「うーん……」

 ふわりと吹いた風が、少女の肩より僅かに長い茶の髪を揺らした。黒い瞳は強い意思を持ち、輝いている。十代半ば程の少女の腰には、その幼い風貌とは不釣合いな、やや大振りの剣が一本提げられていた。
 という名のその少女は、現在たった一人で森の真ん中に立ち尽くしていた。両手で持っているのは、折りたたまれた地図。ところどころに折れ目がつき、破れていた。その地図が、決して新しいものではないことがわかる。は地図の一点を指差した。そこに書かれているのは、セインガルドという大国の首都、ダリルシェイドの文字。そして、眉間に皺を刻み顔を上げる。目に映るのは、見渡す限りの木、木、木。三つ合わせて、森である。

「だーっ! 迷ったー!」

 は両手を高々と上げ、大声で叫びながら地図を放り投げた。ひらひらと空を舞う地図には目もくれず、はその場に座り込んでため息をついた。

「もう、とっくにダリルシェイドに着いててもいいはずなんだけどなあ……」

 頬を膨らませ、は拗ねたように一人呟いた。脇に軟着陸した地図を拾い上げ、再び目を向ける。そこには相変わらず首都の名が書かれているだけで、自分が今どこにいるのかはまったく示されていない。地図を見たところで、これから自分がどうすべきなのかも、さっぱりわからない。

『はぁ……ホント、ある意味尊敬だよ、お前の方向音痴っぷりは。普通、地図見ながら歩いて迷子になるか?』

 どこからか、ため息混じりの声が聞こえた。まだ若い男の声だ。心底呆れた様子であるのだが、の周囲に人影は見えない。だが、は驚くことなく、不機嫌そうに眉を寄せた。

「褒め言葉として受け取っておくよ」
『これっぽっちも褒めてないけどな』

 は何も言い返す気は起きないらしく、地図を地面に広げて、先程と同じように一点に指を置いた。そこは、昨日自分がいた地点。そして、そこからダリルシェイドへ向かう道を指でなぞる。やはり、昨日の時点では、今日の進行にまったく問題なかったはずだ。再び眉を寄せると、むうと口を尖らせる。

「あの商人のおじさん、ダリルシェイドまでなら半日で着くよって言ってたよね?」
『ああ。でも、言われたのは昨日の昼で、もうすぐ夕方だぞ?』
「……予定オーバーですね」
『オーバーってレベルかよ……何をどうしたら倍以上かかるのか、説明してもらえるか、マスター?』
「自分でわからんものを、どう説明しろって言うんだい、リィドくん?」

 互いに皮肉を言い合い、は依然姿の見えないリィドという男と、ため息を重ねた。本来ならば、今朝のうちにでもダリルシェイドに着いているはずだった。だが、太陽が真上を越え、もうすぐ山並みの陰に消えようかという今となっても、はまだ森の中にいた。

『お前さあ……いい加減どうにかならないのか? その天才的な方向音痴』
「好きで方向音痴なわけじゃないもん」

 は不機嫌そうに答える。リィドは慣れているようで、呆れた口調で問いを変えた。

『で? 現在位置は?』
「知らん」
『……じゃあ、どっちに進めばいいかもわかんねえじゃねえか』
「バッカだねえ、リィド。どっちに進めばいいかわかんなくなるのを、迷った、って言うんだよ」
『偉そうに言うな、バカ!』
「へーんだ、どうせ私はバカですよ」
『開き直んな!』

 二人は、まるでいつもの調子であるかのように、言い合っている。リィドがいくら怒鳴っても、が気にする様子はまったく無い。その後もリィドがぐちぐちと文句を続けるが、はうんざりしたように、その言葉を右から左へと聞き流していた。
 の耳に、リィドの声以外の音が飛び込んだのは、そんな時だった。

「……リィド、何か聞こえない?」
『テメ、話逸らす気――』

 は突然、腰にある剣を、右の拳で力いっぱい殴った。正確には、柄についている、まるで半球をつけたような紅色の部分だった。僅かに輝いていた紅色は、が殴ると同時に光るのをやめ、リィドの声も途切れた。――先程から話していたリィドとは、この剣であった。
 声が消えた静かな森で、の耳には、馬の蹄と車輪が回る音が聞こえた。

