また砂漠の中を歩きチェリクへと着くと、バルックへ事の次第を説明し、フィッツガルド大陸にあるノイシュタットへ向けた船を出して貰った。
カルバレイス大陸を出発して数日。一行はノイシュタットの港に到着していた。カルバレイスとは違う過ごしやすい気候の空気を肺一杯に吸い込み吐き出すと、よし! とは気合いを入れた。
「イレーヌさーん! 待っててねー! あだっ!?」
イレーヌとの再会が余程嬉しいのか、がくるくる回っていると、リオンが鞘に入ったシャルティエでの頭を突いた。
「恥ずかしいから止まれ。もしくは離れて歩け。他人のふりしろ」
「そこまで!? ひどいわ坊ちゃん!」
「その呼び方はやめろ!」
およよと泣き真似を始めたをリオンが容赦なく蹴った。そして、言い合いが始まる。いつもの光景だな、とスタンたちは思えるようになっていた。そしてが勝てるはずもないことも理解していた。
「あら?」
「どうした、ルーティ?」
ルーティが視線をたちから外して、別の場所を見ていた。皆がそちらに目を向ける。街に入ってすぐの道にいるのは三人の子供だ。とリオンも言い合いを止めて、子供達に目を向けた。どうやら遊んでいるわけではないようだ。
「……そこ、どいてよ」
買い物袋を持った少年が、小さな声で言った。
「あーら。お金持ちのお坊ちゃまが、わざわざ港でお買い物ねえ。まるで召し使いみたーい!」
きゃっきゃと少女ははしゃぎながら言った。少年とは違い、フリルのたくさんついたいかにも高級そうなワンピースを着ていた。
「違うよお、お姉さま。こいつはお坊ちゃまじゃなくて、みなしごなんだよ。お母様が言ってたけど、こいつら親がいなくて、お金持ちの奥様に引き取られたんだ」
少女の隣にいるもう一人の少年が言った。
「ああ、そうだっけ。どうりであたしたちとは違うと思ったあ。あんたもあんたの姉さんも、なんかこうみすぼらしいよね。あんたの姉さん、毎日泥だらけで働いてるじゃない? きったなーい!」
「っ……!」
少年は顔を歪めると、近くにある階段から下の道に降りようと体を向ける。
「あ、下の道から帰るんだ? ふーん。あそこってキミの仲間がいるんだよねえ?」
ぴたりと少年が足を止めた。
「親のいない子供がいっぱいうろうろしてるでしょ? あたし怖くて通れなーい」
「まったく嫌だよね。貧乏な人がいると街が暗くなっちゃう」
無邪気に姉弟は話す。
「いい加減にしなさい!」
突然の大声にたちですらびくりと肩を強張らせた。怒鳴ったのはルーティだった。鬼のような形相でずんずんと子供たちの方に歩いて行く。
「な、なによあんた!」
少女が一歩後ずさった。
「僕たちに意見する気か!? 別に何もしてないだろ!」
「そ、そうよそうよ! 貧乏人に貧乏って言って何が悪いのよ!」
果敢にも言い返した姉弟にスタンは心の底から拍手を送りたかった。もう一人の少年はぽかんと口を開けてルーティを見ていた。ルーティは怒りを鎮めもせずにため息をついた。
「やだやだ。これだから金持ちのクソガキは……!」
「な、なんだよ! 僕たちにそんな口利いていいと思ってるのか!」
「あたしたちのパパ、街の偉い人なんだからね!」
二人の言葉に、ルーティが頬を引きつらせた。額に青筋が浮かぶ。
「それがどうかしたの。偉いから何だっていうのよ!? えっ!?」
ついに姉弟もびくりと体を強張らせた。
「ううっ……なんであたしが怒られなきゃいけないのよおっ!」
少女が涙ぐみながら、それでもルーティを睨みつけ、弟の後ろへと隠れた。
「だめだよルーティ、そんなに怒っちゃー」
突然のほほんとした口調でが割り込んだ。後ろに手を組んで、にこにことしながら近づいていく。助かったといった様子で姉弟に笑顔が戻る。ルーティがを睨みつけた。
「! あんたねえ!」
まあまあ、とはルーティを宥めるように片手を振った。ルーティの隣まで来ると、は腰を折って子供たちと同じ目線にして笑みを浮かべた。
「この子たちは、自分のことで自慢できるものが何もないんだよ。だから仕方なく金持ちなことやパパを自慢してるの。そして、それで自分ってスゴイんだって思い込んでるんだよ。あーかわいそうかわいそう」
笑顔だった姉弟の表情から血の気が失せる。
「でも、それってかえってみっともないからやめようねー。今からそんな性格だと将来救いようがないからさ!」
はにっこりと笑顔でとどめの言葉を言ってのけた。
「う、うわああん!」
「くっ……お、おぼえてろよおっ!」
「うわーお、悪役のセリフの定番! やっぱり、ちょっと常識勉強し直した方がいいぞー! 今時そんなセリフ流行らないからさー!」
ついに泣きだした少女と涙目の弟が叫びながら走り去る。その背中に追い打ちをかけるようにがやっぱり笑顔で叫んだ。は姉弟が見えなくなると、ずっと放心状態だった少年の頭に手を置いた。
「君も早くお姉ちゃんのところに帰りなさいな」
「あ……うん。ありがとう」
戸惑いながらもに礼を言い、ルーティに頭を下げると少年は走って帰って行った。その背中を見送っていると、他の四人が二人のもとへと歩いて来た。
「……結構、ルーティって優しいとこあるんだな」
「べ、別に普通じゃない」
意外そうに言うスタンに、ルーティが照れたように目を逸らした。
「そして……どうしたの?」
「どうしたのってなに。どういう意味」
スタンに怪訝そうに問われ、は眉を寄せた。そして、姉弟と少年が消えていった方角を見つめる。
「家柄しか自慢するものがないなんて、馬鹿みたいじゃない」
そう呟いて目を細めた。その声は、仲間たちに届くことはなかった。
