「ぶえっくしょい!」
「オヤジめ」
「可憐な乙女に向かってなんてこと言うの!? ……ぶえっくしょん!」
リオンが深いため息をついた。
ファンダリアの湖に落下したはなんとか自力で這い上がり、ファンダリアとセインガルドの中間にある、両国が共同管理しているジェノスという町を目指して歩き始めた。だが、地図もコンパスも持っていない状態でが目的地にたどり着けるはずなどなく、気が付いたらファンダリアを通り越してセインガルドの草原へ到達。そこで、力尽きて倒れたところを、飛行竜襲撃によってやってきた調査部隊に発見されたというわけである。結果、四十度近い高熱で寝込んで数日、ようやくまともに起き上がって会話できるまでになっていた。
「そこまで元気ならもう問題ないな」
椅子から立ち上がり、リオンが言う。
「えー? もう行っちゃうの?」
元気が出て来たもののまだベッド生活を送っているにとって、話し相手というのは重要である。リオンがいなくなる、つまり話し相手が二人分減るということだ。賑やかな環境が好きなにとって話し相手がリィドしかいなくなるというのは寂しいものがある。
「これからハーメンツに行ってくる」
「ハーメンツ?」
「ジェノス近くの神殿から国宝が盗まれてな。その犯人達がハーメンツにいるという情報が入ったんだ」
『その人達を捕まえに行くってわけ』
ハーメンツというのは、ダリルシェイドの西にある小さな村だ。ダリルシェイドからでは、半日もかからない距離にある。
「えー任務なら私も行くよお」
「熱が下がったばかりの半病人など足手まといだ。黙って寝てろ」
「熱下がったから暇なんだよお」
「任務は暇潰しに行うものじゃないと何度言えばわかる」
リオンが大きくため息をついた。元気になったのならば良いものの、元気になったらなったで喧しいことこの上ないのがである。
『ぶり返したら困るんだから、大人しく寝てろ』
「ぶー。リィドまで同じこと言うー」
ただ、も二人が言うことが正論であることもわかっていた。熱が下がったのは今日のこと。すぐに動き回ってまたぶり返しては本末転倒だ。これ以上何を言っても話を聞いてはくれないだろうと、は横になって布団を頭まで被ってしまった。
「帰って来るまでに少しでも治しておけよ」
「はーい」
布団越しのくぐもった声で不満げな返事があった。リオンはそれを聞いてため息をつくと、部屋を出て行った。
***
布団をかぶったまま眠ってしまったが布団から顔を出した時、外はもう陽が沈もうとしていた。窓から入る陽が部屋に長い窓枠の影を作っている。
『起きたのか?』
リィドが気が付いて声をかけてくる。
「ん。リオン帰って来た?」
『屋敷の中にシャルティエの気配はないからまだだろ』
「そう」
飛行竜は、調査部隊によってセインガルド内にて墜落しているのが見つかった。乗組員はとほんの数人の隠れ切った人間を除いて全員死亡。飛行竜の損傷も激しく、未だ墜落現場から動かせずにいる。修理をその場で行った後にダリルシェイドに帰還するであろう。だが、その中でも最も重要な被害がソーディアン・ディムロスの所在が不明となったことだった。モンスターの手に渡るよりは、というの判断は間違ってはいなかったという見解で、へのお咎めは無しとなっている。ただ、リオンからのねちねちとしたお説教は逃れられず、高熱で魘されているの耳元で数時間にわたって行われた。が無事に帰還しただけでも十分なんだから、というシャルティエのフォローが合いの手だった。
さて、とは布団から起き上がってカーディガンを羽織った。寝るのにも飽きたし、小腹が空いた。キッチンで何か軽食でも作ってもらおう、とリィドを片手に持って部屋を出た。
「あら、。体調はもういいの?」
キッチンに行くとメイド長のマリアンがに気付いて問いかけた。
「もう大丈夫でーす。マリアンさん、お腹すいたー」
「あらあら。もうすぐ夕食なんだけど、仕方ないわね……少し待ってて。何か用意するわ」
「やったー」
はへにゃりと笑って椅子に座った。
本来、メイドであるマリアンはに対して敬語でなくてはならないはずだった。使用人と客人。立場はの方が上である。だが、がヒューゴの屋敷に来た初日に、は敬語で話すことをやめてほしいとマリアンに頼んだ。年上からかしこまって話をされるというのがは好きではなかった。歳相応に接してほしいと頼み、マリアンはまるでを妹のようにかわいがってくれるようになった。
「はい、どうぞ。ホットサンドだけどいいかしら」
「わーい! ありがとうございますー!」
焼かれた食パンに挟まれたチーズがとろけて、ハムと混ざって美味しそうだった。は目を輝かせる。マリアンが作るものは何だって美味しいとは知っている。両手であつあつのホットサンドを持って、いただきますと口を開けた時だった。
「! はいるか!」
屋敷の中で怒鳴り声が聞こえた。リオンである。ハーメンツの任務から帰って来たのだろう。だが、なぜ帰って来るなり怒っているのだろう? メイドに居場所を聞いたのか、キッチンのドアが乱暴に開けられると、鬼のような形相のリオンが入って来るなりの頭を思いっきり殴った。
「いったー!? なに!? 私なんかした!?」
「お前、ディムロスは善良な青年に預けたから大丈夫だと言っていたな」
「言ったよ。この上なく人の良さそうな人間に預けた」
「ハーメンツで捕えた三人の中にディムロスを持った男がいた」
