深夜、元から出歩く人が少なかった街に本当に人気が無くなった頃。貸しボート屋から三艘のボートが出て行った。七人は二、二、三と分かれてボートに乗ると、水路を使ってモリュウ城への侵入作戦を開始した。しんと静まり返った街に、ボートが静かに流れていく。城の横にボートを泊めると、先頭のボートにいたジョニーはさてと呟いて後ろを振り返った。

「あそこにテラスがあるのが見えるかい?」

 くいと上を指差しながら、自身も見上げる。城の二階程の位置に、確かにテラスが見える。

「はい。……まさか、あそこから?」
「あんなところまでどうやって上るのよ?」

 スタンとルーティがそれぞれ疑問を述べる。

「そこで活躍するのがこれさ」

 ジョニーがにやりと笑って何かを取り出した。先が曲がった金属に長いロープが取り付けられている。

「鉤縄ですか?」

 フィリアが言うと、ジョニーは肯定する代わりに笑顔を見せた。そして、テラスをまっすぐに見ながら、慣れた手つきでロープの部分を持って鉤の部分を回しだす。鉤縄が風を切る音が大きくなると、テラス目掛けてそれを投げた。一直線に飛んで行った鉤縄は、テラスの手すり部分にぐるぐると巻きついた。すごい! とスタンが思わず声をあげ、フィリアが小さく拍手をした。

「ありがとうよ。さ、上った上った」

 ぐっとロープを強く引いて外れないのを確認しながら、ジョニーが言った。先にスタンが上って行って、次にルーティ、フィリア、マリーと上って行き、スタンが上から手を貸した。そしてリオンも上って行き、残ったのはとジョニーとなった。リオンが半分程上った頃、ジョニーがふうと息を吐いた。

「さて、と。久しいな、

 隣にいるに微笑みかけながらジョニーが言う。

「そうだね、ジョニー」

 も笑みを返す。

「四年、か。お前がアクアヴェイルを出て行ってから」
「……」
「まさかバティスタを追ってお前が来るとは思わなかったぜ」
「私だって。まさかセインガルドの客員剣士になるなんて、夢にも思わなかったよ」

 ジョニーの言葉に目を逸らし、がため息交じりに言った。そりゃそうだ、とジョニーも苦笑する。アクアヴェイル出身のが、まさか敵国の剣士になるとは夢にも思わない。だから、後々面倒になりそうなことを見越して、なんとしても断ろうと思ったのだ。それは結局ヒューゴによって叶わなかったが。

「で? 今までどこに居たんだ? ずっとセインガルドに?」
「いや。セインガルドってか、ダリルシェイドに居座ってるのは去年から。しばらくノイシュタットにいて、それからあちこち放浪して――」
ー! 坊ちゃんが早く上って来いってー!』

 の言葉を遮って、シャルティエの声が上から聞こえた。なぜシャルティエなのかと、は怪訝そうにテラスを見上げる。リオンが不機嫌そうな顔でこちらを見下ろしていて、早く上って来いと手で合図をしていた。

『忍び込んでんのに大声出したらバレるだろ』

 リィドがの疑問を読んだように答えた。なるほどと納得する。シャルティエならマスターたちにしか聞こえないから、城の兵士たちにばれることは無い。ジョニーには聞こえないが、が伝えれば問題ない。

「早く来いってか?」
「そういうこと」

 察したのか、ジョニーが苦笑しながら言う。も苦笑を返した。

「ま、とにかく楽しくやってるようで安心したぜ」
「楽しいよ、結構ね」

 セインガルドの剣士はやはり不本意なものだ。それは一年前も今も変わらない。だが、こうしてみんなで一緒に旅をしていること。目的が楽しむものではないにしろ、それは楽しい事だった。

