「斎藤さんが新選組に戻って来たって本当か……?」
屯所の中を歩いていると、隊士たちが話しているのが聞こえては足を止めた。
「ああ、どうやらまた三番組の組長になるらしい」
「御陵衛士から出戻って来るのにお咎めなしかよ」
「またいつ新選組を裏切るかわかんねえのになあ」
ふつふつと怒りが湧いて来て、は渦中に踏み込んだ。
「おい、おまえら! そんな噂話してる暇あったら、素振りでもして来い!」
「さん!」
「失礼しました……!」
隊士たちは逃げていく。はその後ろ姿を目で追いながら、溜め息をついた。
斎藤が御陵衛士にいたのは間者のためだった、というのは一部の人間しか知らない。だから、こういう噂をされてしまうのも仕方のないことだとわかっている。自分だって何も知らなければ斎藤の復帰には腹を立てたに違いない。斎藤が隊に復帰することになったのは本当のことだ。先日、千鶴たち小姓の三人が天満屋にいる斎藤に隊服を届けたと聞いた。斎藤はまだ天満屋で三浦の護衛を続けているが、いつでも隊内に顔を出せる立場にはなったのだ。
そんな、ある日の夜のことだった。
「! いるか!」
襖の向こうで土方が名を呼んだ。ただ事ではないと察し、は慌てて襖を開けた。
「どうしたんですか?」
「すぐに出られるか? 土佐の連中が天満屋を襲撃しようとしているかもしれない。斎藤に知らせて、あいつの援護をしてほしい」
息を飲む。天満屋にいるのは斎藤だけだ。きっと山崎か島田が土佐の状況を調査して、土方に知らせたのだろう。は頷いて、すぐに部屋の中に駆け込んで隊服を手に取った。
「天満屋の場所はわかるな」
「はい」
西本願寺の目の前だ。新選組との連絡はすぐに取れる位置にある。
「頼んだぞ」
部屋を出る時に肩を叩かれる。羽織に腕を通し、急いで屯所を飛び出した。
夜の京を駆ける。天満屋まで然程距離はなく、到着はすぐだった。まだ事件が起きてはいないようだった。今、斎藤は山口という名で逗留している。宿の番頭に山口に会いに来たと言って、部屋に案内してもらった。
「? 何かあったのか?」
斎藤は最初こそ驚いたものの、が隊服を着てやってきていたため、何かが起こることは察知したようだった。
「土佐の連中が攻めてくるかもしれない。おれは土方さんに言われて援護に来た」
「土佐だと?」
急に下の階が騒がしくなった。斎藤が急いで灯りを消す。階段を駆け上る音がして、襖が大きな音を立てて開かれた。
「三浦! 覚悟せい!」
一人の男が叫んだ。侵入してきたのは十数名。数的には不利だった。も刀を抜く。多人数を相手にする時は一箇所に留まらないこと。一対一に持ち込むこと。以前教わったことを意識する。剣戟の音、怒号と呻き声が響く。斎藤と言葉を交わす余裕はない。
「死ね!」
「っ!」
の肩を刀が貫いた。そのまま床に叩きつけられる。覆いかぶさる男の腹を思いっきり蹴って転がした。肩に刺さった刀を抜きながら、二人では長くは持たないとは思う。息を吸い込んだ。
「三浦は討ち取った! 退くぞ!」
できる限りの低い声で叫ぶ。その声を信じた土佐の男たちは刀を納める間もなく、部屋から急いで出て行った。荒れ果てた部屋に残されたのは二人だけ。
「!」
斎藤が倒れたままのに駆け寄って来る。が起き上がった。
「なかなかの演技だっただろ?」
肩から血を流しながら、はにやりと笑う。斎藤もふっと笑みを浮かべた。
「ああ、あんたらしからぬ妙案だった」
「らしからぬって何だよ!」
そう抗議してから、立ち上がろうとすると、斎藤が手を差し出した。その手を握って立ち上がる。
「副長が新八や左之ではなく、なぜあんたを遣わせたのかと思っていたのだが……」
斎藤が微笑む。
「頼もしくなったな、」
が目を見開く。
急いでいて気にする暇もなかったが、土方は永倉や原田ではなくを呼んだ。信頼を置けると、そう思ってくれたからこそ選ばれたのだと気が付く。少しずつ、居場所が確立していく。ここにいてもいいのだと。自分にも価値があるのだと。周囲が自分を認めてくれつつある。
「はは……」
笑い声が漏れる。
数年前の自分に伝えたい。――おまえは、ちゃんと居場所を見つけられるのだと。