は殴られて尚食べかけていたホットサンドを噴き出しかけた。
「はあ!? スタンが泥棒だったってこと!?」
「ああ、そうだ、スタンという男だ。まったく、お前の見込み違いだったな。始末書はしっかり書いてもらうぞ」
リオンは腕を組んでもう一発殴りたいと言わんばかりの顔でを睨んでいる。
「いや、待って待って。スタンは脱出ポッドでファンダリアに墜ちたはずだから、ジェノスにいるのはわかる。そこからハーメンツに移動するのもまあわかる。でも、泥棒なんてしないと思う。あったとしても、他の人に騙されてると思う」
「なぜ言い切れる」
「本当にまっすぐで純粋な人だったから」
苛立ちながら問いただすリオンに、は怯むことなく答えた。
自分の身の安全の確保よりも先に、モンスターをどうにかして乗組員たちを助けたいと言ったスタン。密航者ということで、乗組員たちから良い扱いは受けなかっただろうに、彼はそれでも助けたいと言った。一目で彼が悪を知らないまっすぐな人間であるとは思った。
「……そうか。そこまで言うなら信じてやらないでもない」
リオンがそう言って折れた。
「だが、始末書は書いてもらうからな」
「やだーっ!」
熱もすっかり下がって元気なの否定の言葉など聞き入れられるはずもなかった。
話を聞けば、ハーメンツの泥棒はスタンと女性二人の三人組であり、現在ソーディアンは没収し、三人は牢に入れているという。驚くべきは、女性のうちの一人もソーディアンを持っていたということだった。ということで、没収したソーディアンは二本となる。恐らくスタンは女性二人組にうまく使われたのだろうとは思った。彼のまっすぐさは好感を覚えるほどだった。自身から泥棒に加担するとは到底思えなかった。
翌朝、が支度を終えると、リオンが城から人を連れてヒューゴの屋敷へと戻って来ていた。国王から何か任務を受けに行くと言ってリオンは出て行ったため、その帰りだろう。そのうちの一人に見覚えがあり、は表情をキッと怒りに変えた。
「ちょっとスタン! なに泥棒なんてやってんの!? おかげで大変だったんだけど!?」
「えっ? あっ! !」
階段を二段飛ばしで降りてリオンが連れてきた三人組のところへと向かう。
「、良かった! 無事だったんだな!」
「あー、うん、なんとかってところ……かな」
『プッ』
「リィド煩い」
無事だったかと言われれば命だけは助かったというのが正しい。高熱を出してセインガルドの草原で行き倒れたのを無事だと果たして言えるのかというところだ。思わず噴き出したリィドにがぴしゃりと言った。
「えっ、あんたのそれもソーディアン!?」
黒髪の女性が驚いて言った。ということは、もう一人のソーディアンマスターはこの女性なのだろう。
「そうだよー。てことは、もう一人のマスターはお姉さんなんだね」
「雑談はそこまでだ。、お前も来い。任務だ」
「へーい」
リオンの言葉に緩い返事を返してひょこひょこと後をついて大広間へと向かう。大広間には既にヒューゴが来ていた。初めにヒューゴが席に着き、隣にリオンとが座った。向かい側に三人が座る。全員が座ったのを確認すると、ヒューゴは、さて、と話を切り出した。
「君たちに渡すと言うのはほかでもない……マリアン、例の物をここへ」
「はい。失礼します」
マリアンがテーブルの上に載せたのは二本のソーディアンだった。
「ディムロス!」
『また暗い倉庫に逆戻りかと思ったぞ』
飛行竜でも聞いた声がため息混じりに言った。
「アトワイト!」
『どうなる事かと思ったわ』
ほう、とは思う。細身の曲刀であるその剣はアトワイトというようだ。ソーディアンチームの一人、アトワイト=エックスのソーディアンだ。チームのうち唯一の女性であり、医療班の班長であった。リィドはソーディアンの探知はできるが、それが誰なのかまではわからない。マリアンが持ってくることで、二本のソーディアンが近づいてくることだけを察知していただろう。
「リオンのシャルティエ、のリィドと合わせ、四本のソーディアンが集まったことになる」
ヒューゴが言った。
『リィドですって!?』
アトワイトが声をあげた。なぜ驚くのかと言った様子で、スタンと黒髪の女性の二人がアトワイトを見てからを見た。リィドは七本目の、存在しないはずのソーディアンである。ただ、何故存在しないのかはリオンも聞いていない。リィドが語ることを拒んでいたし、シャルティエも語らなかった。
『アトワイト、その話は後でな』
リィドが言った。言いながらも別に話すつもりもないのだろうなとは思った。リィドは自分の話をすることを極端に嫌う。
任務の内容は、ストレイライズ神殿を見てくるというものだった。ストレイライズ神殿とは、世界各地で信仰されているアタモニという女神を讃える宗教の本山である。最近様子がおかしく、連絡が取れなくなっており、国王から直々に様子を見てくるようにという任務だった。ヒューゴは、ソーディアンがこれだけ揃っているから特に問題なく任務遂行できるだろうと言った。
かくして、急造のソーディアンチームはストレイライズ神殿を目指すことになったのである。
にとって数日ぶりの外出だった。ぐっと伸びをして空気を肺一杯に吸い込んだ。やはり、屋敷の中に引きこもっているより、外にいる方が自分の性に合っている。
「。お前にも渡しておく」
「なにこれ」
何かスイッチのような小型機械を三つ渡され、は首を傾げた。
