51.忠誠










 昼食時。は席を探して歩いている時、ふと最近また見慣れた黒髪がいるのを見つけた。
 カタンとその向かいの席にトレイを置くと、正面で食事をしていた人物はそれは嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「……何だよ」
「何が」
「何で俺の目の前に座るんだって事だ」

 ジュデッカだった。

「どこに座ろうと私の勝手でしょ。あんたには関係ない」

 パスタをくるくるとフォークで巻きながらは言う。
 ジュデッカは周囲に聞き耳を立てている人間がいないのを確認して、顔をやや寄せて来た。

「お前な。俺が敵側だってはっきりわかったんだろうが。何のつもりだ」
「うるさいな。言ったでしょ。どの席で食べようと私の勝手」

 は気にせず食事を続けた。しばらく睨みつけていたジュデッカは、観念したように食事を再開した。


「よっ」

 ジュデッカの行く先々では発見された。

「だからっ……なんっでお前は俺の近くに来るんだ? 俺は今になってまで、こいつとお前の関係再現してやる気は一切無いからな」

 ジュデッカは何故か隣を歩いているに向かって指を突き付けて言った。

「ああ、そう。別にいいけど。あんたがシュウじゃないのはわかってるし」

 シュウじゃないとわかってしまえば簡単なのだ。動揺することもない。普通に接することができる。

「ああ、くそっ」

 がしがしと頭を掻いて、ジュデッカは廊下を曲がって行った。は追わなかった。

「……昔のシュウみたいだなあ」

 そう呟いた。


***


「キンブリーが入院したって聞きました?」

 リッドがそんな事を言って来た。

「聞いてない。前から思ってたんだけど、あんたのその情報はどこから来るの」
「まあ、いろんなところからです」

 リッドは肩を竦めた。

「で、キンブリーが入院したって?」
「ええ。スカーとの戦いで大怪我を負って入院したんですが、すぐに完治して退院したそうで」
「すぐに完治?」
「その前にレイブン将軍が見舞いに行ったとか。それだけです」

 レイブン中将は中央勤務の将軍だ。それがわざわざキンブリーの見舞いに北まで行くのはおかしい。やはり上層部は真っ黒なのだと改めて知る。そして、すぐに完治したというのは賢者の石を使ったのだろう。お抱えの生体錬金術師などいくらでもいるに違いない。

「ふむ。リッドのその情報網はやっぱり便利だな」
「おだてても何も出ないっすよ」

 は考える。
 そろそろ、こちらもなりふり構っていられなくなっただろうか。軍の上層部がの部下の二人を危険視していないうちに、こちら側の事情を説明しておいた方がいいかもしれない。
 は真っ白な紙を一枚取り出し、無言でペンを走らせた。紙いっぱいに書き出すと、リッドに渡した。

「何すかこれ」
「無言で読め。読んだらレインに渡して」
「何ですかー?」
「回覧板」

 面倒そうに読んでいたリッドの表情がだんだんと変わっていく。
 はその紙に今起こっていることをすべて書いた。
 賢者の石が人間で造られていること。
 賢者の石はあらゆる錬成を可能とすること。
 その研究が軍の上層部の手引きで行われていたこと。
 キング・ブラッドレイがホムンクルスであること。
 ホムンクルスが殺しても死なないこと。
 この国全体で賢者の石を作ろうとしていること。
 全てを書いた。
 リッドが呼んだ紙がレインへと渡される。レインも同様に表情が変わっていく。

「……冗談、ですよね?」

 レインが顔を上げて問いかけた。はレインの手元から紙を奪い取る。

「ライター」

 リッドからライターが手渡される。紙の端に火をつけ、炭にしてしまう。真っ黒なゴミはゴミ箱に捨てられた。

「なるほど。キンブリーの大怪我が完治したのは、賢者の石が使われたってことっすね」

 リッドが理解したとばかりに言った。

「以前、将軍第五研究所を地図で調べてましたよね」
「うん。リッドが隣に刑務所があるって言ったから、それで最初に賢者の石の材料がわかった」
「そんな……人の命で造ったもので、人殺しをするなんて……」

 レインは膝の上でぎゅっと手を握っていた。

「……ボクは、ボクなりに、軍に忠誠を誓って来たつもりです。なのに、その軍が全部おかしかったなんて……」

 はそんなレインを見てため息をつく。

「私は軍に忠誠を誓ったことなんてない。いつも信じるのは自分だけだった」

 二人の視線がへと向く。

「軍上層部が真っ黒って言ってましたけど、さんはどうして外されてるんですか……?」

 は腕を組んで答えた。

「どうやら、人柱、ってやつの候補らしい」
「人柱?」
「永遠の命を手に入れるためには人柱が何人か必要なんだってさ。その候補になってる」
「それって、さんが危険ってことなんじゃ……!」
「まあ、今の所害はないからそれは置いておいていい」

 ふう、とは息を吐いた。

「リッド・グラクシー少尉。レイン・ハインド准尉」

 が二人の名を呼ぶ。

「二人を信用してすべてを教えた。これを知ったうえで、軍を辞めるなら止めない。早く辞めて国外に逃げなさい。そして全部忘れること。それでもなお軍に残るというなら、」

 は二人に目を向けた。

「私に忠誠を誓いなさい」

 軍に忠誠を誓うことはもうできない。ならば、自分に忠誠を誓え。はそう言っている。
 リッドが立ち上がった。

「リッド・グラクシー少尉。将軍への忠誠を誓います」

 そう言って敬礼する。

「……やっと全部話したなクソガキ」

 そう言うリッドの表情は、愉快そうだった。
 ガタンとレインも立ちあがった。

「レイン・ハインド准尉! ボクも、将軍への忠誠を誓います」

 ビシッと敬礼し、まっすぐにを見つめる。

「存分に使ってください」

 フッとは笑う。

「逃げなかったこと、あとで後悔すんなよ」

 二人は真っ直ぐにを見つめて笑った。