チェリクを出発した翌日の昼過ぎ、ようやくカルビオラへと辿り着いた。

「つーいーたー……」
「あつーい!」
「……ここまで長かったな」
「生きてるよお……私、生きてるよお……」

 各々が思い通りの言葉を口にする。フィリアもほっと息をついた。

「早く宿をとりましょう……」
「先に神殿だ」
「殺す気かーリオンのあほー」
「僕が阿呆ならお前は微生物以下だな」
「むかつくけど言い返す気力もない……」

 フンとの言葉をあしらって、リオンは街の中へと向かって行った。ついていかないわけにもいかず、文句を言いながら全員が渋々リオンについて歩いて行く。
 ストレイライズ神殿は、街の一番目立つところに建っていた。水を讃えているセインガルドの神殿とは違い、カルビオラの神殿では空を讃えていた。千年前、天地戦争に負けた天上人は地上人によって、厳しい砂漠地帯のカルバレイス大陸に強制移住させられた。先祖の行いのせいでこんな厳しい土地に住まなければならなくなった彼らは、他国の人間を嫌い、水ではなく空を讃えるようになったのである。

「うわー、涼しいなあ」

 スタンの言う通り、外の暑さが嘘のように神殿の中は涼しかった。

「ここに住む……私ここに住むよ。もう、ここから絶対出ない」
「馬鹿を言うな」

 溶けてしまいそうな笑顔のに、リオンがため息を吐いた。

「すみません」

 フィリアが神殿の奥へと声をかける。二人の神官がすぐにやってきた。

「はいはい、何のようですかい?」
「私、セインガルドの神殿のフィリア=フィリスと申す司祭です。いくつかお尋ねしたいことがあるのですが……」
「これはこれは司祭様。遠路はるばるご苦労様です」

 一人の神官が丁寧に頭を下げた。

「で、聞きたいことってのは何ですかい?」

 もう一人が問いかけた。

「こちらの神殿に神像が運ばれてきたと思うのですけど」
「いやー、そんな神像の話なんか聞いたことないですな」
「では、グレバムがこの神殿を訪ねませんでしたか?」
「いいえ? 大司祭様なんか来ておりませんよ」

 フィリアが一瞬だけ眉を寄せた。

「……そうですか。わかりました。皆さん、行きましょう」

 質問に答えてくれた二人に丁寧に頭を下げ、フィリアは五人の方を振り向いた。

「行くぞ
「ああ! 我が家が!」
「どこが我が家だ!」

 未だ涼しさを満喫していたが叫び、リオンがの後頭部を勢いよく叩いた。
 神殿の扉を出ると、むわっとした暑さが再び襲って来た。

「うう……熱気再び……」

 が嫌そうに呟いた。涼しい所から出ただけに、暑さが倍増して感じられた。
 神殿から少し歩くと、フィリアが突然立ち止まった。

「怪しいですわ」
「え?」
「怪しいって、何が?」

 スタンとルーティが問い返した。

「私はグレバムとしか言っていません。なのに、彼らはグレバムが大司祭であることを知っていましたもの」
「大司祭の名前くらい知っててもおかしくないんじゃないの?」
「フン、無知な女だな。大司教や司教じゃないんだ。たかだか大司祭の名が知られているはずないだろう」

 嫌味たっぷりなリオンの言葉にルーティがむっとする。

「ってことは……」
「グレバムが関わっていることは間違いなしってことね」
「だったら、あいつらを問い詰めれば……」
「無駄だな。所詮、やつらはザコにすぎん」
「じゃあ、どうすれば……」

