「あれ、総司さん刀変えた?」

 沖田の鞘が変わっていることに気が付いて、が声をかけた。沖田の刀は池田屋で折れてしまい、修理不可能だと言われてしまっていた。今までずっと隊が用意した有り合わせの刀を腰に差していた。なかなか気に入るものがないとか、本当は菊紋の刀が欲しいとか、そんな話をも耳にしていた。

「うん。さっき決めたんだ」

 沖田が嬉しそうに笑い、すらりと刀を抜いた。刃が日光の下で輝く。

「大和守安定っていうんだ。ね、良い刀でしょ?」
「うーん、よくわかんないけど」

 沖田の傍でまじまじと刀を見るが、自分のものと何が違うのかわからない。沖田が呆れた顔をした。

「あのねえ……君の刀とも全然違うじゃない。反りは君のより浅いし、沸も強くついてる」
「でも刃文どっちもなみなみしてるじゃん」
「なみなみ……確かにどっちも乱刃だけど、君のは小乱で僕のは互の目乱。地鉄の色も違うでしょ」
「うーん……」

 が自分の刀を抜いて、沖田のものと比べて見比べる。確かに刃文は違うようだった。でも、「にえ」とかいうものも「じがね」とかいうものもよくわからなかった。沖田が溜め息を吐く。

「君は武士になるつもりはないんだろうけど、一応相棒なんだから、少しくらい興味持ってあげなよ。刀が可哀想だから」
「ぐぬ……」

 言い返す言葉がなかった。

「前の加州清光も気に入ってたんだけどね。僕と合ってたし。君も、自分に合う刀が見つかるといいね」

 は首を傾げる。

「別に今も困ってないけど」
「でも、少し長いでしょ。君の背丈にその刀は合ってないよ」
「……同じ打刀でも長さって違うの?」
「え、そこから?」

 沖田が顔を引きつらせた。はさらに首を傾げる。
 刀は刀であって、武器である。それ以外の意識で見たことがなかったし、どれも同じだと思っていた。さすがに脇差や短刀などの種類があることくらいは知っている。だが、同じ種類の刀で長さに違いがあるなんて気にしたことがなかった。の刀も父がどこかから買って来たものだ。町人は本来脇差までしか携行できないのに、父は打刀を買って来た。が十五の時だ。家の中でだけ鞘から抜いて遊んでいたが、今回京に来るにあたって父から譲り受けてきた。そもそも見たことのある真剣は、自分のものと千鶴の小太刀だけだ。他の刀を見る機会はなかった。

「まあ、こういうのは巡り合わせだから、いつか出会えるよきっと」
「そうかなあ……」

 自分に合う刀、というのがよくわからなかった。

「やあ、総司に君」

 近藤がやってきた。沖田がぱっと笑顔になる。

「近藤さん! 見てください、新しい刀決めたんですよ」
「ああ、そうらしいなあ。トシに聞いて見に来たんだ」

 沖田が嬉しそうに新しい刀を近藤に見せに行った。近藤が手にとって、太陽光に照らして刃を確認している。

「総司、新しい刀を決めたと聞いたが」

 斎藤もやってきて、三人で刀談義が始まってしまった。はそういう話には興味がなかったし、邪魔はしない方がよさそうだと判断して、沖田に一声かけて壬生寺の隊士たちの稽古に混ざりに行くことにした。

「総司が新しい刀を決めた?」

 壬生寺で隊士に稽古をつけていた永倉に声をかけると、驚いた顔をした。

「うん。今、近藤さんと斎藤さんと一緒に刀見て話してる」
「そうか、後で見せてもらわねえとな!」

 なぜか永倉が自分事のように喜んでいた。

「新しい刀ってそんなに嬉しいもんなのか?」

 が問いかけると、永倉は苦笑した。

「おまえにゃわかんねえか。刀は武士にとっては魂みてえなもんだからな。自分にしっくり馴染む刀ってのもなかなか見つからねえし、見つかった時にはそりゃ総司みたいに喜びたくもなるってもんだ」
「ふうん」

 刀屋に様々な刀が売っているのは知っている。全部同じではないことは、先程の沖田との話で理解をしたが、なにが合ってなにが合わないのかはよくわからないなと思った。

「それで、総司の刀の銘は聞いたか?」
「銘? 大和守なんとかって言ってたけど」
「大和守安定か!? そんな高え刀、どこから手に入れたんだ!?」

 永倉が目の色を変えた。そして、こうしちゃいられないと、隊士たちに休憩を言い渡した。

「俺もちょっと見てくるから、ここは任せたぜ!」
「ええ……」

 走って八木邸に戻っていく永倉の背を見送り、は肩を落とした。自分の稽古はいつになったらできるのだろう。
 仕方なく素振りをしていたが、永倉が帰って来ないのでも八木邸に戻ることにした。部屋に戻ると、千鶴の姿がない。首を傾げ、井上に千鶴の所在を訪ねた。

