということを、この刀を預けることで誓いとした。そうまで言われては沖田も受け取るしかなく、ずっと桐箱に納めたままだった。近藤が無事に帰って来てから返そうとしても、近藤は受け取ってくれなかった。「預かっていてくれ。いつかおまえがその刀を自分の物にしても良いと思えるまで」と。

「気がついたら近藤さんはいなくて、天然理心流は僕が一時的に継いだことになってるのかな。嫌になっちゃうよね」

 沖田が自嘲するように笑う。

「天然理心流を継ぐことはないって、そう思ってたんだけどな」

 沖田はずっと言っていた。近藤が歳をとって刀を持てなくなったら次の宗主になることを考えると。そんな話が出た頃には既に沖田は病にかかっており、近藤より先に死ぬのだと確信していた。だが、現実は逆だった。近藤は死に、沖田はまだこうして生きている。

「その刀で、何を斬るんだ?」

 が問う。沖田がに目を向けた。しばし見つめ合って、沖田がふっと笑う。

「別に、土方さんを斬ったりはしないよ」

 また火の方に目を戻す。

「僕が土方さんに会わなきゃならないのは、どうしてあの人が近藤さんを見捨てて行ったのかってことを、本人から聞かなきゃ気が済まないからなんだ。土方さんなら、近藤さんを助けることができたはずなのに、なのにどうして……」

 刀を抱きしめる。

「土方さんのこと、信頼してるんだな」

 がぽつりと言うと、沖田が嫌そうな顔をした。

「やめてよ。僕あの人のこと嫌いなんだから」
「うん、嫌いなのは知ってるよ」

 でも、土方なら近藤を見捨てたりはしないと、信じていた。必ず助けられると、信じていた。それは確かに沖田の本音だろうとは思った。ここでいくらが土方の考えを伝えようとも意味はない。沖田は土方に会って話をする、それだけを支えに今ここにいるのだから。

「ごほっ、ごほっ!」

 沖田が咳をする。

「寝なよ。火はおれが見てるから」
「眠くない」

 が頬を引きつらせた。そして隣に腕を伸ばし、勢いよく自分の方に倒した。

「うわっ」
「いいから寝ろ。せめて横になれ」

 の膝に頭を乗せて、沖田は眉を寄せた。

「……何か固い物がある」
「固い物? ……ああ、これか」

 が筒袖の衣嚢に手を入れて、沖田の頭の下から小瓶を引っ張り出した。びいどろの小瓶。赤い液体が火に照らされて光った。

「……どうして君がそれを持ってるの」
「いろいろあってな。山南さんに貰ったわけじゃないよ」
「飲むの?」
「予定はないけど」

 は懐へと小瓶をしまう。

「……まあ、お守りみたいなものかな」

 もしかしたら、飲む必要を迫られる時が来るかもしれない。何かがあった時に、必要になるかもしれない。そう思って、鳥羽伏見の戦いの前に綱道から渡されたこの薬を捨てられずにいた。自分が飲むのか、死にゆく誰かに飲ませることになるのかは、わからない。使わないことを願いながら、ずっと持ち続けている。

「……君には、あまり飲んで欲しくはないかな」

 沖田がそう言って刀を抱えて目を閉じた。は笑う。自分も、そうならないことを願っている。
 置いて行ってもいいという沖田を無理やり連れて、沖田の速度に合わせて会津を目指す。咳をしながらふらつきながら。それでも、会津に行って土方に会わなければという沖田を、誰も置いて行くことなどできなかった。
 途中で休憩を何度も挟みながら、数日かけて白河の近くまでやってきた。森の中に集落の跡を見つける。人が住まなくなってから随分経っているようで、草花は自由に育ち、元々家があったであろう場所にも焼け焦げた柱の跡があるだけだ。

