清清しい程に良く晴れた、ある朝のことだった。
がセインガルドの客員剣士となり、ヒューゴの屋敷に居候することになってから一年が経った。最初では仲が悪かったリオンとも、今では良きパートナーとして――
「リーオーンーくーん。どうしてニンジンが残ってるのかなあ? 食べないのお?」
「お前のその皿の中で明らかに避けられているタマネギは何かを先に言ってみろ」
「ぐっ……」
「フン。他人のことを言う前に、自分の好き嫌いを直せ」
「ニンジンとピーマンが食べられないなんて、セインガルドの最年少客員剣士が聞いて呆れるわあ」
「……僕も、タマネギ如きが食べられないパートナーなんて、恥かしくて一緒に歩けやしないな」
「何さ」
「何だ」
喧嘩の絶えぬ、良きパートナーとしてやっている。その様子を、リオンの脇に立っていたメイド長のマリアンがくすくすと笑って見ていた。仕事は主に護衛や盗賊の拘束、モンスター退治などであり、元から腕の立つ剣士であったはすぐに仕事にも慣れた。
「そういえば、。ヒューゴ様が書斎に来るように、と仰っていたわ」
マリアンが思い出したように言った。は首を傾げる。
「ヒューゴ様が? 何だろ」
「何って、仕事だろう」
「そうだろうけど。私一人でなんて珍しいからさ」
確かに、とリオンは口を閉ざした。
「まあ、行ってみればわかるか。ごちそーさまでしたっ」
両手を合わせ、食器の載ったトレーを持って厨房へと向かう。気が付いたメイドが慌てて出てきて、の持ったトレーを受け取った。今日の食事も美味しかったと笑顔で告げる。
「ところで、書斎の場所は覚えたのか?」
「一年も住んでりゃ、屋敷の中くらい覚えますー」
嫌みったらしいリオンの言葉に、べーっと舌を出して答えると、はリィドを手に広間を後にした。その姿を見送ったリオンが残りの朝食を食べ進めようと自身の皿を見て、頬を引きつらせた。――皿の中身は、先程よりも明らかにタマネギの量が増えていた。
***
「ヒューゴ様。です」
無事に迷うことなく書斎に辿り着いたは、ドアをノックし、声をかける。入りなさい、とヒューゴの声が聞こえ、は失礼しますの言葉と共にドアを開けた。
呼び出された用件は案の定仕事であった。だが、内容を聞き、は思わず目を瞠った。
「ソーディアンの護衛、ですか?」
驚愕したのはだけではなく、リィドも同様であった。ヒューゴは書類に目を通しながら頷いた。
「ああ。オベロン社が二日前に発見した。それを飛行竜でダリルシェイドまで運ぶ。君にはその護衛についてもらいたい。詳しい事はこの書類に書いてある。出発までに目を通しておいてくれ」
「わかりました」
返事をしながら、数枚の書類を受け取る。ヒューゴはに向かって笑みを向けた。
「最近、また力をつけてきたようだな。期待しているよ」
「ありがとうございます」
は軽く会釈し、部屋を後にした。
『ソーディアンの護衛、か。誰が見つかったか書いてるか?』
書斎を出てから、リィドが声を発する。リィドはどうやらヒューゴが気に入らないらしく、彼がソーディアンの声が聞こえないにも関わらず、同じ場にいる時に話をしようとしない。第一印象が悪かったためだろう。でさえ、今でもヒューゴはやや苦手である。
「えーっと……ソーディアン・ディムロス、みたいだね」
『へえ、ディムロスか』
リィドが少し嬉しそうな声を上げた。かつての仲間との再会ともなれば喜びもするだろうと、も思わず笑みを浮かべる。
「」
廊下を歩いていると、前方からリオンが歩いてきた。やけに不機嫌そうな表情だが、なぜだろう。は首を傾げる。
「貴様……さっき、僕の皿にタマネギを避けていっただろう」
「え? あー、そんなこともあったね!」
「殴られたいのか」
「暴力はんたーい」
『そ、それより……、どんな仕事だったの?』
険悪な雰囲気となってしまった空気をなんとかしようと、引きつった声でシャルティエが問いかける。ああ、とは手元の書類をひらひらとさせた。