「馬車だ! ダリルシェイドまでの道、聞いたら教えてくれるかな?」

 座り込んだままだったは、嬉々として立ち上がる。

『悪人でなけりゃ、教えてくれんじゃねえの?』
「殴ったこと怒ってるの? そっちが話聞かないから悪いんだよ」
『だからって、殴ることねえだろが!』
「さあ! 馬車に向かって、レッツらドン!」
『聞けよ!』

 意気揚々と腕を振り上げ、元気に駆け出すの耳に、既にリィドの怒鳴り声など入ってはいなかった。軽い足取りで、木々を避け、音を頼りに方向を目指した。
 そこで、は違和感に気付いた。馬でも人でもない、別の生物の気配が複数。

「……モンスターだ」

 ぽつりと冷静に呟く声は、先程までとはまるで別人であった。
 モンスターとは、体内にレンズという物質を取り込むことで凶暴化した、動植物のことである。街や公道に現れることは少ないが、森の中となれば遭遇する確率は飛躍的に増す。馬車のある方向に、人の気配とモンスターの気配を確かに感じた。それはつまり、馬車が襲われていることを意味している。は、今までの軽い足取りから一転して、力強く地を蹴った。
 そして、何かの違和感に気付いたのは、だけではなかった。

『……ソーディアンの気配……?』

 小さく漏らしたリィドの驚愕の声を、はしっかりと耳に入れていた。

「ソーディアンの気配?」
『前に言ったろ。俺は、自分以外のソーディアンの気配を感知できるって』
「それは聞いたけど……えっ、まさかあの馬車に!?」
『間違いない。急ぐぞ!』

 は頷き、腰に提げているリィドを慣れた手付きで抜き放った。黒い刃が現れる。既に、の目はモンスターの大群を捉えていた。ここから見る限りでは、モンスターの数は二十数体といったところか。は跳躍し、一番近くにいたモンスターを踏みつけると、それを踏み台に高く跳び上がった。上空から、場の状況を把握する。モンスターの群れの中心で、一人戦っているのは、黒い髪の少年だ。一人で相手をしているところを見ると、随分と腕は立つようだ。だが、さすがに処理しきれないのか――背後にモンスターが迫っていることに気が付かない。

「そこの少年! 頭下げて!」

 は叫ぶなり、少年の頭上を跳び越えて、その背後にいたモンスターの眉間に跳び蹴りをかました。受身すらとれないモンスターは、後方に勢い良く吹き飛ばされる。は空中でくるりと一回転すると、綺麗なフォームで着地した。

「貴様、何者だ!?」

 突然現れたに対し、少年は敵意むき出しで怒鳴りつける。左手で銀色の剣を構えたまま、こちらを睨んでいた。
 まずは、助けてくれたことに礼を言うべきではないだろうか。そう思いながらも、言っている状況ではない。は肩を竦めて見せると、すぐに表情を引き締め、両手でリィドを構えた。

「私の正体を知るよりも、目の前の敵さんを片付けるのが先じゃあないの?」
「……チッ」

 少年は気に食わなさそうに舌打ちをすると、とは別方向に目を向け、剣を構える。
 一人では捌ききるのは難しい数でも、二人であれば、そう難しいことではない。一方の死角にいるモンスターは、もう一方が倒す。そうしているうちに、モンスターはあっという間に全て消滅していた。絶命したモンスターは灰になり、風に流されて消える。後には彼らが取り込んでいたレンズが落ち、キラリと輝いた。

「よし、終わり!」

 はリィドを鞘に戻し、少年の方を振り向いた。少年は御者と何か話をしている。馬車は無事のようだ。も安堵の息をつく。話が終わったらしい少年が、こちらを振り向いた。も笑顔を向け、少年の方へと近づいていく。

