青い空。白い雲。見渡す限りの大海原。陸は遥か彼方。
 そろそろ魔の暗礁に辿り着くというが、まだ自由行動になっていた。リオンは部屋で読書。マリーとフィリアも部屋。とスタンとルーティの三人が甲板にいた。船の上を気持ちのいい風が吹いていく。

「スタン、口開きっぱなし」
「えっ」

 の呆れた言葉に、スタンが慌てて口を閉じた。

「そんなに海が珍しい?」
「ああ。俺山育ちだから、船に乗ったの初めてで」

 ふうん、とは相槌を打った。リーネは確かに山に囲まれた村だ。しかも、レンズの存在を知らなくても生活に支障がないほどの田舎である。

「そういうあんたは? 海好きみたいだけど」

 ルーティが問いかけた。

「うん、海は好き。私がちっぽけな存在だってことを教えてくれる」

 風に茶の髪を靡かせてが言った。

「卑屈ね」

 フンとルーティが笑った。

「そういや、は出身はどこなんだ? ダリルシェイドじゃないって聞いたけど」
「えっ」

 今度はが驚きの声をあげる。二人の視線がに集まる。

「……さーて、ちゃんの出身地はどこでしょうドキドキクイズー!」

 いえーい! とが片手を上げた。はあ? とルーティが眉を寄せる。

「うーん……そう言われても、俺あんまり街の名前知らないしなあ」
「あんた、ほんっと田舎者よね」
「改めて納得しなくてもいいだろ」

 腕を組んで悩むスタンに、ルーティが呆れた目を向けた。
 結局、の出身地についてはうやむやになって流れてしまった。がほっと息を吐いたことに、二人は気が付かなかった。
 数日後。カルバレイス行きの船は、魔の暗礁に差し掛かろうとしていた。

「そろそろ魔の暗礁ね」

 ルーティがテーブルの上に広げられた海図をトントンと指で叩きながら言った。

「怪物って、一体何が出るんでしょうか……」

 フィリアが心配そうに呟いた。彼女に戦闘手段はない。祈りで敵は倒せない。だからこそ、余計不安に感じているのだろう。

「フフ。楽しみだな」
「マリーは楽しそうだねえ」

 マリーはニコニコと笑顔だった。彼女はある意味フィリアとは真逆で、戦いを好む。見知らぬ怪物を倒すのが楽しみなのだろう。向かいの席に座り、は頬杖をついて息を吐いた。は体を動かすのは好きだが、面倒事は嫌いだ。戦闘だって回避できるものなら、なるべく回避したい。

「そんな、楽しんでる場合じゃないですよ? 場合によっては戦わなきゃいけないんだし」
「だから、楽しみなんだろう?」
「あー、もう……マリーさんは……」

 心配性のスタンはマリーを見て額を押さえた。一方のリオンは今日も読書をしていた。何とも余裕そうである。
 その時だった。突然、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

「で、でましたー! ば、ばば化け物です!」

 船室に緊張感が走る。ルーティの顔が険しくなり、スタンが焦る。楽しそうに口角を上げるマリー。怯えた表情でいるフィリア。いつも通りの様子で「マジで出るのか」とが言い、リオンがパタンと本を閉じた。

「行くぞ」

 リオンの声に皆が頷き立ち上がる。そして船室の外へと出て行く。

「あら?」

 フィリアが船室の中で足を止めた。

「どうしたの、フィリア?」

 が遅れて足を止めて振り返った。フィリアは驚いた顔をしていた。

「声が……私を呼ぶ声がしました……」
「声?」

 が首を傾げ、リィドに視線を落とす。何か聞こえたかと思ったが、リィドも何も聞こえなかったのか無言であった。
 そうしてフィリアはの横を通り抜け、外へと出て行った。その背を無言で見送り、も後を追った。
 船首へと走って行くと、巨大な生物が行く手を阻んでいた。見上げなければならないほど、その生き物は大きかった。

