元治元年五月。朝食の片付けをしたと千鶴は、斎藤に連れられて広間へとやってきた。引き戸を開けると、土方、沖田、永倉、原田、藤堂がいた。
「ずいぶんと長く待たせたな。おまえらを外に出してやる時が来た」
「本当ですか!?」
千鶴が嬉しそうな声をあげた。
「綱道さんと特徴の一致している人物が伏見にいたらしい。真偽は定かじゃねえが、本人かどうかは娘のおまえに確かめてもらうのが一番だと思ってな」
二人は息を呑んだ。ここに来て五か月。ようやく有力な情報が手に入ったのだ。
「それで、父によく似た人というのは、一体どこに?」
「伏見にある寺田屋って宿だ。これから斎藤に確かめに行ってもらう」
千鶴が目を向けると、斎藤が小さく頷いた。
「だが、綱道さんがまだそこに留まってるとは限らねえだろ」
「ああ。伏見にいたってことは、京の町中をうろついている可能性もある」
原田と永倉が続けて言った。
「その通りだ。だから、原田と新八、それから平助の巡察にこいつらを同行させて、綱道さんを捜してもらってもいい」
「オレたち全員で? いつもは手分けして順番に見回りしてるのに……」
藤堂が怪訝そうに言う。巡察は当番制だと聞いている。組長三人が一緒に巡察に出るのはやはり異例なのだろう。逃げ出した時のことを想定されているのだろうかとは思う。新選組のことは信用している。すると決めた。だが、向こうからこちらへの信用はまだないのだろう。隊務をこなしているわけでもない、ただ預かられている身の子供が二人。仕方がない。
「私、寺田屋に行きます。斎藤さん、ご一緒しても構いませんか?」
「わかった」
「よろしくお願いします」
斎藤が頷き、千鶴が頭を下げた。
「それじゃあ、おれも――」
一緒に行く、という言葉を遮って千鶴はの手を握った。
「ちゃん! 分かれて捜そう! 私は寺田屋を見てくるから、市中をお願いできる?」
「はあ? 巡察に同行して来いってか? いや、おれは千鶴と一緒に……」
「お願い、ちゃん!」
少しでも綱道の手掛かりが欲しいのだろう。それはわかる。だって綱道の顔はわかるし、多少の変装くらいであれば見破れる自信はある。は溜め息をついた。
「ったく、しょうがねえなあ……」
千鶴の頼みには弱い。組長の強さを信じていないわけでもない。千鶴を斎藤に任せてもきっと大丈夫だろう。彼らが自分たちを害するわけではないのだから。
「というわけで三人とも、おれがそっちに同行するから」
そう告げてから、は斎藤に向き直る。
「斎藤さん、千鶴を頼んだからな」
「ああ、任せておけ」
斎藤はに向かって頷いて見せた。
の肩がばしんと叩かれる。
「んじゃ、行くか!」
永倉が笑った。
屯所を出るところまでは一緒に、そこから巡察の組と伏見に行く組で分かれた。
「はあー、久しぶりの外だー!」
数か月ぶりの屯所の外だった。は大きく伸びをして深呼吸をする。初夏の京の空気は少しじめついていた。
巡察は原田の組で、永倉と藤堂がの監視に来ている状況だった。別に逃げたりしないのにな、と思う。もっとも、信用を得るようなことをした覚えもないので無理はない。沖田とは随分話をするようになったものだが、彼からも「信頼」というものを得ているとは思えない。ただ彼らとは共通の目的を持ち、共通の秘密を一部抱えただけの関係なのだ。
「知ってると思うが、京は治安が悪い。俺たちから離れるなよ」
「はいはい」
腰に差した刀に手を置いて、は原田の言葉に適当な返事をした。
浅葱色のだんだらを羽織った男たちがぞろぞろと通りを歩く。
「壬生狼だ……」
そんな言葉が聞こえて周囲に目を向ける。町人が嫌悪感をあらわにした目でこちらを見ていた。目が合うと露骨に目を逸らし、逃げるように建物の中に隠れてしまう。関わり合いになりたくないようだ。