「さ! ジョニー先に行きなよ。すぐ追いかけるから」
「んじゃ、そうさせてもらうかね」

 ジョニーは頷くと、ロープを持ってテラスへと上って行った。

「四年ぶりか……変わってないな、ジョニー」

 その様子を見上げながら、がふと呟いた。それはジョニーには聞こえないほどの大きさだったが、リィドにはしっかりと聞こえていた。がすっと目を細める。

「ねえ、リィド。私は変わった?」
『……』

 リィドにの右手が微かに触れる。

「……ごめん、変なこと聞いた。忘れて」

 首を振って、は上を見てロープを手に取った。

『変わってねえよ』
「うん?」

 突然の声に、上ろうとした手を止めて視線を下げる。

『お前はお前だ。他に何に変わりようがあるんだよ』
「……」

 当たり前だというような、そんなリィドの声は優しかった。返事は無いだろうと思っていただけに、は目を丸くした。そしてふっと頬を緩める。

「そっか。そうだね。ありがと」

 変わりたかった。昔の弱かった自分から。ずっと変わろうとしていた。それでも、リィドは言った。だ、と。何がどう変わろうと、自分が自分であることに変わりはないのだ。

「遅い」

 が着いて最初のリオンの言葉はそれだった。不機嫌そうな相棒に、は苦笑しながらごめんと素直に謝った。既にスタンやルーティたちは城の中に侵入しており、テラスにはリオンしか残っていなかった。

「で? 城の構造なんてわかんないわよ?」

 ようやく全員揃ったということで、ルーティが切り出した。

「ああ、それなら――」

 と、ジョニーが言いかけた時だった。

「誰? 誰かいるの?」

 七人の誰の声でもない、か細い女性の声が聞こえた。全員の視線が集まったのは、室内にあるひとつのドアだ。外から閂で錠がかかっている。

「その声は……!」

 顔色を変えたジョニーはドアに駆け寄った。閂をなんとか外そうとするが、鍵がなくては開きそうにない。中には女性がいるようだ。

「ジョニー、ちょっと退いて」

 なんとか開けようとしているジョニーを退かして、が進み出る。リィドを鞘から抜くと、離れてて、と中の女性に声をかけた。はふっと息を吐くと、閂ごとドアを叩き切った。ガシャンと大きな音が鳴り、は後頭部をリオンに殴られた。が不満げに後ろを振り返っているうちに、ジョニーがドアを開けて、中へと入って行った。

「リアーナ!」
「ジョニー!」

 リアーナと呼ばれた女性は、驚いた表情でジョニーを見た後、ジョニーに抱きついた。顔がやつれているように見えるのは気のせいではないだろう。

「リアーナ。フェイトは?」
「わからないわ……バティスタによってどこかに捕えられているはず……」

 不安げな表情で首を振るリアーナ。リアーナの言葉に、が顔を顰めた。フェイトもまた、の知り合いの一人だった。

「お願いジョニー! あの人を……あの人を助けて!」

 そう言って涙を流すリアーナを落ち着かせるように、ジョニーは背中に手を回してぽんぽんと叩いた。

「心配しなさんなって。フェイトは必ず助けるし、ジノのおやっさんの仇も討つ。だから、あんたはここで大人しく待ってるんだぜ」

 そう言ってジョニーは笑った。そのジョニーの様子に、こちらが彼の素の様子なのだということに気が付く。普段が道化を演じているだけなのだと。

「お知り合いですか?」

 話が終わったジョニーが出てくるなり、スタンが聞く。ふふん、とジョニーは得意げに笑った。

「聞いて驚け。次期領主の奥方さんだ」
「次期領主!? ってことは、もしかしてあんたの言う親友って……」

 ルーティが驚くと、ジョニーは真剣な表情で頷いた。

「フェイト=モリュウ。本来ならジノのおやっさんの次に領主になるはずだったやつさ」

 言いながらジョニーは拳を握った。元領主のジノは、バティスタによって殺され、息子であるフェイトはバティスタに幽閉されている。
 ルーティは途端にやる気になって、先陣を切って城の中へと入っていく。次期領主を助けるのだから、何か謝礼でも貰えるかもしれない、などと考えているのだろう。そんな現金なルーティの姿を見て、ジョニー以外の意図が読めたメンバーはため息と苦笑をこぼした。

「変わった建物だな」

 黙って歩いていたマリーが不思議そうな顔で周囲を見渡す。途中で出会った敵は、夕方外で出会った兵士と似たようなものだった。大して錬度もなく、統制もとれていない、賊の集まり。難なく処理して、皆は先に進んでいた。マリーが言う通り、城と言ってもセインガルドの城とは大きく異なっている。木が飾ってあったり、城の中にまで水が流れていたり。そして、ドアは横に開く引き戸。床に敷いてあるものは絨毯ではなく畳というものらしい。

「アクアヴェイル独特の文化だからな」
「そうなんですか」

 フィリアも興味深そうに見ている。先に進むためのからくり仕掛けが数か所で見られた。ジョニーが言うには、防犯対策としていくつか設置されてはいるが、前領主が生きていた頃はここまで多くのからくりは無かったと言う。バティスタは数日のうちに、城の内部まで手を加えたということになる。

