「バティスタの居場所がわかった」

 リオンがそう告げたのは、バティスタがノイシュタットを出て行った三日後の夜だった。

「本当か!?」

 スタンが身を乗り出して聞く。ああ、と頷き、リオンは地図を広げた。地図を中心に六人が額を寄せ合った。リオンはまずノイシュタットに指を置いた。

「ここから南西の方角――」

 すっと地図上をなぞっていく。海を越えてその先にあったのは島国。そこは――

「アクアヴェイルだ」
「え……」

 が思わず声を漏らした。リオンがに目を向けるが、は地図から目が離せずにいた。アクアヴェイル。そこは、セインガルドと冷戦状態にある、島国の名だった。イレーヌは船を出すことを渋った。両国の関係は一触即発。何が原因で戦争が勃発するかわからない。そんなところに船を出すなんて無理だとイレーヌは言う。だからリオンはノイシュタット支社の船を出してくれと頼んだのである。民間の船はアクアヴェイルに近づくことは許されない。結局、往路の分しか保証できないということでイレーヌは船を出すことを了承した。
 出発は明朝。は夜のノイシュタットの街を歩いていた。海が見える公園のベンチに座る。夜の時間に公園に人はおらず、さざ波の音が耳に届く。

「アクアヴェイルかー……」

 ぽつりとが呟く。

「こんな早く戻ることになるなんてね」

 そう言って、は自嘲するように笑みを浮かべた。

「ねえ、リィド」

 背もたれに背を預け、は空を見上げる。夜空に星が光る。明日は晴れだ。

「私、強くなったかなあ?」

 いつも通りの声で問う。

『……強くなったよ』

 リィドが静かに言葉を返す。

「本当に?」
『ああ。あの頃とは比べられないくらい強くなった』
「……そっか」

 そんなリィドの言葉に、は静かに笑った。月に照らされる桜を見上げる。花びらがひらひらと風に舞う。掴もうと手を伸ばしたが、花びらはの指の間をすり抜けた。

「ねえ、リィド。皆、どんな反応するかな。私のこと、嫌いになっちゃうかな」

 伸ばした手を下しながら、は言う。風に舞う花びらのように、自分の周りから去ってしまうだろうか。

『大丈夫だって』

 リィドが言う。

『あいつらならきっと……全部知った後でも、お前を受け入れてくれるさ』
「……そうだといいね」

 そんなリィドの言葉に、は眉を下げて笑った。


 明朝、オベロン社の船に乗り込み、そして二日が経った。離れたところに岸が見え始めていた。

「あれがアクアヴェイルかー……俺、初めて来たよ」
「あんたなんて行くとこ全部初めてじゃない。田舎者なんだから」

 思わず呟くスタンに、ルーティがくつくつと笑いながら寄って来る。田舎者って言うなよ、とスタンが怒るが、イレーヌがその様子を見てくすりと笑った。

「アクアヴェイルに来るのは誰だって初めてよ。セインガルドとは敵対してるんだから」
「逆に来たことがあるだなんて言ったら大問題というわけですわね」

 フィリアが言う。その少し離れたところで、縁に体を預けて頬杖をついているがいた。視線の先はアクアヴェイルの海岸だ。もう視認できる距離にある。口から零れるのはため息ばかりだ。

? 具合でも悪いのか?」
「え? なんで?」

 マリーが隣にやってきて問いかけ、が驚いて首を傾げた。

「さっきからずっと浮かない顔をしている」
「そう? そんな事ないんだけどな」

 そうか? と言うマリーには笑って頷いた。

「あら、。船酔いでもしたの?」
「ぜーんぜん! そんな、リオンじゃあるまいし、船くらいで酔ったりしませんてー」
「僕だって船酔いなんかしないぞ」

 イレーヌまで心配そうに寄って来て、は否定するように手を振った。リオンにはしっかり聞こえていたようで睨まれてしまい、「いやー今日もいい天気だなー」とは空を見上げた。

「それでリオン。ここから岸まではどうやって行くの?」

 何事もなかったかのように振り向いて、がリオンに問う。の言葉を聞いて、不思議そうな顔をしたのはスタンだ。

「え? この船じゃ岸まで行けないのか?」

 スタンの言葉に、リオンは眉を寄せて盛大なため息をついた。

「本当に何も話を理解していないんだな貴様は。アクアヴェイルは敵国だと何度言ったらわかる。今、沖に船があるだけでもいつ攻撃されるかわからないんだぞ?」
「迂闊に近づけないのよ。だから送ってあげられるのもここまでなの」