 はふらりと皆の輪から離れていた。暑くて頭は回らない。考えるのは他の皆に任せようと思い、周囲を見ていた。

「もし。そこのお方」

 突然か細い女性の声が聞こえた。声の方を見ると、紫色の服とヴェールで顔を半分ほど覆った女性が、水晶玉を手に座っていた。占い師のようだ。

「私?」

 周囲にそれらしい人がいないことを確認してから、自分を指差してが問う。女性はゆっくりと頷いた。

「あなたの進む道には、何か深い闇が見えます……」
「は?」
「あなたは何かを失うでしょう……何か、大切なものを……」

 水晶玉を撫でるように手を動かしながら、女性は言った。どうやら占われているようだ。首を傾げるは気にせず、女性は続けた。

「あなたの選ぶ道の先にあるのは、絶望……悲しみしかありません……なんという悲惨な運命……あなたはこの運命を呪うでしょうね……」

 ふう、と悲しそうに女性は息を吐いた。は正面で何も映っていない水晶玉を覗き込んだ。覗き込んでも特に何も見えはしなかった。

「それで?」

 驚いてを見上げた女性と目が合った。

「それで、って……何も思わないのですか? あなたの行く先に絶望しかないと聞かされて」

 素で驚いてしまったのか、先程までの夢見るような声とは違い、はっきりとした声でに問うた。は首を傾げる。

「うーん、私、運命って言葉嫌いなんだよね。あと占い信じてないし」

 はそう言って、腰に手をあて、笑みを浮かべた。

「仮に当たっていたとしても。私は自分が選んだ道なら、最後まで歩き続けるよ」
「……迷いはないのですか?」
「もちろん迷いはある。でも、私は立ち止まる暇があるなら前に進む」
「なぜ、そう言い切れるのですか?」
「頼りになる相棒がいるから、かな」

 は腰に提げている剣を握った。

「信じてるから。迷っても、ちゃんと正しい道を示してくれるって」

 指先の感覚は既に馴染み深いもので。時に笑い、時に怒り、時に慰めてくれる大事な相棒。そしてもう一人。まだまだ付き合いは短く、いつも嫌味ばかり言っているのに、お互いを信頼している大事な相棒。
 信じている。二人が自分の隣にいると。

「そうですか……」

 女性はふっと柔らかに笑った。そして、すっと右手を差し出した。

「では。占い料、五十ガルドいただきます」
「は!? お金取るの!?」
「もちろん。占ってさしあげたでしょう」
「そっちが勝手に占ったんじゃん!」
「あなた、最後までしっかり聞いていたじゃないですか」
「うぐっ……おぬし、なかなかやるな……」
「ふふふ。こうでもないと、占い師なんて不安定な仕事やっていられませんよ」

 確信犯である。のような、最後まで話を聞きそうな人間にこうして声をかけて占っているのだろう。

「仕方ない……なんか渡すの癪だけど……はい」

 嫌そうな顔をしながらも、は財布から五十ガルド取り出して女性に手渡した。お金を受け取ると、女性はにっこりと営業スマイルを浮かべた。

「またいらしてくださいね」
「二度と来るか!」

 帰り際の一言には言い返し、その場を足早に立ち去った。二度と来るまいと心に誓って。

『頼りになる相棒、ねえ……』

 歩いていると、リィドが笑いながら呟いた。

「あっはっは。頼りにしてまっせ、リィドさん」
『まあ、出来る限り頑張らせていただきます、ってことで』
「それで十分」

 が満足そうにリィドを軽く叩いた。

、何してるんだ?」
「お? マリー」

 今まで近くにいなかったはずのリオン達が近付いて来た。

「どこに行ってたんだよ

 スタンに問われ、まあその辺に、と曖昧な言葉を返す。突然占われて金をとられただなんて言ったら、馬鹿にされるのは目に見えている。

「あれ? フィリアは?」

 一人足りないことに気が付いた。フィリアがいない。

「お前、本当に何も聞いていなかったんだな」
「ははは……まったく何も」

 呆れた様子で言う相棒に乾いた笑みで返答する。はあ、とため息をついてリオンが説明をしてくれた。どうやら神殿に侵入して調べるということで全員考えが一致したらしい。問題はどうやって侵入するかだ。作戦はこうだった。まずフィリアが神殿に泊まらせてもらう。神官ならば巡礼もある。怪しまれることはない。その間、他の者達は宿で待機。そして、夜になったらフィリアが神殿の裏口の扉の鍵を開ける。そこから神殿に侵入というわけだ。宿はもう既に人数分取っているらしい。