「大丈夫だった? いやあ、いきなり襲われるなんて、災難だったねー。あ、それでね、実は聞きたいことが――」

 の言葉は、最後まで言い切る前に喉元で止まることとなった。眼前に、剣先を突きつけられているからだ。その剣の持ち主である少年は、鋭い瞳でを睨みつける。

「な、なぜに剣を向けられているのでしょうか……?」

 おどおどと言いながら、は両手を顔の横まで上げてみる。

「何が目的だ。金か?」
「は?」
「何が目的で、僕たちに手を貸したのかと聞いている」

 まるで尋問のような口調だった。少年からの殺気は消えず、が悪者であると確信しているようである。

「目的と言われると……えーと、道に迷ったので、ダリルシェイドまでの道を聞こうかと思って」
「そんな嘘が通じるとでも思っているのか? ダリルシェイドに行くだけで、迷う馬鹿がどこにいる」
「すみませんね、馬鹿で」

 はひくりと頬を引きつらせる。地図とコンパスを持っているにも関わらず、いつの間にか森の中を歩いていて、現在位置がわからなくなるのはいつもの事だ。リィドには毎度の如く、馬鹿だと言われ続けているが、初対面の少年にまで馬鹿だと言われるのは心外である。

「別に何もしないし。ダリルシェイドまでの道を教えてくれれば、今すぐどっか行きますよ」

 むすっとしながら、は剣を突きつけられているにも関わらず、強い口調で言う。少年は怪訝そうに眉を寄せていた。本当かどうか疑わしい、と思っているのが表情でわかる。その時、馬車の窓から一人の男が顔を出した。

「では、ついて来るとよい。わしらも、ダリルシェイドに向かうところだ」
「本当ですか!?」

 は感極まって、上げていた両手を胸の前で組んだ。不機嫌な表情は一転し、嬉しさで涙でも出そうである。対する少年は、剣を下ろすと、不満げに男に目を向けた。

「よろしいのですか? こんな怪しい女を同行させるなど……」
「良いではないか、リオン。彼女は、わしらを救ってくれたのだ。礼はせねばなるまい」
「……そう仰られるのならば」

 渋々といった様子で、リオンと呼ばれた少年は頷いた。男は満足そうに笑うと、窓から出していた顔を戻した。御者が手綱を打ち、馬車はゆっくりと進み始めた。

「少しでも怪しい行動をしてみろ。首が飛ぶぞ」

 再び鋭い目付きでを睨み、リオンは剣を少し持ち上げてみせた。

「わーかってますって。心配性だなあ。何もしないよ」
「フン。どうだか」

 そう言って、ようやくリオンは剣を鞘に戻した。とりあえず、すぐに斬られるということは回避できたらしい。は息を吐く。

「それにしても、護衛に馬車とは……あの人、偉い人か何か?」

 馬車を追って歩き始めながら、が問う。リオンは訝しげに眉を寄せた。

「……本当に知らなかったのか?」
「だから、最初からそう言ってるじゃん」

 まだ信じてなかったのか、とも眉を寄せる。リオンはふうと息を吐くと、相変わらずの鋭い目をに向けた。

「あの方は、このセインガルド王国の国王陛下だ。少しでもおかしな真似をすれば、命は無いと思え」

 リオンがそう言いきり、目を逸らすと同時。は頬を引きつらせて、思わず立ち止まっていた。

「……こ、国王陛下って……マジっすか……?」

 引きつったその声は、リオンには届かなかったようだった。

 礼がしたい。セインガルド国王の一言により、はダリルシェイドに着いて早々、王城を訪れることとなってしまった。高い天井に、綺麗に装飾された壁や柱。ふかふかのカーペット。両脇には、武装した騎士達がずらりと並んでおり、その中にはリオンもいた。玉座に就いているのは、セインガルド国王。一国の王を目の前にして、は跪き、心の中でため息をついていた。なぜ、こうなってしまったのだろう。

「さて。先程は助かった。礼を言おう」

 嬉しそうに微笑みながら、セインガルド国王は礼を言った。

「いえ、そんな大それたことをしたわけでは……たまたま通りがかったところ、モンスター相手に苦戦しているようでしたので、助けに入っただけです」

 脇で、誰かが小さく舌打ちしたのが聞こえた。振り返るまでもなく、リオンであろうとは思った。

「まだ幼いのに、見事な剣さばきであった。腕の立つ剣士と見えるが、名前は何という?」
と申します。剣士だなんて滅相もない。ただの旅人です」
「旅人とな? ダリルシェイドには何か用があって来たわけではないのかね?」
「はい。街や村を宛ても無く放浪しながら、モンスターなどを相手に、剣の修行をしているところです。この街にも、特別用があったわけではありません」
「ほう。剣の修行か……年端もいかぬ少女が、なにゆえ剣術を磨こうと?」

