技術庁が持つ研究所は城の隣にあるという。エマは大通りを駆けた。案の定、レオンを撃ちアイヴスを攫った軍隊が研究所の前に列を成していた。

「おい、そこの女! 止まれ!」

 軍隊に気付かれたが、エマは走るのをやめない。先頭にいた男が銃を構えた。

「止まれと言っている!」

 威嚇発砲。エマは銃弾を掴み、そのままの勢いで正面に投げて返した。発砲した男のヘルメットに命中し、男はそのまま後ろに倒れた。
 エマは地面を強く蹴る。足元から蒸気が噴出する。大きく跳躍し、軍隊の頭上を跳び越える。

「じゃあな」

 エマは振り返らずに、着地と同時にまた走り出す。

「追え!」
「駄目です! 研究所には入るなとの議長からの命が……!」

 背後からそんな声が聞こえたが、エマは気にしなかった。
 研究所のドアを蹴破り、室内にいる警備員も蹴り飛ばす。メインの研究室は正面にあった。こちらのドアも蹴破って、エマはようやく足を止めた。中にいた研究員や議員たちが驚いてこちらを見ている。ぐったりとしたアイヴスが引きずられているところだった。半分解体された状態で、胴体と頭は開けっ放し。配線が体から飛び出していた。

「……おまえら、覚悟できてるんだろうな」

 一歩、踏み出す。全身の毛が逆立つ感覚。血液が煮えたぎる感覚。どちらもほとんど体にないはずのもので、感覚も遮断しているはずなのに、こんなにも体がざわつく。

「私の弟に手を出して、ただで済むと思うなよ!」

 ――自分は、今、怒っている。きっと、この体になって初めての怒りだ。

「弟だと……!?」
「あの夫婦の作ったオートマタか!」
「警備のオートマタを! 早く!」

 警報が鳴る。天井の一部が開き、ドスンと音をさせて大きな人型オートマタが降ってきた。大きな拳が特徴の戦闘型オートマタだ。

「やれ! スクラップにしてしまえ!」

 研究員が叫ぶ。目に赤い光を灯し、オートマタが動こうとしたその時――既に、エマが目の前にいた。

「スクラップになるのはおまえだ」

 オートマタの頭の前まで跳び上がると、そのまま蒸気の噴出で加速をつけてオートマタの横面を踵で蹴り飛ばした。勢いはすさまじく、オートマタは壁まで吹っ飛んで大きな破壊音と共に動かなくなった。研究者たちが唖然とその様子を見て、青ざめた。

「帝都のオートマタはこんなもんか。クリソプレイズでは子供だってもう少しマシなものを作るぞ」

 そう言って、エマは再度睨みつける。ヒッ、と声をさせてアイヴスを引きずっていた男が手を離す。ゴトッとアイヴスが床に落ちた。エマが近付くと、研究者たちが後じさっていく。アイヴスに手を伸ばし、抱き起す。

「アイヴス。アイヴス、私がわかるか」

 アイヴスの目は開いたままだった。虚ろなガラス玉が、エマを見つめる。何の感情もなく、何の言葉もなく、ただエマを見つめるだけ。

「女王の旦那を生き返らせようとか言っていたらしいな。その為に、技師を呼んで研究をさせたと」

 エマがアイヴスを抱き上げたまま言う。

「あ、ああ……そうだ。私が研究の一部を担った」

 目を向ける。研究員がまた一歩後じさる。

「ヴィルヘルムは、こちらで生前の殿下の『情報』……つまり記憶に値するものを用意しろと……」
「体は先に彼らが作っていたのだ……」
「情報をインプットし、後で完成する『装置』をつけるだけでよいと……彼はそう言ったのだ……」
「女王陛下がそうお望みだったのだから……我々は仕方なく……」

 代わる代わるに研究員たちが話す。

「それで、その殿下とやらのオートマタはどこにある」

 エマが問う。

「先程、城に向かった……女王陛下へ謁見し、成果を見せるのだと、議長のリチャードが……」

 アイヴスを抱いて立ち上がる。

「案内しろ。死にたくなかったらな」

 有無を言わせぬエマの言葉に、研究員の一人が頷いた。そして、先導して歩き出した。エマはアイヴスを抱いたまま、その後を追い、研究所を後にした。
 城は静まり返っていた。エマが視線だけで周囲を見るが、従者たちもそこにはいないようだった。