「じゃあ、宿で寝られるんだ!? やったー!」
「馬鹿か。寝に行くんじゃない。待機するだけだ」

 万歳するの頭をリオンがパシンと叩いた。

「だって夜までまだ時間あるじゃーん」
「ていうか、こんな昼間から寝られるの?」
「問題なし!」

 がぐっと親指を立てた。周囲が呆れたようにため息をつく。ソーディアン達がくすくすと笑った。

「よっしゃー! お風呂入って寝よーっと!」

 が嬉しそうに言う。あ、とルーティが気付いたように両手を打った。

「じゃあ、あんたフィリアと同室ってことでいい?」
「んあ? 別にいいけど?」

 がルーティを不思議そうに見る。別に問題は無いが、なぜ突然そんな話になるのだろうか。

「寝るんでしょ? 一人の方がいいかなーって思ってさ。マリー、あたしとでもいいでしょ?」
「ああ」

 寝るならば、一人の方がいいだろうというルーティの気遣いだった。フィリアは神殿にいるため、侵入作戦が成功するまでは帰っては来ない。

「うおお! ありがたい! ルーティの姉御、気がききますなあ!」
「ほーっほっほ! もっと褒めなさーい」
「よっ! 女王様!」
「おーっほっほ」
『金にがめついぞ、エセ女王』
「おーっほっ……って、なんですって!? 聞こえてるわよ! そこ!」

 最初は拍手だけだったものの、いつの間にか宴会のような掛け声になっていると、いい気になっているルーティに、リィドが便乗してぼそりと呟いた。すぐさま反応したルーティは怒鳴り返す。は怒鳴られる前にと、素早く宿へ向かった。宿はすぐ目の前だ。
 先程までのだるさはどこへやら。軽い足取りで宿に着くと、部屋に入るなりコートとリィドをベッドに放り投げ、そのまま浴室へと向かってシャワーを浴びた。砂と汗でべたべただ。長湯はせずに、はぺたぺたとスリッパをはいて首からタオルを提げて戻って来ると、そのままベッドにダイブした。宿は決して神殿のような涼しさはなかったが、外に比べれば断然涼しかった。

『頭乾かせよ』
「起きてからどうにかする」

 ベッドに倒れ込んだまま、は身動きせず。そして、すぐに寝息が聞こえて来た。はあ、とリィドがため息をついた。
 それから数時間後、深夜。外が真っ暗になって、集合時間になっても起きて来ないの部屋に鞘入りのシャルティエを持って乗り込んで来たリオンによって、は賑やかな目覚めを迎えることとなる。
 そして、再びストレイライズ神殿にやってきた。正面玄関から入ろうとしたの頭をまた殴り、リオン達は神殿の脇へと回り込んだ。脇にあるのは裏口だ。

「裏口ってここ?」
「そこしかないでしょ」

 ドアを指差すスタンに、ルーティが頷く。

「ぐふふ。なんかワクワクするね。暗闇に紛れて侵入大作戦! ねっ、リオン!」
「僕に振るな」

 たっぷり寝て元気いっぱいのに、リオンが不機嫌そうに返した。スタンがドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。順番に入って行き、リオンが最後に入り、ドアが閉められた。辺りは暗闇に包まれた。

「うわ、真っ暗だな……」
「夜だもん」
「いたっ! 誰よ! あたしの足踏んだの!?」
「ああ、すまないルーティ」
「うるさいぞ、静かにしろ」
「皆さんですか?」

 フィリアの声が聞こえた。

「その声はフィリア! どこだい?」
「ええ、ちょっと待ってください……今、明かりをつけます」

 ガシャガシャと音がした後、ランプの光が灯った。ランプを持ったフィリアがやってきて合流した。

「神の眼の場所は特定できたか?」

 早速リオンがフィリアに問う。フィリアは首を振った。

「神殿の中を見て回ったのですが、そのような場所はどこにも……やはりセインガルドの神殿のように、どこかに隠してある可能性がありますわ」
「そうか」
「じゃあ、一応大聖堂行ってみる? 前みたいに隠し部屋とかあるかもよ?」

