誕生日
コンコン、と執務室のノックがあった。
「はーい」
レインが返事をすると、ドアが開いた。
「失礼します、少将」
受付嬢だった。は首を傾げる。
「私? レインじゃなくて?」
「はい。あの、これ。先程訪ねてきた、ヒューズ准将の奥様とお子さんが渡して欲しいと……」
「グレイシアさんとエリシアちゃんが?」
画用紙を折りたたんだものを渡して、受付嬢は帰って行った。
クレヨンで絵と文字が書いてある。
『しょうたいじょう』
もしかして、と思う。中を見て、はやはりと苦笑した。
『おねえちゃん ばすでーぱーてぃー』
ヒューズ家で行われることと、日にちと時間が書いてあった。日にちはの誕生日――明後日だ。
エリシアが頑張って書いたスペルミスのある招待状にくすくす笑っていると、部下二人から怪訝な目で見られた。
「さん、何ですかそれ?」
レインに問われる。
「招待状」
はにっこりと笑ってそう答えた。
は仕事を早上がりして、一旦家に帰って私服に着替え、ヒューズ邸へと向かった。
ノッカーを鳴らす。パタパタと小さな足音が近付いてくる音がする。
「おねえちゃん!」
ドアを勢いよく開けて飛びついてくるエリシアを抱きとめてはそのまま抱き上げた。
「しょうたいじょー見た? 見た?」
「見たよー」
エリシアが満面の笑みで聞いてくるので、も笑顔を返す。
奥からグレイシアが歩いてくる。
「いらっしゃい、ちゃん」
「お邪魔します。可愛らしい招待状ありがとうございました」
「エリシアが自分が書くって言って聞かなくて」
グレイシアがくすくすと笑う。
「さあ、あがって。ご馳走もケーキも用意してあるわ」
「ありがとうございます」
以前、ヒューズの墓の前で、自分達にの誕生日を祝わせてほしいと言われた。はそれを断ることができなかった。
ご馳走はの好きなものばかりが並んでいた。グレイシアの料理は、ヒューズが自慢するだけあって何でも美味しいのだが、その中でも特に美味しいとが騒いだ事のあるものばかりだ。
「ケーキにろうそく差すのも難しい本数になってきたんだけど、エリシアがどうしても全部差すって言って……」
「わお……」
ケーキには十八本のろうそくが立っていた。おかげで表面のデコレーションはほぼなく、チョコレートのプレートが一枚「ちゃんおめでとう」と置いてあるだけだった。来年は十九本。再来年の二十本はそろそろ対策を考えないと火事になりそうだ。
「ろうそく! 吹いて! 吹いて! ママ、でんき!」
「はいはい」
十八本のろうそくに火がつけられ、部屋の電気が消された。十八本の火のついたろうそくは迫力があった。
「はっぴばーすでーとぅーゆー! はっぴばーすでーとぅーゆー! はっぴばーすでー、でぃあ、おねえちゃーん!」
は肺いっぱいに息を吸い込んで、ろうそくの火を一気に吹き消した。エリシアがきゃー! と歓声をあげる脇で、は咽ていた。
「ちゃん、大丈夫?」
電気をつけながらグレイシアが苦笑しながら問いかけた。
「だいじょうぶれす……」
ひらひらと手を振って、は言う。
「さあ、どうぞ! めしあがれ!」
エリシアが言った。とグレイシアは顔を見合わせて一緒に笑った。
エリシアは何でもやりたがった。の皿へご馳走を取り分けるのもやりたがったが、グレイシアが取り上げたため不機嫌になってしまった。代わりに、はエリシアがフォークで取った料理をあーんと食べることになった。
女ばかりの三人のパーティーは静かに、でも賑やかに行われた。
ここにもう一人いたらどれほど楽しいパーティーになっていただろう。そう考えてしまうのも仕方ない。仕方がないのだ。なんといっても彼の家なのだから。
プレゼントはエリシアから渡された。くまのぬいぐるみだった。エリシアが選んだのだという。ヒューズがいた頃はの好みに合わせてか、実用的なものが多かったように思う。ペアマグカップだったり(誰とペアで使えと言いたかったのか)、インスタントコーヒーのセットだったり、の生活にマッチしたものだった。それは、ヒューズがの生活を良く知っていたからだったのだと、いなくなってから気が付いた。彼はが思っていた以上にの事を知っていたのだ。くまのぬいぐるみは、の家のソファの住人になるだろう。
