それから数日後の夕刻のことだった。沖田との稽古が終わり、日課の素振りをしているところで、声をかけられた。



 振り向くと武田だった。抜刀したまま歩いてくる。

「稽古をつけてやろう。刀を抜くがいい」

 は木刀を担いで溜め息をつく。

「私闘は厳禁じゃねえの? また隊規違反か?」
「稽古だと言っているだろう。沖田が手をかけている、その実力を見てやろう」

 そう言って、武田は笑う。

「それとも、天才といえど他人に教える才はないか?」
「……なんだと」

 木刀を放り投げる。カランカランと音が響く。

「いいぜ、やってやる」

 は自身の刀を抜く。合図はなかった。武田が仕掛けてくる。顔面を狙って来た鋭い突きを、身を捩ってかわす。が踏み込み、刀がぶつかる金属音が響く。だが、武田に押し負けた。一合、二合と打ち合う。時折混ざる鋭い突きは、の顔面や首を狙って来る。

「っ!」

 何度目かの刺突が頬を掠めた。皮膚が避ける。

「ははっ」

 よろめいて数歩下がる。だが、浮かぶのは笑いだった。武田が不快そうに眉を寄せる。

「何を笑っている」
「いや」

 武田は強い。さすが組長の座についているのは伊達ではない。それでも――

「おれの師匠はやっぱすげえんだなって思ってさ」

 ――沖田には到底及ばない。

「……その減らず口、叩けないようにしてやる」

 武田が踏み込む。はそれを受ける。武田の刀がの頬を首筋を掠めても、の動きは止まらなかった。冷静に、どう捌けばいいのかを考える。決して敵わない相手ではなかった。ただ、稽古後の疲れた体では体力が持たなかった。
 ずるり。草履が滑り、膝が折れた。

「あ」

 切っ先が目の前にある。これは、避けられない。
 突き刺さるのを覚悟した瞬間、刀が上に大きく弾かれた。横から割って入って来た刀が、武田の刀を弾いていた。

「……総司さん」

 零れた声が思いのほか息が上がっていて、少し可笑しかった。弾いた姿勢のまま、沖田は武田を睨みつける。

「何してるんですか、武田さん」

 冷たい声音。武田は刀を下ろし、ふんと鼻で笑った。

「稽古をつけて欲しいと言うんでな。付き合ってやっていたまでのこと」

 沖田も刀を下ろす。

「急所ばかりを真剣で狙うのが稽古ですか。五番組は随分と荒っぽいんですね」
「新選組の稽古は実戦を想定したものであるはずだが。斬り合いの際、相手が急所を狙ってくることもあるだろう。それを教えてやっていただけだ」

 武田はあくまでそう言い切るつもりらしい。稽古を頼んだつもりはないのだが。
 沖田は短く息を吐くと、視線を逸らした。

「だ、そうですけど。どうします、近藤さん?」
「なっ……!?」

 建物の陰から近藤が現れた。はここまで怒りを露わにする近藤を初めて見た。いつも優しい笑みを浮かべている近藤の表情から、一切の笑みが消えている。

「先日の店主への恐喝の件も聞き及んでいる。それに、今回の件。合わせて他の幹部隊士とも協議の上、処分を決めさせてもらう」
「お待ちください、局長!」

 武田が叫ぶ。

「弁明を聞くつもりはない」

 近藤は厳しい口調で言った。

「総司、君の手当てを」
「わかっています」

 沖田が納刀するのを見て、も刀を納めた。

「大丈夫です、これくらい」
「いいから、おいで」

 手首を掴まれる。その力がいつも手を引く時よりも力強く、は眉を顰めた。……怒っている。
 近藤の部屋に連れてこられたは、頬と首についた傷の手当てを受けていた。

君、すまなかった。先日の件も総司から聞いていてな、武田君の様子を見張るように言っていたんだが……まさか、こんな直接的な手段に出るとは」
「いや、いつか来ると思ってましたよおれは」

 申し訳なさそうにする近藤に、はなんてことのないように言う。救急箱を閉めた沖田は、不機嫌な顔をに向けた。

「じゃあどうして試合を受けたの。逃げて僕たちに言いにくればよかったでしょ」

 は目を逸らす。

「だって」
「だって、なに。殺されかねなかったんだよ」

 有無を言わさぬ口調。少し迷って、は言葉を紡ぐ。

「……あいつ、総司さんのこと馬鹿にした」

 沈黙。その後、盛大な溜め息が吐かれた。

「君さあ……」

 沖田は頭も肩もがくりと落としている。

「はは、総司」

 近藤が笑いながら沖田の肩に手を置いた。

「はあ……もういい。怒る気も失せた。君って本当に馬鹿だよね」

 沖田の声はいつも通りに戻っていた。

「君は本当に総司を慕ってくれているんだな」

 近藤が優しい口調で言う。はにこりと笑った。

「当然です。おれの師匠なんで」
「……ほんと調子狂うなあ」

 沖田がまた溜め息をついた。