「アレです! 早くなんとかしてください!」

 船員たちが悲鳴をあげて逃げながら叫ぶ。

「うるっさいわね! わかってるわよ!」

 ルーティが振り返って船員に向かって叫んだ。

『あれは、海竜!?』

 ディムロスが驚いたように声をあげた。

「海竜って何だよ?」
『無理よ! あなた達が敵う相手じゃないわ!』
「そんな事言ったって、戦うしかないじゃない!」

 アトワイトも叫ぶが、ルーティの言う通りである。相手がやる気ならば、こちらも戦わなければならない。ピンと張り詰めた空気の中で、皆が自分の剣に手を掛けた。

「呼んでいます……」

 海竜を睨みつけているの横にフィリアがやってきた。ふらりと海竜の方へと歩いて行く。

「私に乗れと言っていますわ」
「ちょっ……フィリア、危ないよ!」

 スタンが止めるが、フィリアは海竜の凭れた頭から背中へと上って行く。

「おい!」
「フィリア! ちょっと待ちなさいよ!」

 リオンとルーティが叫ぶが、フィリアは足を止めなかった。

「はあ、しゃーないなあ……」

 はガシガシと困ったように頭を掻いた。そして、リィドを鞘に納めると、海竜の方へと歩いて行った。

! あんたまで!」

 ぎょっとした様子でルーティが叫んだ。

「フィリア一人で行かせらんないでしょ。私も行くよ。皆は待ってていいよ」

 片足を海竜の頭に乗せながら、後ろを振り向いてが言う。

「面白そうだな」

 そう言ってマリーがの後について来た。は既に海竜の上をうろうろとしていた。

『海竜は飛行竜みたいなもんだ。どこかに入口があるはずだ』
「お、じゃあそれを探すか」

 リィドに話を聞きつつ、辺りを見回す。飛行竜は生き物であり、機械である。中に乗る場所があった。海竜も同じなのであれば、乗り場がどこかにあるはずだ。そして、背中にある上開きの扉を見つけた。ガコンと音をさせてが入口を開ける。梯子があり、中に降りられるようになっていた。フィリアに先に入るよう促し、自分も後に続こうとした時、背中を勢いよく蹴られた。

「おわっ!?」

 体勢を崩したは、梯子に捕まる事なく、床に一直線に落ちた。受け身を取っても蹴られた背は痛い。

「いったいな! 誰だよ蹴ったの!」

 入口を見上げる。リオンが不機嫌そうな顔で見下ろしていた。その背後にスタンとルーティの姿も見えた。

「あれ、皆来たの?」

 怒鳴ったは良いものの、来ないだろうと思っていた人物がそこに立っている。マリーから順番に中へと入って来る。

「一時間で船が出る。それまでに戻るぞ」

 リオンが言った。船員にそのように言い残して来たらしい。そう言って入って来たリオンは、物珍し気に海竜の中を見回している。最後にスタンが入って来て、入口が重い音と共に閉められた。海竜はそれを察したかのように、動き出した。海底へと向かっているようだ。十分も経たぬうちに、海底に到着した揺れを感じた。
 海竜が完全に沈黙したため、窓から外を見て、海中ではないことを確認して梯子を上って入口を開けた。
 海竜に連れられてやってきた場所は、海底に沈んでしまった昔の都市の一部のようだった。六人は海竜から下りる。海竜はその場から動かず、達が戻って来るのをここで待っているようだ。

「フィリア、声はまだ聞こえる?」
「はい。この奥です」

 スタンの問いにフィリアが頷いた。一行はフィリアの案内を頼りに奥へと進む。行く手を塞ぐ瓦礫などを除ける係はスタン、その後ろでは襲ってくる海中のモンスターを倒す役目を負っていた。更に後ろは戦えないフィリアを三人が囲んでいる。リオンは未だに機嫌が良いとは言えないようで、眉間に皺を寄せたままである。そのまま痕が残ったらどうするんだろうと思いながら、はスタンの前に飛び出して来たモンスターを斬った。