ご馳走も食べ終わり、ケーキも食べ終わると、エリシアは眠くなってきたようで、グレイシアの腕の中で目を擦っていた。がいるうちは寝たくないとごねていた。
がサイドボードに目を向ける。の家のように、コルクボードにたくさんの写真が貼ってあった。どの写真でもヒューズが笑顔だなと思って見ていたが、一枚だけ自分とシュウが写っているものがあった。今までこの家には何度も来たことはあったが、確かにシュウを連れて来て写真まで撮ったのは一度だけだったと記憶している。その日は、シュウの誕生日パーティーだった。
「その写真、シュウくんの誕生日パーティーの時に撮ったのよね」
グレイシアが、が見ている写真を見て言った。
「シュウが写真を嫌そうにしていたのを思い出しました」
が苦笑する。シュウの誕生日パーティーは一度しかできなかった。嫌がるシュウをとヒューズで無理矢理連れてきて、嫌がるシュウを無理やり並ばせて写真を撮ったのである。シュウが嫌そうにしていなかったのは食事の時と帰る時だけと言っていい。
「ちゃん、今日は楽しんでくれたかしら」
グレイシアが微笑みながら問いかけてくる。
「ええ、とっても」
は笑顔で返した。
エリシアが本当に寝てしまいそうなので、そろそろ帰ることにした。グレイシアがドアを開けると、あら、と声をあげた。
「どうしました?」
「お迎えが来てるみたい」
「迎え?」
外を見ると、一体いつからいたのか、車が一台停まっていた。ははあと息を吐いた。
眠そうなエリシアにばいばいをして、グレイシアに頭を下げているうちに、運転手は降りてきていた。
「どうぞ、お姫様」
そう言って助手席のドアを開けられる。
「どうも」
そう運転手に言って、家の玄関で手を振る二人にもう一度頭を下げて、は車に乗り込んだ。バタンとドアを閉めてくれる。そして、運転手は運転席の方に回って来た。
「いつから待ってたの」
くまのぬいぐるみを抱えながら、隣に座る運転手――ロイに問う。
「さあ、いつからだったかな」
私服に着替えているから、少なくとも就業時間後であることはわかる。
「よく私がここにいるってわかったね」
「君が今日ここに来ないでどこにいるというんだね」
くつくつとロイが笑った。
は毎年ヒューズの家で誕生日を祝われていた。勿論ロイはそれを知っている。家を見ていなかったのでこちらに回って来た、といったところだろう。ヒューズがいなくなって尚、祝われることはロイには話していない。
ロイの車に乗るのも久しぶりだなと思いながら、は頬杖をついた。
車はの寮の前で止まった。
「ありがと」
「ちょっと待ちたまえ」
「うん?」
がドアを開けて降りようとしたところでストップをかけられ、怪訝そうに振り返った。
「君、私が送り迎えをするだけに来たと思っているだろう」
ロイが不満げに言った。そうしてスーツの内ポケットからラッピングされた小さな箱をに差し出した。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
渡されたプレゼントを受け取り、は礼を言った。
「それじゃ、また明日」
片手をあげ、ロイは車を走らせ去って行った。それを見送り、は部屋へと戻った。
ぬいぐるみをソファに座らせ、ロイからのプレゼントのラッピングを解いた。
「うっわ、たっかそー……」
万年筆だった。一体いくらするのかわからない。普段仕事で使っている安い万年筆とは比較にならないだろう。安いだけあってそろそろ買い替えようかと思っていたところだった。
明日から使ってやるか、とは万年筆を軍服のポケットに入れた。きっとそれを使っているのを見かけたとき、ロイが笑顔になるのであろうことを考えつつ。
「……十八歳の誕生日おめでとう、・」
軍服を撫ぜる。こうして自分はまた一年生きた。
また一年生きることが、毎年掲げる小さな自分の目標だ。