 イレーヌも申し訳なさそうに言った。

「もしかして泳ぐとか言わないわよね!? 冗談じゃないわ! 何百メートルあると思ってんの!」

 船縁をばしばしと叩きながらルーティが叫ぶ。そんなルーティをリオンは鬱陶しそうに見た。

「当たり前だ。僕だって敵の目前でそんな体力を無駄に消耗するようなことはしたくない」

 リオンもそう言うと、船に積んであった小船を二艘海に浮かべるように指示をする。それぞれが分かれて小船に乗ると、たちはアクアヴェイルの海岸へと船を進めて行った。たちが出て行ってからもしばらく、イレーヌはその姿を見送っていた。
 アクアヴェイルの島に上陸したたちは、船を岸に引き上げて森の中に隠すと、すぐ近くにあった街へと入って行った。リオンが言うには、ここはアクアヴェイルのシデン領というところだという。まずは情報収集ということで、誰か人はいないかと歩き回った。セインガルドやフィッツガルドとは違う見慣れない街並み、そして道行く人々の服装も異なっており、アクアヴェイル独特の文化に珍しそうにきょろきょろとするメンバーに、リオンはため息ばかりついている。長らく他国との国交を絶っていたための文化だろうとリオンが説明した。

「最近、モリュウからの連絡が途絶えてるらしいよ」

 女性の声が聞こえ、最後尾を歩いていたが目を向ける。特に気にせずに、リオン達の後に続こうとした。だが、耳の良いには一人の女性がため息をついたのがまだ聞こえた。

「やっぱり……ジノ様がお亡くなりになったから……」
「え!?」

 思わずが声をあげて振り返った。突然声をあげたに、何事かと仲間たちが振り返る。はそれを気にせずに、は女性達に駆け寄った。

「ジ……モリュウ領主が亡くなったというのは本当ですか!?」

 が急き込んで聞く。急に話に入って来たに驚きながら、ああそうだよと女性が頷く。

「あんたたち、アクアヴェイルの人間じゃないね。見ればわかるさ」

 もう一人がやリオン達をじろじろと見ながら言った。はい、とは短く答える。そして、すぐに視線を落とした。

「……じゃあ、モリュウはご子息が次期領主になったんですね……」

 女性は首を振った。

「いや。バティスタっていう妙なやつが領主になったって話さ」
「!?」

 緊張が走る。俯いていたも驚きで顔を上げた。

「バ、バティスタだって!?」
「どうして!」

 信じられないという様子で、スタンとフィリアが女性に詰め寄った。尋常ではない驚き様に、女性たちは思わず顔を見合わせる。

「詳しくはアタシらだって知らないよ。ただ、あんたの言うとおりジノ様にはご子息がいたってのに、なんでまたそんな変なやつが後を継いだんだかねえ」
「……」

 フィリアが祈るように両手を組んで俯いた。その肩にスタンが手を置いた。

「行先は決まったわね」

 確認するようにルーティが声をかける。誰に言うでもないその言葉に、皆が頷いた。行先はモリュウ領。このシデン領の隣にある領地だ。

「ところで、お嬢ちゃん」

 仲間たちが背を向けて歩き出す中、女性に声をかけられてが振り返った。

「私ですか?」

 他に呼び止められそうな人物がいないのを確認して、は自分を指差した。女性が頷く。そして、まじまじとの顔を見回した。

「どこかで会ったことないかねえ?」
「いや……ないと思いますけど」

 も眉を寄せ首を傾げる。

「おい、何してるんだ。早く行くぞ」
「あ、うん。今行く」

 先を歩いていたリオンがに声を飛ばす。は頷くと、そこにいる女性達にぺこりと頭を下げた。

「それじゃ。貴重な情報ありがとうございました」

 律儀に礼を言うに、女性たちはいいよいいよと手を振った。実際何の役にたったのかはわかっていないだろう。はリオンたちのところに走り寄って行った。

「なんていうかさー、律儀だよねえ、あんたって」
「そう? 普通だと思うけど」

 が首を傾げる。

「お前が傲慢すぎるんだ」
「なによ!」

 リオンとルーティの言い合いが始まる。また始まった、とスタンが肩を落とした。

「でも、きちんとお礼を言うのは人として当然ですわ」
「そこがの良いところだな」

 フィリアとマリーが頷きながら言う。
 そんな会話が、女性たちにまで聞こえていた。

!?」

 驚いたように女性が振り向く。視線の先にあるのは、フィリアたちと話をしているの後ろ姿。

「まさか……あの子は死んだはずじゃ……?」