「壬生狼って?」
聞こえてきた言葉について原田に問う。
「俺たちのあだ名だってよ。『壬生村の浪士』と『狼』をかけて『壬生狼』だと」
京の人間はよそ者が嫌いなのだという。だから、江戸からやってきた新選組のことも気に入らないのだろう。
「ま、江戸みてえにいろんな藩の出の人間が住んでるわけじゃねえからな。どうしても、よそ者への偏見はあるさ」
「ふうん」
新選組は町の人間たちに認められているわけではなかったのだ。江戸にも聞こえていた噂が京でもあるのだとしたら、彼らのことを「人斬り集団」だと思っているのかもしれない。だってまだ否定しきれているわけではない。ただ、彼らは「誠」を掲げた武士であろうとしている。土方が言っていた言葉だ。土方の言う武士がどんなものなのかはまだわからない。
「貴様、今、何と申したのだ!」
「我ら勤王の志士に楯突くとは、天子様に弓引くのと同じことぞ!」
柄の悪そうな浪士の声が聞こえ、藤堂が真っ先に駆け出し、原田と永倉がその後に続いた。隊士たちも後を追い、は一人通りの真ん中に残された。
「おいてめえら、そこで何してやがる! 新選組だぞ、神妙にしろ!」
「む、壬生狼だと!?」
浪士が刀を抜いたが、刀が交わる音が聞こえたのは少しの間だけだった。藤堂たちに比べて、浪士たちはあまりに弱い。
「大人しくしろ。暴れなきゃ、命までは取らねえよ」
「おのれ……!」
浪士の一人が隊士の隙をついて逃げ出した。は自然と足を踏み出していた。逃げ出した浪士を追いかける。藤堂が叫びながら後を追いかけてくる。
行く手を、一人の男が遮った。
「どこに行くつもりだ? 何もやましいことがないなら逃げることはないはずだろ」
男が浪士の肩を掴んだ。
「邪魔をするな!」
「ぐっ……!」
浪士は男の顔を殴り、そのまま逃げだした。だが、その一瞬の停止はが追いつくに十分だった。
「おらあ! 止まれ!」
地面を蹴って、は男の背中を勢いよく踏みつける。男はその勢いのまま前のめりに地面に突っ込んだ。藤堂たちが追いつく。
「おい、!」
永倉がの頭を押さえつけた。
「なんだよ!」
「無茶なことすんな、こういうのは俺たちに任せておけばいいんだから」
「……逃がせばよかったのかよ」
が不満そうな顔を向ける。よかれと思って追いかけたのに、誰も褒めてはくれないようだった。預かられている身というのは面倒なものだ。こんな当たり前のことでさえ制限がかかる。
「手伝ってくれてありがとよ。助かったぜ」
藤堂が途中で殴られていた男に手を差し出した。男は睨むような目を藤堂に向けた。
「……別に、礼を言われたくてしたことじゃない」
ぶっきらぼうにそう言うと、目を逸らした。
「……新選組が乱暴者の集まりだっていうのは本当らしいな。あいつが言ってた通りだ」
藤堂が眉を寄せる。
「おい、オレたちが乱暴者ってどういうことだ? 誰が言ってた?」
「いや、誰って……江戸じゃ、誰もがそう言ってるぞ。名を上げることしか頭にない、血に飢えた人斬り集団の新選組ってな」
原田が男の襟首を掴んで、乱暴に立ち上がらせた。
「てめえ、今、何つった?」
「な、何をするんだ! 俺は聞かれたから答えただけだぞ!」
「じっくり聞かせてもらおうじゃねえか。江戸の噂かどうか知らねえが、おまえが俺たちをどう思ってるかをよ」
「ま、待て。俺の考えじゃないって言っただろうが! そこの人も止めてくれ!」
男が永倉や藤堂に助けを求める。永倉が肩を竦めた。
「こうなっちまったら諦めろ。左之にゃ、この手の冗談は全く通じねえんだから。命が惜しければ、早いとこ詫び入れた方がいいぜ」
「なあ、オレたちのこと、江戸じゃそんな噂になってるのか?」
「それは……」
「……」
「うーん、まあいい噂は聞いたことないんだけど……」