「ソーディアンが見つかったから、それを運ぶ護衛だってさ」
「ソーディアンだと?」
「うん。ディムロスだって」
『わあ、ディムロスかあ。リィド、久しぶりの再会になるね』
『誰に会ったって久しぶりだろうが。千年振りだぞ』
リィドは思わずため息をつく。
「でも、何で私一人なんだろう? ただ、飛行竜でソーディアンを運ぶっていうだけだし、一人で十分ってことかな」
が首を傾げると同時、リオンの頬がひくりと引きつった。そして、シャルティエが、ああ、と納得したような声を上げた。
『飛行竜! だから、坊ちゃんは呼ばれなかったんだ』
「シャル!」
可笑しそうに言うシャルティエの言葉に、リオンが怒鳴る。どうやらリオンは飛行竜が苦手なようだ。必死なその様子にも思わず噴き出すと、リオンの強烈な拳骨がの脳天に直撃した。
セインガルドの最年少美少年剣士リオン=マグナス。嫌いなものはニンジンとピーマン、そして飛行竜。殴られながらも、でもしっかりと記憶した。
「こちらの倉庫にソーディアンが安置されております」
兵士の案内で、は飛行竜の中を歩いていた。
飛行竜とは千年前の遺物であり、その名の通り巨大な飛竜の姿をしている、鋼鉄の身体を持ち、レンズエンジンを積んだ人工生命体だ。現在ではこの一機しか現存しておらず、セインガルドが管理している。風による微妙な横揺れ、羽ばたく際の上下の揺れによる浮遊感。リオンが苦手という理由もわからなくはなかったが、は何とも思わなかった。
兵がある部屋の前で止まり、鍵を開けて扉を開いた。明かりはついていない。ふわりと小さな埃が舞い、は眉を寄せた。
「暗いので足下にお気をつけください」
「うう……埃っぽいなあ」
倉庫の最奥に、その剣はあった。
柄は緑。だが、全体的には赤を基調とした剣だった。大きさはリィドと然程変わらないくらいだろう。盗難防止のため、厳重に鎖が巻かれている。
はリィドを鞘から抜き、コアクリスタルをその剣へと向けた。
「どう?」
『ああ。ディムロスに間違いないな』
リィドが答える。
今から遡ること千年。天地戦争という、天上人と地上人との戦争があった。技術、物資共に圧倒的不利な状況であった地上軍の最後の希望に、ハロルド=ベルセリオス博士によって開発された、意志を持った武器ソーディアン。ソーディアンの使い手達はソーディアンチームと呼ばれ、彼らのリーダーであった人物こそが、ソーディアン・ディムロスのマスター、ディムロス=ティンバー中将であった。
至近距離でとリィドが話しているにも関わらず、ソーディアン・ディムロスが反応する気配はなかった。ソーディアンの封印がまだ解けていないのだろうとリィドは言った。彼らは天地戦争の後、各地に封印された。封印はいつ解かれるのかとがリィドに問えば、さあ、と簡単な答えが返ってきた。
「ここは上空ですので問題はないと思いますが、数人で何度か見回りに来るつもりです」
「わかりました。よろしくお願いします」
兵士の言葉に、は頷いた。
中継点であるフィッツガルド大陸のリーネ村も無事に通過し、ソーディアンの輸送は順調に行われていた。やる事の無いは甲板に出て、風に髪を流していた。何も起こることなく、セインガルドへ辿り着けそうだ。そんな事を思った矢先のことだった。
「様!」
慌しい足音と共に兵士が扉を開け甲板へとやってきた。息を切らせている様子に、ただ事ではないとは眉を寄せる。
「何事ですか?」
「密航者です! ソーディアンの安置している倉庫の付近で、密航者を発見しました!」
「密航者? 一体どこで……」
『途中で寄ったリーネじゃねえか?』
「ああ、リーネか……参ったな、後で始末書かな……」
は面倒そうにため息をついた。
「武器は所持していましたか?」
「はい、我々の方で没収しました」
「何か被害は?」
「いえ、特に問題は。ソーディアンも無事です」