 戸惑ったように女性は言う。

「でも、あの大きな黒い剣は……」

 二人は目を見合わせる。すると、その様子を見て他の大人たちが寄って来た。

「どうしたんだい、あんたら」
「た、大変だよ! ジョニー様はどこだい!?」
「なんだいなんだい。どうしたっての」
「とにかく大変なんだって!」

 女性たちは慌てながらこう叫んだ。

が帰って来たんだよ!」


「で。これからどうする?」

 ルーティが腕を組んで皆を見回す。

「決まってるだろ! モリュウへ行かなきゃ!」
「バティスタを止めなければいけませんわ」

 スタンが拳を握り、フィリアも真剣な顔つきで頷いた。

「でも、モリュウにはどうやって行くんだ?」

 マリーの問いに、やる気になっていたスタンとフィリアは思わずきょとんと顔を見合わせた。アクアヴェイルに来たことはない。当然移動手段もわからないわけで。

「どうなのよ。物知りな坊ちゃん?」

 馬鹿にしたような口調でルーティがリオンに尋ねる。変な呼び方をするな、とリオンはルーティを睨みつけた。

「アクアヴェイルは島国だと言っただろう。モリュウに行くには船を使うしかない」

 そう言ってリオンは視線を動かす。そこには、その先に港があることを示す看板が建っていた。
 港には数隻の船が泊まっていた。水夫たちもおり、モリュウまで船を出してくれるように交渉した。だが――

「ええ!? 船が出せない!?」
「ああ。ただでさえ浅瀬で危ないってのに、最近モンスターまで出るようになってな」

 悪いな、と水夫は申し訳なさそうに言った。

「そんなモンスターくらい、あたしたちが倒してあげるっての!」
「冗談じゃない! 俺たちだって命は惜しいんだよ! 勘弁してくれ!」

 ルーティの言葉に一度はメンバーを見回したが、モンスターを倒してくれそうな心強い相手には見えなかったのだろう。子供ばかりであるため仕方がないといえば、その通りだ。

「なによ! ケチ! 折角あたしが頭下げてお願いしてるってのに!」
「いつ下げた」

 一度も頭を下げなかったルーティに、リオンがため息をついた。

「と、とにかく! 船は出さないからな!」

 ルーティの剣幕に押されそうになりながら、水夫はだめだめと言って立ち去ってしまった。他の水夫に聞いても返って来る言葉は皆同じだった。以前まではモンスターは出なかったらしい。これも、すべてモリュウからの連絡が途絶えてしまってからだという。恐らく、バティスタがグレバムから預かったレンズで生み出したモンスターたちなのだろう。

「どうしようか……」
「島の南の海底洞窟」

 突然、誰かが言った。

「え?」

 その声にスタンが振り向く。珍しく、港を回っているというのに一言も話すことのなかったが、じっと海の方を見ていた。海を隔てた向こうに見える島が恐らくモリュウなのだろう。

「南の海岸沿いにモリュウへ通じる洞窟があるから。そこからモリュウ領へ行けばいいよ」

 どこか諦めたような口調だ、とリオンは思った。怪訝そうに眉を寄せる。だが、その僅かな変化に気が付いたのはリオンだけだった。よし行こう、とスタンが先陣を切って歩き出す。その後に他のメンバーが続いた。

「それにしても、詳しいわね
「え? ああ。さっきその辺の水夫の人に聞いたから」

 ルーティの言葉には苦笑しながら答えた。
 海底洞窟は静かなところだった。鍾乳石が上からつららのように伸びており、そこからぴちゃんと水が音をたてて落ちている。足下にも水が溜まっているところが多くあり、深いところもありそうだった。綺麗なところだなどと話しながら歩いているスタンたちの後ろを歩くの、更に後ろをリオンが歩いていた。ため息ばかりのの背を、睨むように見つめる。

『坊ちゃん?』

 シャルティエが小さく問いかけた。

『どうしたんですか? が何か?』
「……変だと思わないか、シャル」
『え?』

 突然変だと言われても、確かにの様子はおかしいが、とシャルティエは思う。

はこの海底洞窟を知っていた」
『でも、それは近くの人に聞いたからだって』
「誰かと話している様子は無かった」

 確かに、とシャルティエは思う。聞き込みとなれば、我先にとあちこちの人間に話しかけるが、シデンの港では無言だった。街の中で女性達と話したっきり、街の人間とは一切話していないはず。そんな地元の人間でも知らなさそうな抜け道を、なぜ初めて来たはずのが知っている?