イレーヌはレンズショップにいると屋敷のメイドに聞き、リオンの案内でレンズショップへとやってきた。カランカランと音を鳴らしてドアを開けると、カウンターに店員が二人、そして店員とは違う服装の女性が一人立っていた。
「イレーヌさーん!」
「あら、?」
が駆け寄ると、イレーヌは驚いた表情の後に微笑んだ。抱きついて来たをしっかりと受け止める。ルーティが無言で指を差しリオンを見ると、リオンはため息をついて無言で首を振った。いつものことだ。
「リオンくんも久しぶりね。元気だった?」
「私もリオンもばっちり元気ですよ!」
「うるさすぎるくらいだ」
「リオンが?」
「お前がだ!」
「ふふっ、相変わらずね。で、今日はどんな用かしら?」
イレーヌにくっついているを襟首を掴んで引きはがすと、リオンはイレーヌと向き合った。
「輸送船が襲われて大変らしいな」
「そうなのよ。もう困っちゃって」
イレーヌは片手を頬に添え、困ったように眉を寄せた。そんなイレーヌの反応が予想通りだというように、リオンが口角を上げる。
「いい作戦がある。乗らないか?」
「作戦?」
驚いてイレーヌがリオンに目を向ける。その横でも微笑んでいる。イレーヌは軽く頷くと、ここじゃなんだからと、店の奥へと案内した。奥の事務室へ皆を連れてくると、イレーヌはスタンたちと向き合った。
「紹介が遅れたわね。フィッツガルド支部を統括している、イレーヌ=レンブラントです。で、そちらは?」
「スタンにルーティ、フィリアとマリーですよー」
が一人一人指を差しながらイレーヌに教える。スタンたちも各々自己紹介をし、再びイレーヌが微笑みながらよろしくと挨拶した。だが、その微笑みはすぐに真剣な表情へと変わる。
「ところでリオンくん、いい作戦って?」
向けられた視線をまっすぐに見て、リオンは頷いた。
リオンが考えた作戦はこうだった。リオンたちがオベロン社の船に乗り、囮となって武装集団をおびき寄せる。そして、そこで一網打尽にするというわけだ。
「簡単に言うけれどねえ……」
イレーヌは表情を曇らせた。言うのは簡単だがリスクが高い。現に、ここ一ヶ月で何隻もの船が襲われているのである。おびき寄せることは簡単だろうが、相手もかなり腕の立つ連中ばかりであることは、こう何度も襲われていれば否が応にも理解できていた。そんな作戦に、子供たちを送り出すことにイレーヌは渋った。
「僕を信用できないのか」
リオンが顔を顰めて言う。
「そうは言ってないでしょ」
イレーヌがため息をつきながら言った。
「こいつらだって物の役には立つ。何とかなるだろう」
リオンが背後にいるスタンたちに目を向けながら言った。褒めているのか何なのか、相変わらずはっきりとしない物言いにルーティが眉を寄せた。
「なによ、それは……」
「リオンの中でちょっと昇格したと思えばいいのさ」
「うるさいぞ」
「はいはい」
の耳打ちはちゃんとリオンに聞こえており、は肩を竦めた。イレーヌが不安そうな表情で全員を見渡す。そこにいた皆の表情は自信有り気で、イレーヌは再びため息をついた。
「……わかったわ。背に腹は代えられないもの。でも、無茶はしないでよ。ヒューゴ様に怒られるのは私なんだから……いいわね?」
「ああ、わかった」
リオンが頷く。その横で、とスタンが笑い合った。
船の準備に時間がかかるから、ということで出航は二時間後となった。それまでイレーヌの屋敷を自由に使っても良いと言われ、たちは再びイレーヌの屋敷に向かった。屋敷にいたメイドたちには既に話は伝わっており、快く屋敷にあげてくれた。屋敷の中を見て回っていると、ルーティがある一室に目を付けた。
「あ! お風呂じゃん!」
ガチャリとドアを開けると蒸気の匂い。広い浴槽にお湯が張られていた。
「ねえ、マリー! お風呂入ろう!」
「あのなあ……ここ、人んちだぞ!」
呆れたようにスタンが言う。だが、ルーティは聞く耳を持たなかった。
「あら、だってイレーヌさん好きに使えって言ったじゃん。お風呂くらいいいじゃない。ねえ、リオン?」
「勝手にしろ」
リオンが面倒そうに言った。
「私は遠慮しておく」
マリーが断った。ルーティが目を丸くし、そして不満げに「何よ」と呟いた。
「フィリアは入るわよね!」
こちらは断定である。話を振られ、そして断れなさそうな空気にフィリアはおろおろと目を泳がせる。
「あ、あの、私もちょっと……」
「決まり決まり! は?」
決まってしまったらしい。フィリアは顔を真っ赤にして戸惑っている。やはり自分にも来たかと、は遠い目をした。
「じゃあ、私はルーティたちが出た後にでも」
にっこりと微笑み、片手を上げて爽やかにが言った。だが、それをルーティが許すはずがない。
「何よ! じゃあ、一緒に入りましょうよ」
ルーティががっしりと逃げないようにの腕を掴んだ。笑顔だが、には悪魔の微笑みにしか見えない。
「ええ!? いいって! 一人でのんびりゆったり入るのが好きなんだよー!」
「遠慮するんじゃないの!」
「してないし!」
「ほら! あんたのうるさい剣は誰かに預けておきなさいよ」
『誰がうるさい剣だ。うるさいのはマスターの方だろ』
「なんで私!?」
さあさあ、とルーティはの腰に提げているリィドを勝手に抜くとスタンへ押し付け、とフィリアの二人を引きずって風呂場へと向かった。仲間たちが哀れそうに二人を見送った。
浴室に来てしまっては仕方がない、とはため息をついて半袖のコートを脱いだ。その下はハイネックでノースリーブの服を着ている。そして右肘から下の黒いサポーターを左手でなぞり、はもう一度ため息をついた。
浴槽は泳げそうな程広く、ルーティが歓声をあげた。