「あいつらに電流装置をつけている。それはそのスイッチだ。逃げようとするような素振りを見せたら問答無用で押せ。いいな」
「えげつなー」
「フン。泥棒相手なんだ、そのくらいやって当然だ」
渡されたスイッチを受け取りながら、押すことはないだろうなとは思った。が押すより先にリオンが押すに決まっている。
「ところで、マリアンさんに挨拶してこなくていいの?」
「……」
リオンが黙った。リオンがマリアンのことを好きだというのは、が屋敷に来てすぐに気が付いたことだ。あまりにもわかりやすすぎるのである。マリアンに対してだけ柔らかな口調になり、優しくなる。突然現れると動揺する。いくら鈍感なでも気付くというものだ。リオンもにバレていることを知っている。
「……こいつらをしっかり見張っておけよ」
「はいはい、了解しましたよ」
屋敷に戻るリオンの背に手を振りながらは言った。まったく微笑ましい事ではないか。色恋沙汰に興味がなさそうな様子でいて、彼は純粋にマリアンを愛しているのである。歳の差などなんのその。まったく微笑ましい。
「あれ? アイツどこ行ったのよ?」
黒髪のマスターが言った。
「ちょっと用事ー。すぐ戻るよ」
「チャーンス! 今のうちに逃げ……」
「あれー? こんなところに何かのスイッチが」
先程リオンから受け取ったスイッチをポケットから取り出しながらが言う。振り返って走り出そうとした動きが止まる。
「押してみよっか」
「ちょ! ちょっと待って! 無し! 今の無し!」
の前に一瞬で戻ってきてがボタンを押すのを必死に止めた。それはも何度か見たことがある電流装置で、スイッチを押せば電流が流れるし、装置を自分で無理に外そうとすると致死量の電流が流れるという、オベロン社の製品であった。
「ところで、お姉さんたちの名前まだ聞いてないんだけど。私は=だよ」
スイッチをポケットにしまいながらが言った。
「ルーティよ。ルーティ=カトレット」
黒髪の女性が安堵の息を吐きながら言った。
「マリー=エージェントだ。よろしくな」
赤髪の女性が答えた。マスターでないのはマリーだけのようで、彼女はソーディアンの声は聞こえないようだった。
リオンは十分ほどで戻ってきた。何をしてきたのかと問うスタンに、聞いてどうするとリオンが冷たく返した。まさか愛する女性に会いに行っていただなんて、リオンが言えるはずがない。
そうして、五人はストレイライズ神殿へと向かうことになった。
「うわー……でっかいなあ」
ダリルシェイドを出た翌日、ストレイライズ神殿の近くまで来ていた。木々の間から神殿がようやく見え始めた頃だった。白と青で統一された神殿は静かにそこに佇んでいる。
「なに? あんた初めて来たの」
「うん。ルーティは来たことあるのか?」
「あるわけないじゃない。あたし、そこまで信仰心ないもの」
スタンの問いかけに肩を竦めながら当然といったようにルーティが言った。口調からして来たことがあるのだろうと推測していたスタンは、あ、そう、と力なく返した。そんな会話が行われている前方を歩くとリオンはそんな悠長な会話はできていなかった。
「妙だな……静かすぎる」
リオンの言葉にが頷く。
「人の気配が全然ない」
参拝日でないにしろ、常に司祭たちがいるはずで、ここまで静かであるはずが無かった。神殿から人がいなくなることはないはずなのだ。
森を抜け、舗装された神殿への道を歩く。やはり、静かすぎる。遠足気分の三人と違い、二人は警戒心を強めた。ふと、が一つの建物の前で足を止めた。聖堂ではない、脇にある礼拝堂だった。
『どうした』
リィドが問う。その声を聞いてリオンも足を止めた。半開きになった礼拝堂の扉から、ふわりと風に乗ってきたそれは――
「血の匂い」
「なにっ!?」
が礼拝堂へと駆け出した。
「チッ。おい! お前ら、遊んでないで早くしろ!」
舌打ちをしてリオンもスタン達に叫ぶと、自分もの後を追った。
軋む音を立てて礼拝堂の扉を開けた。リィドに右手をかけて中に足を踏み入れる。神官が数人、血を流して倒れていた。息は無い。
「……ひどい」
続けて入ってきたスタンが悔しそうに呟いた。
「生存者がいるかもしれない。探してみよう」
マリーの提案に皆が頷く。とはいえ、礼拝堂の中は静まり返っており、一人一人倒れている人間を確認しても、既に事切れている者ばかりであった。周囲を見渡していたは、礼拝堂の奥に更に扉があることに気が付いた。リオンに奥を見てくることを告げて、は奥へと進んだ。音がしないようにゆっくりと扉を開ける。右手には鞘から抜いたリィドを持っている。気配を消し、足音を消して歩きながら室内の様子を探ると、人の気配を察知した。
「司祭?」
通路の一番奥に神官が二人、それと子供が三人、怯えた様子で隠れていた。の言葉が聞こえ、五人はヒッと息を呑んだ。
「お、お願いします! この子達だけは……この子達だけは……!」
必死にそう言いながら子供たちを抱きしめる。司祭も子供たちも怯え切っていた。は抜いていたリィドを鞘へと納めると、五人に近づき、片膝をついて神官たちと目線を同じにした。
「落ち着いてください。私はセインガルドの剣士です。王の命でここへやってきました」
にっこりと微笑んで、安心させるようにゆっくりとした口調でそう告げた。
「剣士……様?」
「何が起こったのか教えていただけますか?」
彼らの怯えを少しでも軽減させるように、穏やかに問いかける。神官たちは戸惑ったように目を合わせ、そしてを見て首を振った。