「ねえ、ここにバティスタがいるのは確実なんでしょ? グレバムもいるのかな?」

 が誰に言うでもなく尋ねる。ジョニーが首を傾げた。

「さあな。でも、バティスタ以外に怪しいやつが来たなんて話は聞いてないぜ? トウケイからかなりの数の兵士は送り込まれているがな」

 リオンが頷く。

「可能性は低いかもしれないな。アクアヴェイルにはまだ領地があるだろう?」
「あるな。ここモリュウの他に、シデンとトウケイがある」
「シデンってのは、最初に行った領地ね」

 うんうん、と頷きながらルーティが言う。そうなると、残りはトウケイ領ということになる。バティスタがアクアヴェイルに来たことから、グレバムがこの国のどこかにいるのはほぼ確実と言っていいだろう。そして、トウケイ領から敵兵が送り込まれているのならば、グレバムがどこにいるかは必然となる。

「アクアヴェイルを統治しているティベリウスってやつがいるんだが、そいつは独裁者でな。噂によると、セインガルド侵攻なんてのを前々から考えてるって話だ」
「グレバムと手を組んでいても不思議ではない、というわけですわね」

 フィリアが言うとジョニーが頷いた。ふと、ジョニーとの目が合う。思わず合ってしまった目には苦笑し、ジョニーも同じく苦笑を返した。
 少し広い部屋に出た。目の前に大きな扉がある。今までの引き戸とは造りが違うようだ。

「あれ?」

 何気なくが扉を開けようとする。

「この扉、開かないよ?」
「え?」

 横に引こうが押そうが、びくともしない。が退いてスタンと交代するが、やはりびくともしなかった。

「うわ、ほんとだ。全然動かないや」

 スタンは困ったような声で言い、扉を上から下まで眺めた。コンコンとが扉を叩いてみた。厚みがあり、簡単に斬れそうな材質でもない。

「重そうだし、斬ったら刃こぼれしそうだなあ」
『やるなよ?』
「やらないよ」

 今にもディムロスを抜こうとしていたスタンは、その会話を聞いて微妙そうな表情でディムロスにかけていた手を離した。ディムロスの小さなため息が聞こえる。

「錆び付いているのでしょうか」
「いんや、そんな感じはしないなあ」
「開かない扉か。怪しいな」

 扉の前にみんなが集まって、何人かで扉を引いてみたり、押してみたり、色々と試行錯誤をしてみるが、やはり開く気配はない。は部屋を見回す。恐らくこれもからくりなのだろう。どこかに扉を開けるための何かがあるはずだ。すると、リオンだけがこちらに来ておらず、一人で何かをじっと見ていることに気が付いた。

「リオン? 何かあった?」

 リオンのことだ。何かわかったのかもしれない。が寄って行くと、リオンが振り返った。

「どう思う」

 そう言って指差した。

「オルガン?」

 茶色の木製のオルガンだった。明らかにこの場にあるのはおかしい。蓋を開けながらは首を傾げる。現れたのは白と黒の鍵盤だ。これがからくりに関係しているのは確かだろうが、これをどうしろというのか。は徐に両手を鍵盤に載せると、黒鍵を押して曲を奏でだした。