「ここは……」

 千鶴が呟く。そして、集落跡地の中央に駆けていく。周囲を見渡して、千鶴は立ち尽くした。

「雪村先輩、どうかしたんですか?」

 千鶴が振り返った。

「ここ……雪村の里です」

 皆が目を瞠る。

「雪村の里だって……?」

 が思わず呟いた。千鶴が生まれた場所。人間に滅ぼされた場所。遠い遠い記憶の彼方にあった、忘れてしまったその場所は、また足を踏み入れることで思い出として蘇る。

「げほっ、げほっ」

 肩を貸していた沖田が咳き込んだ。が背中をさする。

「千鶴、ここで少し休憩してもいいかな」

 が問うと、千鶴は頷いた。

「うん、もちろん。休める場所は残ってないんだけど……」

 皆が里に足を踏み入れた時だった。

「やめてくれないかな、人間がまた俺たちの故郷を荒そうってのか?」

 声が降って来る。同時に気付いたと沖田が、お互いを押して飛び退いた。二人がいた間に刃が降って来て土埃が舞う。

「南雲薫!」

 相馬が叫んだ。

「君か。ずいぶん様子が変わったんだね」

 沖田が膝をついた状態で言う。南雲は沖田の方を一瞥し、鼻で笑った。

「なんだ沖田、まだ生きてたのか。大人しく江戸で死んでいればよかったのに」

 素早く刀を抜いたが南雲に斬りかかる。口元に笑みを浮かべて受け止めた南雲は、弾いて後ろに跳んだ。がそれを追って踏み込む。刃の交わる音が響く。

「ちっ!」

 互いに間合いをあける。南雲は乱れた髪を手櫛で梳かした。

「さあ、千鶴。こいつらにもそろそろ愛想を尽かしただろう? 俺と一緒に行こう」

 そのまま手を伸ばす。を超えて、その後ろの千鶴へ。千鶴は首を振った。

「いいえ、行きません。父様はどこ?」
「俺と一緒に来れば会えるよ」

 南雲は微笑む。千鶴は胸元をぎゅっと握って、目を閉じた。

「私は、あなた方のやろうとしていることを、止めると決めた。……たとえ、何をしようとも」

 南雲がせせら笑う。

「何をするって言うんだ? お人好しの妹が、実の兄を殺せるとでも?」
「殺すよ」

 答えたのはだった。刀を構え直し、は再び地面を蹴る。

「千鶴は一人なわけじゃないからな!」

 一瞬で間合いが詰まる。驚いた南雲がの刀を両手で受け止める。鋭く、強く、刀を打ち込む。羅刹化なんてしなくても、南雲程度なんてことはない。千鶴が覚悟を決めたのならば、自分は彼女の剣になろう。千鶴一人で戦わせない。これも、彼女を守る戦いだ。

「人殺し集団め」

 南雲が吐き捨て、から距離を取った。

「まあ、おまえら所詮罪人だしな。そういうやり口しか知らないんだろ?」
「なんだと?」

 が刀を構え直す。南雲が嘲笑を浮かべた。

「だって近藤は首を落とされたんだろ? 武士じゃなく、罪人として。誰もおまえたちのことなんて認めちゃいなかったんだ。人殺し集団の新選組!」

 相馬と野村が背後で刀を抜く音がした。が手をあげてそれを制す。ふう、と息を吐いた声が近くから聞こえた。沖田がゆっくりと立ち上がった。

「今更何を言ってるのかな。それが僕たちを罵る言葉のつもりなら、お門違いってやつだよ」

 ふらつきながら歩き始める。

「人殺し集団でいい。誰からも認められなくたっていい」

 の隣にやってきて、沖田は南雲を睨みつけた。

「けど、近藤さんの悪口だけは僕が許さない」

 南雲が鼻で笑う。

「許さないって? そんな体で何ができるんだよ」

 その通りだと思った。今の沖田の体じゃ、南雲と渡り合えはしない。

ちゃん」

 沖田が目を向けずに名を呼ぶ。

「君のお守り、僕にくれる?」

 が目を見開いた。お守りが、何を指すのかすぐに理解した。どうして、とも思わなかった。沖田は、南雲薫を自身の敵であると判断した。ただ、それだけだ。
 構えを解いて、懐から小瓶を取り出す。びいどろの小瓶に、赤い液体。背後で息を飲む声が聞こえる。