「私たちは……すみません、何もわからないんです。ちょうどよそに参拝があって……帰ってきたらこの有様でした」
「そうでしたか……」
申し訳なさそうに言う司祭に、は頷いた。やはり詳しく知るには聖堂の方に向かうしかないようだ。あの、と司祭が控えめにに声をかけた。
「あの、神殿の方には司教様たちがまだいらっしゃるかもしれません……もし、生存者などがいましたら……」
「わかりました。私たちの方で見てきます。あなた方はもうしばらくここにいてください。安全を確認し次第、また来ますので」
「はい……よろしくお願い致します」
頭を下げる神官たちには頷いて返す。それから一番近くにいた子供の頭に手を載せた。
「もう少しここに隠れててね」
笑顔で子供に話しかける。うん、と頷く子供に、いい子だね、と微笑む。手を離して立ち上がると、は再び司祭たちに目を向けた。
「では、私はこれで」
「お気をつけて」
「ありがとうございます」
頭を下げて、はその場を後にした。
扉を開けて外に出ると、生存者が見つからなかったのか、落胆した様子の四人がそこにいた。リオンがが戻ってきたことに気付いて近づいてくる。
「誰かいたか?」
「うん。司祭が二人と子供が三人。よそに行ってて、帰ってきたらこんなことになってたんだって」
「フン、信用できるのか」
「こっちも何もわかんないんだし、ちょっとくらい信用してあげなよ」
最初から疑ってかかっているリオンに、も語気を強めて言った。何もわからない今、少しの情報でも信用したい。そんなにリオンはため息をついた。
「どうだか。そいつらはどこだ?」
「ハイハイハイハイ。私らは生存者に尋問しにきたわけじゃないんだからね」
歩き出そうとするリオンの前に立ち、呆れたような口調でが言う。
「大体、大人二人子供三人で何ができるっていうのさ。ここにいる人達みんな殺したのがあの人達だって? じゃあなんでまだあんなところに残ってんの? 逃げるでしょ」
「……それもそうか」
納得しがたいような声でリオンも同意を示した。
『ごめんね、。坊ちゃんちょっとピリピリしてるから』
「シャル!」
「私も似たようなもんだから気にしなくていいよ」
死体を前にして平常心でいろという方が無理な話だ。何か事件が起きているからこうして人が死に、何もわからない者たちはただ怯えることしかできない。小さなことでさえ疑わずにはいられない。
スタン達と合流し、聖堂へと向かう。ダリルシェイドに住んで一年が経つが、もストレイライズ神殿に来たのは初めてだった。こんな山の中に、熱心に通う信者がいるというのだから、信仰心の無いは不思議に思う。そして、そんな参拝者たちがいるはずのこの場所に、人気が無いのが更に不思議で仕方がない。
「、ここは血の匂いしない?」
聖堂の扉を開けながらルーティがに問いかけた。
「私は犬じゃなーい! 確かにちょっと鼻はいいけど、そんな人を犬みたいに」
「で、するの?」
「……しないけど」
「そう」
ルーティは頷いて聖堂の中へと入って行く。
は血の匂いに敏感だ。いくつもの戦闘を経験した中でも便利であるのは確かではあるが、こういう使われ方はいかがなものか。匂い探知機扱いには切なくなりながら、とぼとぼと先に歩いて行ってしまったリオン達を追った。
正面にある大きな扉を開けようとしたが、どうやっても開かない。メンバーの中で一番力があるであろうスタンの力を持ってしても開かないのである。
「なあ、アレは何だろうな?」
「アレ?」
上を見ているマリーに倣って、達も上を見上げた。手に握れるくらいの球体が五つ浮かんでいる。
「結界だな」
リオンが舌打ちした。
「ということは、この先に何かあるってことね」
「結界はどうすれば解けるんだ?」
「通常解除する装置があるか、結界を張った者が解くかしかないが……」
スタンの質問にリオンが答える。
「もう、めんどくさいからぶっ壊しちゃおうよ。大した結界にも見えないし」
がリィドをぐるぐる振り回しながら言った。一体何を言っているのかとスタン達がぎょっとしてを見た。リオンがため息をついてシャルティエを抜く。
「それが手っ取り早いか」
「あんた意外にそういうタイプなのね」
ルーティが呆れたように言った。
とリオンが同時に構える。互いにソーディアンをがっちりと握り、結界の張られた扉に向かって――
「いっせーの!」
の掛け声に合わせ、同時に剣を振るった。二人は一年を通して共に相棒として活動していた結果、一息呼吸を合わせれば同時に技を出すことも容易となっていた。結界は二人の合わせ技によってパキンという音と共に砕け散った。扉を覆っていた晶力が消える。扉も半壊状態になったが、非常事態なので見逃してもらおうと思う。半壊の扉を開け、中に入ると初老の男性が一人、驚いたようにこちらを見ていた。
「あ、あなた方は……?」
どうやら先程の結界はこの男性を閉じ込めるためのものだったようだ。男性以外に室内にあるのは膨大な量の本だけである。
「セインガルドの剣士と愉快な仲間たちでーす」
神官の問いには明るく答えた。怯えた様子からも、明るく接するのが良いと判断したためだ。
「お前は何者だ」
だが、そんなの判断はリオンの脅すような口調で無に帰された。
「私はアイルツと申します。あの……この部屋には結界が張られていたはずでは……」
「ぶっ壊しました」