「ねこふんじゃった♪ ねこふんじゃった♪」
「馬鹿かお前は」

 何とも間抜けなメロディがオルガンから鳴り響く。オルガンで弾く曲でもないため、音色が全く間抜けなその曲と合わない。リオンがばかばかしいとの後頭部を殴った。

「あ! 開いたよ!」

 扉の前にいたスタンが嬉しそうに声をあげた。

「え? ほんと!?」

 手を止めてが振り向くと、スタンの言う通り扉は開いていた。だが、すぐにバタンと重そうな音をたてて閉まってしまった。

「あ、閉まった!」
「……なるほど、そういう仕掛けか」

 扉を見ていたリオンが、オルガンに向き直る。リオンの言葉にも再びオルガンを見た。

「どうやらあの扉は、このオルガンが鳴っている間だけ開いているらしいな」
「へえ。随分と風変りな仕掛けじゃないか」

 オルガンに興味を持ったらしく、自称吟遊詩人のジョニーが楽しそうに近づいて来る。

「じゃあ、。今の曲ずっと弾いててよ」

 名案だというように、スタンがに頼んだ。が、は眉間に皺を寄せてスタンを振り返った。

「え。ねこふんじゃったエンドレス!?」

 ありえないとは首を振った。最後まで弾いてもとても短い曲だ。それをエンドレスで弾くなんて、頭がおかしくなりそうだ。

「どれ。いっちょ、俺が弾いといてやるかい」

 仕方ないなと、だが楽しそうにジョニーが言ってオルガンの椅子を引いた。自称吟遊詩人はリュート以外の楽器も演奏が出来るらしい。

「ありがとうございます、ジョニーさん!」

 スタンが素直に笑顔で礼を言う。だが、リオンはすっと目を細めてジョニーを見た。

「そして、僕たちが入った後に弾くのをやめて閉じ込めると?」
「リオンさん!」

 フィリアが諫めるように名前を呼ぶ。一瞬驚いたように目を丸くし、ジョニーは苦笑しながら肩を竦めた。

「信じられてねえなあ」
「当たり前だ」

 実際、ジョニーにはまだ謎の点が多いのも事実だ。リオンは未だに警戒の意識を解いてはいなかった。

「じゃあ、私が残ろっかー?」

 はーい、とが手をあげた。ジョニーが驚いた顔をし、リオンの眉間には途端に皺が増えた。

「誰か見張りに残れば問題なしじゃない? 監視と護衛と両方できるよ」

 どうしてこの馬鹿な相棒は、こういう時だけまともなことを言うのか。普段もそれくらいの考えを持って欲しいものだが、高望みはするものではない、とリオンはため息をついた。そして、またしてもジョニーを疑う隙を潰されてしまった。リオンがに近づいた。

「いだっ!」

 一発の頭を殴ると、リオンは満足したようにフンと鼻を鳴らした。

「ちゃんと見張っておけよ」
「わかってるよ。でも、殴る必要性がわかんないぞコラー!」

 リオンのバーカ! 短気ー! と叫ぶを見向きもせずに、リオンは扉の前へ行く。そんな二人の様子に苦笑しつつ、ジョニーはオルガンを弾き始めた。開いた扉の向こうに、リオン達は消えて行った。
 曲は続く。和音と長い音符が多い、オルガンの音色を生かした静かな曲。この音を聞いて敵が来るかもしれない。はいつでも対応できるように、周囲を警戒していた。耳ではちゃんと曲を聴きながら。

「あー、懐かしいなあ。ジョニーの演奏」
「そりゃそうだ。お前、出て行ってから一度も帰って来てないんだからな」

 オルガンを弾きながら言うジョニーに、が肩を竦める。それからはジョニーに目を向ける。こちらからジョニーの表情は見えない。見えるのはオルガンを弾くジョニーの背だけ。

「ねえ、ジョニー」
「んん?」

 いつも通りの明るい声でジョニーが聞き返す。

「本当にフェイトを助けるだけ?」

 突然不協和音が鳴り響いた。ジョニーが和音を間違えたのだ。間違ったのは一音だけで、すぐに曲は元の調子を取り戻す。はため息をついた。

「……やっぱりトウケイまで行くつもりか」

 おそらくそこにグレバムがいるであろう場所、トウケイ領。あくまで仮定の段階だ。バティスタとこの城にいるという可能性も無くはないが、可能性という意味であればトウケイ領にいる方が高いだろう。

「……謀反で戴冠したような奴を野放しにしておけるかよ。それに――」

 真面目な声でジョニーが言う。他の皆がいた時にはなかった声だ。それに。その先は続かなかった。

「……」

 は視線を伏せた。

「何にせよ。トウケイに行くことになったら、お前が止めても俺は行く」
「止めないよ」
「だが……」

 顔をあげてジョニーの背を見る。

「お前はこのままここにいてもいいんだぜ?」
「……」

 が再び目を逸らす。

「アクアヴェイルに帰って来てることでさえ、お前にとっちゃ辛いことだろ? だから、無理してトウケイまで行かなくても――」
ー! ジョニーさーん!」

 言葉の途中で、スタンの元気な声が聞こえた。足音も聞こえる。皆が帰って来たのだろう。

「大丈夫」

 一言、が言った。ジョニーの背に向かって声をかける。

「バティスタがアクアヴェイルに来てるのがわかった時、覚悟はできた。後悔もしない」
「……そうか」

 ジョニーは一言だけ静かに返した。は先程までの表情を笑顔に変え、仲間たちを迎えた。

「おかえりー。何かあった?」
「何か仕掛けのようなものがありましたわ。恐らく先程通れなかったところの仕掛けかと」

 フィリアが答える。ここに来る途中に、通れない道があったのだ。仕掛けのあった場所を考えても、その道が通れるようになったに違いない。

「んじゃ、行くかね」

 全員が帰って来たのを見ると、ジョニーが演奏の手を止めた。音楽が消え、扉がバタンと閉まった。
 城のからくりを解き、上へ上へと上って行った先。辿り着いたのは天守閣。七人を待っていたのは、バティスタだった。