「あいつはアクアヴェイルに詳しすぎる」
『坊ちゃん、まさか……』
「ああ」

 リオンがに聞こえないくらいに声を落として言った。

「あいつはアクアヴェイルの人間だ」


 洞窟を抜けると、シデン領とさほど変わらぬ草地に出た。少し離れたところに街が見える。皆はモリュウの街に向かって歩を進めた。そして、街に入った途端、誰もがその様子に顔を顰めた。まだ陽も沈んでいないというのに、道には人の姿がほとんどない。そして、その僅かに見かける人々も表情は浮かない。この時間であれば、まだ遊び回る子供がいても良いものだが。

「暗い雰囲気ねえ……」

 ルーティが見たままの感想を述べる。シデンはこんなに暗い街ではなかった。同じ国内でも、領地が違うだけでここまで雰囲気が違うものだろうか。

「これもすべて、バティスタのせいなんでしょうか……」
「どうかしらね。元から暗い街なのかもしれないし……でも、バティスタのせいってのが妥当かもね」

 心配そうに言うフィリアに、ルーティがため息交じりで言った。バティスタが領主になってから連絡が途絶えたとシデンの人々は言っていた。ということは、やはり活気あるシデンとの交流があったのだから暗い街というわけではないのだろう。道を歩いている大半は城の兵士のようだった。だが、どこか様子が変だ。街を守る兵士の割には、真昼間から酔っぱらっている者もいれば、大声で笑いながら道を大股で歩く者もいる。

「領主が変わったからって、兵士まで変わるもんかなあ」
「グレバムが回して来た手下かもしれないな」

 なるほど、と皆が頷く。そう考えれば、僅か数日でのこの荒れ具合にも納得がいく。城は目につく場所にあった。領主が住むといえばそこしかないだろう。さて、どうやって乗り込もうかと考えだした時だった。

「どこ見て歩いてんだ、コラァ!」

 柄の悪い男の怒鳴り声が聞こえて足を止める。続いて聞こえるのは、子供の泣き声と女性の声だ。男の笑い声が数人分聞こえる。が弾かれたように走り出し、スタンがその後を追った。リオンの制止の声は振り切った。

「お許しください! その子に悪気はなかったんです!」

 近くまで来て、状況を把握するために一度民家の陰に隠れる。跪いて謝っているのは女性で、子供は男たちに捕まっていた。服装からして、男達は城の兵士のようだ。にやにやと下品な笑いを浮かべている。

「ママー!」
「私はどうなっても構いません! お願いですから、その子だけは……!」

 どうやら、子供が男達にぶつかってしまったようだ。その代償として子供を殺すというのだ。

「どうしますう、隊長」
「くー、泣かせるねえ」
「ギャハハハハ!」

 女性の必死の懇願も空しく、男達は子供を解放する気はないようだ。ついに隊長と呼ばれた男が剣を抜いた。

「じゃあ、テメーも一緒に死ねや!」

 とスタンが同時に走り出す。振り下ろされた剣をスタンがディムロスで受け止めた。

「なっ!?」

 今度はが鞘ごとリィドを男の頭に振り下ろした。ゴツンと痛そうな音が聞こえる。

「あでっ!?」
「隊長!」

 はそのまま隣にいた男を蹴り飛ばし、子供を自分の方へと引き寄せた。そして、女性の元へと子供を連れて行く。

「早く逃げて!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 女性は子供を連れて、走って逃げて行った。