 の提案に一同は頷き、フィリアの案内で暗い神殿内を進んでいった。
 神殿内は耳が痛い程に静かだった。六人が足音を潜めて歩く音だけが微かに聞こえる。

『ここまで誰もいないのも妙だな』

 リィドが不審そうに言った。確かに、と頷いたのはリオンだった。フィリアが尋ねて来たことで、少なくとも他の仲間たちがいなかったことを不審に思ったはずだ。それに、彼らが隠そうとしているグレバムを追って来たことも気付いているだろう。警備がいないのは、罠だろうか。
 辿り着いた大聖堂の扉を開けると、ギイと重そうな音が堂内に響いた。スタンが周囲を見渡しながら聖堂の中へ足を踏み入れる。

「真っ暗の聖堂って不気味だな……こう、何か出そうっていうか……」
「わっ!」
「うわあ!?」

 突然背後で声がして、スタンが飛びあがって大声を上げた。バクバクとうるさい心臓の音をさせながら涙目でスタンが振り返ると、そこにはしてやったりという表情のがいた。にこやかにピースなんかしている。その直後、二発の鈍い音が響いた。額に青筋を浮かべたリオンが、とスタンの頭を力いっぱい殴りつけていた。

「大声を出すな馬鹿者」
「今のはのせいだろ!」
「こんなのにひっかかるスタンが悪い!」
「静かにしろと言っているだろうが。もう一発ずつ殴られたいのか?」
「静かにしまーす」
「しまーす」
「フン。最初からそうしろ」

 再び騒ぎ出した二人も、殴られたくはないため、リオンの一言ですぐに大人しくなる。リオンは呆れた息を吐くと、聖堂の奥へ歩いて行く。とスタンはお互い恨めしそうに視線を交わすと、渋々奥へと進んだ。

「で? ここにも隠し部屋があるのかしらね?」

 歩いて見て回っても怪しい所が何もないのを確認すると、ルーティが誰に問うでもなく言った。

「どうでしょう……」
「もう少し調べてみよう」

 首を傾げるフィリアに、マリーが提案した。がハイハーイと元気に手を上げた。

「ね! セインガルドの時は、あの祭壇のところにスイッチあったよね? 案外同じところにあったりして」
「そんな毎度同じことをするだろうか」

 首を傾げながらマリーが言う。それには自信ありげに笑った。

「やってみなきゃわからないーっと」

 はるんるんと祭壇に向かった。それを皆が目で見送る。

「フン。じゃあるまいし。やつらとて、そこまで馬鹿では――」

 ガシャン。リオンの言葉を遮るように、ロックが外れたような音がする。ギイ、と扉が開いた。

「開いたよー」

 ひょこっと祭壇から顔を出したがリオンに向かって手を振る。セインガルドと同じ仕組みだったことに呆れたのか、リオンは言葉もなくへと目を向ける。近くにいたルーティが、リオンを振り返り、肩を竦めた。

「馬鹿だったみたいね」
「……ハァ。進むぞ」

 ため息をつくと、リオンは指示を出して祭壇の奥の隠し通路へと進んだ。暗くて細い階段をランプの明かりを頼りに降りていく。階段を一番下まで降りると、大きく広い部屋に出た。ランプを上にかざして部屋の奥の方を照らす。部屋の中央には大きな窪みがあった。ちょうど大きな球体がはまりそうな形をしていた。

