殺さない覚悟










「それにしても、殺さない覚悟……ですか」

 キンブリーが椅子の背もたれに背中を預けながら、懐かしむように言った。

「何だよ」

 エドワードが怪訝そうに問う。

「いえ。昔、話をしたことのある少女も、同じことを言っていましたのでね」

 キンブリーは愉快そうにくつくつと笑う。

「イシュヴァール殲滅戦の時です。大総統が特例で入隊させた子供の軍人が一人来ていました。イシュヴァール人を殺すために来ていたわけではなかったのですがね」

 エドワードはまさかと思う。

「ご存知ですか? 今は“流水の錬金術師”と呼ばれている、将軍です」

 やはりそうだった、とエドワードは思う。以外にそんな年齢でイシュヴァールを経験している者などいないだろう。

「まだ子供だった彼女は、怯える事もなく、悲観する事もなく、ただそこにいました。私は興味本位で尋ねてみたのです。自らの意志で軍服を着た時に既に覚悟があったはずなのではないかと言う中で、それなのに誰もが殺しはおかしいしやりたくはないと被害者ぶる中で、そんな話を聞いてどう思いましたか? と」

 キンブリーはふっと笑う。

「何と答えたと思いますか?」

 エドワードは少し考えて、首を振った。

「彼女は戦場をまっすぐに見据えて答えました。『それでも、私は殺さない』、と」

 そこが兵士のたまり場ではなく、上官のいる場であったらとても言えない言葉であっただろう。否、彼女ならば言っていたかもしれない。決意を持った表情で。

――だから、私は殺さない軍人になろうと思った。

 彼女は未だ燻らないその目をもってまっすぐに言った。

「その後の彼女のことは知りません。ただ、貴方の言葉を聞いて彼女を思い出しました。それだけです」

 キンブリーはそう言った。

「あいつは、人殺しはした事がねえよ」

 エドワードが言った。キンブリーが視線を向けた。

「救えなかった命はあっても、殺した事は一度も無い。そう言ってた」
「そうですか。さぞや良い女性に育ったことでしょう」

 キンブリーはにこりと笑った。

「もう一度お会いしたいものですね。私は自分の信念を貫く人は好きですよ」

 ブリッグズに血の紋を刻めと、その命の話をした後のことだった。