「バティスタ!」
「来たな」

 スタンが叫ぶと、バティスタはにやりと口の端を上げて、深々と座っていた椅子から腰を上げた。そして七人を見回す。そこで、後ろの方にいたと目が合った。笑顔なわけでもなければ、睨みつけてくるわけでもない。そんな表情で見つめてくるから、バティスタは逃げるように顔を背けた。――先日の夜の会話を思い出した。

「おい、貴様。フェイトをどこにやった」

 低い声で問われ、バティスタは意識を戻す。そして、ジョニーを見て嘲るように笑った。

「あのお坊ちゃんなら、牢に閉じ込めてあるぜ? ちゃーんとここに鍵もある」

 ポケットから取り出した銀色の鍵をひらひらと見せびらかすと、すぐにポケットに戻した。

「フン、心配するな。奴もすぐにお前らの後を追わせてやるからな」

 ジョニーはほっと安堵の息を吐いた。親友はまだ無事らしい。そう思うと、すぐに不敵な笑みを浮かべてバティスタを睨んだ。

「そいつを聞いて安心したぜ。これで心置きなく、貴様のために葬送曲を奏でられるってもんだ!」

 まるで剣のようにリュートを構える。本来の楽器の使い方ではないが、特別製のようで、ここに来る間に何体もモンスターを殴り倒してきていた。

「ほざくな若造!」

 強気なジョニーの発言に、バティスタが怒鳴った。そんなバティスタをリオンは鼻で笑う。

「馬鹿が。電流装置を忘れたか?」

 言うが早いか、ポケットからスイッチを取り出して迷わずそれを押した。

「ぐああああッ!」

 バティスタに取り付けられた装置が電流を容赦なく流す。苦悶の表情を浮かべるが、バティスタは奥歯を噛み締めてそれに耐えているように見える。フィリアが胸の前で手を組み、一歩前へと出る。

「バティスタ! もうやめて! これ以上は無意味よ!」

 言葉はそう言ったものの、誰もがこれ以上バティスタが傷つくところを見たくないという想いが込められていることに気付いていた。一瞬バティスタの表情が歪む。――あの夜のことを思い出す。

「……無意味だと? 笑わせる。これしきの電撃ごときに、屈服する俺ではないわ!」

 バティスタは鉤爪状の武器を手に装着した。まだ体には電流が流れているというのに、平然と動こうとしている。電流は意味を成さないと思い、リオンは舌打ちしてスイッチを切った。応戦すべく七人が武器を構えると、見計らったようにどこからともなく黒装束の人間が現れた。八人。体は黒い服で、顔まで覆っており、確認できるのは目元のみだ。背中には細い剣――刀を背負っていた。

「忍びか……」

 ジョニーが面倒な事になったと言いたげに舌打ちした。いつの間にか囲まれている。

「な、何なんだよこいつら!」

 スタンが戸惑いながらディムロスを向ける。こんな黒ずくめな敵は見たことが無い。

「忍びってやつさ。普段表には出て来ない暗殺集団だ」

 途端に忍びたちが一斉に攻撃を仕掛けてくる。手に持ったクナイを投げつけられ、見た事も無い飛び道具に、スタンたちはそれぞれの方法でかわした。その隙に間合いを詰めて来た忍びが、背中の刀を抜いて斬りかかってくる。

「な、いつの間に!?」

 ルーティが焦ってアトワイトで刀を受ける。だが、力でねじ伏せようとはせず、忍びたちはすぐに間合いをあけた。無音で気配もなく近づいて来る。そんな敵とは戦ったことが無い。どう戦えばいいかわからなかった。そう思った瞬間、スタンの目の前にいたはずの忍びが消えていた。