「雪村君なら、伊庭君と出掛けたよ」
「八兄と?」

 伊庭は時々屯所にやってきていた。二人が心配なので、と言って来るのだが、は再会した時に喧嘩別れのようになってから会ってはいなかった。

「ああ。京で綱道さんの噂を聞いたからということで連れて行ったんだが……いやあ、私はあれは嘘だと思うね」
「嘘?」
「雪村君も巡察以外では外に出られないだろう? 彼なりに気遣ってくれたんだと思うよ」

 は眉を寄せる。

「だからってそんな嘘……逆効果だろ……」

 伊庭は幼い頃の千鶴しか知らないから、きっとそんなことができるのだろう。千鶴がどんな思いで京まで父親を捜しに来ているかまではわかっていないに違いない。噂があったと聞いて喜んだだろう。そして、それが嘘だと聞いて落胆も大きいに違いない。千鶴の様子がありありと思い浮かんで、は溜め息をついた。

「ほんと、伊庭君には困っちゃうよね」

 話を聞いていたらしい沖田がやってくる。

「総司さん。刀の話は終わったのか?」
「うん。近藤さんも江戸に行く準備があって忙しいしね。壬生寺で稽古してたんじゃないの?」
「永倉さんも総司さんの刀見に行っていなくなったから」

 戻って来たんだ、と言うと沖田はそういえばという顔をした。

「ていうか、総司さんからも何か言ってやってよ。新選組の事情に口出すなーとか」
「面倒だけど、伊庭君に好き勝手されるのも癪だしね。気が向いたら言っておくよ。君が言ってくれてもいいんだけど」
「おれ、幹部じゃないし。八兄に会いたくないし」

 むすっとした顔でが言う。再会初日のことを忘れたわけではない。彼が認識を改めない限り、まともに顔を合わせる気はなかった。

「じゃあ、僕たちも散歩にでも行く?」

 沖田が急にそんなことを言いだした。

「はあ? 散歩?」
「京の観光してないでしょ?」

 そう言うなり、沖田はの手をとって歩き出す。

「え、ちょっと! いいのかよ!?」
「僕と一緒だから問題ないよ。あ、一君、今から出掛けるんだけど、一緒にどう?」

 途中で見かけた斎藤に声をかける。手を繋いでいるの方を見て、沖田に目を戻した。

を連れて行くのか? 副長の許可は?」
「僕が責任持つから大丈夫」

 沖田は軽い調子で言った。機嫌が良いようだ。斎藤が溜め息を吐く。

「まあ、構わんが」

 こうして、は沖田と斎藤と一緒に京の町に繰り出すことになった。
 散歩というだけあって、目的地はなかった。ただ昼の町をぶらついているだけだ。京の町の道には名前がついているという話をしていた時、ふと斎藤がいないことにが気が付いた。振り返ると、ある店の前で立ち止まっていた。

「斎藤さん?」
「ああ、刀屋か」

 沖田が納得した声をあげた。二人で道を戻って、斎藤の隣へと立つ。斎藤は店先に並んでいた刀が気になったらしい。

「ちょっと寄って行こうか」

 沖田が言うと、斎藤は無言で頷いた。

「いらっしゃいませ……やや、新選組の皆様! 今日はどういったご用件で?」

 店主が慌てて駆けよって来た。

「少し店の中を見たいだけだ」
「仕事じゃないから」

 馴染みの店だろうか、とは思う。刀屋なのだから、もしかすると普段から世話になっている店なのかもしれない。店の中には何振りもの刀が展示してあった。

「全部同じに見える……」

 呟きながら店内を見ていると、自分の持っている刀よりも短いものが目に入った。脇差だ。

「おれも脇差差した方がいいのかなあ」
「なに? 欲しいの?」

 沖田に呟きを拾われた。首を振る。

「欲しいっていうか、隊士のみんな大小差してるだろ? おれも持った方がいいのかなーって」

 武士は二本差しが基本だということは、知識として持っていた。打刀を一本だけ差しているのは藩仕えしていない浪人たちだ。庶民は護身のために脇差を差すことが許されている。