ちゃん! 沖田さん! それは……!」

 千鶴が叫ぶが、既に小瓶は沖田の手に渡っていた。

「変若水か。馬鹿だな、労咳はその薬じゃ治らない」

 南雲が憐れなものを見るような表情で言った。

「それでも構わない」

 小瓶の蓋を捨て、沖田はそれを一気に飲み干した。苦しみを堪える一拍の間の後、白い髪、そして開かれた双眸が赤く光る。

「――今戦う力があれば、それでいいんだよ!」

 沖田が抜刀し、地面を蹴った。とても病人とは思えぬ速度で間合いを詰め、力強く振り下ろした刀を南雲がやっとのことで受け止めた。南雲が表情を歪める。無理だろうとは思った。剣客沖田総司の剣を、畏怖しない者などいなかった。その剣を、その名を、誰もが恐れた。味方でさえ斬ってきたその剣を、絶対的な強さを、一番であり続けた彼を、自分はずっと待っていた。
 剣戟の音が続く。押され始めた南雲が地面を蹴り、木の枝の上に跳び乗った。

「さすがだな! でも――最後に勝つのは小狡く立ち回った奴だけだってね!」

 南雲が懐から小瓶を取り出した。赤い液体だ。南雲は躊躇することなくそれを飲み干す。沖田が後を追うが一歩遅かった。木の枝が落とされる。南雲は既に木を蹴っていた。空中で翻りながらも、南雲の髪は白く変貌し、両目が金色に輝いた。額に二本の角が生える。

「ここで負けたら、今までの俺の人生が本当に無意味になるからな!」

 両者着地すると同時、地面を蹴る。鋭い金属音が響き渡る。先程まで刀に振り回されているようだった南雲の剣技が一変する。剣術の実力は沖田には到底及ばない。それでも、鬼の超人的な腕力と速度で徐々に沖田を追い詰め始める。

「くっ!」

 沖田が体勢を崩す。が代わりに地面を蹴った。入れ替わるようにして南雲と再び対峙するが、そのあまりの刀の重さには眉を寄せた。

「ははっ! そんなもんかよ、!」

 の刀を払い、体勢を崩したところで回し蹴りを腹部に叩き込む。吹っ飛んだは、近くの木に背中を強く打ち付ける。にとどめを刺そうとする南雲に、沖田が斬りかかる。

「邪魔するなよ沖田!」
「君の相手は僕でしょ? 余所見してる暇があるの?」
「この死にぞこないが……!」

 刀が打ち合う音が遠くに聞こえる。背中を打ち付けて息ができない。こんな状況に以前もなったなあとは思った。そう、あれは藤堂が自分を庇った時のこと。あれから自分は何も成長していない。何も。
 甲高い音が響いて、は意識を引き戻す。沖田の刀が弾き飛ばされていた。刀が地面に落ちる。

「げほっ! げほっ!」

 沖田が膝をついて血を吐く。労咳は、変若水では治らない。

「死ね沖田!」

 南雲が刀を振り上げた。

「やめろ!」

 が体の痛みを堪えて間に割って入った。だが、本調子ではないの力のない剣は、沖田同様に弾かれ、手から離れる。また蹴り飛ばされ、地面に転がる。

「そこで見てろよ、大事な師匠が殺される様をな」
「くっそ……!」

 土に汚れた顔を上げる。そこで、は動きを止めた。ゆらりと立ち上がった沖田が、南雲を背後から羽交い絞めにした。

「捕まえた」
「沖田、おまえッ……!」

 南雲が抜け出そうともがく一瞬。

ちゃん!」

 名前を呼ばれる。目と目が合う。手元に、沖田の刀が転がっていた。その刀を手にして、は立ち上がると同時に地面を蹴った。
 ――迷わない。刀を、南雲の心臓に深く突き刺した。

「がはっ……!」

 南雲が血を吐く。柄まで通して、刀を抜いた。沖田が拘束を解く。
 数歩ふらついて、南雲は膝をついた。

「ははっ……馬鹿な奴……俺を殺すためなら……千鶴のためなら、他の人間も躊躇なく殺す……それがおまえのやり方か、……!」
「……」

 は答えない。

「手段を選ばないところが本当に……憎い憎い人間そのもの、だよ……」

 南雲が倒れる。そして動かなくなった。
 沖田がふらつきながら後退し、同じように膝をついた。が慌てて駆け寄り、刀を捨てて倒れそうな沖田を抱きとめた。

「強くなったね……本当に……」

 口と胸から血を流しながら、沖田が言う。

「よく、追いついて来たね。もう、一番組の、立派な隊士だよ」

 ――早く追いついておいで
 自分の存在価値なんてないと思っていたが、沖田に必ず追いつくと宣言したあの日、沖田は言った。はたくさん沖田と剣を合わせ、言葉を交わし、そうして今日共に戦った。初めて同じ戦場に立った。