が腕を組んで唸る。人斬り集団というのは確かに聞き覚えはあるし、当初のも新選組のことをそのように思っていた。
その時、男の懐から折り畳まれた一枚の紙が落ちた。
「あ、何か落ちたぞ」
話を変えるように、が落ちたそれを拾った。
「待て! それに触るな!」
原田の手から逃れた男が駆け寄ろうとするが、永倉と藤堂に羽交い絞めにされる。
「おっと!」
「は、離せ! 何をする!」
「『何をする』はこっちの台詞だろ。どうしていちいち突っかかるんだよ」
「うるさい、このならず者共……!」
が拾い上げた紙を見て、眉を寄せた。それは錦絵だった。
「、それ何だ?」
原田の問いに、は困ったような顔で紙を差し出した。受け取った原田はそれを見て、表情を険しくする。
「……おまえ、この絵をどこで手に入れたんだ?」
原田が真剣な声で問いかける。
「何だ? 何が描かれてたんだよ」
原田が無言で永倉に紙片を渡す。永倉と藤堂が言葉を失った。
「ぶ、武士にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
男が叫ぶ。
「そんなこと関係ねえよ。いいから答えろ」
有無を言わせぬ口調で原田が言う。ぐ、と言葉に詰まった男は仕方なさそうに答える。
「……江戸の知り合いから貰ったんだよ」
「その知り合いっつうのは誰だ?」
「どうしてそんなことまで言わなきゃならないんだ。あんたたちには、関わりのないことだろうが」
「関わりがあるかないかは、俺たちが判断することだ。いいから答えろよ」
「……知ってる絵描き見習いだ。それ以上は言わない!」
長引きそうだし、自分はいない方がよさそうだなと判断しは離れる。他の隊士たちが浪士を縛り上げているところに近付いた。
「お疲れさん」
「あ? ああ、おまえ、って言ったか」
隊士の一人が答える。
「おう、よろしくな」
「なんで一番組の見習いが、俺たちの組についてきてるんだ?」
別の隊士に問われる。
「うーん、副長命令?」
適当に答える。命令ではないが、こうして他の組に混じって歩けるのは土方のお陰なので、あながち間違いというわけでもない。
「おまえ、沖田組長に気に入られて一番組に抜擢されたって本当か?」
は首を傾げる。
「いや、違うけど?」
「だって、あの沖田組長直々の稽古つけてもらってるって聞いたぞ」
「まあ、そうだけど。なんか珍しいの?」
問うと、隊士たちが顔を見合わせた。
「だって、沖田組長の稽古は――」
「屯所に戻るぞ!」
永倉の声で、皆は口を閉じた。結局沖田の稽古が何だというのかはわからなかった。
男は屯所に連れて帰ることになったようだ。まあ、無理もないなと錦絵を見たは思う。だって、あの絵は――確かにあの夜見た白髪の隊士の絵だったのだから。
連行された男は相馬主計という名前らしい。相馬は八木邸の広間に連れて来られ、が土方たちを呼びに行って、主だった幹部が揃った。その間に寺田屋に行っていた斎藤と千鶴も帰って来ていた。
「ちゃん」
「千鶴、帰ってたのか」
「あの、何があったの……?」
千鶴がの元に駆け寄って来た。は肩を竦める。
錦絵が土方や山南の手に渡り、顔を険しくする。ピリピリとした緊張感は、まるでと千鶴が最初に来た日のようだったが、無理もないとは思う。その時と状況としてはあまり変わらない。
「で、この絵を描いたのはどんな奴なんだ?」
土方が問う。
「知らない」
相馬が答えた。
「おい、さっきは知り合いの絵師だって言ったじゃねえか」
「記憶にないな」
「てめえ、嘘をつくのもいい加減にしろよ」
永倉と原田が詰め寄るが、相馬は答えない。
「ねえ君、何も話すつもりがないなら斬っちゃうけど、それでもいい?」
「待て、総司。山南さんの話が先だ」