「やめておいた方がいい。あんたの体格じゃ、二本も差せば動きが鈍る」
「だよねー。こいつでさえまだ重いもんなあ」

 斎藤の言葉を聞いて、は頷いた。刀を振る時に、切っ先がぶれてしまうことを気にしていた。重いからだというのはわかっていた。きっと、自分に合う刀を今考えるなら、軽い刀だ。そんなものあるのかわからないけれど。

「その刀に思い入れがないなら、売って脇差にした方が君に合うんじゃない?」

 沖田が言う。売るのか、と思っては自分の刀に目を向ける。思い入れは別にない。ないのだが――

「やめとく。一応親から譲ってもらったものだし」

 沖田は意外そうな顔をしてから、そう、とだけ言った。
 斎藤が満足するまでしばらく刀を眺めた後、店を出て再び大通りを歩きだした。沖田が時折、あれはなに、それはなに、と指をさしながら説明してくれるのを頷きながら聞いていた。
 伏見までやって来た時、視界の端に文字を見かけて、無意識に足が止まった。

ちゃん?」
「え? ああ、ごめん」

 慌てて数歩遅れた分を駆け寄る。

「茶店か」

 斎藤が呟いて、どきりとする。沖田も斎藤の視線を追う。そこは菓子屋と茶店を兼ねている店だった。軒先に「煉羊羹」と提げている。

「ああ、ここの羊羹美味しいって有名だよね」

 ふうん、とは興味なさげに言った。

「食べたいの?」
「いや別に」
「食べたいの?」
「……」

 は答えない。

「食べたいって言ったら、お兄さん奢ってあげてもいいかなあ」

 ぱっとが沖田を見上げる。だが、すぐにその反応をしたことを恥じるように俯き、目を泳がせ、口を開いたり閉じたりした。

「……別に。いい」

 はあ、と沖田が息を吐いた。そして、の手を取って歩き出す。

「はいはい、お店入ろうね」
「は? いいって別に」
「そんな顔されたら僕が悪者みたいじゃない」

 呆れた声で言う沖田の後を斎藤が黙ってついてくる。
 席について茶を三つと羊羹を三つ注文する。やがてやってきた羊羹を見て、の目が輝いた。菓子切りで羊羹を小さく切って口に入れる。

「おいしい? って聞かなくてもわかるけど」

 正面に座っている沖田が湯呑を片手に苦笑していた。沖田の隣で斎藤が茶を啜る。

「羊羹好きなの?」

 小さく頷く。は一口食べたきり、俯いている。

「……ガキみたいだって思っただろ……甘いもの好きとか、女みたいって……」

 ぼそぼそと呟くと、沖田が首を傾げる。

「君が子供で女の子なのは事実だからいいんじゃない?」
「ぐっ……」

 言い返す言葉もない。斎藤が湯呑を置いた。

「あんたは今確かに男として周囲に見られているが、俺たちの前でまで性別を偽る必要はない」

 も菓子切りを置いた。

「……だって、女が戦場に出るのはおかしいんだろ」

 俯いて言う。沖田が眉を寄せた。

「伊庭君に言われたこと、まだ気にしてるの?」

 女の子なんだから、と言われた。昔から嫌いだった言葉だ。女は弱い。守られるべき。そんなことをいってきた奴らは力でねじ伏せてきた。おかげで地元で自分を女扱いする者は減ってきたが、京ではそういうわけにはいかなかった。自分はまだまだ弱いのだということを、この町に来て思い知った。

「言われたくなくて、今僕たちと稽古してるんじゃないの?」

 頷く。

「あんたは来たばかりの頃と比べたら強くなった。これからまだ強くなるだろう」

 斎藤が言う。

「いつかその身につけた力で、あんたを馬鹿にしてくる男を打ち負かすといい」
「……うん」

 いつか、強くなったら伊庭と手合わせをしようと思う。そうして、自分が真剣に強くなろうとしていることを認めてもらおう。そうすればきっと、彼も自分の思いに気付いてくれるはずだから。

「念のため言っておくけど、僕も一君も、稽古は真面目にやってるからね。君を女の子扱いしてるつもりはないよ」

 顔を上げると、沖田がいつものように笑っていた。斎藤も頷く。

「強くなろうとする者に、手を抜いて相手をするのは礼儀に反する」

 この二人は、自分の思いをちゃんと汲んでくれている。強くなろうとしているから、強くしようとしてくれている。新選組の正式な隊士でもないのに、彼らはに正面から向き合ってくれている。

「ありがとう」

 眉を下げ、は笑みを浮かべた。