十二月二十日。連絡を受けた大坂城の方から近藤と沖田を移送するための部隊がやってきた。

「八兄! どうしたんだ、こんなところに」

 見慣れた姿が土方と話をしていて、が駆け寄る。伊庭が微笑んだ。

「近藤さんを大坂城に移送する際、護衛を務めさせていただくことになりました。それから、今は奥詰ではなく『遊撃隊』と名を改めることになりました。どうぞお見知りおきを」
「ふうん」

 幕府の方もいろいろと変わったのだろう。政治についてはよくわからないので、は頷くだけに留まった。

「それで、近藤さんの容態はどうなんです?」

 伊庭が土方に問う。

「目は覚ましてくれたが、熱がなかなか下がらねえ。総司の方もとても剣を握れる状態じゃねえな」
「……なるほど。わかりました。それでは、我々が責任を持って二人を大坂城へと運びます」

 ついに沖田が戦場からいなくなる。それを聞いて、は沖田の部屋へと向かった。声をかけて部屋に入ると、沖田は寝間着からいつもの姿に着替えていた。腰の刀が重そうだな、と思う。

「なに、ちゃん。見送りに来てくれたの?」

 頷く。別に今生の別れではないけれど、戦場を離れる沖田に最後に会っておきたいと思ってここに来た。自分は、戦場に残るから。

「おれ、総司さんの分も戦うよ」

 沖田が目を細める。

「なにそれ、慰め?」
「違う」

 首を振る。

「誓うっていうのもなんか違うし……なんて言えばいいか……」

 言葉を探すが、こういう時なんと言えばいいかわからない。沖田が微笑む。

「じゃあ、約束しようか」
「約束?」

 うん、と沖田は頷く。

「君は僕の分まで倍働く」
「……なんか意味違ってきたぞ」

 は肩を落とし、頭を掻いた。

「まあ、いいや。同じことだしな」

 はあ、と溜め息をついて、は沖田を真っ直ぐに見る。

「約束する」

 病を伏せるための約束はもう終わったから、次の約束をする。
 自分は、戦えない沖田の代わりに戦う。刀を持ち続ける。

「うん。頼んだよ」

 そして、近藤と沖田は遊撃隊に連れられて伏見奉行所を離れた。後のことは頼んだと、近藤は土方に言った。土方も同じように託された。は土方と共に、彼らが見えなくなるまで見送った。
 緊張感漂う毎日だった。千鶴がいくら手の込んだ食事を作っても、隊士たちは揃うこともなく食べたらすぐに警護に戻る。はそんな千鶴が、このままここにいてもいいのか、そう考えていることに薄々気が付いていた。

「おっ、今日の飯も美味そうだな!」

 が一人で食事をしていると、永倉がやってきた。の隣に腰を下ろす。

「隣に座ったって、おれのおかずはやらねえぞ」
「なっ、あれは平助だからやってたのであって、誰でも彼でもやるわけじゃ……取らねえからそんな顔で俺を見るな!」
「おかわりは用意できますので、遠慮なく召し上がってください」

 千鶴が言った。永倉は嬉しそうに食事を始める。まるでいつもと変わりがない。本当に戦が始まりそうなのかと思うほどに。

「……あの、永倉さん。聞いてもいいですか?」

 千鶴がおずおずと問いかける。

「ん? 何だよ。俺に答えられることなら、何でも聞いてくれて構わねえぜ」
「……私、このままここにいてもいいんでしょうか?」

 と永倉の箸が止まる。

「ここにいてもいいか、ってのは?」
「ですから、その……このままここにいて、皆さんのお邪魔になってしまわないかって」

 永倉が茶碗を置いた。は、千鶴のような悩みは正直なかった。沖田とも約束をした。だから、ここに残って働かなくてはならないと思っている。

「こういう場面で慰めを言うのって性分じゃねえから、正直な気持ちを言わせてもらうぞ」
「……はい」
「俺は、大坂城に行った方がいいんじゃねえかって思ってる」
「永倉さん」

 が声をあげた。千鶴が首を振る。

「……わかりました。食事の後片付けが終わったら、大坂城に行く準備をしますね」

 俯いた千鶴は震える声で言った。

ちゃんはきっと皆さんのお役に立てます。だから、私だけ……」
「おい、ちょっと待てよ千鶴。おまえがどう思ってるのかを言わなきゃ駄目じゃんか」

 が口を挟む。千鶴が顔を上げた。目が涙で潤んでいた。

「私がどう思ってるか……?」
「そうだぜ。だって、千鶴ちゃんは怖いんじゃないのか? ここのすぐ近くに薩摩の連中が陣取ってやがるし、戦が始まったらここは最前線になっちまう」

 永倉も頷く。千鶴は少し迷ってから、口を開いた。

「……何もできないって、自分でもわかってるんです。このままここにいたら、皆さんにご迷惑をかけてしまうかもしれないってことも」

 最初は新選組に無理矢理連れて来られただけだった。協力者として殺さずにいてくれただけだった。それでも、今は自分たちは違う気持ちなのだとはわかっている。

「それでも私は……これからもずっと、皆さんのお傍にいたいです」

 永倉はふっと笑い、視線を逸らした。

「だってよ、土方さん」
「えっ?」

 と千鶴が驚いて顔を向ける。ちょうど土方が広間に入って来たところだった。の向かい側に腰を下ろすと、溜め息をつく。

「幹部の指示には従え。いざとなったら自分の身を優先しろ」

 土方はぶっきらぼうに言って、食事に手を付け始めた。

「……私、ここにいてもいいんですか?」

 千鶴が問いかける。土方が少し迷ってから、苦笑をする。

「新八じゃねえが……美味い飯がないと、やる気も出ねえのは確かだからな」
「おっ、土方さんわかってんな!」

 永倉が茶化す。千鶴が目を瞠った。戦えない千鶴にもちゃんと役割がある。ここにいてもいいと、二人は言う。

「ありがとうございます!」

 千鶴が頭を下げる。ふっとは笑う。この不安な時期に、認めてもらえたのは千鶴は嬉しいだろうなと思った。

「なんだ、食わねえなら俺が貰うぞ」

 半分だけ残していた魚が消えた。

「ああ!? それはお代わりするのに残してたっ……永倉さん!」
「おまえら、こんな時くらい静かに食えねえのか……」

 呆れたように土方が言い、千鶴がくすくすと笑った。