「あー……生き返るう」
結局満足そうに湯舟に浸かっているが思わず声をあげた。ルーティが呆れた目をへと向けた。
「親父くさいわよ、」
「うるさーい。ベッドの中とお風呂に浸かっている時が一番シアワセー」
「まあ、あんたらしいわ」
ぶくぶくとは顔を半分ほど沈めながら、気持ちよさそうに目を閉じていた。ルーティがため息をつき、逆方向へと目を向ける。離れたところで、頭にタオルを巻いたフィリアが背を向けていた。
「ていうか、フィリア。女同士でなに恥ずかしがってんの? こっち向いても大丈夫よ」
「でも……は、は、裸なんですよ?」
「当たり前じゃん、お風呂なんだから……」
が顔を湯船から出して言う。
「……私、人前で肌をさらしたことも、他人の肌を見たこともないので……」
「温泉とか入ったことないの!?」
ぎょっとしてルーティが聞き返す。フィリアが少しだけ振り向いた。
「で、ですが、不特定多数の人間が使うんですよ。少し不衛生な気がしますわ……」
潔癖症だなあ、とは思った。フィリアは神殿から外に出た時も、外の世界は汚れていると言っていた。
「勿体ないなあ。露天風呂とか最高だよ? 星空の下で温かい湯船に浸かる……冬に入れば、冷たい空気とお湯の温度差がまたいいんだよねえ」
がうっとりとしながら語る。露天風呂に興味を持ったらしいフィリアが少し近づいて来た。がにっこりと笑う。
「へえ、いいなー。あたし、露天風呂って入ったことないわ」
「最高に気持ちいいよ! 温泉の周りがこういう整ったのじゃなくて、岩で造られてるとそれがまた良くて――」
「え、!?」
嬉しそうに説明しながら、湯船の淵にが何気なく手を置いた時だった。突然驚いたルーティの声が飛んだ。思わず話を途中で止めて、は首を傾げてルーティを見た。
「あんた、その腕……」
「!」
はっとして、は右腕を素早くお湯の中に戻した。しまった、という顔をしていた。右の肘から下。いつもサポーターで隠されていたそこには、大きな傷跡が残っていた。
「……」
「あんた、いっつも右腕だけ隠してたけど……」
「その傷を隠していたのですか?」
「……だから一緒に入りたくなかったんだよね」
左手を右手に添えて、が呟いた。つまり、肯定だ。
「別に誰にも言いませんわ」
フィリアがの様子を見て、心配そうに言った。
「あのクソガキは知ってんの?」
ルーティの問いに、は首を振る。
「知らないよ。知ってるのはリィドだけ」
「……まあ、何があったかなんて聞かないけどさ」
ルーティが湯船の淵に頬杖をついた。がため息をつく。
「まあ、別に大したことでもないんだけどね。……なんていうか……自分の未熟さが身に染みてわかった時のものって感じかな」
が静かに言った。その様子に、ルーティとフィリアは顔を見合わせる。のその言葉から真意を読み取ることはできなかった。
「さん。無理はなさらないでくださいね?」
フィリアが言う。が首を傾げてフィリアに目を向けた。
「一人で抱え込まず、私たちも頼ってください。きっと力になれますわ」
「そーよお? 一人で色々悩めるほど、あんた頭良くないんだから」
二人が優しく笑ってに言う。傷跡については聞かない。それでも、が傷跡と共に隠していることがあるのならば、頼って欲しいと。
「ありがとう」
は笑顔を向けた。
たちが風呂からあがってしばらく経った。イレーヌとの約束の時間になったため、たちは港へ向かった。既にイレーヌはそこにいて、大きなオベロン社の船から手招きをしている。船に乗ってみると、イレーヌの隣には船長らしき男が立っていた。
「さっき話していた人よ。これからはリオンくんの指示に従ってちょうだい」
イレーヌがリオンを紹介すると、船長があからさまに不審そうな顔をした。
「……この子供のですか?」
「誰が子供だ」
リオンの額に青筋が浮かぶ。まあ無理もないだろうな、とは思った。メンバーは皆子供であったし、その中でもとリオンは最年少だ。イレーヌがくすりと笑った。
「大丈夫、心配ないわ。ヒューゴ様のお墨付きだもの」
イレーヌが言うと、船長の目が変わる。
「ヒューゴ総帥の……わかりました」
すっと頭を下げ、急に船長はかしこまった。リオンの眉間に皺が増える。
「じゃあ、リオンくん。。無茶はしないでね」
「期待して待っててくださーい!」
「ふふっ。そうさせてもらうわ」
にっこりと笑いながら言うに、イレーヌは手を振って船を降りて行った。錨が引き上げられ、船が少しずつ沖へと出て行く。はイレーヌが見えなくなるまで、港の方を見ていた。
「なかなか現れないね」
今、船は武装船団に襲われるという海域に向かって航行を続けていた。見張りは交代で行っており、今はルーティが行っている。他のメンバーはいつ武装船団が現れても対応できるように一部屋に集まって、いつでも戦える準備は整えつつも団らんしていた。
「なんだか、不思議な感じですわ……この船が襲われるのを待っているなんて」
「でも仕方ないよな。囮なんだし」
「それはそうですが」
フィリアとスタンがそんな話をしていた時、突然勢いよく甲板へのドアが開いた。
「あー! もういや! 見張りなんて退屈よ!」
「おーっとルーティ選手! 相変わらずの短気さで荒々しく入ってまいりましたー!」
「うるっさいわよ、!」
イライラとしながら入って来たルーティは、に囃し立てられ更に苛立ちを隠さずに叫んだ。他の面々はまたかと言ったようにため息をついた。
「フン、短気な女だ。仕方ない、マリー行け」
「わかった」
