西本願寺に屯所を移してしばらく経った。は相変わらず千鶴と共に巡察に出ていたが、一番組として行動していないことについて伊東や三木が勘ぐっているのも知っていた。だが、巡察以外は沖田と共にいることが多いのも事実で、疑いは疑いのままで留まっている。

「そういえば、こんな風に平助君と巡察に出るのも久しぶりだね」

 八番組の巡察について歩きながら、千鶴が言った。

「ああ、そうかもな。オレ、長いこと江戸に行ってたし」

 千鶴の言葉に藤堂が頷く。

「オレの留守中に、親父さんの手がかりとか見つかったか?」
「それが、全然……」

 千鶴が肩を落とす。はあ、と藤堂も溜め息をついた。

「やっぱ見つからねえか。オレも江戸に戻った時、おまえの家の様子を見に行ってみたんだけどな……人が戻ってきた様子はなかったし……本当、どこ行っちまったんだろうな」

 千鶴が驚いて藤堂を見る。

「わざわざ行ってきてくれたんだ。ありがとう」
「いや、別に礼を言われるようなことじゃねえって。そもそも、おまえが今みてえに自由に外に出られねえのも、元はといえばオレたちの……」

 そう言って藤堂は無言になる。と千鶴は顔を見合わせて首を傾げた。

「あ、そうそう。近藤さんと一緒に、の家にも行ったんだけど」
「はあ!? 聞いてねえぞ!?」

 思い出したように言う藤堂に、がぎょっとして叫ぶ。

「お袋さん、すげえ心配してたぞ。手紙くらい書いてやれよ」

 は明後日の方を見て頬を膨らませていた。

ちゃん、おじさんとおばさんに話して出て来たんじゃないの?」
「したけど」
「嘘つけ。おまえ、家出同然の形で出て行ったって言ってたぞ」
「ええ!?」

 はあ、と息を吐き、は面倒そうに説明をする。

「反対したのは母さんだけだよ。父さんは、まあ行って来ればとか言ってたし……それで、うちで何か失礼なこと言われなかったか? 新選組なんてとか」
「いや、まあ……」
「言われたか……そうだよなあ、ごめん……」

 江戸では新選組は人斬り集団で有名だった。また乱暴者ばかりだったという頃の名残なのだろうと、今なら思う。ですらそう思っていたのだから、両親が思っていないはずがない。近藤から家を訪ねた話は聞いていないが、きっといろいろと言われたことを、が気にするからと黙っていてくれたのだろう。

「おまえが謝る必要ねえよ。だってオレたちは……」
「平助?」

 問いかけると、何でもない、と言われる。

「ねえ、平助君。久々に京に戻ってきてみて、どう? 江戸とはやっぱり違う?」

 千鶴が話題を変えた。藤堂は少し考えて答える。

「そうだな。町も……人も、結構変わった気がする……」

 江戸で何かあったのだろうか。と千鶴はまた顔を見合わせて首を傾げた。江戸から帰って来てから、どこか様子がおかしい。

「おーい、総司ー! そっちの様子はどうだった?」

 藤堂が急に叫びだしたので、目を向けると通りの向こうから一番組が歩いてくるところだった。

「特に、何も。いつも通りだね。でも、将軍上洛の時には忙しくなるんじゃないかな」

 沖田が言う。

「そうか、家茂公が京に来るんだっけ?」
「そう、近藤さんも張り切ってるよ。近藤さん、家茂公のことをすごく尊敬してるから」
「へえー」
「そうなんですか……覚えがめでたくなるといいですね。ね、平助君」