 不思議そうに国王が尋ねる。は、少し困ったように目を泳がせた。

「……強くならなければならない、理由があるからです」

 は、そうとだけ答えた。国王は、それ以上深く追求しようとはせず、腕を組んで考え込んでしまった。

よ……」
「はい」
「この街に留まる気は無いかね?」

 は思わず眉を寄せる。

「……と、仰いますと?」
「我が国の客員剣士になって欲しい」

 とても良い笑顔で、国王はそう言った。客員剣士とは、正式な国の剣士ではなく、あくまで客分という立場にいる剣士である。客分ではあるが、実際のところは国の剣士と大差ない。つまり、セインガルドの剣士になって欲しい、ということである。

「ええ!? そ、そんな、滅相もない! 私のような小娘が、客員剣士だなんて務まるとは思いません!」

 首と右手を同時に振り、必死に否定の意を伝えようとする。

「しかし、先程の剣は、まことに素晴らしかった。是非、その腕を我が国のために活かして欲しい。この国には、腕のたつ剣士も多い。腕を磨くにも、相手になる者も多かろう」
「い、いや、でも私はまだ十五の小娘で……!」
「年齢など関係なかろう。リオンとてお主と同じ。齢十五で、我が国の客員剣士に就いておる」

 年齢のことは気にするな、と国王は微笑んだ。リオンは国王の馬車を一人で護衛するほど、認められている剣士のようだ。恐らくは、そのリオンが手古摺ったところを助けたということで、のことを高く評価しているのだろう。

「ですが……」

 なんとか断ろうと言葉を探すが、上手い言葉が見つからない。国王の気を悪くさせず、周囲から反感を買わないような、そんな見事なセリフはないものだろうか。

「お待ちください、陛下」

 が必死に頭を回転させていると、思考を遮るように声が上がった。リオンだ。一歩前に出て、軽く頭を下げる。

「お言葉ですが、僕には、その女が客員剣士を務められるほどの力を持っているとは思えません」

 歯に衣着せぬ刺々しい物言いに、は思わずむっとする。

「第一、素性もわからぬ女を客員に迎えるなど、危険です」
「ふむ……そうであろうか? 少し考えすぎな気もするが……」

 リオンの言い分ももっともと思っているのか、国王は唸る。ちょうどいい、とは思う。このままリオンの意見を聞き入れてくれれば、自分は客員剣士にならずに済む。面倒事に関わらなくて済むのである。低く見られるのは腹立たしいのだが、今は我慢しよう。
 そう思った時だった。

「待ちたまえ、リオン」

 第三者の声が割り込んだ。
 声の主は、四十代ほどの男だった。後ろ手を組み、ゆっくりと歩いてくる。

「おお。ヒューゴか」

 国王は嬉しそうに声をあげた。国王の口調と、現われ方からしても、ヒューゴという男の立場は随分高いようだ。
 ヒューゴはリオンの隣で立ち止まると、国王に軽く一礼した。そして、へと目を向ける。

「これは……また随分と、腕の立ちそうな娘を見つけたものですな」
「なに? わかるのか」

 国王が驚いて問う。ヒューゴはにこりと微笑んだ。

「その娘の持つ剣。恐らく、ソーディアンでしょう」
「えっ……」
「なんと!」

 国王やリオンを始め、周囲がざわめいた。ヒューゴは笑みを深める。は目を瞠り、脇に置いてあるリィドに手をかけた。リオンが気付いて自身の剣に手をかけるが、ヒューゴがそれを手で制した。

「まことか、ヒューゴ」
「リオンのシャルティエに聞いてみればわかるかと」

 そう言って、ヒューゴはリオンに目で促した。

「……シャル」

 リオンが短く、剣に呼びかける。反応は少ししてあった。

『……最初に見た時、まさかとは思ったんだけど……もしかして、リィドなの?』

 は目を丸くする。その声は、リィドと同様、頭に直接響くような声だった。リオンの持っていた剣は、本当にソーディアンだったのだ。どうする。は視線をリィドへと向け、目で問いかける。