リオンの相変わらずの命令口調に反抗もせずに、マリーは頷いて甲板に出て行った。マリーとルーティが入れ替わっただけなのだが、その場の空気は一転した。いかに見張りが退屈であったかをルーティが語った。前後左右、どこを見ても同じ景色、海ばかり。別の船が見えるわけでもなく、島が見えるわけでもなく、ただ見えるのは水平線。ルーティが延々喋り続けた後、リオンが小さく息を吐いた。
「……案外、この作戦は失敗だったかもしれないな」
「え?」
スタンが聞き返す。が首を傾げた。
「あっちも馬鹿じゃないってこと?」
「ああ。お前と違ってな」
ひくり、との顔が引きつった。
「リオン……私、馬鹿だから、今この場でデモンズランスとか撃っちゃうかもしれないよ?」
思わずリィドに手をかけ、にっこりと擬音がつきそうなほどにわざとくさい笑顔でが言った。リオンはくだらないといったように一瞥してため息をついた。
「船が沈めば、お前も生きては帰れないぞ」
『だから自分で言ってるだろ。馬鹿だから、って』
リィドが、はあ、とため息をついた。
その時、大きな音をたててドアが開いた。全員が目を向けると、見張りに行ったはずのマリーが楽しそうな表情を顔に浮かべて立っていた。
「来たぞ。例の海賊みたいだ」
『馬鹿だったみたいだね』
立ち上がるリオンの腰で、シャルテェイがくすくすと笑いながら言う。ルーティがにやりと笑ってを見た。
「と同じで、でしょ?」
「待てコラァ!」
叫ぶをかわして、ルーティはさっさと外へと出て行った。
船の外には三隻の船がこちらに向かってきているところだった。メインマストに描かれているのはお決まりのドクロマーク。海賊であると主張していた。船は素早く近づいて来ると、一隻がこちらの船の隣に並んだ。これから乗り込んでこようといったところだろう。
「リオンさん。作戦はあるのですか?」
フィリアが問うと、リオンは頷いた。
「ああ。真正面から行くのは得策ではないだろう。まずは――」
リオンが言いかけた時、リオンの横をスタンが走っていった。思わず言葉を止める。
「行くぞディムロス! 海賊をこらしめてやる!」
『はあ!? おい、コラ待たんか!』
ディムロス片手にスタンは敵船に飛び乗って行った。
「あー! スタンが先陣切るなんて生意気! 待ーてー!」
『いや、何でお前張り合ってんだよ!?』
突拍子もないスタンの行動に呆けている間に、なぜかもスタンの後を追って敵船に乗り込んで行った。
「……」
作戦の説明途中だったリオンは、これっぽっちも聞く気のなかった二人の背を青筋を立てて見送った。握った拳は怒りでわなわなと震えている。乗り込んで行ったスタンとの姿はもう見えず、敵の叫び声と破壊音が船から聞こえている。
「このメンツで作戦考える方が無駄ってもんね。行きましょ」
そう言ってルーティも敵船に飛び乗った。
「馬鹿どもがッ……!」
「リオンも大変そうだな」
のほほんと言うマリーにうるさいと一言言うと、リオン自身も敵船へと乗り込んだ。その後をマリーとフィリアも追って行く。
先に乗り込んでいたスタンとは、船を更に飛び越え、二隻目の船へと来ていた。
「ねえ、」
甲板で敵をなぎ倒しながら、スタンがに声をかけた。
「俺たち何も考えずに突っ込んできちゃったけど、いいのかな」
『今更か』
『もっと早く気付けよ』
今更心配そうに言うスタンに、二本のソーディアンが鋭くツッコミを入れる。うっ、とスタンは言葉に詰まった。は平然とした顔で、男の後頭部を蹴りつけていた。
「いいんじゃなーい?」
『いや、良くないだろ』
素早く入った二本のソーディアンたちのツッコミに、あははとは愉快そうに笑った。そして次々に敵を倒していく。動けないようにするだけで、致命傷は与えない。それがの戦い方だった。それは敵であっても変わりない。甲板の敵が粗方片付いてきた頃、が更に奥の船に目を向けた。一隻目にも二隻目にも船長はいたが、下っ端に過ぎない。この船団のボスがいるのならば、三隻目の船だろう。飛び乗るには少し距離がある。
「さて、スタンくん。問題です。大きな船を相手にする時、どこを狙えば楽でしょーか?」
が手を休めながら、スタンに問う。スタンは突然の問いかけに、眉を寄せた。
「ええ? ……わかんないよ、そんなの」
山育ちのスタンは船に乗るのもこれで三度目だ。わかるはずもなかった。がにやりと笑う。
「じゃあ、正解を言いましょー」
すっとリィドを構える。
「正解は――デモンズランス!」
の声に反応してリィドが光る。一瞬辺りが暗くなると、空間から黒い槍が現れる。その槍はの思う通りに――メインマストに突き刺さった。マストがぎしりと軋んだ。
「マスト?」
「そ。あんな大きいの倒れたら、船のバランスとれなくなるっしょ? あとは竜骨とか、船底とか、まあそんな感じ?」
「りゅうこつ、って何?」
「船の軸……っつーのかな? 船の底にある、船首から船尾まで繋がってる一本の木。それが船の心臓、竜骨だよ」
ぎしり。マストの軋む音が激しくなる。
「へえ。詳しいな、」
「ま、海のことなら任せなさいって」
得意げにが言った瞬間、バキッと大きな音をさせて、マストがついに倒れ始めた。船が大きく揺れる。
『でも、この船沈んだらお前らどうするんだよ』
リィドの言葉にスタンが硬直する。そして、笑顔のを見た。
「……どうするの?」
「そこまでは考えてないヨ」
「えーッ!?」
当然と言ったように肩を竦めるに、スタンが絶叫した。
『やっぱな……』
『お前も苦労するな……』
はあ、とリィドとディムロスのため息が重なった。船は傾き、ついに派手な音をたてて横倒しに倒れた。倒れた瞬間、メインマストが一番奥の三隻目の船にちょうどよく橋を渡すように引っかかった。これで三隻目も逃げることが出来なくなった。
