「女王陛下の旦那様――殿下を生き返らせる手伝いをしてほしい」
「正確には、オートマタを限りなく人間と相違ないように作ってほしい」
無理だ、とヴィルヘルムとヨハナは思った。オートマタの見た目を人間に似せることはできても、中身は再現しようがない。過去の記憶は? 感情は? どのような命令をすればよいのか? すぐにさまざまな疑問が思い浮かんだ。
「これは、女王陛下の命である」
そう言われては、断るわけにはいかなかった。無理だと思うが、やれるだけやってみよう。そうして、研究が始まった。
完璧な「ヒト」を作ることは無理だ。だから、やはり二人が作るのはオートマタということになる。機械をどこまで人間のように見せられるかが問題だった。人間の姿をし、人間の言葉を話すオートマタは作れる。では、人間にあってオートマタにないものはなにか。二人の研究はそこから始まった。
「たくさんの試作品を技術庁と共同で作った。今、大通りを歩いているオートマタのほとんどは、二人からの技術を得て技術庁側で作った失敗作。人間に近付いても人間にはなれなかったオートマタだ」
クラウスが説明する。
「アイヴスに会ったね。彼がその研究成果だ。二人は最終的に『人間』の製作に成功した」
「確かにアイヴスは人に限りなく近かったけど……どうやって作ったんだ? 見た目が似せられてもあんな人間らしいオートマタを作るなんて不可能だと思うんだけど」
レオンが怪訝な顔で問う。クラウスが首を振った。
「正確には、作ったものは『演算装置』なんだ」
「演算装置?」
うん、とクラウスは頷く。
「たとえば『一足す一は』とインプットがあった場合、『二』であると答える。それと同じことだよ。『親しい人が死んだ』というインプットを得た時に、『悲しい』という感情をアウトプットする。ただ、それだけだ」
「ただ、それだけって……人間はそんな簡単な思考でできちゃいない。一体何億通りの命令を覚えさせればいいと思ってるんだ?」
レオンが更に問う。
「命令を覚えさせるんじゃない。特定のインプット、そして計算処理、計算結果のアウトプット。必要なのはこれだけ。膨大なインプットを与えることで、計算処理がアウトプットのパターンを記憶していく。あとはいかに計算処理を効率よく行うかだけなんだ」
レオンが信じられないという表情でエマの方を見た。エマは黙ってクラウスの話を聞いていた。
「アイヴスは見た目は五歳くらいだ。歳相応の『情報』が与えられている。様々なことを見聞きしてインプットを増やすことで、更に人間のように成長するだろう」
クラウスはそう言った。
「でも、それは結局機械であって『人間』ではない」
エマが言う。クラウスが微笑んだ。
「そう。結局二人が作ったのは『人間』ではなかった。どんなにそれを『人間』だと思いこもうとしても、『計算された結果』を出力する機械であるとしか認識できなかったんだ。それでも、二人は生み出したアイヴスがとても可愛らしく、愛おしく感じてしまった」
「だから、女王の命に背いて、アイヴスを逃がしたのか」
「急造のオートマタと一緒にね」
クラウスが頷いた。
「設計書はもうない。二人が燃やしてしまったからね。アイヴス自身を解体したところで、一般人にはわけがわからないはずだよ。あとは、二人がこの世からいなくなればそれで解決だ」
エマが両親を見た。目を閉じ、ただ眠っているように見えた。だが、八年前に自分を置いて行った両親の声を聞くことは叶わない。
「解決って……そんなことで、二人は死を選んだっていうのか!?」
レオンが怒鳴った。クラウスが笑みを消す。
「そんなこと? レオンくん、君も技師なら技術が他人の手に渡ることの恐ろしさがわかるだろう。この演算装置が解析されて量産されたら? 他国の手に渡ったら? 人間世界はどうなると思う?」
「わかる! わかるけど、そんなッ……!」
レオンが右手を握りしめて俯いた。
「そんなことで、師匠がエマを置いて死ぬなんて……!」
エマが息を吐いた。
「いや、父さんと母さんならやるよ」
「エマ……」
「確かに、混乱が起こるだろうな。戦争の引き金にだってなるかもしれない。そういうものを生み出した責任として、二人は自ら死を選んだ」
「その通り」
「……途中でやめればよかったのに。馬鹿な親だよ」
父親のケースに手をあてる。温度を感じる手は、エマは持っていなかった。
「作れないから、人間は美しい」
クラウスの言葉に、二人は俯いていた顔を上げた。
「二人は最後にそう言って旅立ったんだ。人工的に作ることなど不可能。だからこそ、感情を持ち、知能を持ち、間違いを犯しながらも成功へ……未来へと歩んでいく様が美しいのだと」
「……」
エマはフと笑う。両親が言いそうな言葉だ。彼らは機械を愛しながら、人間を愛した。そういう人だったと、エマも知っている。
「じゃあ、さっさとアイヴスを迎えに行かないと駄目ってことだな」
エマが歩き出す。その腕を、レオンが掴んだ。
「いや、ちょっと待てよ。おまえ、両親が死んでたんだから、そんなにすぐに行かなくても……」
「その両親の尻拭いをするんだろ。私がやらずに誰がやるんだ」
淡々と答えるエマに、レオンが眉を寄せる。
「……悲しくないのか。二人の死を知って」
エマはレオンの腕を振り払う。
「機械に感情はない。そうだろ?」
そう言い残して、エマは駆け出した。