「セインガルドにあった部屋と似ていますわ……」

 フィリアがそう呟いた時。突如、明かりがついた。続いて、複数人の足音が近付いて来る。

「お前たち! そこで何をしている!」
「うげっ! 見つかった!」

 が眉を寄せ、リオンがその横で舌打ちをした。ざっと神官たちが武器を持って集まる。その中心が開き、一人の別の神官が歩いて来た。この神殿の大司祭だった。

「ネズミが紛れ込んでいたか。まさか、こんなところまで嗅ぎつけてくるとはな」

 感心したように大司祭が言った。だが、すぐに口元に笑みを浮かべる。

「だが、残念だったな。お前らが探しているものはもうここにはない」
「じゃあ、やっぱり神の眼はこの神殿にあったんだな」

 確信したように呟くスタンに大司祭が頷いた。

「その通りだ。グレバム様の手により再び運び出されたがな」
「やはり、グレバムがここにいたのですね!」

 フィリアは昼間の予想が当たったと、顔を顰めて抗議の声をあげた。

「む、貴様は昼間の女だな! 怪しいとは思っていたが、やはりニセ司祭だったか!」

 昼間にフィリアを迎え入れた神官がフィリアを指差して叫んだ。フィリアが一歩前に出る。

「偽者ではありません! 私は本物です! あなた方が偽者でしょう!? 正体を現しなさい!」
「ニ、ニセモノだと!? 我々はれっきとした神官だ!」

 憤慨したように、別の神官が言い返した。そんな言い合いを、大司祭は片手をあげて制した。すっと会釈して二人の神官は引き下がった。

「我らはグレバム様の思想に……神の眼が世界を制する、という言葉に恭順を示したまでだ」

 フィリアが息を呑んだ。やはりな、とリオンが顔を顰めた。

「世界を征服した暁には、カルバレイスの愚民どもは我々が完全に統治する。大いなる神の力の前では人間など無力だということを理解させるためにな!」

 高笑いをし、両腕を大きく広げて大司祭が語る。後ろに控える神官たちもにやにやと笑みを浮かべる。全員がその考えに賛同しているのだろう。

「お前らだって同じ人間じゃないか!」

 人を見下すような物言いに、スタンが怒って叫んだ。大司祭の高笑いがピタリと止まる。

「我々は愚民共とは違う。言うなれば、神の寵愛を受けた選ばれし存在なのだ」

 その言葉に、胸の前で手を組んでフィリアが首を左右に振った。緑の三つ編みが揺れる。

「そんなことありません! 神の愛は全ての人々に平等に与えられていますわ!」
「否! 神の道とは、お前如き小娘に理解できるほど浅きものではないのだ!」
「いいえ、神は――」
「いい加減にしろ! 貴様らの禅問答に付き合っている暇はない!」