「殿下が亡くなってから、城はこの様子です」

 怯えながら研究員が言う。

「陛下はこの十年、ずっと喪に服されていました。それを、リチャードが……議長がなんとかしたいと願い、殿下のオートマタ化を提案しました。陛下はお喜びになられたそうです。……この研究は、陛下の希望で夢だったのです」

 くだらないな、とエマは思ったが口にはしなかった。そのせいで自分は十年前に両親と別れ、結局死に目にすら会えなかったのだ。その女王の夢を叶えるために、どんな犠牲があったのか、この末端の研究員に話したって仕方のないことだ。

「ここが謁見の間です」

 研究員が足を止めた。大きな扉だった。エマは両手が塞がっていたので、「開けろ」と命令する。研究員は恐る恐る扉を開けた。エマは少し開いた扉に足をかけ、蹴破るようにして残りを勢いよく開いた。大きな音が、謁見の間に響いた。
 車椅子に乗った男が一人、その脇に男が一人。そして正面に黒いドレスを身にまとった女が一人いた。

「何者だ!?」

 車椅子の脇に立っている、議長リチャードと思しき男が叫んだ。両親と同じくらいの年齢だな、とエマはぼんやり思う。

「おまえがクリソプレイズから呼び出した技師の娘だ」

 リチャードは目を瞠る。

「そうか、あの夫婦の……だ、だがその娘がなぜここにいる! 何の用だ!」
「何の用だ、だと?」

 エマはアイヴスを抱え直した。

「この子の装置を返してもらいに来た」

 驚いたリチャードは、すぐに勝気な笑みを浮かべる。

「フン、それは無理な話だ。今は情報を読み込み中だが、殿下はすぐに目を覚まされる。陛下と共にこれからの生を共にされるのだ。おまえごときが邪魔をできるものではない!」

 エマが鼻で笑う。

「大した忠誠心だな。だが、私には一切関係ない。装置を渡せば、それで終わりにしてやる。無理矢理引き抜いてもいいんだが?」
「黙れ黙れ! 技師の娘ごときが、陛下の御前で何という口の利き方を――」
「よい。静まりなさいリチャード」

 女王が静かに言った。リチャードが黙る。

「ヴィルヘルムとヨハナの娘。名は何というの?」

 エマが怪訝な顔をする。

「……エマ」
「そう、エマ。……あなたも機械の体のようだけれど、オートマタというものなのかしら」
「私はサイボーグだ。オートマタじゃない」
「サイボーグ?」

 女王が首を傾げる。

「人間の体に機械を融合させたものをサイボーグと呼ぶのです、陛下。オートマタはすべてが機械ですが、サイボーグは人間がベースにある。そこに違いがあります」

 リチャードが口を挟んだ。女王は納得したように頷いた。

「ですが、オートマタでも人になり得る。そうですね、リチャード」
「はい、陛下。体が機械でできているだけ。オートマタでも、人と同じになり得ます」
「殿下もこれで生き返る。そうですね」
「はい、陛下。その通りです」

 女王は優しく微笑んだ。

「聞きましたか、エマ。あなたのご両親は大変な功績を残しました。勲章を授けねばならないでしょう、後でここに呼んでいただける?」

 エマは眉を寄せた。なんとなく、既にこの世にいないことを告げるのは癪だった。

「陛下! 殿下が目を覚まされます!」

 リチャードが車椅子の男を見て叫んだ。
 男がゆっくりと両目を開ける。琥珀色の瞳に光を灯し、ゆっくりと立ち上がる。そうして、周囲を見回した。リチャードを見て、それから女王を見て、男はすべてを理解したように頷いた。