「え!? どこに……」
「スタンさん!」

 驚愕するスタンにフィリアが叫んだ。反射的に身を伏せると、今まで自分の頭があった場所を刀が通った。斬られたスタンの金髪が数本、きらきらと落ちていく。

「うお、危ね!」

 青い顔になりながら、スタンはすぐに背後にいる人物に足払いをかける。だが、それは掠りもせず、忍びはもう消えていた。
 バティスタはジョニーが相手にしていた。鉤爪が掠ってリュートの弦が鳴る。マリーがバティスタを後ろから横に薙ぐが、バティスタは寸でのところで鉤爪で受け止める。両手のマリーの攻撃を、バティスタは片手で受け止めていた。すかさずジョニーがリュートを振り下ろす。バティスタは跳んでそれを避けた。
 ルーティとフィリアの晶術が飛び、リオンとスタンの剣の音が響く。
 再び姿を消した忍びに、はリィドを下して黙って立っていた。見回して探すこともない。目を瞑って集中する。

! 気配も何もわかんないのに、そんなことしたって無駄よ!」

 危険だとルーティが叫ぶ。だが、は動かなかった。そして、突然目を開くと、地面を蹴って後ろに跳んだ。それからすぐ体勢を低くし、自分の斜め左側にリィドの柄を叩きこんだ。耳元でくぐもった声が聞こえる。が動きを止めると、リィドの柄がしっかりと鳩尾に食い込んだ忍びが一人、ばたりと倒れた。はまるですべての行動を読んでいたかのような動きだった。仲間たちだけではなく、バティスタや他の忍びたちも唖然としてその様子を見ていた。

「つまーんなーい」

 そう言っては立ち上がると、倒れている忍びの背を踏んだ。そして右手に持っているリィドをくるくると回す。

「気配を消すのも下手。動きも読めちゃう」

 はあ、とため息をつき、視線を一瞬だけリオンに向ける。目が合ったリオンは目を瞠ると、僅かに口元を上げた。

「マニュ~アルどぉ~りの動きな~んてつまら~ないわぁ~っと」

 はそんな歌を歌いながら足下の忍びをごろんと足で転がした。そして、唖然として気配を消すこともしない忍びたちに目を向け、にやりと笑った。

「忍びってのはこの程度なの? それとも下っ端?」

 その場の空気が変わった。忍びたちが一斉に地面を蹴り、に向かって攻撃してきたのだ。一瞬のうちには囲まれ、四方八方から首元に刀を突き付けられていた。少しでも動けば首が飛ぶかもしれない。忍びたちの唯一見える目が殺意に満ちていた。だが、それを見てはくすくすと笑う。

「ほーら。感情に任せてすぐカッとなる。下っ端の証拠だ、ぜっ!」

 そう言うと、は床を蹴って垂直に高く跳んだ。すぐにクナイを投げようと忍びが構える。だが、その前に風が吹いた。

「エアスラスト!」

 に気を取られていた忍びたちが声に気付いた。数人はそこからすぐに姿を消したが、突然現れたかまいたちに反応の遅れた忍びが切り刻まれる。その場に再び着地するの足下に、ばたりばたりと忍びが倒れる。

「怒らせてその心を乱せ。基本だぞ」

 ふう、と息を吐きながらリオンはシャルティエからディスクを取り出した。風属性の晶術がインプットされたディスク。これを入れることで、地属性のシャルティエが風属性の晶術を使えるようになるのである。

「へーんだ! 兵法くらい勉強しろー」
「お前だってこれ以外知らないだろ」
「さあ、残りの下っ端ども! かかってこーい!」

 得意げに言うをリオンがじろりと見ると、は聞こえなかったように周りに叫び出した。それがトリガーとなり、他のメンバーもいつもの調子を取り戻した。忍びたちはとリオンの策略により乱れていた。
 バティスタがスタンに斬りかかる。それをスタンはディムロスで受け止めた。金属の擦れる音が響く。

「アイスニードル!」

 ルーティの声が聞こえると、バティスタの背中にいくつもの氷の刃が突き刺さった。

「ッ!」

 痛みに顔を歪めて力が緩むと、スタンが好機とバティスタを力で押し返す。鉤爪を弾き返すと、そのままディムロスで斬りかかった。

「ぐああ!」

 斬られた体から血が噴き出す。ぎりと奥歯を噛み締めると、バティスタはスタンから間合いをとって膝をつく。口の中に溜まった血を吐きだすと、再び戦いに向かおうと腰を浮かした。だが、突然目の前に影が降り、右手についている鉤爪の間に剣先が絡みつけられる。動かそうとも動かない。