『ん?』

 突然、リィドが何かに気付いたような声をあげた。

「どうしたの、リィド?」

 消滅するモンスターから視線をリィドに移し、が首を傾げながら尋ねた。

『この奥にソーディアンがいる』
「ソーディアンが!?」
「え? ソーディアンだって?」

 瓦礫を持ったまま、スタンが振り向いた。が頷く。リィドは一定の範囲内に入っていればソーディアンの気配を察知できる。その範囲内に入ったということなのだろう。この海底都市の奥で待っているのはソーディアンという事になる。
 は改めて辺りを見回す。かなり古い建造物だった。海水が流れ込んで来ていて下の階は沈んでおり、スタンが頑張って撤去している瓦礫も最近崩れ落ちたものというわけではないようだ。ソーディアンが封印されたのは今から千年もの昔だ。こういった人の来ない海底に沈んでいるものもあるのかもしれない。

「この部屋ですわ」

 最奥にある一番立派な扉の前で、フィリアが力強く頷いた。とスタンが目配せし、お互い頷きあってスタンが扉に手を掛けた。がリィドを構える。扉が開く。部屋の中へと目を向け、二人はほっと胸を撫で下ろした。中にモンスターやトラップがある気配はない。六人は部屋に入った。

『よく来たの。フィリア=フィリスよ』

 突然頭に響く声。それは年老いた男で、間違いなくソーディアンの声だった。

『その声は……!』

 ディムロスが驚いた様子で声をあげた。

『クレメンテ老じゃん!』
『本当ですか?』
『何じゃ、お主らか。折角のムードがぶち壊しじゃの』

 シャルティエ、アトワイトと続き、クレメンテはがっかりしたようにため息をついた。
 正面にリィドよりも幅広の剣が安置されていた。刃は鋭くはなく、切断するには向いていなさそうだった。

「クレメンテ、って……ラヴィル=クレメンテ?」
『そう』
「こ、こんなキャラだったなんて……」

 が言う。天地戦争において活躍した老将ラヴィル=クレメンテ。ソーディアンチームの中では最高齢で戦いへと臨んだ。本からソーディアンマスターの性格は読み取れない。は今まで想像していたクレメンテとのギャップに唸っていた。

「あなたが私を呼んだのですか?」
『そうじゃよ』

 優しい声でクレメンテが答えた。

『クレメンテ、大変な事になった。神の眼が……』
『おおよそ見当はついておるよ。だからわしが目覚めたのじゃ。……フィリアを使い手に選んでのぉ』

 焦って言葉にするディムロスに、クレメンテは穏やかに答えた。フィリアが目を丸くする。

「どうして私なのですか?」
『ふぉふぉふぉ。やっぱり、使い手は若くて美人な女の子の方がいいじゃろうて』
「スケベジジィ……」
『あなたという人は……』

 ルーティとディムロスが呟き、リオンは眉間の皺を一層深くし、とスタンはぽかんと口を開けた。ルーティがフィリアの肩を叩いた。

「フィリア。ちょっと考えた方がいいわよ? こんなスケベソーディアンのマスターになるなんて」
『なんじゃと!?』
『ルーティ! 言葉がすぎるわ!』
「間違った事は言ってないわ」

 悪びれた様子なくルーティは言った。はさすがと心の中で拍手を送った。その時、突然の肩が叩かれる。振り返ると、マリーが一人話についていけないように不思議そうな顔をしていた。

「みんな何の話をしているんだ?」
「ああ、マリーには声聞こえないのか」

 ぽんと手を打って、が説明を始める。

「フィリアの前にあるアレもソーディアンだったの。で、そのソーディアンがユーモアたっぷりで茶目っ気溢れるおじいちゃんだったわけ。それで、ルーティがそんなソーディアンのマスターになっていいのかー、って言ってるところ」
「なるほど」