「沈んだわよ、一隻」
一番手前の船の甲板にいたルーティが沈んだ船を見ながら言った。デモンズランスを撃ったのが見えたため、がやったのだろうことは把握できた。
「派手にやってるみたいだな、とスタン」
「でも、お二人は無事なんでしょうか?」
笑顔のマリーに、フィリアが言った。フィリアの言葉を聞いて、三人は思わず動きを止めてフィリアを見た。
「お二人はまだあの船に乗っていたのでは……?」
それから、倒れた船に目を向ける。船からは悲鳴と、海に人が落ちる音が絶えず聞こえる。もしかしなくとも、あの二人は自分達の乗っている船を、自分達が乗ったまま沈めたのではなかろうか。
『ふぉふぉふぉ。心配なかろうて。馬鹿は死なんと決まっておる』
「あら、言うわねじーさん。あたしも今同じこと思ったわ」
クレメンテが笑いながら言うと、ルーティも頷いた。
『誰も心配しないとはね……』
アトワイトが呆れたようにため息交じりに言った。心配しているのはフィリアのみで、あとは誰一人として二人の安否を気遣うものはいなかった。
「フン、やつらには任せておけん。僕らも行くぞ」
普段船を行き来するために使っているらしい板を発見し、その板を沈みかけている船に渡すと、リオン達も二隻目の船へと渡って行った。
沈む直前に猛ダッシュし、メインマストの近くまで来たとスタンは間一髪海に落ちることはなく、ちょうどいいとばかりに隣の船に引っかかったメインマストの上を走り、隣の船へと渡った。
「ははは! 計算通り!」
『嘘つけ!』
笑いながら走っていると、リィドから素早くツッコミが入れられた。スタンが青い顔をしながら何度も同意するように頷いていた。
先の二隻同様、たちが侵入した途端、サーベル片手の海賊たちとモンスターが襲い掛かって来た。
「はあい、どいたどいたー! 痛いの嫌だったら、さっさと道を開けなさい!」
が奥へ奥へと斬り込み、船内へと入っていく。スタンもその後を追った。狭い船内での戦闘は動きにくく、苦戦を強いられた。敵のサーベルが頬を掠め、は顔を歪めて敵の顔面を正面から蹴り飛ばす。
「えーと、さっきそこから入ったから? えーと? そっちがあっちで?」
『あーもう、お前は先頭歩くな!』
あちこちを指差しながらが頭に疑問符を浮かべているに、リィドが叫んだ。初めて侵入する船内で迷子にならないはずがなかった。
「、後ろ!」
「!」
スタンの声が飛ぶ。振り向きざまにリィドを振り下ろそうと構えながら体を反転させる。瞬間、その男の後ろに見慣れた姿が見えた。
「ぐあっ!」
振り下ろそうとしたリィドを止め、斬られた男が倒れてくるのを横に避けた。そこには、いかにも怒っていますという表情のリオンがシャルティエ片手に立っていた。その後ろでは、スタンと一緒にマリー、ルーティ、フィリアが敵を倒している。
「隙がありすぎだ。調子に乗るな、馬鹿者が」
がぽかんとしていると、やはり不機嫌そうな声でリオンが言った。
「リオン」
近づいて来るリオンにありがとうと言おうと口が開きかけた時、リオンが斬られて血が流れているの頬にぐりと指を押しあてた。
「いだだだっ!」
「フン」
が叩き落す前に、リオンは手を離した。ひりひりと痛む頬を涙目で押さえるを見て、リオンは満足気に笑った。先程作戦を聞かずに飛び出したせいか、それとも勝手に船を沈めたためだろうか。どちらにせよ、不機嫌の理由がとスタンにある事は間違いない様だ。の傷を無理矢理抉った後、リオンはスタンの尻を思いっきり蹴り飛ばしていた。
確実に敵の数を減らしながら先へと進むと、船長室と思われる部屋を発見した。リオンがそのドアを蹴破った。奥の椅子に、ゴーグルをかけた男が一人座っていた。手に鉤爪状の武器を付けている。
「くっくっく……よく来たな、ガキども」
男がそう言いながら立ち上がった。
「あの船がオベロン社が出して来た囮だってのはわかっていたが……まさかお前らみたいなガキとはな」
男が笑う。リオンが男を睨んだ。
「お前が首謀者か」
リオンの言葉に男はあっさりと頷いた。船長室に遅れてスタンとフィリアが入って来る。フィリアは男を見た瞬間、息を呑んだ。
「バティスタ!?」
悲鳴にも近いその声に、たちも驚いた。
「なっ……フィリア!?」
男も驚いて声をあげた。
「え、知り合い?」
が二人を交互に指差しながら問いかける。フィリアが辛そうに目を伏せた。
「私の……同僚ですわ」
ということは、このがたいの良い男もストレイライズ神殿の神官であるということになる。バティスタは口をあんぐりと開けていたが、すぐにまた不敵な笑みを浮かべた。
「……まさかお前が来るとはな。フン。大人しく石になっていれば良かったものを」
フィリアが石にされた時、その場所にバティスタもいたということだ。グレバムと接点があるのは間違いない。フィリアは胸の前で組み合わせた両手にぎゅっと力を入れた。
「バティスタ……グレバムはどこにいるのですか。教えてください!」
「フン。そう言われて、易々と教えると思ってるのか?」
バティスタは鼻で笑うと、手につけている鉤爪状の武器を持ち上げた。
「そんなに知りたいんなら――」
そう叫ぶが早いか、バティスタは床を蹴った。フィリアは反応できなかったが、フィリアに攻撃が届くこともなかった。振り下ろされたバティスタの鉤爪を受け止めたのは、左右からフィリアの前に現れた二本の剣だった。とリオンだ。二人は二本を交差させて攻撃を受け止めると、同時に剣を振ってバティスタを弾き飛ばした。バティスタは空中で体勢を立て直し、離れたところで着地した。そして、にやりと笑みを浮かべる。