ほっと息をつく。ひとまずは問題無さそうだ。
「では、とりあえずお任せします。この高度じゃ逃げ道も無いでしょうし、ダリルシェイドに着いたら私が、えーと、どうにかします」
リィドがため息をつき、は腰に視線を落として睨み付けた。兵士は了承の言葉を告げて、艦内へと戻っていった。
リーネに停泊していた間に侵入したというのだろうか。警備はしっかりとしていたはずなのだが……これは後でヒューゴに、というよりもリオンに散々嫌味を聞かされるに違いない。この後のことを考えて思わず甲板の手すりに凭れて大きく息を吐いた。気が重い。
密航者がいた事以外は順調に航行が進んでいた。海上を飛んでいた飛行竜がやがて雪国ファンダリアの上空を飛行し始める。空気が冷たくなり、は身震いした。艦内に戻ろう、とそう思って歩き出した直後、はぴたりと足を止めた。
『? どうした?』
「静かに」
がリィドの言葉を遮った。いつもとは違う、真剣な声。彼女がこういった様子を示すのがどういう時か、リィドは良く知っている。何かの気配を察知した時、あるいは通常では聞こえない音が聞こえた時などだ。
「この音は……!」
甲板の端まで走り、は遠くを凝視する。飛行竜の後方に、黒い大群が押し寄せていた。大量の羽音に鳴き声が重なる。上空でこの数をすべて捌ききれるか。は舌打ちし、リィドを抜いた。そして黒い刃を天へと掲げた。リィドの周囲に、ふわりと光の晶力が集まった。
「レイ!」
の声と共に、リィドの赤いコアクリスタルが輝いた。無数の光の光線が、モンスターの大群めがけて飛翔した。だが、やはりすべてのモンスターを消し去ることは無理だった。
生き残ったモンスターが飛行竜に突撃し、機体が大きく揺れた。爆発音に負けない程の大きな警報音がけたたましく鳴り響く。は手すりに?まることで揺れに耐え、すぐにモンスター達が侵入した飛行竜内へと走り出した。
モンスターは体内にレンズを取り込んだ動植物の変異体である。恐らくはレンズ動力で動いている飛行竜の後をつけて来たのだろう。より強力なレンズで動いている生物に対して、群を成して襲ってきたというわけだ。
入り込んだモンスターの数はの想像以上だった。既に艦内は悲鳴とモンスターの奇声で溢れていた。まずやらねばならないことは何か。勿論、兵士全員を助けたい気持ちはある。だが、優先順位を間違えてはいけない。人命がかかっていたとしても、自分の立場を忘れてはいけない。自分はセインガルドの剣士として、この飛行竜にソーディアンの護衛の為に同乗しているのである。は走り出した。遠くで悲鳴が聞こえた。兵士の死体を跳び越えた。リィドのナビゲーションに従ってはひたすらに走った。ソーディアン・ディムロスの安全さえ確保できれば、すぐに兵士達の救出に向かえる。自分自身にそう言い聞かせて、は走り、そしてあと一つ角を曲がるというところで、足は止まった。
「うわっ!?」
「どわあ!?」
ドンと出会い様に誰かにぶつかった。相手の鎧がの額を強く打って、思わず涙が出た。
「ごめん! 大丈夫!?」
「えっ、あ、うん、大丈夫……って、誰?」
長い金髪が目立つ青年だった。の貧困な脳みそでも、セインガルドの兵士ではないことは見てわかる。見知らぬ人物である。
「ていうか、どうしてこんなところに女の子が!?」
「いや、こっちのセリフなんだけど……あ、もしかして密航くんって君のこと!?」
「密航くんってすごい不名誉な名前だけど、否定できないな……そうです」
青年は頷いた。なるほど、の見覚えのない鎧姿なわけである。セインガルドの兵士が着用している鎧ではない。
「ああ、えっと、こんなとこで話してる場合じゃないや! ねえ、どこかに武器はないかな!? 俺の剣は取り上げられちゃったから武器が欲しくて……」
密航者である青年はそんな事を言う。はスと目を細める。
「武器? それは何のために使うの?」