刀に手をかけようとする沖田を斎藤が制した。山南は錦絵を持ったまま、相馬の前に歩み寄り膝をついた。
「相馬君と言いましたね。あなたはこの絵を、何を描いたものだと思っていますか?」
優しい口調で問いかける。そんな山南の口調に話す気になったのか、相馬が口を開く。
「浅葱色の隊服を着た……新選組隊士だろ」
「確かに、着物はそうですね」
山南が頷く。
「ですがこの絵の人物は、白髪で目が赤く、口が裂けています。あなたはこれを見て、何とも思いませんでしたか?」
ようやく状況を理解した千鶴が息を呑む。千鶴が隣に目を向け、は無言で頷いた。
「確かに変だとは思ったが……そいつが、新選組は鬼のような奴らだって言ってたから、そうなのかなって……」
はあ、と誰ともなく息を吐きだした。その絵を描いた人物は、相馬にその隊士の絵が何を表しているのかまでは話していないようだ。そのことに安堵したのだろう。
「なるほど、鬼、ですか……的を射ているかもしれませんね」
山南はにこりと笑って続けた。
「ところで、新選組のことをよく知っていて、絵の心得がある人物……私たちにも心当たりがないわけではありません。これを描いたのは井吹君ですね?」
相馬は驚いて目を瞠った後、観念したように小さく頷いた。
井吹とは誰だろうか。新選組に昔いた人物だろうか、とは思う。幹部の皆が納得したような顔をしているが、新選組の秘密を知っている人物が隊外にいるというのが少し引っかかった。
「もう一度聞くぞ。この絵は、これ一枚きりなんだな?」
土方が厳しい顔で問う。
「あ、ああ……捨てるつもりだって言ってたのを無理矢理もらってきたからな。だが、なんだってこの絵のことで、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ?」
周囲を見渡して相馬が改めて言った。
「こんな鬼みてえな絵が市中に出回ってみろ。俺たちの評判が、今まで以上に落ちるに決まってるだろうが」
嘘だろうと思った。きっとその絵は、新選組の持っている何か秘密に関わっているものなのだ。あの夜見た白髪の隊士が、絵ではなかったことをたちは知っている。
「そ、それは、確かに……」
だが、相馬はそれで納得したようだった。山南が頷いて錦絵を畳んで懐にしまった。
「というわけで、この絵は没収させていただきます。いいですね?」
「わかった……好きにしてくれ。俺の疑いもこれで晴れたんだろう?」
溜め息混じりに相馬が言う。一つ頷き、近藤が歩み出た。
「相馬君だったな。俺は会津藩お預かり新選組局長を務めている、近藤勇という。うちの隊士が手荒な真似をしてすまなかったな。許してほしい」
折り目正しい仕草で頭を下げる。相馬は驚いて目を見開いた。
「か、顔を上げてくれ!」
相馬は慌てふためいた様子で近藤の方に一歩進み出た。
「あんた……あなたは新選組局長なのでしょう? 俺みたいな小身の者に頭を下げるなんて!」
武士にとって、武家にとって、上下関係というものは命より重いものらしい。相馬は最初に自分は武士であると言った。だから、近藤が自分に簡単に頭を下げたことに衝撃を受けたのだろう。
頭を上げると、近藤はにこりと微笑んだ。
「局長という立場にあるからこそ己の過ちは素直に認めるべきだ……と俺は思う。まあ、世に言う武士のあり方とは少し違うかもしれんがな」
そう言って、隣にいる土方に笑みを向ける。土方が息を吐く。
「本物の侍でありてえと思っちゃいるが、今の武士の腐ったところだけを真似てもしょうがねえからな」
「……」
相馬は二の句が継げぬ様子で固まってしまった。
それは、が以前土方から聞いた言葉でもある。近藤と土方が同じことを言っている。やはり、この新選組という組織は『誠』の武士を目指そうとしているのだ。