が笑顔で親指を立てた。
「ぶっこわ……そ、そうですか……それで、セインガルドの剣士様が何の御用で……?」
アイルツと名乗った神官がおどおどと尋ねる。
「単刀直入に聞く。『神の眼』はどこだ」
「え!?」
『なっ!?』
『神の眼ですって!?』
『何ということだ……!』
「な、なぜそのことを……!?」
リオンの言葉に、そしてシャルティエ以外のソーディアンが驚愕した。スタン達三人は何事かと思い、問われたアイルツもまた驚いていた。
『ここに神の眼があるというのは本当か!?』
焦ったようにディムロスが叫んだ。スタンが首を傾げる。
「どうしたんだよディムロス?」
「そう国王に言われたじゃない。何、今更驚いてるのよ……ってあんた達いなかったんだっけ?」
『そうよ! 聞いてないわ!』
国王からの任務の話があった時に神の眼の話は出ていたらしいが、ソーディアン達は取り上げられていたため話を聞いていない。そして、またその場にいなかったとリィドも初耳であった。
『おい、リオン、シャルティエ、聞いてねえぞそんな話』
リィドが声を低くして不満を露わにする。達も、ストレイライズ神殿の様子を見に来るとしか任務内容を聞いていなかった。もじとりと不満そうにリオンを睨みつけたが、リオンには無視された。
「なんでそんなに慌ててるのよ、あんた達は!」
『ルーティ、あなたは知らないのよ! 神の眼がどんなものか……!』
マスターとソーディアン達の言い合いは収まってはいなかった。
「あの……彼らは……?」
困惑した様子でアイルツがルーティとスタンを見ている。ソーディアンの声は一般人には聞こえない。リオンが呆れたように首を振った。
「気にするな。少し頭がおかしいだけだ」
思わずスタンとルーティが押し黙ってリオンを見た。自分たちの叫びが怪しいものだと理解したようだ。が会話に加わらなかったのはそれがよくわかっているからだった。
「それで、どこにある」
リオンが話を戻した。アイルツは言葉を濁す。
「あれはこの神殿の秘密となっています。他人に教えるなど……」
「言え。これは王の勅命だぞ。教えないつもりなら、こちらで勝手に探させてもらう」
「リオンだと壁やら物やら壊してでも探しますよ、マジで。教えちゃった方が被害が少なくて良……あだっ!」
が話している途中でリオンが後頭部を殴った。危うく舌を噛むところだった。
「……わかりました。大聖堂へ参りましょう」
の言葉を信じたのかどうかはわからないが、アイルツは諦めたように息を吐いて言った。
かくして、アイルツに案内されて大聖堂へと向かうことになったのである。
「なあ、。神の眼って何なんだ?」
歩きながらスタンがに問いかける。先程のことを思ってか、ソーディアンに問いかけることはやめたようだ。はピッと人差し指を立てた。
「『神の眼』っていうのは、直径六メートルくらいのどでかいレンズだよ。レンズは知ってるでしょ?」
「もちろん」
「つい最近まで知らなかったけどねー」
すすっとルーティが話に割り込んできた。スタンがわずかに顔を赤くする。
「ていうか、直径六メートルですって? そんなレンズ実在したら一体いくらするのよ!」
ルーティはマリーと共にレンズハンターをやっていたらしい。レンズハンターというのは、モンスターを倒したり道端に落ちていたりする小さなコモンレンズを集めて、各地にあるオベロン社の支社へ持っていきガルドに換金してもらうことを生業にしている人々のことである。コモンレンズは直径数センチ程度だが、六メートルもあるレンズが実在するとなればレンズハンターとしては黙ってはいられないのであろう。もレンズハンターとして生計を立てながら旅をしていたこともあり、ルーティの言いたいことはわかる。
「実在するんだなあ。いくらになるかは知らないけど。で、ただでさえレンズって結構エネルギーがあるでしょ? それが直径六メートルってなれば、どれだけやばいかわかるじゃない?」
「なるほどなあ。は詳しいんだな」
「天地戦争ってマイナーなんだろうか……おかしいな、ここにはソーディアンマスターが揃ってるのに……」
『日常生活になくても差し支えない知識であることは確かだな』
頭を抱えるにリィドが答えた。天地戦争? と首を傾げるスタンに、また今度ね、とが返した。
大聖堂に着くと、アイルツが詠唱を始めた。その詠唱で扉が開くのだろう。は胸を高鳴らせ、スタンもごくりと息を呑む。するとアイルツは、えいっ、という掛け声と共にボタンを押した。カチッと鳴ったかと思えば扉が開いた。期待していたスタンとはがくりと肩を落とした。詠唱の意味は全くなかったらしい。
「この部屋です」
アイルツが奥の扉を開けた。そして、全員が言葉をなくした。
「ほ、本当にここに直径六メートルのレンズがあったのか?」
「何もないじゃない……」
スタンとルーティがつぶやいた通り、その部屋には神の眼のような巨大なものは何もなかった。リオンとが表情を顰める。
「そんな! 神の眼が……!」
アイルツが既に何も置かれていない台座に向かって歩きながら言った。
『盗まれたということか!』
『何てこと……』
ディムロスとアトワイトもショックを隠し切れないようだった。
「おい。本当にここに神の眼があったのか?」
「はい! 確かにここに安置してありました」