『……ここで黙ってても、が不利になるだけか……』

 ため息をつきながら、リィドが低く呟いた。

『その声は……! やっぱりリィド!?』
『おー。久しぶりだな、シャルティエ』

 驚くシャルティエとは対照に、リィドは人間であったら、ひらひらと手を振りそうな軽さで挨拶をする。

「どうだね、リオン」
「……ソーディアン・リィドだそうです」
「やはり、そうか」

 リオンの回答に、ヒューゴは満足そうに微笑んだ。がソーディアンマスターであったことは、驚きであると同時に、の確かな実力の裏づけにもなった。そう考える周囲の面々は、だんだんとを歓迎する雰囲気になりつつある。だが、リオンは尚も不審そうにを見ていた。それと同様の目を、はヒューゴへと向けている。明らかな警戒心を持って。

「……なぜ、リィドのことを知っているんですか」

 警戒を隠さぬ様子で、はヒューゴへと問いかける。右手はリィドの柄へとかかっていた。その様子に、リオンが同じくシャルティエに左手をかける。

「ソーディアン・リィドは史実には現れない、七本目のソーディアン……そう言いたいのだろう?」

 ヒューゴはその問いかけを予測していたように微笑むと、まるで用意していたように問いに答えた。

「私は考古学を少々嗜んでいてね。遺跡にはよく足を運ぶんだ。かつて、君の持つリィドや、リオンの持つシャルティエが、人として生きていた時代……天地戦争の時代の遺産は、今でも数多く残っている。知っているかね? 地上軍の拠点跡地は、今もファンダリアの地にその姿を残している。大衆には知られていない真実も、そこで見つけることができた。ソーディアン・リィドの存在はそこで知ったのだよ」

 何も警戒することはない、とヒューゴは言う。は怪訝そうにヒューゴに目を向け、そしてリィドへと視線を移した。自身は、リィドから聞いた話と、本で読んだ天地戦争の歴史から、彼の存在が大衆に知られていないものだということを知った。もしかすると、別の形で千年間、語り継がれなかった何かの形で存在が記されていたというのだろうか。遺跡には行ったことが無いため、判断がつけられない。

「……リィド」
『いや……その可能性が無いとは言い切れない』

 ヒューゴが嘘を言っているにせよ、いないにせよ、リィドの存在を知っていたことに変わりは無い。何らかの形で存在を知りえたということに間違いはないのだ。リィドがため息をつくと同時、は警戒を解き、肩の力を抜いた。

「ソーディアンマスターか……なるほど、どうりで腕が立つわけだ。益々、我が国に欲しい逸材だ」

 国王は今にも立ち上がりそうな様子でいる。どうやら足が悪いらしく、上半身だけが前へ出たそうに前のめりになっている。悪意も無く、心からそう思っているのが感じられ、は気まずそうに国王へと目を流す。この街にも一時的に滞在するだけで、まだまだ旅を続けるつもりでいたし、どこかに留まるつもりなどこれっぽっちもなかった。それなのに、突然そう言われても、すぐに承諾することはできなかった。できれば回避したい。

「ソーディアン・リィド……未知のソーディアンが存在すると知れたら、世界中の歴史学者がこぞって手に入れたがるだろうな」
「え……」

 急にそんなことを言ったのは、ヒューゴだった。が目を丸くすれば、ヒューゴは面白そうに笑みを浮かべている。

『ハッ……ここに残らないと、俺の存在をふれて回るってことか。まさかダシに使われるとはな』

 吐き捨てるような口調で、リィドが呟く。声には嫌悪感が滲み出ていた。ヒューゴにはソーディアンの声は聞こえないらしく、リィドの言葉に反応した様子はなかったが、隣のリオンは眉を寄せていた。たっぷりの沈黙の後、が観念したように盛大なため息をついた。そして、国王へと向き直り、頭を下げた。

「……客員剣士の件、お受けいたします」

 喜ぶ国王の声と、周囲のざわめきが頭上から聞こえる。一人の満足げな拍手を耳に入れながら、は小さく舌打ちをした。