「ぐあっ!」
「いてえ!」
相馬と野村が呻き声をあげた。
「一対多の動き、上手くなってきたね」
今日は少し体調がいいからと、見学をしている沖田が言った。
「おれが上手くなってどうすんだっつーの」
が溜め息をつく。沖田との稽古時間がなくなった代わりに、相馬と野村の面倒を見ることが増えた。さすがに二人も今の沖田に稽古を頼むのは無理だと思っているようで、毎日に稽古を頼みに来る。
「くっそー、なんでそんなにひょいひょい動けるんだよさんは!」
野村が背中を痛そうにさすりながら文句を言う。
「本当です……俺たちの動きがわかるんですか?」
「え? わかるよ?」
「えっ?」
「えっ」
沈黙。沖田が耐え切れずに噴き出した。
「ど、どうやったら相手の動きがわかるのでしょうか……!?」
「沖田さんから、何か極意を教わったってことか!?」
二人が詰め寄って来て、は回答に困る。
「うーん、集中力の問題かなあ」
「集中力、ですか?」
「俺たちだって集中してるぜ!?」
うーん、とは腕を組む。うまい教え方がわからない。第一、沖田にだって言葉で剣術について教えられたことはほとんどないと言っていい。
「以前から思っていたのですが、さんがここに来たのは文久三年の冬なんですよね? 三年でそれほどまでに強くなれるものなんですか?」
「元からすげえ強かったとか?」
「いや、ちゃんは二人より弱かったよ。道場剣術に毛が生えた程度だったし」
沖田が壁際から言う。
「ちゃんは覚えが早いんだよ。あと、ちょっと意識が変わったかな」
「意識、ですか?」
沖田を見ていた二人が、回答を求めてを見る。
「ああ、うん。『死』を意識し始めた」
「死……?」
野村が首を傾げる。
「それは、武士道の話ですか? 主君のために自ら命を捨てるという……」
「うーん、ちょっと違うかな」
相馬の問いに、は肩を木刀で叩きながら言う。
「土方さんに稽古つけてもらったんだってね。強引すぎて笑っちゃったよ」
沖田がくすくすと笑う。
「副長の稽古……?」
「一体どんな稽古を……?」
ごくり、と二人が喉を鳴らす。
「何度も殺されて、何度も死んだ」
「え?」
二人はわけがわからないという顔で、互いの顔を見合わせ、またを見た。
「二人はどういう心意気で稽古してるの? 僕やちゃんにぼこぼこにされてる時、何を考えてる?」
沖田が腕を組んで問いかけた。
「そうですね……一撃は入れるぞ、とか……」
「俺は一本取ってやる、って……」
相馬と野村がそれぞれ答える。予想通りな言葉に沖田は頷いた。
「ちゃんは?」
「絶対殺す。絶対死なない」
「け、稽古だぜ……!?」
野村がぎょっとして言った。
「へえ、二人は戦場に出た時、相手から一本取ることを考えるんだ?」
沖田がせせら笑った。
「なるほど……常に戦場を意識して稽古を行っているということですか……」
相馬が納得したように呟いた。
「そうじゃないと意味がないよね。道場剣術を磨きたいなら別だけど」
二人がわかったように頷いた。だが、これが言葉で言われてわかるなら苦労しない、とは思う。自分だって土方の稽古を受ける前は、真面目に沖田から一本取ることを考えていたものだ。それが、ただの稽古ではなく「生死をかけた戦い」になってから見える世界ががらっと変わった。
「というわけで、続きやるか」
が腕をぐるぐると回した。そして構える。
「だから、おまえらもおれから一本取るとかじゃなくて、殺しに来いよ」
殺気の出し方なんてわからない。だから言葉で伝える。
「それと、おれを殺すなら――おまえらも殺される覚悟をしろ」
静かに伝えると、二人が生唾を飲み込んだ。
「はいっ!」
二人の構えが先程までと変わる。は一瞬だけ笑みを浮かべ、すぐに消した。同時に踏み込む。二人が痛みに呻く声が響くまで、あと少し。