念のために確認するリオンに、アイルツはしっかりと頷いた。何か残されていないかとは周囲を見渡す。天井に大きな穴が開いているため、持ち出したのはここからだろう。だが、一体誰が何のために。ふと、一体の女性の姿をした石像が不自然に置かれているのに気が付いた。
「んー?」
『何だよ。何か気になるもんでもあったのか?』
石像に近づいてまじまじとそれを見ているに、リィドが声をかけた。
「いや、この石像さあ、妙にリアルだと思わない?」
『石像?』
法衣を着た女性の像。なぜ神の眼の安置されている部屋にあるのか。不自然ではないだろうか。何か意味があるようには思えない。何かを訴えかけているように、まるで叫んでいる途中で石像にされたような――
「あ! もしかして!」
パチンと指を鳴らして後ろを振り返る。
「リオン! パナシーアボトルある?」
腕を組んで考え込んでいるリオンに向かってが叫ぶ。リオンが眉を寄せてを見る。
「あるが、何に使うつもりだ?」
「いいからいいから!」
「ほら」
ぶんぶんと手を振るに、わけがわからないながらもリオンはパナシーアボトルを投げてよこした。はそれを片手で受け取る。パナシーアボトルというのは、毒や麻痺などの状態を回復させる効果がある。例えば、石化した状態異常などにも効果を発揮する。は石像にパナシーアボトルをかけた。ぱぁっと光が石像を包んだ。光が収まると、緑色の髪で眼鏡をかけた女性が現れた。
「いけませんわ! 大司祭様!」
「うわっ!」
突然女性が叫んだため、至近距離にいたが驚いて身を引く。
「石像が人になった!?」
「バカ! 人が石にされてたのよ!」
スタンの驚きにルーティが言った。
『なるほど。よく気づいたな』
「ふふん。もっと褒めていいよ」
リィドの言葉には鼻高々といった様子でパナシーアボトルの空瓶を片手でぽんぽんと遊ばせた。
「あら? あなた達は……?」
「フィリア!」
女性がやっと見知らぬ人物たちが周りにいることに気付いたようで、周囲を見渡した。そこで、アイルツが声をあげた。
「司教様!」
「一体これはどういう……」
「た、大変なんです! 大司祭様が……ああ、どうしましょう……」
おどおどと手を彷徨わせながら、フィリアという女性は今にも泣きそうな表情でアイルツに宥められている。
「おい、何があった。説明してもらおうか」
フィリアが顔を上げてリオンを見た。
「え、ええ……ですが、あなた達は……?」
「私たちはセインガルド王の命で神殿を見に来たんだよ。怪しい者じゃないから安心してねー」
フィリアを睨みつけているリオンの脇でが手をひらひらと振りながら明るく言った。そうですか、とフィリアは話を始めた。
「私は大司祭であるグレバム様に仕えていたのですが……ああ、まさかこんなことになるなんて……」
「いい加減にしろ! お前の長話に付き合っている暇は無いんだ!」
「リオン、この人だって動揺して……」
「用件だけ聞く。神の眼はどこだ」
「聞けよ、私の話」
痺れを切らしたリオンが声を荒げ、宥めようと試みたは失敗に終わった。すみません、と謝罪し、フィリアは再び口を開いた。
「神の眼は、大司祭様の手によって盗まれてしまいました……」
「なんだと!?」
「おお、神よ……何ということ……」
アイルツが両手を胸の前で組み合わせ神への祈りを捧げた。神の眼が盗まれたのは、この部屋に入った時から予想できていたことだった。だが、まさかそれがストレイライズ神殿の大司祭の手によって行われたものだとは誰も予想していなかった。礼拝堂の件もある。神殿に強盗が入って、神殿の者たちは被害者でしかないと思っていたのである。
『神の眼を取り返すんだ! あれは人の手に委ねるべきものじゃない!』
『急がないと! 世界が危ないわ!』
『確かにそうだけど、まあ、まずは落ち着けよ』
焦るディムロスとアトワイトに、リィドがゆったりと声をかけた。
『何故お前はそんなに余裕なんだ、リィド! 事の重大さがわかっているのか!?』
『当たり前だ。だからこそ落ち着けって言ってんだよ』
リィドの言葉にディムロスが言葉に詰まる。アトワイトも黙り込んだ。
『そうそう、焦ったって仕方ないじゃん』
シャルティエが後押しした。
「シャルとリィドの言う通りだ。神の眼は必ず取り返す。お前たちが解放されるのもまだまだ後になりそうだがな」
「乗りかかった船だもんね。最後まで付き合うわ」
ルーティが肩を竦めて言った。
「それじゃ、リオン。これからどうすんの?」
が隣のリオンに問いかけた。
「まずはダリルシェイドに戻って国王陛下に報告。それから神の眼を探しに行く」
「神の眼は直径が六メートルもあります。運ぶ際に人目につかないということは無いかと……」
「なるほど。運ぶにしても目立ってるってことか。じゃ、行こうかねみんな」
「待ってください!」
アイルツの言葉に頷いて、たちが歩き出そうとしたのをフィリアが止めた。
「私も連れて行ってください!」
リオンが顔を顰める。
「敵のスパイを連れて歩く趣味はない」
冷たい目でフィリアを見て言った。
「そんな!」
「リオンのケチー」
「フン」
フィリアはショックを隠し切れないようだった。が抗議するが、リオンに相手にはされなかった。
「ねえ、フィリアだっけ? あたし達はそのグレバムとかいうのと戦うことになるかもしれないのよ? それでもいいの?」
ルーティが問いかけた。一瞬黙り込んだフィリアは、しっかりと頷いた。
「……覚悟はできています」
ルーティがにこりと笑った。