 千鶴が話を振ると、藤堂は眉を寄せていた。

「あー、うん……まあ、近藤さんはそうだろうな……」

 そう呟く。千鶴が首を傾げた。

「……けほっ……こほっ」

 急に沖田が咳き込んだ。千鶴が藤堂から沖田に目を向ける。

「沖田さん、大丈夫ですか?」
「平気だよ。ちょっと風邪を引いちゃったみたい」

 沖田が手を振って答える。

「そうなんですか……気をつけてくださいね。風邪にいい薬がありますから、屯所に戻ったらお出しします」
「そう? ありがとう。君でも、ごくたまに役に立つことがあるんだね」
「もー、その咳ちょっと前からしてるだろ。ちゃんと養生しろよ」
「誰かさんの稽古しないといけないしね。……ん?」

 沖田が視線を遠くに向けた。がその視線を追う。

「おい、小娘! 断るとはどういう了見だ!?」

 通りに男の大声が響く。

「やめてください、離してっ!」
「民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ自分からするのが当然であろうが!」

 少女が浪士に腕を掴まれ、絡まれていた。沖田が動き出したのを見て、がその後に続いた。

「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀想だよ」
「ほんとほんと。志士って言うけど、ただの破落戸じゃんか」

 浪士たちが争っているところに割って入っていく。

「その羽織――新選組か!?」
「知ってるなら話が早いなあ。……どうする?」

 沖田が笑みを浮かべて刀の柄に手を伸ばす。も鯉口を切った。

「くそっ、幕府の犬が……!」
「……いいから、とっとと失せろって」

 遅れてやってきた藤堂の一言で、浪士は少女の手を離す。

「貴様ら、覚えておれ!」

 捨て台詞を吐いて、浪士たちは立ち去って行った。

「ったく、オレたちを見て逃げ出すくらいなら、最初からあんな真似するなっての」
「あの……つ、捕まえなくていいんですか?」
「どんな罪で? 君って意外と過激だなあ」
「十分、暴行罪とか脅迫罪とかでいけると思うけどなあ」
「こっちにも過激な子がいた……」

 はあ、と沖田が溜め息をつく。

「あの……助けてくださって、ありがとうございました。私、南雲薫と申します」

 少女が頭を下げる。いかにも女の子らしい仕草で、久しく見ていないものだなとは思った。江戸にいた頃なら、千鶴が十分女の子らしかったわけだが――
 と、その時、沖田が急に千鶴の腕を掴んで引き寄せた。

「お、沖田さん!?」
「いいから。この子の横に立って」
「え……?」

 二人を並べ、交互に視線を向ける。が違和感に気付いた。

「んんー?」

 首をひねる。そんなことがあるだろうか?

ちゃん、どう思う?」
「うん。同じこと考えてると思う」

 沖田に問われ、は頷く。

「やっぱり……よく似てるね、二人とも」
「似て、る……?」

 千鶴が首を傾げる。
 南雲薫と名乗った少女とは偶然の出会いだった。だが、確かに千鶴と顔が似ている、とは思う。

「そっかあ? オレは全然似てないと思うけどなあ」

 藤堂が言う。

「いや、似てるよ。きっと、この子が女装したらそっくりになると思うなあ」
「うん、似てる」

 が頷く。

「沖田さん。この方、困ってらっしゃいますよ」

 南雲が言う。

「あ、えっと……」
「きちんとお礼をしたいのですけれど、今は所用がありまして。ご無礼、ご容赦くださいね」

 南雲はもう一度礼をした。

「このご恩はまたいずれ。……新選組の沖田総司さん、それから――」

 南雲は最後にを見て微笑むと、会釈をして立ち去って行った。

「おいおい。ありゃ、総司に気でもあるんじゃねえの?」

 藤堂がにやにやしながら言う。

「今のがそう見えたんなら、平助は一生左之さんに勝てないよね」
「ど、そういう意味だよ!」
「そのままの意味じゃん」
「うるせえぞ!」

 怒り出す藤堂に、がべーと舌を出す。隊と合流して、屯所へと戻る。は一度だけ南雲が立ち去った方を振り返った。もう姿は見えない。

「南雲薫、か……」

 なぜ千鶴と似た顔をしていたのか、はそれが引っかかって仕方がなかった。