「はい、爪封じー」

 そんな声が聞こえてバティスタは顔を顰めた。下を向いていても黒い剣先が視界に入って、声を聞かずとも誰かわかった。思わず舌打ちをする。するとはリィドを握ったまま、しゃがみ込んでバティスタと視線を合わせた。

「全部わかってた顔だね。私たちには敵わないってことも」
「……」
「それだけわかってて、何でグレバムから離れなかったの?」

 先程の明るい声とは違い、は真剣な目で問いかけた。決して責めるわけではなく、は語りかける。の後ろの方で、最後の忍びが倒されたところだった。バティスタは目を細めた。

「……今更、後戻りはできねえんだよ」

 足音が聞こえた。から少し離れて、フィリアが立っている。

「バティスタ。グレバムはどこなの? 正直に話せば、あなたの命は保証します」
「フィリア……」

 少し驚いた顔では振り返ってその姿を見上げた。フィリアの目には強い意志が込められているように見えた。ふっとバティスタは嘲るように笑った。

「フィリア……甘ちゃんだな。世の中、優しいだけじゃ生きてけねえぜ……」

 そんな言葉にもショックを受けることなく、フィリアは首を振った。

「優しさをなくしてしまったら、私は私ではなくなってしまうわ」

 しっかりとした口調で、フィリアは言った。驚いたようにバティスタは目を見開いた。

「はは……強くなったな……フィリア」
「自分に正直になっただけよ」
「……そうか」

 バティスタの口調が、まるでフィリアの成長を喜んでいるように聞こえた。はバティスタに視線を戻すと、にっこりと微笑んだ。

「ね、バティスタ。戻れるかどうかは自分次第。勝手に無理って決めつけちゃだめだよ」

 それは小さな声で囁かれた。フィリアがあんなに強くなるなんて誰が思っただろう。本人だって思わなかったに違いない。変わろうと思ったから。無理だと決めつけなかったから。だから彼女はあんなにも強くなったのだろう。

「……」
「ねえ、もうやめない?」

 首を傾けてが問う。バティスタはその目から逃げるように視線を逸らすと、目を閉じてため息をついた。そして諦めたようにふっと笑う。リィドで押さえられていない方の手をポケットに入れると、に何かを差し出した。が不思議そうに手を出した。

「なにこれ」
「ここのお坊ちゃんの牢の鍵だ。かなり衰弱している。急いだほうがいいぜ」

 言いながら手を離した。の手の上に銀色の鍵が載った。

「バティスタ?」
「……俺もお前みたいな馬鹿に生まれたかったよ」

 自嘲するような口調でそう言った。権力や欲などものともせず。ただ純粋に、自分の進みたい道を歩んでいく。そんな、馬鹿みたいに真っ直ぐに。自分も。

「いや……俺の方が馬鹿だったのかもしれないな」
「なに言って……?」

 小さく呟かれるバティスタの言葉は、何を示しているのかは理解できない。

「自分に正直に、か……」

 バティスタはもう一度小さく笑った。
 突然、バティスタはの肩を掴んだ。そして、そのまま後ろを突き飛ばす。

「うわっ」

 あまりの突然のことで、は呆気なく突き飛ばされる。仲間たちはが突き飛ばされたことで身構えた。すると、バティスタはに攻撃するわけではなく、自分につけられている電流装置に手を伸ばした。自分で外そうとすると致死量の電流が流れるというのはバティスタ自身も知っていることで――

「ぐああああああッ!」

 天守閣にバティスタの悲鳴が響き渡った。そのあまりの光景に誰もが息を呑んだ。目の前の人間が、高圧電流に焼け焦がされていく様を見るのは、見ていて気分の良いものではなかった。

「バティスタッ!」

 フィリアがやっと言葉を発した時には、名を呼ばれた彼は既に叫ぶことをやめ、ぴくりとも動かなくなっていた。
 スタンがリオンに掴みかかる。

「リオン! なんで!」
「違う、僕じゃない」

 肩を掴んで睨みつけてくるスタンを、リオンは睨み返した。

「自分で装置を外した。だから、致死量の電流が流れたんだ」

 肩を掴んでいるスタンの手を払いのけながらリオンが行った。そういえば、とスタンは自分に装置が取り付けられた時のことを思い出す。そんな事をリオンが言っていた。

「人の手にはかからない、ってことか……」
「だからって……自殺だなんて……」

 これにはルーティも眉を寄せた。
 バティスタの目の前で、二人の人間が動けずにいた。立ったまま口元を押さえてカタカタと震えているフィリアと、突き飛ばされ腰をついたまま呆然としているだ。