 ふむふむとマリーが納得したように頷いた。

「決めるのはフィリアだよ」

 スタンが言う。フィリアはクレメンテをじっと見つめ、目を閉じた。

「私……皆さんの足手まといにはなりたくないんです。ですから……」

 目を開け、フィリアはクレメンテへと手を伸ばした。

「クレメンテ。私はあなたを受け入れますわ」

 ルーティは不満そうだったが、フィリアは決意したような目だった。
 フィリアはクレメンテを持ち上げた。その細腕には大きな剣だったが、見た目ほど重そうには見えなかった。年老いたクレメンテが扱うため、軽く作られているのかもしれない。
 目的を果たし、再び海竜の元へと戻るため、海底都市を歩き出す。

「ていうか、やっぱりソーディアンだったね」

 が笑いながらフィリアの隣を歩く。

「そういえば、あの部屋へと向かう途中でさんがそんな事を……なぜわかったのですか?」
「リィドは一定範囲内にソーディアンがいるとわかるんだよ」
『なに!? リィドじゃと!?』

 クレメンテが驚いて声をあげた。

『まあ、久しぶり』

 リィドが挨拶をする。

『まさか、また会えるとはのう……お主、今までどこにいたんじゃ?』
『うちのボケボケマスターと一緒にいたよ。もう、九年くらいになるか?』
「もうそんなになるかねえ……って待て、ボケボケマスターってなに!?」
『そのままの意味で』

 フンとリィドが言うため、は地面に叩きつけてやろうかと思った。
 九年。とリィドが出会ったのは、が七歳の頃だ。静かな人の寄らぬ洞窟の中で、二人は出会った。

「なぜ、リィドは史実に残されていないのですか?」

 フィリアがそう問いかける。え、とが声を漏らす。前を歩いていたリオンも顔を向けて来た。

『それは……』
『あー! あー! あー!』

 クレメンテが言いかけたところで、リィドが大声を出した。フィリアとリオンが驚いて目を丸くし、は明後日の方向に目を向けた。

『……何じゃ。言わないつもりか?』
『別にわざわざ言うほどの事でもないだろ……』
『昔……』
『だーッ! このジジイは!』
『ふぉふぉふぉ、面白いのう』
『面白くねーっつの!』
「はいはい、漫才はおしまい。んで、この話題もおしまい。早く船に戻ろうよ」

 終わらなさそうな言い合いが始まったところで、がパンパンと両手を打った。そして歩く速度をあげて前へと歩いて行った。

「結局何なんだ?」
「わからずじまいでしたわ……」
『ふぉふぉふぉ』
『まあ、リィドは謎のソーディアンってことでいいじゃないですか。ねっ』

 ソーディアン達にも上手い具合に丸め込まれた気がするリオンは、眉を寄せた。なぜ、リィドが史実に残っていないのか。なぜ、ソーディアン達はその理由を語らないのか。謎は深まるばかりで、晴れることはなかった。

「リオーン! フィリアー! 早く早く!」

 前方を歩いているが手をぶんぶん振って呼びかける。リオンがため息をつき、フィリアがくすりと笑う。

「行くぞ」
「はい」

 リオンとフィリアも歩く速度をあげた。

「よかったー! まだ船行ってなかったね!」

 来た時と同様、海竜に乗って海上へと戻って来たたちは、なんとか一時間以内に船に戻ることが出来た。がぴょんと海竜から飛び降りる。船で帰りを待っていた船長はぽかんと口をあけていた。

「お、お前たち……生きていたのか」
「フン。そう簡単には死にはしないさ」
「甘く見られたものね」

 リオン、ルーティと続いて船長に向かって言う。こうやって嫌味を言うあたりは似てるな、とスタンはフィリアに手を貸しながら思った。二人同時に敵に回したらどうなるか。考えたくない、とスタンは首を振った。
 六人が船に降りると、海竜はゆっくりと海底へと戻って行った。

「化け物が……帰って行く……」
「呆けている暇はない。早くカルバレイスへ向かってくれ」
「あ、ああ。わかった」

 呆然としている船長にリオンが言う。船長は頷いて、船を再び進め始めた。
 カルバレイス到着は明朝の予定だ。