「また泣く」
「……泣いてねえよ」

 声が震えた。は二人を同時に突き刺した。沖田の目が、「殺せ」と確かに言ったから。

「羅刹になった時点で、僕はもう死人なんだよ。今更、君に泣いてもらうようなことじゃない」

 白い髪はいつもの色に戻っていた。別れの時が近いことがわかった。わかっていた。だって、彼を殺したのは自分で、変若水を渡したのも自分だったのだから。

「総司さん」

 が声を震わせる。

「おれ、新選組がある限り、最後まで戦うから」

 諦めないと、決めたから。

「新選組の剣――おれに預けてくれよ」

 それは沖田が背負っていた役割。新選組の敵を斬るという、沖田の役割。

「……いいよ。君に託す」

 沖田が言う。

「最後まで、戦い抜いて」
「うん、約束する」

 が力強く頷く。病を隠すための約束も、代わりに働く約束も終えて、次の約束をする。最後まで戦うと。
 沖田の優しい手が、の頭に添えられた。

「……はあ、疲れちゃったな」

 掠れる声で沖田が言う。

「少し休むから、先に行ってて」

 頭を撫でられる。

「土方さんに、僕がよろしく言ってたって」
「……わかった。伝えとく」
「うん。あとは頼んだよ、ちゃん……」

 優しく頭を撫でていた手が止まり、そのまま下に落ちる。

「総司さん」

 返事はない。

「総司さん?」

 返事はない。
 沖田の肩に顔を埋める。肉はなく、やつれた肩だった。

「……おれ、戦うから」

 目を閉じる。堪えきれなかった涙が、沖田の筒袖に吸い込まれていく。

「最後まで……戦うから……っ」

 もう聞いてはいない師匠に向けて。託されたものを背負って、戦うと誓う。
 あたりは静かだった。足音が聞こえる。

「……ちゃん」

 沖田を抱きしめていた力を緩める。その場に横たわらせた。……眠っているような顔をしていた。

「千鶴。ここ、おまえの故郷なんだよな」

 掠れる声でが言う。顔を上げることはできなかった。

「二人の墓、ここに作ってもいいか?」

 沖田と、南雲の墓。敵だったけれど、彼は彼でやりたいことがあったはずだった。信念があったはずだった。ただ、それが自分たちと相容れなかっただけ。もし綱道が千鶴だけでなく南雲も同時に引き取って江戸に来ていたら、自分は彼と友達になっていたかもしれない。そんなことも、今なら思う。

「うん、お墓作ろう?」

 千鶴が手を差し伸べた。がその手を取る。温かい、生きている人の手だった。
 相馬と野村が周囲を見て回り、集団墓地のような場所を見つけたと言って帰って来た。雪村の里の墓地かもしれない。近くに二人の墓を作ることに決め、相馬と野村が二人を背負って、は千鶴と手を繋いで後に続いた。
 四人は無言で穴を掘る。穴を掘りながら、は沖田と出会った頃のことを思い出していた。言い出しっぺが責任を取れと言われて面倒を見てくれることになったが、沖田がどうして自分を隊士見習いにすると面白いと言ったのかは聞けずじまいだった。彼のその一言が発端で、今も自分はここでこうして剣を持っている。沖田がどうして自分に稽古をつけ始めたのかもわからない。きっと気まぐれだった。自分だって沖田を利用する気しかなかった。いつしか、自分たちの関係はそうではなくなった。師匠と弟子であると、胸を張って言えるようになった。彼はいつも自分に問題を突き付けて、刃を突き付けて、そうして自分はその問題にも刃にも応えて来た。だから――最後の沖田の意思を読み間違えたわけではないということは、確かに言えるのだ。自分は、最後の彼の思いに応えることはできたのだと。
 殺す覚悟もできていた。生き残る覚悟もできていた。ただ、この痛みに慣れることはまだできなくて。穴を掘る自身の手に涙が落ちて、は手を止めて目元を拭った。三人はそれを見ていないように、手を動かし続けていた。
 沖田と南雲の墓の上に、二人の刀を置いた。隣り合って埋めたなんて二人が知ったら、嫌そうにするだろうなと思いながら、たちは手を合わせる。そして誓う。この先も、戦い続けると。

「行こう」

 が言った。三人は無言で頷き、歩き出す。
 振り返らなかった。