 いつまでも続きそうな問答に痺れを切らしたリオンが叫んだ。とスタンだけが話についていけないとばかりにぽかんとしていた。

「禅問答ってなに?」

 二人は同時に誰にでもなく問いかけた。そして、二人は顔を見合わせると、ガシッと手を組み合わせた。

「なに、そこで友情深めてるのよ!?」

 ルーティが呆れながら叫んだ。リオンは見向きもせずに顔を顰め、マリーは面白そうに笑っている。

『ディムロス……どうして俺らのマスターはこんなに馬鹿なんだろうな』
『言うなリィド……更に惨めになる……』

 二本のソーディアンがしみじみと語った。体があったら遠い目をしていたことだろう。

「そう、我々は待つだけでいいのだ。グレバム様のモンスター軍団が世界を席巻してゆくのをな」
「モンスター軍団!?」

 ぎょっとする。その反応を見て、大司祭は笑みを濃くした。

「モンスター共の命の源が何なのか知っているか?」
「……何なんだ?」

 大司祭の問いに、スタンが神妙に問い返した。

「レンズでしょ」

 が答えた。

「そうだ」
「ええ!? レンズで!?」
『いや、だからお前何で知らないんだよ』

 大司祭が頷くと、スタンが驚いた。リィドが呆れたように呟く。

「オベロン社の輸送船を襲ってレンズを奪い、それを材料にモンスターを生産する……」
「まさかっ!」
『そんな技術が現代に残っているはずがなかろう!』

 驚きのあまり、クレメンテが声をあげた。もちろん、神官たちにその声は聞こえていない。

「現代に残ってないって?」

 クレメンテの言葉を疑問に思い、がリィドに問いかけた。

『レンズの技術は天上人が得意としていたんだ。その後、そんな事考えるやつなんていないと思ってたんだけどな』
「天上人……そっか、ソーディアンも天上人の研究者が地上軍に寝返ったから出来たんだもんね」

 は目を細めて頷いた。

「くっくっく……そうなれば後は時間の問題だ。弱体化した国々をグレバム様が神の眼の力で制圧していくのだ」
「驚きだな。フィッツガルドでレンズ輸送船を襲っていたのがグレバムだったとはな」
『神の眼を追って来たのに、予想外の収穫ですね』

 言葉とは裏腹に、驚きもせずに手間が省けたと言いたげな表情でリオンが言った。シャルティエも愉快そうに声をあげる。

「大国セインガルドへのレンズの供給を妨害する。それだけでも意義がある。さらに奪ったレンズはモンスター生産に使われる。一石二鳥とはこのことだ」

 完璧だと言いたげに大司祭は言う。あまりの完璧さに驚かれるとでも思ったのだろうか。だが、達の反応は冷めたものだった。

『むしろ、俺達の方が一石二鳥かもな』
「神の眼を追って来たら、お喋りな神官が事の真相をぺらぺら喋ってくれるわ、謎の武装船団の犯人もわかるわ」

 呟いたリィドに便乗するように、は両手を肩まで上げて言う。うんうんとマリーが頷いた。

「まさに一石二鳥ね」

 ルーティがしっかりととどめの一撃をくらわせた。

「黙れ! お喋りはここまでだ。グレバム様の邪魔をさせるわけにはいかないのだ。貴様らには消えて貰う。者ども、かかれ!」

 大司祭の命令に、背後に控えていた神官たちが一斉に武器を構える。それを見て、たちも戦闘態勢に入る。一番弱そうに見えたのだろう、神官がフィリアに向かって杖を振り下ろした。驚いて一瞬反応が遅れたフィリアを、ディムロスを抜いていたスタンが庇う。フィリアはスタンの後ろで晶術の詠唱に入る。クレメンテは斬撃よりも晶術に特化したソーディアンだ。離れたところでリオンの蹴り技が神官を蹴り飛ばしているのが目に入った。

「いくわよ! アシッドレイン!」

 ルーティの晶術によって怯んだ隙に、マリーが素早く間合いを詰めて斬り込む。長くパートナーとして仕事をしてきたがゆえのコンビネーションだ。

「ひゅう! はしゃいでるねえ、マリーってば」

 剣を片手に斬って捨ててを繰り返すマリーを見ながら、は目の前の神官の鳩尾にリィドの柄を叩きこんだ。倒れ込む神官を見もせず、すぐに周囲に目を走らせる。立っている神官の数は減って来ていた。スタンが戦っているその奥、ふと視界に入ったのは大司祭の姿だった。達がここまで強いとは思わなかったのだろう。青ざめた表情で少しずつ階段に向かって後退している。

「デモンズランス」

 リィドのコアクリスタルが光り、闇の槍が空中に現れた。それは大司祭の背後に突き刺さる。ひっと声をあげて、大司祭は前方に転がった。転がったところにが現れる。青い顔で見上げてくる大司祭を、はにっこりと笑顔で出迎えた。

「はーい、おじさま。どこへ行くおつもりだったのかしら?」
「き、貴様……!」
「自分から喧嘩吹っかけておいて逃げるなんて、かっこ悪いんじゃないのー?」
「うるさい! 貴様らが邪魔さえしなければ……!」