「グレバムの居場所が知りたかったら自分を倒せ、と。うん。わかりやすくていいね」
がリィドを肩に担ぎ、首を鳴らした。リオンが剣先をバティスタに向ける。
「僕たちを甘く見ない方がいいぞ」
「ガキどもが。生意気ばっか言いやがって」
その声が合図だったのか、バティスタの背後のドアから数人の敵が入って来る。見ただけで、今まで甲板で戦って来た者たちよりも強いことがわかり、はリィドを握り直した。雑魚は任せた、と一言言うとリオンは一人バティスタに挑みかかった。いつも一人で突っ込むなと言っているのはどこの誰だったか。斬りかかって来た男の剣を受け流しながらは思う。は体勢を低くとり、両手でリィドを構えた。
「私に勝とうなんて百億光年早いんじゃー!」
力いっぱいリィドを振り上げると、男の持っていた剣でさえも衝撃に負けて弾き飛ばされる。その衝撃による痺れる手を庇っている間に、男の腹にリィドの柄を力の限り叩きこみ、前屈みになったところで足を振り上げ、踵で後頭部を蹴って床に叩きつけた。男はそのまま失神して動かなくなる。他の仲間たちもここに来るまでに強くなっていた。危なげも無く、敵を倒していく。
バティスタは見た目に反して慎重に戦っていた。だが、リオンの方が実力は上だった。襲い掛かって来た鉤爪を受け流すと、そのまま流れるようにバティスタの背後に回り込み、体勢を崩しているバティスタの背に一撃を加えた。バティスタの背から血が飛び、顔を歪める。その様子を視界に入れたフィリアが息を呑んだ。痛みに膝をついたバティスタは首元にシャルティエを突き付けられ、大人しくなった。
「くっ……ぬかったわ」
悔しそうに歯を噛み締めてバティスタが言う。
「さ、約束よ。グレバムの居場所、教えて貰おうじゃないの」
ずいっとルーティが歩み出て問い詰める。バティスタはケッと吐き捨てて顔を逸らした。
「グレバムぅ? 誰だそいつは。知らねえなあ」
「なっ!? 馬鹿言ってんじゃないわよ! 約束が違うじゃない!」
ルーティが叫ぶ。
「覚えとけ嬢ちゃん。約束ってのはなあ、破るためにあるんだよ」
バティスタはそう言って肩を竦めた。リオンはシャルティエの刃の向きを動かし、バティスタの首に刃をぴたりと合わせた。
「フン。いい言葉を知ってるじゃないか。だが、いつまでそんな事を言っていられるかな」
スタンがリオンの指示でバティスタを縛り始める。
こうして武装船団のボスを捕まえることに成功し、たちは再びノイシュタットへと戻って来た。ノイシュタットに帰って来たたちは、バティスタを連れてイレーヌの屋敷へと向かった。屋敷にいたイレーヌに事の次第を話し、屋敷の一室にバティスタを連れて行き、壁際にバティスタを座らせた。
「マリー」
「なんだリオン?」
近づいて来たマリーに手を伸ばし、リオンはマリーにつけられていた電流装置を取り外した。最近めっきり使われていなかったが、スタンたち三人には逃げられないように電流装置が取り付けられている。それに気づいたルーティが大声をあげた。
「あー! ちょっとちょっと! なにマリーの外してんのよ!? あたしのも取りなさいよ!」
リオンはルーティにうるさいと一言言って睨みつけると、マリーから取り外した電流装置を今度はバティスタに取り付けた。
「何だこりゃ……何をつけやがった」
バティスタが眉を寄せた。ルーティは相変わらず外せ外せと騒いでいる。
「外しなさいって……きゃあっ!」
リオンが呆れたように装置のスイッチを押した。微弱な電流が流れる。
「アレと同じ物だ」
痛そうにしゃがみこんで唸っているルーティを見て、バティスタは表情を強張らせる。
「さて」
リオンはそう言って振り向いた。
「僕はここでこいつの尋問をする」
無表情に言い放ったリオンに、他の皆はぎょっとする。ルーティが嫌そうに顔を顰め、フィリアは両手を口元へ当てて今にも泣きそうな顔をしている。
「おい、リオン!? 本気か!?」
「当たり前だ。見たくないならどこかへ行っていろ」
慌てて問い詰めるスタンにも動じずリオンは言う。本気で尋問を行うつもりなのである。リオンの手には電流装置のスイッチが握られたままだ。恐らく、グレバムの居場所や神の眼の在処について問いただすつもりなのだろう。でも、とスタンが呟く。ため息をついたのはルーティだった。
「行くわよ、マリー」
「ああ」
そんな場面にいるのはごめんだと言わんばかりに、ルーティがマリーを連れて部屋を出て行った。
「フィリアは? どうするんだい?」
ショックを受けたように動かないフィリアに、スタンが問いかける。
「私は……ここに残りますわ」
消え入りそうな声でフィリアが言った。今まで黙っていたが驚いて目を丸くした。
「フィリア? 無理しなくていいんだよ?」
「いいえ……大丈夫です」
フィリアが静かに首を振る。スタンはどうするか決めかねていた。
「じゃあ、私が街を案内するわ。どうかしら」
イレーヌがスタンに提案する。
「あ、はい。じゃあ、お願いします」
スタンはもう一度だけフィリアを見た後、イレーヌに続いて部屋を出て行った。残されたのはリオンとバティスタ、そしてフィリアとだ。スタンたちの足音が聞こえなくなる。
「フィリア。本当にいいの?」
がフィリアに再度確認する。先程からフィリアが小さく震えているからだ。
「はい。私の同僚ですから……」
「なら、止めないけどさ」
は戸惑いがちに言うと、一人近くの椅子に腰かけた。