「……私は……そうか、オートマタとして、作られたのか」

 男が呟く。その声を聞いて、女王は涙を流し、口元を両手で覆った。

「ああ、殿下……殿下なの……? 本当に、フィリップなの……?」

 女王が涙声で問う。フィリップは小さく笑ってから、首を振った。

「いや、私はフィリップではない」
「……え?」

 女王は目を見開いた。時が止まる。

「な、何を仰られるのです殿下! あなたは、フィリップ殿下です! フィリップ殿下の記憶をすべてお持ちのはずです! 何を疑う要素があるのですか!」

 フィリップはリチャードを見た。そして息を吐く。

「リチャード、君が考えたのか。確かに我が妻は私の死に甚く悲しんだことだろう」
「ですから!」
「ただ、私はフィリップではない。記憶はもちろんある。否、これは記憶ではなくただの情報だ。私の物ではない」

 リチャードが驚愕で口を半開きにした。フィリップが室内を見回し、エマを見つけた。

「君はエマだね。我が生みの親の本当の娘」

 エマはフィリップが自分を知っていることに驚いたが、過去の情報を記憶しているのであれば、製作者の情報は持っているのかもしれないと思った。

「見ての通り、この研究は失敗だ。最初から成功するはずがなかった。夫妻が作った装置は取り出し、その子供のオートマタに戻してやるとよい」

 アイヴスは目を閉じていた。動かない。装置を取り出すのに合わせて、あちこちの配線が外されたせいで、死んでいるのと同じ状態になっている。

「……どういうことなの、フィリップ」

 女王が声を震わせた。フィリップが振り返る。女王は真っ赤な目でフィリップを真っ直ぐに見ていた。

「あなたは、フィリップの記憶がありながら……この私を誰なのかと理解していながら、自分はフィリップではないと仰るの?」
「……その通りだ。私はフィリップの情報を持った機械人形。君の愛するフィリップは死んだのだ」

 女王が首を振った。

「いいえ、いいえ! フィリップは生きている! あなたがフィリップなのです! どうしてそんなことを仰るの!? 私を困らせようとしているの!?」
「皆を困らせたのは君だろう、メアリー。私の死を受け入れられず、こんなことにまで手を出してしまった。多くの人が、君の我儘に付き合わされているのだよ」
「我儘でもいいわ! 私はあなたともう一度共に生きたかった! ただそれだけです!」

 女王は涙を流していた。先程の嬉し涙ではない。フィリップは困ったように首を振る。

「死んだ人間は生き返らない。それがこの世の理だ。それは神の領域。人間に成せるものではない」

 そして、フィリップは女王を真っ直ぐに見つめてこう言った。

「メアリー。こんな形で、もう一度君に会いたくはなかった。……私は、生き返りたくなどなかったよ」
「っ!」

 女王が目を見開いた。リチャードも言葉が出ないようだった。
 所詮、こんなものだ。エマは思う。一度死んだ真っ当な人間が、機械として生き返ることを喜ぶだろうか。完全に生き返るのではない。自分が偽物だと理解した上で、生きることを選ぶだろうか。現に、フィリップは今の状況を憂いているのに。

「エマ。君に頼みがある」

 フィリップが女王に背を向け、エマの方を見た。

「私を破壊してくれないか。残った装置は、その子に返そう」
「……停止すればいいだけだろ」

 エマが少し驚いて問う。オートマタは自身で機能停止ができる。破壊は人間でいう死だ。二度も死ぬ必要はないとエマは思ったのだが、フィリップは首を振る。

「この研究はなかったことにしたい。多くの者の時間を奪い、傷つけてしまった」

 考える間があった。フィリップがそう望むなら、とエマがアイヴスをどうしようかと思った時だった。

「……違う」

 小さな声が聞こえた。女王の声だった。

「違う。違う。違う違う違う違う! あなたは! おまえは! フィリップではない!!」

 フィリップが女王の方を振り返る。

「フィリップが私を見ない! 私の願いを叶えない! そんなことは有り得ない! 研究は失敗だったのだ! リチャード!! こいつをスクラップにしなさい!!」
「ああ、メアリー。フィリップの死は、君をそこまで狂わせてしまったのだね……」
「やめろ! やめろ!! その声で、私の名を呼ぶな!!」