近藤が優しいまなざしで相馬の顔を覗き込む。
「この絵を描いた井吹君は、元気にしているのかな?」
「あ……は、はい。とても」
「そうか、それは良かった。なあ、トシ」
「ふん……そんな奴のことは覚えてねえ」
知らないとは言わないのだなと思った。井吹がどんな人物かはわからないが、幹部たちの様子を見ても、きっと仲の良い存在であったのだろうとは思う。幹部の皆も、嬉しそうに微笑みあっていた。
「では、そろそろ帰ります。本日の貴隊の隊士の方々に対する数々の無礼、お許しください」
近藤の姿に魅入られたのか、相馬は先程までとはまったく違う様子で丁寧に頭を下げた。
玄関まで見送ることになったのは、巡察組と千鶴の五人だった。
「それじゃ、俺はこれで」
「いや、悪かったな。無理矢理こんな所まで連れてきちまって」
永倉が軽い調子で言う。
「そもそもあんたたちが俺から絵を奪い取ったりしなきゃ、こんなことにはならなかったんだ」
「そう言うなよな。あんな物騒なもんを他の奴らに見られてたら、もっと大事になってたんだぜ」
「そりゃそうかもしれないが……」
自分も大変な目に遭ったと言わんばかりに、相馬は肩を落とす。
「何にせよ、龍之介の消息も聞けたんだし、一件落着ってことで良かったんじゃねえか」
「そうだな。……相馬だっけ? せっかく縁ができたんだし、気が向いたら遊びに来いよ」
藤堂と永倉が言う。
「遊びにって……新選組と関わりを持ったりしたら、色々と差しさわりが……」
言いにくそうに相馬は口ごもる。ああ、と原田が頷いた。
「そういや普通の藩勤めだったな。確かに、俺たちなんかと関わってるとばれたら面倒か」
「……いや、我が藩は……」
相馬の呟きは誰の耳にも届かなかった。
「さて、そんじゃそろそろ飯の買い出しに行かねえとな。左之、平助、付き合ってくれよ」
「おう! そんじゃな、相馬! また会おうぜ!」
「あ、はい!」
買い出しに行く三人が賑やかに去っていくのを、相馬は見送る。残ったと千鶴も別れの言葉を切り出そうとすると、相馬の方が先に口を開いた。
「そういえば聞くのを忘れていたが、君たちも新選組の隊士なのか?」
二人は顔を見合わせる。
「は、はい。一応、小姓です……」
「おれも、一応隊士……見習いだけど」
隊士たちもそう思っているため、全くの嘘ではないが実際は新選組の一員ではない。だが、正直なことを相馬に伝える必要もないと思い、やり過ごすために二人は答えた。
相馬は溜め息を吐く。
「君たちのような年端もいかぬ者でも幕府の為に働いているというのに、徳川譜代の我が藩は……」
「相馬?」
何か藩に対して不満があるのだろうか。それを問う前に、相馬は首を振った。
「それじゃ、俺はそろそろ行く。皆にもよろしく言っておいてくれ」
「あっ、はい。それでは」
「またな」
もう一度礼をして、相馬は屯所を去って行った。その背中が見えなくなるまで見送ると、と千鶴も中へと戻る。
「で、そっちはどうだった?」
が千鶴に問うと、千鶴は肩を落とした。
「寺田屋に出入りしていた蘭方医は別の人だったみたい」
「そっか……」
多少の期待はしていたものの、そんなにすぐに見つかるとはは思っていなかった。長期戦になりそうだな、と改めて思う。
「寺田屋の向かいのお店で、才谷さんという方に会ったんだけど……」
「才谷?」
「私のこと一目で女だってわかって……」
どうしてだろう、と千鶴は溜め息を吐く。真剣に悩んでいる千鶴を見て、は思わず真顔になる。
「まあ、わかると思うぞ」
「うそ!? だって新選組の人たちは……!」
「気付いてない方が少なかったじゃん。ま、千鶴は可愛いから男装じゃ取り繕えないんだろうなー」
「も、もう! ちゃん!」
先を歩くの背を軽く殴って来る千鶴に、はおかしそうに声をあげて笑った。