バティスタの尋問が始まった。グレバムの居場所はどこか。目的は何なのか。今、神の眼はどこにあるのか。バティスタは頑なに知らないの一点張りだった。その度にリオンは容赦なく電流装置のスイッチを押した。バティスタの体に電流が流れ、悲鳴が部屋中に響く。フィリアは自分が悲鳴を上げないように、必死に口元を押さえて耐えていた。は視線だけ足下へと向けていた。尋問なんて、自分だって見なくてもいいなら見たくもない。ただ、自分はセインガルドの剣士だ。リオンの相棒だ。自分だけが逃げるわけにはいかなかった。
そんな尋問が数十分続いた。相変わらずリオンの表情の無い無機質な声と、バティスタの悲鳴、フィリアの嗚咽だけが部屋に聞こえる音だった。
「あーあ」
突然が声をあげた。
「喉乾いたなー。ねえ、リオン?」
場にそぐわない話を突然振られて、リオンが怪訝そうに眉を寄せた。
「別に僕は……」
「ねえ、フィリア。ちょっと水貰ってきてくれないかな? 私とリオンと、あとバティスタの」
はリオンの言葉を聞かずに、フィリアに笑顔で頼んだ。
「……はい」
驚いたように目を見開き、フィリアはすぐに頷いて部屋を出て行った。ドアが閉まり足音が聞こえなくなると、リオンは呆れたようにスイッチを持っている手を下した。
「フン。相変わらず甘いな」
「私が見てても気分悪くなるもん。フィリアみたいな優しい子が今まで倒れずにいたんだから、大したもんだよ」
「じゃあ、お前もどこかへ行ってろ。邪魔だ」
「あれ? 心配してくれてんの?」
「誰が」
そう一言言って、再び尋問を続けようとバティスタの方に向き直る。
「リオンだって好きでやってるわけじゃないくせに」
「は?」
のその言葉に、リオンが再び振り返った。その驚いた表情はいつものような大人びた表情ではなく、歳相応の少年の顔だった。だが、すぐにいつものしかめっ面に戻る。そして何を聞いたわけでもないのに、突然電流装置のスイッチを押した。
「ぐああああッ!」
バティスタの悲鳴がリオンの背後で響く。
「勝手な憶測をたてるな」
「はいはい」
が肩を竦める。
尋問する時、リオンの声も表情も、まったく感情のないものに変わる。本人は無意識なのかもしれない。好きで尋問をする者は少ない。それでも、自分しかやる者がいないからこそ、感情を消して何も感じないようにする。一種の彼の自己防衛なのだろうとは思う。冷たい人間だと、他人に興味が無いと、周囲には年齢にそぐわない剣士だと言われる。そんな人間が、一人の女性を心から愛したりするだろうか。は違うと思う。彼がそんな冷徹な人間ではないことは、相棒となった自分は知っている。尋問を続けるリオンの背を見ながら、は小さくため息をつく。辛いはずなのに。
しばらくして、電流に耐え切れなくなったバティスタは気を失った。
バティスタが目を覚ましたのは、夜になってからだった。部屋には電気がついておらず、窓から差し込む光が薄く部屋を照らしていた。
「あー、くそっ……クラクラするぜ」
体を起こすと、度重なる電流の所為で頭が痛んだ。
「元気かい、バティスタ?」
突然声がかかって、バティスタは身を強張らせた。まさかこんな暗い部屋に他に人がいるとも思わず、しかも気配も何も感じなかった。薄暗い部屋で目を凝らすと、椅子に座って足を組んでいるが、月明かりに照らされていた。尋問されていた時に、ずっと椅子に座っていた少女だとバティスタは気が付く。
「……テメーは」
「ちゃんでーす」
いえーい、とピースをしながらが笑った。リオンとのあまりの対照さに唖然とする。
「フン。なんだ。ずっと俺のことを見張ってたのか?」
「いや、ついさっき来たばっかりだよ。様子見にねー」
「……」
へらりと笑うに、バティスタはなんだか毒気を抜かれる気がした。は特に何をするわけでもなく、椅子に座って足をぶらぶらとさせていた。バティスタはゆっくりと立ち上がって部屋の中を歩き出した。ドアの横にかけられている鏡を見て、顔を顰めた。頭部に電流装置がつけられていた。
「あーあ、あのクソガキ、妙なモンつけやがって。男前な俺が台無しじゃねえか」
おまけに船での怪我と電流のせいで、見た目もボロボロだ。
「プッ、男前だってさ」
「十分男前だろーが」
が思わず噴き出した。
「くそっ! こんなもの……!」
バティスタは再び鏡を見て、電流装置を外そうと手を伸ばす。
「あ、それ外そうとしない方がいいよ。もし外したら――」
「ぐああああッ!」
「電流流れるから……って、もう遅いね」
「そういう事は早く言いやがれ!」
「言う前に勝手にやったんじゃん」
実際勝手に外そうとしたのは自分だったため、バティスタは言い返す言葉がなかった。バティスタはがしがしと頭を掻くと、ため息をついてその場に腰を下ろした。絶えず電流を流され続けたせいで、体力の消耗は激しかった。
「ねえ、バティスタ」
「あん?」
「結局、何がしたいわけ?」
唐突すぎるの質問に、バティスタは眉を寄せた。
「質問が断片的すぎてわかんねえよ。何を答えりゃいいんだ」
「ああ、そう? ええと、神の眼を使ってさ、世界征服したいわけでしょ?」
「……ああ、そうだよ」
「世界征服って具体的に何するの?」
が首を傾げる。バティスタの表情が怪訝そうに歪められる。
「そりゃお前……世界中の人間たちを俺たちの意のままに操ったりだろ。神の眼さえあればこっちは最強だ。誰も刃向かったりできねえよ」
言いながら、バティスタは驚いていた。リオンに散々尋問されても言わなかったのに、何故この少女に自分はぺらぺらと喋っているのだろう。
「世界中の人を操れるようになったら、何かいいことあるの?」
「いいことって……」
聞かれて言葉に詰まる。世界中の人を操れるようになったら――何があるんだ?