『おい、。大丈夫か?』

 リィドが声をかける。

「……うん」

 の目はバティスタに向いたままだ。ぼろぼろの彼の焼け焦げたその服は、未だに神官の服のままだった。

『責めんなよ。お前のせいじゃない』
「……」

 口に出してもいないのに、の心中をわかっているようにリィドが言う。だが、の心は晴れなかった。わかっている。きっと自分のせいではなく、彼自身が選んだこと。彼が「自分に正直」になった結果なのだろう。でも、と思う。もしかしたら、と思う。その一端に、自分の言葉があったのだとしたら――

「バティスタ……」

 震える声が聞こえ、は我に返った。の後ろにいたフィリアは、ゆっくりとの横を通ってバティスタに歩み寄る。

「フィリア……」

 バティスタの横で力が抜けたようにフィリアは座り込んだ。は立ち上がり、フィリアの頭をぽんぽんと優しく撫ぜた。幼子をあやすように、優しく。それからリィドを鞘に戻すと、くるりと振り向いた。皆、表情は暗かった。

「へい、ジョニー」

 目立つ風貌の男を見つけ、は手招きして傍に呼ぶ。首を傾げながらもジョニーは呼ばれるままにに近づいた。

「何だ?」
「はい、鍵」
「は?」

 左手でジョニーの右手を取り、右手で鍵をその手に載せる。バティスタから貰った鍵だ。なぜが持っているのかといったようにジョニーは目を丸くする。その視線の問いはわかっているが、は答えずに苦笑だけを返した。

「私のことは適当に言っておいて」

 誰に、とは言わなくてもジョニーには通じた。これから助けに行く人物。フェイトはとも知り合いだった。それを思い出して、ジョニーも苦笑しながら頷いた。

「了解。お前は?」
「私は……」

 言葉を濁して、視線を後ろに向ける。そしてすぐにジョニーに視線を戻した。

「ここに残るよ」
「そうか……」

 僅かにジョニーは目を細めると、鍵を握りしめてリオンの元へ向かった。フェイトを助けに行こうと、ジョニーの先導でスタンたちも後について行った。リオンがの方を振り向いた。苦笑を返すと、呆れたようにため息をついて、ジョニーたちの後を追って行った。また後で何か小言を言われるかもしれない。
 とフィリアしかいなくなった空間。他にいる人々は、気を失って縛り上げられているか、絶命しているかのどちらかだ。いずれにせよ、この空間には今二人しかいない。
 フィリアはただじっとバティスタの隣に座り、彼を見つめていた。そこから少しだけ離れ、は段差に腰かけた。フィリアは目にたくさん涙を溜めていた。だが、泣くのを堪えるように、口をぎゅっと結んでいる。

「バティスタね、馬鹿に生まれたかったって」
「え……?」

 唐突なの言葉に、フィリアが驚いて顔をあげた。やはり聞こえていなかった。バティスタはにだけ本当の心の内を明かした。どうしてだったのかはわからない。

「バティスタもいろいろ悩んでたみたいだよ。結局何がしたいんだろうって。そんなに悩むんならやめようって言ったんだけどね。そうしたら、今更後戻りはできないって」
「……」

 再びフィリアが俯いた。

「敵だったかもしれないけど、泣いていいと思うよ」

 はフィリアから目を外す。

「我慢しなくていいから。私は泣くななんて言わないよ」
「……っ」
「バティスタは本当はいい人。フィリアが一番わかってるよね」

 ついにフィリアは両手で顔を覆って静かに泣きだした。小刻みに揺れる小さな肩。が、ソーディアンが喋らない中、フィリアの嗚咽だけが唯一聞こえる声。誰も何も喋らない。
 泣かれている本人は、どこかで少女の姿を見ているだろうか?
 自分の為に泣いている少女を見て、何を思っているだろうか?
 は膝の上で自分の両掌を見つめた。人の死を見てしまうのは自分が生きている限り仕方のないことだろう。誰しも死ぬときが遅かれ早かれ訪れるのだから。今まで何人も死んでいく人を見て来た。そして今、バティスタが目の前で死んだ。その出来事が自分にもそれなりの衝撃を与えたのは自身でわかっていること。

 ほんの一瞬、ぐらりと大きく気持ちが揺らいだのだ。
 それでも、自分は――
 は自分の右腕の隠された傷を左手で抱え、俯いた。

 ――人の命を奪うことなどできるのだろうか。