「そんなの、このモンスター達をやっつけて、みんなを救うために決まってるじゃないか!」
青年はまっすぐとを見て、はっきりとそう言い切った。
ソーディアンを狙って密航したのかと思った。あるいは、セインガルドへの足へ使うために乗り込んだのかと思った。だから、探すべきは脱出ポッドであるはずだった。だが、違う。この青年は自分の為ではなく、見ず知らずの人々を助ける為に武器を欲している。
「……サイッコーにかっこいい武器があるんだけど。お探しのものは剣でいいんだよね?」
「うん、剣でいいけど……かっこいい武器?」
『おい、!』
「私がディムロス持って守りながら戦うより現実的でしょ」
仮にもここまで武器も無しに無傷で逃げ回れる程の力はあるのだ。多少なりとも武術に長けているとは判断した。また、は既にリィドを持っている。リィドは元々成人男性が持っていた武器であるだけに、が持つにはやや重い。ソーディアン・ディムロスはリィドと然程大きさは変わらない。剣を二本も持てばの動きも鈍ってしまう。青年にディムロスで戦って貰い、そしては青年を守る。その方が利害が一致する。
「密航くん、こっち!」
「あ、うん! って、密航くんはやめてくれないかなあ!?」
が青年の脇をすり抜けて駆け出した。青年が文句を言いながらも後をついてくる。はふっと笑う。
「私、=! 君は!?」
青年はきょとんとしてから、にこりと笑った。
「スタン! スタン=エルロンだ!」
ソーディアンの格納庫は無事のようだった。鍵は持っていない。はリィドを使って無理矢理ドアノブを破壊することで格納庫の扉を開けた。モンスター達は近くにはいないようで、遠くの方で破壊音が響いているのが、まるでこの場所だけが非現実の世界であるように感じた。ディムロスは一度点検に来た時と変わらない場所に安置されていた。何も変わらないように思えた。だが、そこでリィドが声を発した。
『起きてるな、ディムロス』
それは確信の言葉。え、とが声を漏らす。
『……驚いたな。まさか目覚めてすぐにリィドに出会うとは』
ディムロスのコアクリスタルが赤く光る。それはリィドとは違う、落ち着いた男性の声だった。
『なぜお前がいる? お前はあの時確かに……』
『俺の話はどうだっていいんだよ。今は非常事態なんだから』
『非常事態?』
「うん、非常事態なんで、世間話は後にしてくれるかな」
が話に割って入った。はディムロスに近づくと、厳重に巻き付けてある鎖を解いた。その重さはリィドよりもやや重く、やはり持ったまま戦うことは難しかっただろうことがわかった。
『君は……リィドのマスターか』
「=。よろしく」
簡単に挨拶をする。
「あのー……ちょっといいかな……?」
スタンがおずおずと手を挙げて声をかけてきた。ああ、とは思う。一般人にソーディアンの声は聞こえない。が独り言を言っているようにしか聞こえなかったのだろう。
「さっきから、男の人の声が二人分聞こえるんだけど、どこにいるんだ?」
「えっ」
『なっ』
『……マジかよ』
男の声が二人分――言うまでもなくこの場に男性はスタン一人しかおらず、今会話をしていたのはソーディアンである二本だけである。つまり、彼にはソーディアンの声が聞こえていたということになる。
「は、ははは! どうだ! 私の作戦勝ちだろ!」
『行き当たりばったりすぎんだろうが!』
ディムロスを片手に思わず笑えば、リィドから鋭いツッコミが入れられた。
そうして、はスタンへディムロスを手渡す。え? とスタンは不思議そうな顔でとディムロスを交互に見る。
「さっき言ってた、サイッコーにかっこいい剣。君には扱う資質があるみたい」
スタンは戸惑いながらディムロスを手にした。そして、まじまじとその様子を見て、眉間に皺を寄せ一言。
「……古臭い剣」
『古臭いとは心外だな!』
「えっ!? 誰だ!?」
スタンが周囲を見渡すが、がいるのみで他に人はいない。そこでディムロスが痺れを切らした。