に問われてバティスタは疑問に思う。世界征服をしようとするグレバムの意志に賛同し、これまで右腕として働いて来た。世界征服ができたらどれほど素晴らしいだろうと思った。自分は強者。他の人間共は弱者。強者は弱者から搾取する。意のままに操れる。そんな事ができたら良いのだろうと、ただ単純に思っていた。今まで。
「俺達の命令通りに、人間たちが動く……」
「と、どうなるの?」
「……」
「あ、あれか。自分達が動かなくても、周りのことを誰かにやらせたりできる?」
ぽんと手を打って、思いついたようにが言った。バティスタは考え込むような表情のままだった。
「でもさあ、それってそのうち飽きるよ思うよ? ほら、人って動きすぎると怠けたいと思うけど、怠けすぎるとそれはそれで飽きるっていうじゃん?」
リィドの受け売りなんだけど、とは笑う。
「それともなに? もしかして『権力があるんだぞ! 逆らうな!』ってみんなを怯えさせるのがいいの?」
の質問は終わらない。うーん、とは考える。
「てか、楽しいのかなあ、それって。支配者って恨まれるに決まってるのにさあ」
「恨まれるだあ?」
「だってそうでしょ。バティスタだって、絶対グレバム側についてなかったら思うじゃん?」
バティスタは黙り込む。どうしてこの子供は、先程から何でもないような顔でもっともなことを言うのだろうと。
「楽しくないのも、皆に恨まれるのも嫌だなー」
足をぶらぶらと揺らしながらは言う。
「今、バティスタやグレバムは世界征服しようとして頑張ってるじゃん? 目標に向かってるわけだから、きっと楽しいよね。でも、私はこう……上を目指す過程が楽しいんだと思うわけだよ」
「……で?」
「きっと、世界征服し終わったら、その後つまんないと思うよ?」
は首を傾げて言った。
「ケッ、知るかよ。まだ成し遂げちゃいないんだ。後のことなんて、それから考えりゃいいんだよ」
なんとも無理のある言い訳だとバティスタは思った。自分が信じて目指して来た世界征服という道。その後何があるのか、どうするのか。そんな事を考えていない、という現実を認めたくない。
「ふむ。まあ、そういう考えもありか」
は腕を組んで頷いた。
「……お前、変ってよく言われねえか?」
「変っていうか、頭おかしいとはよく言われる」
「はっは。だろうな」
「会って数時間しか経ってないような人にまで言われるとは……」
が顔を顰めた。バティスタはくつくつと笑っている。いいよいいよ、とは椅子の上で膝を抱えて拗ね始めた。それから、もう一度バティスタを見る。
「ねえ、バティスタ。もうやめない? 自分のためにも……フィリアのためにも」
「フィリア?」
笑うのをやめて、バティスタがを見る。
「あの子は同僚が傷ついていくのを……悪い方向に進んでいくのを、黙って見ていられるような子じゃないよ」
「……」
今までの様子と違い、は静かに言った。バティスタは何も言い返せなかった。
「ふぁ……そろそろ寝るわ。明日起きなかったらリオンに殺されるし」
椅子から立ち上がって、欠伸をしながら伸びをする。は眠そうに目をこすった。バティスタに目を向けると、胡坐をかいて視線を落としたままだった。
「バティスタ」
「あ?」
顔をあげたバティスタの眼前に何かが飛んで来て、バティスタは慌てて手を出してそれを受け取った。
「何だあ、こりゃ」
ガサリと手の中に収まっているそれは、決して武器ではない。
「チョコレート。お腹空いたでしょ? 生憎チョコしか持ってないんだわ」
悪いね、と言ってはひらひらと手を振った。
「疲れた時は甘い物がいいんだぜ? んじゃ、オヤスミー」
そう言って、はドアを開けて廊下へ出て行った。呆然とその背を見送ったバティスタは、ドアが閉まってもしばらく目を離せないでいた。そして、手の中にある一口サイズのチョコレートに目を向けた。
「……変なガキ」
自然とため息が出た。そして、ふとが出て行ったドアを見やる。そういえば、が出て行った時、鍵の音がしただろうか? そう思ってバティスタは立ち上がると、ドアノブを回した。案の定、鍵はかかっていなかった。
「鍵開いてんじゃねーか……」
廊下を見ると人の気配は一切ない。も部屋に戻ったようだ。
「抜けてるのか、確信犯なのか……」
もう一度チョコレートを見ると、それを握りしめ、バティスタは静かに部屋から出て行った。