「あ! あの親子、逃げやがった!」
「んだと!?」
「チッ……貴様ら、余計な真似しやがって!」

 男達が剣を抜く。も鞘からリィドを抜いた。

「なあに? やるっての? 受けてたとうじゃ……いでっ!」

 ついにリオンの拳がの頭に落とされた。

「いい加減にしろ馬鹿どもが! 敵地で目立つ行動をするやつがどこにいる!」
「そこにいるぞ」
「そうそう」

 怒鳴るリオンの後ろで、マリーとルーティが頷いた。フィリアはおろおろと成り行きを見守っていた。

「売られた喧嘩を買うのが道理!」
「よそでやれ!」

 殴られた頭を押さえながらがリオンに訴えた。だが、そんな考えは即却下される。

「とにかく逃げましょう!」

 フィリアの掛け声に、一斉に元来た方へ走り出した。

「待ちやがれ!」

 兵士達も追いかけてくる。こうして、来たばかりの土地での必死の鬼ごっこが始まった。
 もう街中の兵士に伝わっているらしく、道を曲がれば別の兵士が、そしてまた別の兵士が追って来るというのを繰り返していた。

「だっはー! 疲れたー!」

 走りながらが叫ぶ。リオンが並走している。

「ふざけるな! 元はといえばお前のせいで走っているんだろうが!」
「私一人の責任かよ! スタンもやったじゃんか!」
「うるさい! あの馬鹿はともかく、お前まで仕掛けたことがおかしいというんだ! ……ああ、すまない。お前も負けず劣らず馬鹿だったな」
「勝手な解釈で勝手に納得すんな! 私をスタンと同類にしないでよ!」
「だから! それ酷いってば!」

 二人の言い合いの中でなぜ自分まで貶されなければならないのか。スタンは二人の後ろから非難するように声をあげた。言い合いしながらもとリオンは先頭を走っていた。

「ていうか、あんたたち叫ぶ元気あるなら、もっと必死に逃げなさいよ!」
「十分必死だよ!」

 スタンのやや後ろからルーティまでもが声を張り上げる。が僅かに顔だけ振り向かせて叫び返す。

「フン。修行が足らんな」
「やかましいわ! どうせリオンは修行が趣味なんでしょうけど!」
「お前も少しは僕を見習え」
「ニンジン食べられないところなんて見習いたくありませーん」
「誰がそこを見習えと言った!」
「だから、そこ二人! 口じゃなくて足を動かしなさいって!」

 やめようともしない二人に、ルーティが再び怒鳴った。これだけ大声を出しながら逃げていれば、見つけてくださいと言っているようなものなのだが、生憎それに気が付くメンバーは一人もいない。すると、フィリアと共に静かに最後尾を走っていたマリーが、前方を見てすっと目を細めた。

「おい、みんな。前に誰かいるぞ」

 とリオンがようやく言い合いをやめた。マリーの言う通り、前方に誰かが立っている。

「新手か?」

 シャルティエに手をかけながらリオンが前を睨みつける。肩ほどの明るい金髪。男のようだが、どうにも奇抜な格好をしている。手に持っている弦のついた楽器はリュートのようだ。

「あ……」

 が目を見開いた。男は、走って来る六人を見て笑みを浮かべると、ポロロンとリュートを鳴らした。

「ヘイ、ベイビ。お困りかい?」

 緊迫した空気の中、どうにも間の抜けた問いかけに思わず脱力する。逃げている最中にも関わらず、足を止めてしまった。

「あ、あなたは?」

 スタンが息を切らしながら尋ねる。すると、男はチッチと人差し指を振って、ぐいと親指で後ろを指し示した。

「自己紹介の前に、まずは隠れとけ。俺がなんとか誤魔化してやるからよ」

 その方向には階段があり、下にはボートなどが置いてある。隠れるスペースはありそうだが、逆に兵士達が来たら逃げ場もない。

「フン。そんな言葉、信用するとでも思っているのか?」

 リオンの左手は相変わらずシャルティエにかかったままだ。フィリアがその成り行きと背後に、交互に目を走らせる。

「でも、見つかったら……」
「どこ行きやがった!?」
「探せ!」

 兵士達の声がさほど遠くない場所から聞こえる。ここで立っていては見つかるのも時間の問題だ。リオンに睨まれている男は肩を竦めた。

「あまり考えてる時間は無さそうだぜ?」
「リオン!」
「隠しておいて、奴らが来たら僕たちを引き渡す魂胆か? それとも奴らの仲間か?」
「随分信用ないねえ……」

 半ば呆れたように男が言う。

「あるわけがな――」
「ほら! リオン、こっち!」

 リオンの言葉を遮って、ついにがリオンの腕を引っ張った。

「なっ!? !? 何を……!」

 あまりにも突然だったため、リオンはあっけなくの力で引っ張られていく。そして男の横を通って、階段下へとおりていく。

「任せた!」
「任されよう!」

 親指を立てるに、男も口元に笑みを浮かべて親指を立てた。とリオンが行ってしまったのならどうしようもない、といった様子で他の四人も二人に続いて階段を下りた。ボートの陰や壁の方に身を縮ませて姿を隠す。連れて来られたリオンは、に壁に押し付けられるようにして強制的に隠れさせられている。顔は不機嫌そのものだ。