『ええい、察しの悪い奴だな! 我が名はディムロス。お前が手にしている剣だ』
「は、え……えええええ!? け、けけけけ剣が喋ったあ!?」
「すっげえ。演技でもなくあんな驚き方できるんだ」
『ああ。お前、驚きもせずに俺の事受け入れたからな』
感心したように言うに、リィドがため息をついた。スタンが慌てている横で、がさっと倉庫の扉の方へと目を向けた。
「……スタン。ディムロスと出会ってすぐで申し訳ないけど、さっきから言ってるけど非常事態なんだ。ディムロスの使い方は使いながら覚えて。ディムロス、サポートよろしく」
『心得た』
直後、半壊している倉庫の扉が勢いよく粉砕された。二足歩行するモンスターが複数で押し寄せて来ていた。バーバリアンという能力自体は低い下位モンスターであるが、人語を話す高度な知能を持つ。
「みつけたぞお! そいつをこっちによこせ!」
「……飛行竜にくっついて来たのかと思ったら、ディムロス目当てだったか」
はそう呟く。モンスターがソーディアンを使うことはできない。だが、ソーディアンは極めて高純度高エネルギーのレンズで出来ている。レンズを取り込んでいるモンスターが欲しがる理由もわからないわけではない。ソーディアンを取り込む事で、さらなる強化を狙っているのだろう。
狭い倉庫にバーバリアンが突入してきた。の方に二体、スタンの方に同じく二体。跳びかかって来るバーバリアンを積荷の上に跳び乗ることで避ける。の戦いの特徴は、身軽な身のこなしだ。積荷から跳び降り、バーバリアンの背後に回ってリィドを横に薙いで斬り捨てる。悲鳴と共にバーバリアンは灰になり、体内にあったレンズが床に落ちて割れる。はそれを視界に入れながら床を蹴り、もう一体のバーバリアンを斬り上げる。空中に浮いたバーバリアンを上から斬り落とした。床に叩きつけられたバーバリアンは同じく灰となって消滅した。残りはスタンの方の二体と思った時、視界の端で光が見えた。
「ファイアボール!」
スタンの声と共に光ったのはディムロスのコアクリスタルだった。複数の火の玉がバーバリアンに向かって飛んでいき、その身を炎で焼き尽くした。バーバリアンはそうしてすべて灰となって消え去った。
「おお、もう晶術とは、センスあるじゃん!」
が嬉しそうに言った。ふう、とスタンは安堵の息を吐き出した。初めての晶術の使用もあって疲労感もあるのだろう。晶術はソーディアンのコアクリスタルのエネルギーを使う術だが、マスターの精神力も使われる。強力な晶術を撃つためには、マスターの精神力の強さが左右されると言っても過言ではない。
「さて。とりあえずこれからのことだけど、スタンはディムロス持って甲板に出て脱出ポッドで脱出してね」
「えっ!? は!?」
「私はまだやる事があるから。それにあれ一人乗りなんだよね。それと、君にはディムロスを守ってもらわないとならないんだ」
『まずは上に戻ろうぜ。話はそれからだろ』
「そうだね。それじゃ行こうか!」
納得しがたい顔をしているスタンを促して、は倉庫を飛び出して走り出す。
『待て! そっちじゃねえ!』
「おっとお!?」
相変わらずの方向音痴ぶりを見せるは急ブレーキをかけて、慌てて逆方向へと走り出した。
飛行竜内に入り込んだモンスターを斬り捨てながら、はスタンを連れて甲板へと向かった。案内係はリィドである。スタンはディムロスに使い方を教わりながらも、なんとか戦えているようだった。階段を駆け上り、廊下を走り、甲板への扉を勢いよく蹴り開けた。がいた時と変わらない強風だったが、それには血の匂いが混じっていた。ちょうど目の前で、一人の兵士がモンスターに斬られたからだ。
「こいつーッ!」
スタンが一目散に駆け出し、モンスターを斬り捨てた。
「大丈夫ですか!?」
血溜まりの中の兵士を抱き起し、必死な表情で声をかけた。兵士はゲホッと血を吐いた。
「大丈夫……とは、言えんな……」