 女王は髪を掻きむしった。十年ぶりの愛する夫のために整えた髪型は無残な有様になった。女王は涙を流しながら笑った。

「そう、スクラップになるなら、最後にその娘を殺しなさい! 研究を失敗させた元凶はその娘の親にある!」
「メアリー! 何を言って――」
「私をメアリーと呼んでいいのはフィリップだけよ!! リチャード!!」

 リチャードが素早くフィリップに近付くと、首元に振れた。びくり、とフィリップの体が震える。

「あ、あ、アあ、アアアアアアアアア!!」

 フィリップが叫ぶ。苦しんでいるように聞こえた。

「ああ……暴走する……! 君、早く逃げた方が……!」

 ずっと黙ったままだった研究員がエマの肩を掴んだ。エマは迷うことなく、研究員にアイヴスを押し付けた。

「落としたら殺す」
「へっ!?」
「大事に抱えてろって言ってんだよ」

 エマがフィリップの方を見る。

「戦う気か!? 無茶だ! 殿下の体はいざという時に陛下を守るための戦闘機能も備えられている! 暴走状態の殿下に、君のようなサイボーグが勝てるはずが……!」

 エマはその言葉を無視した。相手は戦闘機能のついた天才と名を馳せた両親作のオートマタ。でも、ここで負けたらこちらの技師の評判に関わる。
 フィリップの背中から蒸気が噴出する。床を蹴った。速い。渾身の右ストレートをエマは軽い動作で避ける。腕を戻すまでの隙をついて、右脇を狙って鋭く蹴る。だが、そこにフィリップの姿はない。危険を察知し、軸足を蹴って前へと転がる。真上からフィリップが落ちて来た。体勢を立て直し、フィリップを視界に捉えると同時、目の前に拳があった。

「ぐっ……!」

 慌てて左腕を顔の前に出して、なんとか顔面を潰されることは防いだ。エマは後方に大きく弾き飛ばされる。速すぎる。左腕をちらりと見ると、装甲が歪んでいた。おまけにパワーもある。
 エマが床を蹴った。足元から蒸気が噴出し、加速。右拳を握り、肘からも蒸気を噴出させ、更に加速させる。鋼と鋼がぶつかる音が響く。フィリップは手のひらでエマの拳を掴んでいた。そのままブンと放り投げる。エマは壁まで吹っ飛ばされた。空中で体勢を整え、壁に足をつけてから床に降りた。
 さて、どうするか。速度もパワーもフィリップの方が上だ。殴って蹴ってでは勝ちはない。エマは右の爪先を床に強く叩きつける。踵に刃が生えた。フィリップが突っ込んで来る。振り上げられた拳を避けると、蒸気を爪先から噴出し、加速と共に踵をフィリップの右腕に振り下ろす。金属が金切り声を上げる。すぐにエマは距離を取った。フィリップの右腕が切り落とされ、床に落ちた。だが、エマの踵の刃も折れてしまった。

「サイボーグ如きが、殿下の腕を落とすとは……!」

 リチャードが叫ぶ。何が殿下だ、所詮オートマタとしか思っていないくせに。エマは思う。
 オートマタは頭が胴から離れれば動力が落ちるというのが一般的だ。つまり、フィリップの首を落とせばこちらの勝ち。今の踵の刃程度の強度では首は落とせない。ふう、とエマは息を吐く。そして笑った。

「とっておきを見せてやるよ」

 右手を横に伸ばし、指を揃える。指と腕のパーツが変形を始める。分解と隣の指との結合を繰り返し、形を変える。そうして、肘から下が大きな刃となる。左手で右上腕を叩くと、レバーが飛び出した。勢いよく引く。ドゥルン! という音と共にエンジンがかかった。右腕から勢いよく蒸気が噴き出し、小刻みに振動する。足からも蒸気。加速しろ、加速しろ、もっと速く、速く! エマは床を蹴る。限界まで速度を上げ、エマは一瞬でフィリップの背後をついた。右腕はない。右に回り込んだエマに対処するには、フィリップの動きは遅すぎた。
 金属の、大きな音が響く。ごとりと、フィリップの頭が床に落ちた。