「お前、どういうつもりだ。あいつが信用できると決まったわけじゃ……」
「しっ。見つかっちゃうでしょ」
ッ」
「大丈夫」

 妙に確信めいているの口調に、リオンが眉間に皺を寄せた。

「なにを根拠に……」
「初対面のあいつを信じられなくてもいい。私を信じて」
「……」

 そう言われてはリオンも黙るしかない。仕方がないとため息をついた。がこうなったら頑なに考えを変えようとしないというのは既にわかりきっている。リオンがいくら言ったところで無駄なのだ。そして、今までと付き合って来た経験上、大抵何とかなってしまうのもわかっている。こうなったら腹をくくって、なるようにするしかない。たちが隠れてすぐに、バタバタと慌ただしい足音が聞こえた。

「おい、お前! 見慣れない六人組を見なかったか!?」

 兵士達が殺気立ちながら問い詰める。

「いや? 見てねえな」

 男がはぐらかす。

「本当か!? しらばっくれるとただじゃおかねえぞ!?」
「嘘じゃないさ。俺が嘘をついて何の得があるってんだい?」

 おどけたように男は言った。少し考えるような間があった。

「そんなことより、一曲聴いていくかい?」

 男が、兵士たちの思考を遮るように突然リュートを鳴らした。

「は?」
「そうか! そんなに聴きたいか!」

 リオンが顔を顰め、は小さくため息をついた。

「なに言ってんだ、お前……」
「じゃあ、リクエストにお応えして、いくぜ! ジョニーナンバー一番!」

 兵士たちを置いて、勝手に盛り上がって曲を弾き始めた。タンタンと足でリズムを取る音と、リュートの弦が曲を奏で始める。果たしてこれが良い曲と呼べるのか。耳に入って来る音楽のようなものに、とリオンが思わず同時に息を吐いた。兵士たちも同じ事を思ったのか、ぶつぶつと文句を言いながらもそそくさとその場を立ち去って行った。

「チッ。ノリの悪いやつらだ」

 リュートを奏でるのをやめて、男がつまらなさそうに言った。

「おーい、もう大丈夫だぜ」

 男が階段を下りながら声をかけてくる。恐る恐るスタンたちが顔を出し始める。もようやくリオンを解放した。

「ありがとうございました」
「いいってことよ」

 スタンが律儀に礼を言うと、男はぷらぷらと手を振りながら笑った。

「何が目的だ」
「うん?」
「僕たちを助けた目的は何かと聞いている。金か?」
「おい、リオン!」

 スタンがリオンの肩を掴んだ。折角助けてくれた人になんてことを言うんだと言いたげだ。

「いんや。金はいらねえな。それより……ちーっとばかし相談があるんだが」

 今までへらへらと笑っていた男が、すっと表情を変える。

「あんたら、バティスタを追って来たんだろ?」
「ええ!? どうしてわかったんですか!?」

 初対面の人間に目的をぴたりとあてられて、素直にスタンが驚いた。そこで驚くということは、はいそうです、と肯定しているようなものだ。ルーティが馬鹿! とスタンの頭を殴り、リオンが眉を寄せた。男はやっぱりな、と腕を組んで頷いている。

「あの、なぜわかったのですか? 私たちがバティスタを追って来たと」

 フィリアが首を傾げながら問いかける。男はリュートを背負って、人差し指を立てた。

「セインガルドの剣士に、ストレイライズの神官。それに、美人の姉ちゃん。観光には有り得ない組み合わせだろ? こりゃただ事じゃない。となると、突然よそからやってきたバティスタを追って来たってのが妥当ってこった」

 男がそう言う。

「で。そんなあたしたちを助けて、一体何をしたいってのよ」

 ますます怪しさに拍車がかかった。ルーティが探るような目で男を見ながら言う。

「……ものは相談だ。俺と手を組まないか?」
「手を組むだと?」
「実は親友がバティスタに拉致られててな。助けに行こうと思って手筈は整えてあるんだ。だが、どうにも人手が足りねえ。困ってたところに、お前さんたちが来たってわけだ」