荒い息でそんな答えが返って来る。大丈夫でないことは、確認するまでもなくわかりきっていた。もうその命が助からないことも、わかりきっていた。
「リィド」
『無理だ。残念だが、回復のディスクを使っても、属性の違う俺じゃここまでの傷は癒せない』
リィドの答えに、はリィドをぎゅっと握りしめた。
ソーディアンは個々の属性を持っている。火、水、雷、風、光、闇、補助。それぞれ基礎となる属性を持ち、その属性に合わせた晶術が使える。リィドは光と闇、ディムロスは火である。自身の保持している属性以外の晶術を使うために、オベロン社が考案したものが属性と晶術をインプットした「ディスク」である。ディスクをソーディアンにセットすることにより、自分の属性以外の晶術が使用可能となる。だが、自身の属性ではないため、性能は劣る。リィドに回復のディスクをセットして回復晶術を使用したところで、回復を専門とするソーディアンが治せるような傷を治せるとは限らない。
「ああ、様……ご無事でしたか……」
兵士がを見つけて声をかける。
「ええ」
「ソーディアンは……」
「無事です。そこの青年が持っています」
「そうですか……良かった……」
兵士は安心したように息を吐いた。血が口の端から零れ落ちる。
「ソーディアンを持っているのか……じゃあ、逃げろ……そこに脱出ポッドがある……」
「でも! あなたは……!?」
「ぐずぐずするな……じきにこいつは墜ちる……」
飛行竜のエンジン音が低く響き、揺れは激しくなる一方だった。兵士の言う通り、墜落は時間の問題だった。
「様……後を、よろしくお願い、しま……す……」
「しっかりしてください!」
スタンが声をかけ、肩を揺する。兵士は身動き一つしなかった。
「……」
「畜生ッ!」
スタンが悔しそうに床を殴った。ダンッと小さな衝撃がの足下に伝わってきた。は一度硬く目を閉じると、すぐに目を開いてスタンの肩に手を置いた。
「さ、スタン、脱出だよ」
『そうだ。本当に墜ちるぞ!』
に続いてディムロスも言った。
『チッ……本当に高度下がってきてるな』
リィドが舌打ちをする。スタンは目元を乱暴に拭うと、立ち上がった。
「いや……俺は戦う!」
「はあ!?」
予想外の言葉にが大きな声を出した。ディムロスとリィドは驚きと呆れで言葉も無いと言った様子だ。
「あいつらを叩きのめすんだ! ディムロス、俺に力を貸してくれ!」
ぐっと拳を握ってスタンは決意した声でそう言った。がため息をつく。だが、が言葉を発するよりディムロスの方が早かった。
『ええい! この大馬鹿者が!』
ディムロスの怒声が響いた。
『今のお前では力不足だ。叩きのめす? 馬鹿を言うな! 返り討ちに遭って死ぬのがオチだ!』
「俺に力を貸してくれるって言ったじゃないか!」
スタンも負けじと言い返す。
『ああ、言った。だが、私はお前をみすみすこんなところで死なせたくないのだ……長い年月の末、ようやく出会う事のできたパートナーなのだからな』
「ディムロス……」
落ち着いたディムロスの声に、スタンも冷静になる。力不足。この目の前で殺された兵士の仇すら討てない。どこかが爆発したのか、爆音が響き、機体が大きく揺れる。
『さあスタン、急いでくれ。あまり時間がなさそうだ』
「ああ、そうだな」
現実を受け入れたスタンは、ディムロスの柄をぎゅっと握りしめて、もう一度だけ亡くなった兵士を見やった。だが、それだけだった。脱出ポッドに向かうスタンの背を見て、は素直に言うことを聞いてくれたことに安堵した。とてもまっすぐな性格の青年である、というのがの初見だ。もっと時間がかかるかと思ったが、ディムロスが上手く話しをまとめてくれた。時間が経てば経つほど、この落下を続けている飛行竜からの無事の脱出は困難になるだろう。
そんな事を考えていたため、周囲への警戒を怠っていた。
「いかせるかあ!」