「い、イヤァァアアアアッ!!」

 女王が叫んだ。

「叫ぶな。うるさい」

 エマの声が響いた。大きく息を吐く。腕のエンジンを止め、体中の蒸気を止めた。

「あんたが旦那に対してしたのは、こういうことだ。機械は人間の代わりにはなり得ない」

 ふらつきながら、エマがフィリップに近付く。

「ありがとう、エマ。装置は後頭部にある」
「……まだ話せるのか」

 頭部だけのフィリップが正気を取り戻していた。

「予備電池だ。すぐに落ちる」
「そうか」

 フィリップの後頭部を開ける。見たことのない黒い装置が取り付けられていた。

「その黒い装置だ。あの子供につけてあげるといい」

 エマは右手の刃で配線を切ろうとしたところで、手を止めた。もう一度フィリップの顔を見る。

「最後に何か言うことはあるか」

 フィリップは柔らかく笑った。

「ない。なぜなら私はフィリップではないからだ」
「……そう」
「私が作られたことが無駄だったとは思わない。ヴィルヘルムとヨハナによろしく伝えて欲しい」

 フィリップは、もう二人がこの世にいないことに気付いているようだった。後頭部の配線を右手の刃で切る。動きが止まる。フィリップは完全に停止した。
 手のひら大の装置をポケットに入れると、エマはフィリップの頭を抱えて歩き出した。女王はその場に崩れ落ちていた。涙で化粧は崩れ、かき乱した髪はぼさぼさ。きっと、十年ぶりの夫との再会に心を躍らせていたのだろう。エマはその放心している女王の前に立ち、フィリップの首を押し付けた。受け取りたがらない女王に、無理矢理抱かせる。

「おまえが始めたんだ。おまえは旦那を二度殺した」
「……」

 女王は何も言わない。エマは構わずに続けた。

「人間は万能じゃない。間違いだって犯す。だがな、神であると勘違いするのは傲慢すぎるんだ」

 エマは小さく息を吐いた。

「死者は生き返らない。……どう足掻いたって、生き返らないんだ」

 女王はフィリップの首に目を落としていた。

「……私が、間違っていたというの?」
「そうだ」

 エマは迷うことなく答える。

「私はただ、もう一度あの人に、会いたかっただけなのに……共に生きてくれてありがとうと、そう、言いたかっただけなのに……」

 ぽたりぽたりと、フィリップの顔に涙が落ちる。
 船でのアイヴスの言葉が蘇った。「ありがとうはね、言える時に言わなきゃだめなんだよ」と、アイヴスはそう言っていた。エマは目を閉じてから、もう一度女王を見た。

「だから後悔しないように生きるんだろ」

 女王が顔を上げた。エマが見下ろす。視線が合う。

「犯した間違いは消えない。だから、おまえはここからだ。旦那にかっこ悪い姿を見せないように精一杯生きろ。おまえは人間なんだから」
「……」

 くしゃりと顔を歪ませ、女王はフィリップの首を抱えて声をあげて泣きだした。
 エマは女王に背を向け、歩き出す。途中で呆然としているリチャードと目が合った。ブーツの音を鳴らし、エマはリチャードに素早く近付いた。

「ひっ……!?」
「一番の元凶はおまえか」
「こ、殺さないで――グフゥ!?」

 言い終わる前に、エマが左拳でリチャードの頬を殴っていた。一発人間を殴っただけでふらついた。舌打ちをする。

「おい、おまえ」
「はい!?」

 アイヴスを抱いたままの研究員に声をかける。研究員が肩をはね上げた。

「技師夫婦の工房までその子を運べ。怪我した男が一人いるから、そいつに任せたら帰っていい。私は後から向かう」
「あ、はい……! わかりました!」

 ぺこりと頭を下げ、研究員はアイヴスを抱いたまま謁見の間を出て行った。足音が聞こえなくなってから、エマはもう一度だけ振り返った。

「じゃあな、フィリップじゃなかったオートマタ」

 女王に抱えられた首は、安らかな顔をしていた。