翌日、全員が警護から戻ってすぐ、と千鶴を含めたいつもの面子が集められた。
 二条城への侵入者の件は土方により間違いだったと伝えられ、表向きには侵入者はなく無事に警護は終了したということになったらしい。二条城に現れた男たち、風間、天霧、不知火。彼らが『鬼』を名乗っていたこともさることながら、三人が薩長と関わっていることが厄介だった。薩摩藩は外様藩で一番力がある藩で、長州は朝敵扱いとされている藩。昨日の行動が薩摩と長州の意を受けてのことなのかはわからないが、迂闊に手を出せない相手であることは間違いなかった。

「鬼、か……」

 千鶴の小さな呟きに、が目を向けた。

「あいつらが言ったこと気にしてるのか?」
「だって……」

 は包帯の巻かれた右手で、千鶴の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「おまえは雪村千鶴。普通の女の子で、おれの親友」

 千鶴がを見る。は笑みを浮かべた。

「そうだろ?」

 千鶴は少しだけ笑みを浮かべた。

「うん……そうだね。ありがとう」

 表向きには怪我をしていないことになっているは、その日から沖田の稽古を受けていた。風間に負わされた傷は着物に隠れる部位だったため、隊士たちにも気づかれていない。
 振り下ろした木刀を難なく受け止められると、それを弾かれ、頭上に手加減した木刀が振り下ろされた。

「いって!」
「やっぱり怪我が治るまでは稽古やめた方がいいよ。動きが全然なってないから」

 呆れて沖田が言う。打ち下ろした木刀を肩に担ぐ。

「焦る気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いたら? 意味もない稽古に付き合わされるこっちの身にもなってよ」
「おれは落ち着いてる!」

 が怒鳴った。そして構える。

「もう一本!」
「今日は終わり」
「えー!? なんでだよ! おれまだいけるって!」
「今日はこれ以上やっても無駄だからね」

 沖田はもうやる気がないようだった。はそんな沖田を睨みつける。

「無駄って、おれは一日でも早く……!」
「千鶴ちゃんの『盾』にでもなるの?」

 厳しい口調で問う。

「君がなりたいのは『盾』じゃなくて『剣』だと思ってたんだけど、僕の見込み違いだったかな」
「剣……?」

 言っている意味がわからず問い返す。

「ちょっとこっちおいで」

 そう言って沖田は歩き出す。中庭の木陰にある椅子へと座り、その隣を手で叩く。は仕方なく歩き出し、沖田の隣に座った。

「今の君の力じゃ、風間になんて勝てない。それはわかるね」
「……」

 俯く。わかる、と言いたくなかった。それでも、体にある生傷は手加減された結果であることもわかっていた。たまたま手加減されたから、生きている。風間なら、手加減した状態であっても、刀を一振りするだけでを殺すことなど容易にできたはずだった。

「それに一朝一夕で強くなれるわけがないってことも、君はよくわかっているよね。今まで散々僕と稽古してきたんだから」

 俯いたまま目を合わせないに、沖田は続ける。

「君は、最初に比べたら格段に強くなった。でも、風間には全然及ばない。だから、君が今焦ってできるのは千鶴ちゃんの『盾』になるくらいなんだけど、まあ、逃げる時間を稼ぐことすらできずに殺されるだろうね」

 木刀を握る手に力が入ったのを見て、沖田は小さく息を吐く。

「僕は君が殺されるために稽古をつけてるわけじゃないんだよ」
「……でも、結果的に死ぬことはあるだろ」

 目を合わせずに呟く。沖田は頷いた。

「結果的にはあるかもしれない。でも、今の君は死に急いでいるように見える。だから、今の稽古は無駄だって言ってるんだ」
「別にそんなこと――」
「剣を合わせていればわかるよ」

 否定の言葉を遮って厳しい声で言う沖田に、は返す言葉がなかった。沖田がわかると言うのであれば、きっとわかるのだろう。死に急いでいるつもりなどなかったけれど。

「強くなるための稽古ならいくらでも付き合うけど、死ぬために戦おうとしている子の面倒を見る気はないかな」
「……」
「君は強くなってどうなりたかったんだっけ? もう一度考えてごらん」

 考える。自分が何のために強くなろうとしているのか。

「……千鶴を守る」

 それは、最初からぶれていないはずだった。千鶴を守るために強くなろうとしていた。幼い頃から、ずっと、ずっと、千鶴を守ることだけを考えてきた。

「どうやって守るの? 盾になるの?」

 首を振る。

「千鶴の、敵を斬る」

 この手で、千鶴に危害を加えようとする敵を斬る。土方に交戦は禁じられたが、目の前に風間が、天霧が、不知火が現れたら、自分は斬ろうとするのだろう。――剣が届くかは、わからないけれど。

「うん、そうだね。今はそれでいいよ」

 がようやく沖田を見た。

「今は、ってどういうこと?」
「そのうち話すよ。柄じゃないんだけどね、こういうのは」

 そう言って沖田は肩を竦めた。今は話す気がないらしい。

「総司さんは、何のために戦ってるんだ?」

 今度はが問う。

「近藤さんのため。そして、新選組のためだね」

 沖田はから視線を逸らして、空を見上げた。青い空に白い雲が流れている。

「僕は『新選組の剣』なんだ」
「新選組の剣?」
「そう。剣は何も考えない。相手を斬っていいかとか駄目かとか、判断したりもしない。命令が下れば、相手が誰であろうと斬るだけ。そうやって、敵も味方も斬って来た」

 命令が下れば誰であろうと斬る。自分たちが斬られていないのは、その命令が出ていないからなのだと気が付く。命令が下れば、情をかけることもなく、この面倒を見てくれている師は自分のことを斬るのだと思った。だが、その言葉に衝撃を感じることは不思議となかった。沖田総司が『そういう風』にできているのだと、納得する方が大きかった。だから、あの時、沖田は山南を斬ったのだ。

「……さっき、総司さんはおれのことも『剣』って言ったけど」
「少なくとも『盾』ではないと思ってるんだけど。でも、君は千鶴ちゃんから命令を受けて敵を斬っているわけじゃないでしょ」

 優しい手が降って来る。

「君は僕みたいにはならなくていいからね」
「……」

 その言葉の意味はわからなかった。