「いい根性ね。気に入ったわ。フィリアも連れて行きましょ。いいわよね?」
「いいんじゃない? 私らそのー……グレバム? の顔知らないしさ」
「あ、それもそうだよな。フィリア、君はグレバムの顔わかるよな?」
「もちろんですわ」
「じゃあ決まりだな」
「勝手に決めるな」
ルーティにが同意し、スタンが同意。マリーが頷いたところでリオンがついに口を開いた。
「頭硬いぞ坊ちゃん」
「その呼び名はやめろ」
「いいじゃん。何かあったら私が責任とるよー」
セインガルドの客員剣士という立場はもリオンも同じである。つまり、権限自体は同じものである。が飛行竜の護衛を任されたのも、それなりの権限を持っているからであった。
リオンはため息をついて、フィリアを睨みつけた。
「おい、お前」
「はい」
「グレバムを大司祭と呼ぶな。やつは僕らの敵だ」
そう言い捨てて、リオンは部屋を出るため歩いて行った。
「あ、はい!」
言葉の意図を掴みかねたフィリアは呆然としたが、それが了承を示しているとわかり表情を明るくした。が噴き出す。まったく回りくどい言い方しかできない男だ。
「あっはっは! さっすがリオン!」
「くっつくな、鬱陶しい」
「んじゃあ、陛下に報告してグレバム探しだね! 張り切っていってみよー!」
おー! と片手を高々と上げてはリオンと共に歩き出した。
「元気だなー、」
「それしかとりえ無いっぽいしね」
「元気なのはいいことだぞ」
更にその後をスタン達三人と、新しく仲間に加わったフィリアが歩いて行った。
礼拝堂に寄って中の神官たちに状況を話し、そうして六人はダリルシェイドへと向かった。
「ぐはー! 疲れたー!」
行きよりも速度を上げてダリルシェイドへ帰還したが、街に入るなり叫んだ。両手を上に掲げて大きく叫ぶその声に、通行人が振り返った。
「フン、鍛え方が足りんな」
「ぐっ……涼しい顔して歩きやがって」
馬鹿にしたような顔でを一瞥して城に向かうリオンの後を、が悔しそうな表情で追う。他の四人も疲れただの何だのと文句を言いながらも、リオンの煩いという一言で一蹴され、城へと向かうことになった。
城の中に入り、まっすぐに玉座の間へと向かう。リオンとが前へ、他の四人がその後ろについて跪いた。
「よくぞ戻ったな」
セインガルド王が六人に目を向け微笑んだ。玉座の間にはちょうどヒューゴが来ていた。
「報告致します。ストレイライズ神殿より神の眼が奪われました」
「奪われただと!? 何者にだ!?」
セインガルド王は今にも立ち上がりそうな程前のめりになって驚愕する。
「やはりか……」
ヒューゴが低く呻いた。リオンがフィリアへと目を向けた。
「お初にお目にかかります。私、ストレイライズ神殿の司祭を務めているフィリア=フィリスと申します。神の眼は、神殿の大司祭グレバムの手によって奪われてしまいました」
「ふむ。して、フィリアよ。そのグレバムという者の行先はわかっておるのか?」
「いいえ……ただ、とても大きな物です。目につかずに運ぶことは不可能だと思います」
「なるほど」
王は頷くと、リオンとへと目を戻した。
「神の眼が盗まれたとあれば一大事だ。リオン、。セインガルド王より任を命じる。必ず神の眼を見つけ出すのだ」
「仰せのままに」
「わかりました」
二人が頷く。
「期待しているぞ、二人とも」
ヒューゴが続けてそう言った。
王とヒューゴから期待をかけられた六人は、城の外へと出てきた。
「でも、どこに持って行ったんだろう」
ダリルシェイドの街を歩きながらスタンが言った。
「あんな大きな物を徒歩で持ち運ぶには限度がある。恐らく海路を使ったんだろう」
リオンが港の方を見ながら言った。ルーティがなるほどねと頷いた。
「てことは、港で聞き込みすればいいってことね」
「オッケー! 任せて!」
が突然ガッツポーズした。隣にいたマリーが感心したようにを見た。
「随分やる気だな、」
「ふふーん、港には知り合いいっぱいいますからね!」
そう言うなり、はスキップしながら港へと向かった。リオンは、恥ずかしいから離れて歩く、とため息混じりに言って、距離をあけて歩き出した。スタン達はそんなリオンに同情してしまった。
リオン達が港へ着くと、がちょうど船乗りたちに声をかけているところだった。
「おっ、ちゃんじゃねえか」
「ヤッホー! おじさん達元気ー?」
「ははっ、元気だよ」
「ちょっと待て! おじさん達!? 俺はまだおじさんなんて歳じゃねえし!」
「えー、じゃあオニイサン」
「じゃあってなんだよ! しかも片言!?」
なんだか楽しそうな様子のと船乗りたちを見て、フィリアは不思議そうに首を傾げた。
「随分楽しそうですわね」
「あいつは暇さえあれば港にいるからな。顔見知りが多いんだろう」
リオンが大して興味が無い様子で答えた。なんで港に? というスタンの質問にも、知るか、と一言答えただけだった。
「それより、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
「最近大きな荷物運ばなかった? 六メートルくらいあるんだけど」
「大きい荷物?」
船乗り数人がうーんと首をひねる。
「それなら俺らが運んだぜ」
離れたところにいた船乗りの一人が声をかけてきた。
「本当!?」
「ああ。なんでも『神像だ』って言って、何人もの業者が運んでたよ」
「どこへ行ったかわかるか?」
話の進展の様子を見て、リオンが話に加わった。