が気付いた時には既に遅かった。バーバリアンは持っていた武器を脱出ポッドに向かって投げつけていた。二台の脱出ポッドのうち、一台は完全に壊れている。バーバリアンが狙ったのはもう一台の正常に動く方で――
「バカ! 飛ばなくなったらどうすんの!」
言いながらは一瞬でバーバリアンを斬り捨て、灰に返した。強風の甲板の上では、灰もレンズの欠片も飛ばされて消滅する。が振り返ると何やら脱出ポッドから煙が出ている……飛ぶだろうか。飛んでもらわないと困るわけだが。
「何してるんだよ! も早く!」
脱出ポッドのドアを開けて、スタンが叫ぶ。
「私はいいって言ってるでしょ! 早く行って!」
「何言ってるんだよ! 放って行けるわけないだろ!? 脱出するにはこれしかないんだから!」
さあ! とスタンはへと手を伸ばす。は面倒そうにがしがしと頭を掻いた。自分だって脱出できるものならしたい。でも、そもそもその脱出ポッドは一人用であって、且つ自分にも立場と責任というものがあるわけで。
「あーっ……もう、黙って行け!」
「でも!」
「でもじゃない! いいから乗れ!」
回し蹴りをしてスタンを無理やり脱出ポッドに押し込んだ。操縦席のスイッチを押して、ドアを閉める。脱出ポッドのエンジンが起動する。ややおかしな音がしているが、飛ぶと願って見送ることにした。
「ふう……よし、私は操縦室へ……お?」
歩き出そうとしたが立ち止まる。否、先に進むことが出来なかった。ぐるりと首を回して脱出ポッドのドアに目を向け、顔を引きつらせる。
『どうした?』
いつまで経っても立ち止まったままのに、リィドが怪訝そうに尋ねる。は一拍気まずそうな間を置いて、答えた。
「……服が挟まってる」
『は?』
リィドの間の抜けた声が早いか否か。脱出ポッドが動き出した。の着ている半袖の薄手のコートの裾が、スタンを無理やり押し込んだ時に挟まってしまったようだ。回し蹴りなんてしたせいか、と後悔しても遅い。脱出ポッドに引っ張られては体勢を崩す。
「うおっ!?」
『早く切れ!』
「もう無理ーッ!」
そうして、は空に投げ出された。
「のあああああああああああッ!」
最後のバーバリアンの攻撃が効いていたようで、本来飛ぶはずの脱出ポッドはその役割を果たさず、どんどん高度を下げている。の服の裾は空に投げ出された時点で引き抜けており、は一人空中落下をしていた。密航者に侵入され、飛行竜が襲われただけではなく、まともに任務を完遂できなかっただなんて、やはりリオンのお説教はどう足掻いても免れられないらしいと、は本気で泣きたくなった。自分の運の無さをこれほどまで呪ったのは、セインガルドの剣士になった時以来である。風を切る音がやけに煩くて、目を開けているのもやっとだった。そうして、下を見て落下地点を目測して、はやっぱり自分の運の無さを呪うのだった。
「凍った湖とか嘘でしょお!?」
『おい直撃したら即死だぞ!? どうすんだよ!?』
「即死はやだー!」
ちょうど飛行竜は雪国ファンダリアの上空を飛んでいたのである。落下地点にあるのは大きな湖。ただし、繰り返すが雪国である。もちろん湖は氷で覆われていた。は落下しながらポケットからディスクを一枚取り出し、リィドにセットした。それは地属性のディスク。はリィドを下へ向け、叫んだ。
「ストーンブラスト!」
の声に反応してリィドのコアクリスタルが光る。地面から岩が高く浮かび上がると、湖の氷めがけて勢いよく飛んで行った。氷は然程厚くは無かったようで、ちょうど落下するであろう地点の氷は粉砕された。
「よっしゃ、氷割れた!」
『なあ、俺思ったんだけどよ……』
喜ぶとは反対に、冷静なリィドが言葉を発した。
『ファイアストームとかで氷溶かした方が良かったんじゃね?』
「……早く言えよ!」
『気付かねえ方が悪いだろうが!』
お互いに馬鹿だ阿呆だと叫んでいるうちに、は冷たい湖の中に落下し、高い水柱を上げていた。