 剣を抜いた大司祭がの足下を斬り裂こうとした。はそれよりも先に後退しており、剣は何もない空中を斬った。立ち上がった大司祭が叫びながらに襲い掛かる。はその剣をリィドで軽く流した。その次も、その次も、剣はには届かない。

「こ、この小娘がああッ!」

 大司祭が勢いよく振り下ろすが、はそれを横にすっと避けると、ぐるりと体を回転させて大司祭の脇腹に踵を叩きこんだ。鈍い声をあげて大司祭が吹き飛ぶ。

「やっぱりあんた達みたいなのが世界征服なんて無理だよ。無理無理」

 上げた足をゆっくりと下げながらが言った。

「な、なんだと……!?」
「だって違う? まだ手にも入れてもいない力を過信して、のぼせ上がってるおバカさん? こんな子供の集まりに負けちゃう程度の力で、世界征服なんてできると思ってるの?」

 が笑った。かっと大司祭の頭に血がのぼる。

「だ、黙れ愚民どもがぁあああッ!」

 立ち上がった大司祭が剣をへと向けてくる。受けようとリィドを上げたところで、は腕を止めた。

「その愚民に殺られるのはどこのどいつだろうな?」

 大司祭の心臓が細身の剣――シャルティエによって背後から突き刺されていた。胸から銀色の刃が突き出している。

「お前は何を悠長に話し込んでいるんだ」

 言いながら、リオンが大司祭に足をかけてシャルティエを引き抜いた。血を噴き出し、大司祭の体はぐらりとの方へと倒れて来た。は眉を寄せてそれを横に避ける。大司祭は叫んだ表情のまま絶命していた。

「殺さなくても良かったんじゃないの?」

 が問う。フン、と馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「相変わらず甘いなお前は。いつも言っているだろう。敵には非情になれ」
「……」

 すると、さらさらと大司祭の体が灰と化し、そのまま空気中に霧散していった。持っていた剣と、レンズが数枚パキンと割れて落ちた。

「人間じゃなかったの?」
「大方、体内にレンズでも入れてモンスター化していたんだろう」

 まともな人間じゃなかったわけだ、とリオンが言いながら血で汚れたシャルティエを布で拭い、鞘に納めた。は大司祭がいた跡を見ながら、リィドを鞘に納めた。

「そっちも終わったみたいね」

 ルーティの声に二人が振り向くと、戦い終わった女たち三人が歩いて来た。スタンは、気絶させただけの神官たちを締め上げている。ルーティにでも命令されたに違いない。

「まさか、こんなに多くの神官たちがグレバム側についているなんて……」

 神を信じ、平和を愛すはずの神官が、世界征服を目論んでおり、グレバムの野望に賛同していたという事実は、フィリアには信じがたい事実だったのだろう。

「大丈夫だよ! 必ず止めてみせる!」

 作業を終えたスタンが、ぐっと拳を握った。

「……ええ、そうですね!」

 スタンの言葉に勇気づけられてか、フィリアもにっこりと微笑み力強く答えた。

「それはさておき、行先は決まったな」
「フィッツガルドだね」

 リオンの言葉に、が頷く。

「とりあえず、今日は宿で休みましょ。ぐっすり寝たのってだけだもの」

 ルーティが大きな欠伸をした。

「えー? みんな寝てないの?」
「寝たことは寝たわよ。でも、こんな作戦前にぐっすり睡眠取れるわけないじゃない」
「わくわくして寝られなかったな」
「わくわくってマリーさん……俺は緊張して全然寝られなかったよ」
「私も、緊張してあまり眠っていませんわ……」

 さんは眠れたんですか? というフィリアの問いに、うんとはあっさりと頷く。リオンが思わず額を押さえ、リィドもため息をついた。

『おやすみ三秒だもんな』
「えっへん!」
『威張ることでもないよね』
「いらん特技だな」
「なにをー!?」

 こうして、わいわいと騒ぎながらも、カルバレイスでの任務は終了したのだった。