59.裏切り者









「やあ」

 そう言ってがトレイを置く。

「ああ」

 向かい側に座るジュデッカは顔を上げることもしなかった。

「私が休んでる間に何かあった?」

 ジュデッカは周囲に目を走らせた。

「国土錬成陣が完成した」
「!」

 は食事の手を一瞬だけ止め、すぐに再開する。

「ふうん。トンネル工事は終わったの」

 声を落としながらも、は言葉を濁して言う。ジュデッカは頷いた。

「北はブリッグズとドラクマが戦って、ドラクマの敗戦だったらしい」
「そう」

 それは既にリッドから聞いていた情報だった。彼の情報網には本当に舌を巻く。
 つまりすべての地点において血の紋が刻まれ、それを繋ぐ円も完成したというわけだ。

「じゃあ、あとは春を待つだけだね」

 残りは『約束の日』当日、どう動くかを計算すればいい。

「……お前、本当に逃げないんだな?」

 ジュデッカが眉を寄せて聞いてくる。

「しつこい」

 は食事を続けながら言った。
 ジュデッカは肩を竦めてコーヒーカップに手を伸ばした。

「それより、あんた自分の心配しなさいよ。私より排除される確率高いんだからね」

 ジュデッカはカップを取り落としそうになった。

「う、うるせえな……お前に心配されるまでもねえよ……」
「当日までちゃんとあっちの仲間のふりしなさいよ」
「わかってる」

 そう言ってジュデッカは改めてコーヒーを飲んだ。



「ライヤー中尉」

 呼ばれて、どきり、とする。振り返り、敬礼をした。
 大総統がそこに立っていた。手をあげたのを見て、敬礼を下した。

少将と随分仲良くしているようだな」
「……ええ、まあ。付き纏われてます」

 ジュデッカはそう答えた。

「我らの計画の事を話してはいまいな?」

 ラースに問われ、ジュデッカは眉を寄せる。

「話してねえよ。そっち裏切って何の得があるってんだ」

 ため息をつく。

「俺は親父殿に生み出された。だからそっちの手伝いをする。それだけだ」

 くだらない事を言うなと言わんばかりに手を振って、ジュデッカはその場を去ろうとする。

「彼女は人柱たり得るか?」

 足を止める。

「……あいつは生体錬成については素人だ。人体錬成はできない」

 ジュデッカは答える。

「彼女に知識が無くとも、人体錬成をさせる方法はあるだろう」

 ジュデッカがばっと振り返る。

「……顔色が変わったな」

 ラースがにやりと笑う。

「……生体系錬金術師を巻き込んで無理矢理扉を開けさせる気か」
「そういう事も視野に入れている。あと一人が決まらないのでな」

 ラースが歩き出す。

「彼女に付き纏われていると言ったな。逃げないのは何故だね」
「……」

 そして、ジュデッカの肩にぽんと手を置いた。

「我々はいつでも彼女に扉を開けさせる事ができる。それを忘れるな」

 そう言い残し、ラースは去って行った。ジュデッカも歩き出す。廊下の角を曲がり、

「……くそっ!!」

 壁を殴った。
 にとって自分はどうとでもできると、自分が枷になっていると聞かされた。それを聞いて自分は使い捨ての駒でしかないことを知った。元々裏切り者の器に入れられた身だ。何か期待されていたわけじゃない。
 だが、今度はどうだ。の身を盾に脅しをかけてきた。
 顔をあげる。窓ガラスに、シュウ・ライヤーの顔が映った。

「はは……結局お前と同じじゃねえか……」

 ガラスに手を当てそのまま拳を握る。
 の事なんてどうでもよかった。うざったいと思った。近寄られることが不快だった。
 それが今ではどうだ。彼女が隣にいる事を受け入れている自分がいる。まるで自分もシュウのようではないか。

「いいぜ……駒は駒らしく、あがいてやろうじゃねえか」

 生前のシュウ・ライヤーがそうであったように。

「『裏切り者』の名は伊達じゃねえところ見せてやるよ」