 まさにナイスタイミング、と男は笑う。

「悪い話じゃないだろ? お互い利害は一致だ。俺は親友を助けに。あんたらはバティスタを捕まえに」

 そう言ってから反応を見るように男は皆を見回した。

「そんな話、信じられるわけがないだろう」

 リオンは相変わらず疑いの目で男を睨んでいる。

「ふーむ、困った剣士殿だな。どうすりゃ信じて貰えるかね?」
「フン。到底無理な話だな」
「いいじゃん別に。ねえ? さっき助けてもらったし」

 リオンが否定している横で、いつも通りが空気をぶち壊した。男も目を丸くしてを見た。またか、といったようにリオンがため息をついてを睨む。

……お前はまたそうやって……」
。悪いけど、今回ばかりはあんたに賛成しないわ。怪しすぎるもの」

 今回はルーティも疑う側であった。

「えー? 別にいいじゃん。ねっ」

 は言いながら、否定しないであろう残りの三人に目を向けた。最初に頷いたのはスタンだ。

「俺はいいと思うよ。仲間はいっぱいいた方が心強いし!」
「私も賛成ですわ。助けていただいた恩もありますし」
「私もいいと思うぞ。この男はなんだか楽しそうだ」

 案の定、フィリアとマリーも賛成票だ。

「はい! 四対二で決定ー!」
「勝手に決めるな」

 パンと笑顔で手を叩くの頭を、リオンがパンと素早く叩いた。

「いいじゃん、リオンー。責任は私が全部持つよー」

 ね? とがリオンに頼み込む。フィリアを仲間に入れると言った時も、自分が責任を持つと言っていたはずだ。一体どれだけの責任を背負うつもりなんだとリオンは思う。そして、どうやって責任を取るつもりなのかとも。そう言いながらも、結局厄介事は全部自分に回って来るに違いないこともわかりきっていた。リオンは深いため息をつく。

「……好きにしろ」
「やったー! リオン大好き!」
「やめろ。気色悪い」

 リオンの腕に満面の笑みで抱きつくを、空いている方の手で押し返す。本当に嫌そうな顔をしていた。

「少しでも怪しい動きをしたら首が飛ぶと思え。それと、バティスタの捕獲が先だからな」

 男を睨みつけながらリオンが言うが、片手でを引きはがそうと必死になりながらなため、面白い場面にしか見えなかった。

「構わんよ」

 男も笑みを浮かべた。すると、背負っていたリュートを再び構えた。

「さて、自己紹介といこうかい。俺はジョニー。気ままな吟遊詩人さ」

 ジョニーはポロロンと三回、終礼の和音を奏でる。

「俺はスタン=エルロンです。よろしくお願いします、ジョニーさん」
「ルーティ=カトレットよ」
「フィリア=フィリスと申します」
「マリーだ」
。で、こっちがリオン」
「おう、よろしくな」

 一人一人自己紹介が終わると、ジョニーは皆を見回して再び笑った。

「で、手筈は整えてあると言っていたな」
「ああ」

 早速話を切り出したリオンに、ジョニーは頷くとすっと視線を上げた。家々の屋根の向こうに見える城をジョニーが指さした。

「バティスタがいるのはモリュウ城だ。だが、当然ながら正面から殴り込みってのはまずすぎる」

 当たり前だ、とリオンが言う。

「じゃあ、どこから……」
「まあまあ、話は最後まで聞けって。あんたらアクアヴェイルは初めてだろうから知らないと思うけどな、アクアヴェイルってのは街中に水路が張り巡らされている。その水路をボートで移動なんてのも良く使われる交通手段だ」
「ボートで水路から城に入るということですね」
「そういうこった。ボートを借りる用意も既にしてある」

 くいっとジョニーが指さしたのは、階段上の店――貸しボート屋のようだ。それで、ここにこんなにボートが並んでいたのかと納得した。

「準備万端ね」
「あんたらが来なくても、俺は今夜にでも城に侵入しようと思ってたんでね。それなりの用意はしてたのさ」

 感心したように言うルーティに、ジョニーはにっと笑って見せた。それからジョニーの知り合いだというボート屋の店主に頼み、作戦決行の深夜まで休ませて貰うことになった。