「カルバレイスだよ」
船乗りが答えた。カルバレイスとは、世界にいくつかある大陸のうちの一つだ。年中高温の砂漠地帯である。
「うげー、砂漠のとこじゃん。やだなー」
「そこまで船を出してくれ。カルバレイスへ行く」
嫌な顔をするに見向きもせずリオンが言った。すると船乗りたちはぎょっと目を見開いた。
「いや、ちょっと待ってくれ。それはできねえ」
「なんで?」
まさか断られるとは思わなかったため、が首を傾げる。船乗りたちはお互いに困ったように顔を見合わせた。
「カルバレイスに行く途中には魔の暗礁ってところを通らなきゃいけないんだが……そこにデカイ怪物が出るんだよ」
「怪物ぅ? あははは! やーだ! いい歳してそんなの信じてんのー?」
呆れた表情のとリオンの後ろでルーティが爆笑しだした。隣のスタンがルーティの名を呼び諫めたが、ルーティの笑いは収まらない。
「笑いたきゃ笑うがいいさ。だが、事実何人も目撃してるんだ。船は出さん」
「そこをなんとかー。ねっ?」
首を傾げて上目遣いでがお願いした。その瞬間、リオンが目を逸らし、ものすごく気持ち悪いものを見たかのような顔をしたため、は目を向けずにその足を力いっぱい踏みつけた。
「ダーメ。ちゃんの頼みでもそれは聞けねーよ」
ひらひらと手を振って、船乗りたちはそれぞれの持ち場に戻って行った。あんなところに船を出すなんて、と誰もが口々に言いながらだ。余程その怪物とやらが恐ろしいものだと船乗りたちの間で話題になっているのだろう。
「フン。とんだ腰抜けね」
「まったくだ」
笑いの収まったルーティが、遠ざかっていく船乗りたちの背中を見て言った。それにリオンもため息をついて同意した。
「リオンとルーティの意見が合うなんて……」
「明日は吹雪か?」
「マリーに同意」
心底驚いたように言うスタンに、真顔でマリーが続いた。そしてリオンに殴られ頭にたんこぶのあるがハイと手を挙げて一言続けた。
「馬鹿をやってる暇はない。お前たちはその辺で待機していろ」
「どっか行くの?」
「ヒューゴ様と国王陛下に報告して、船の手配をしてもらってくる。お前はそいつらが逃げ出さないように見張っていろ」
「この期に及んで逃げたりしないわよ」
リオンの言葉に、口をとがらせてルーティが言った。フンと鼻を鳴らして、リオンは城の方に向かった。ルーティは早速マリーを連れて周囲の市場を見始め、スタンとフィリアはその場で待つことにしたようだ。
「そういえば、先程リオンさんがさんは暇があれば港にいると仰っていましたが、海が好きなのですか?」
フィリアがに尋ねた。はにっこりと笑う。
「うん。海は好きだよ」
「泳いだりするのか?」
「昔は泳いでたけど、ダリルシェイドは船が多くて泳げないや」
「さんは、ダリルシェイドのご出身じゃないのですか?」
「え。ああ、私、ダリルシェイドは一年前に来たばかりで、それまではあちこち旅してたんだ」
フィリアからの問いに、は言ってなかったと話をした。
「そんな小さいのに旅してたなんてすごいなあ!」
スタンが感心したように言った。が眉を寄せる。
「……私のこと何歳だと思ってんの」
「十四くらいじゃないのか?」
「十六になりましたー! リオンと同い年ですう!」
「大して変わらないじゃないか」
「むしろ、今十六歳ということは、旅はもっと幼い頃にしていたということですよね? すごいですわ……私、この歳になるまで神殿の外に出た事もありませんでしたのに」
フィリアは神殿の研究員として、神への祈りと研究に一生を捧げたのだという。そのため、神殿の外に出るのは今回が初めてだった。神殿の外がこんなに汚れているとは知らなかった、という神殿を出てすぐのフィリアの言葉に驚いたのはまだ記憶に新しい。
「うーん。でも、リィドもいたし、なんとかなったよ」
『こいつ天才的な方向音痴ですぐ迷子になるから気を付けろよ』
「リィド煩い」
今まで黙っていたかと思えばこれである。余計なことは言わなくていい、とはリィドのコアクリスタルを軽く殴った。それを聞いてスタンとフィリアが笑う。
「俺だって迷子くらいなるよ」
「ええ。そんなに気にすることではないですわ」
『いや、こいつの場合、地図とコンパスを持ってて、道案内を聞いたにも関わらず、半日で着く距離に二日かかっても辿り着かないなんて毎度のことだ。迷子になりたくなかったらこいつを先頭にするのだけは絶対にやめておけ、いいな』
「リィド!」
だんだんと顔色が変わる二人にが叫んだ。実際、リオンとの任務でも何度も何度も迷い、リオンはに地図を持たせることをやめていた。気が付けば地図を逆さまに持っているなんてこともあったのである。最初こそなぜ迷うのかと怒っていたリオンも、今ではに前を歩かせないという対策を取り、怒りもしない。なぜそこまで迷えるのかと問われても自身も答えられないし、何年も共にいたリィドも、新たな相棒となったリオンも隣にいてさっぱり意味が分からない。そういう性質を持った人間なのだとしか言えないのである。世の中には理解不能な性質を持った人間が存在することもあるのだ。
そんなことを話しているとリオンが戻ってきた。いつの間にかリオンより先にやってきていた城の衛兵が一隻の船の船長と話をつけたらしく、出航の準備に取り掛かっていた。
「お待たせしました。いつでも出航できます」
船長の一声に、全員が船に乗り込んだ。
カルバレイス到着まで、あと五日。