52.少将との会遇










 コンコンと夜に部屋のドアが叩かれた。
 エドワード達は北に向かったから、誰か軍人だろうと思いはドアを開けた。

「はい」

 目の前に花束があった。

「麗しいお嬢さんへ、花束をお届けに参りました」
「……何言ってんのあんた」

 が呆れ声で言う。花束をずらすと、そこにはロイが困り顔で立っていた。

「いや、すまない……酔っぱらった勢いで、つい花を大量に買ってしまってな。少し処理に付き合って貰えないかと思って寄ったんだ」
「はあ? 馬鹿じゃないの。うちに花瓶なんてあるわけないじゃん。どうすんのこれ」

 押し付けられた花束を持って、が眉を寄せる。

「君なら、錬金術で作ったりいくらでもやり様があるだろう。さっき中尉にも電話したが、同じ理由で断られてしまってな」
「あー、そう。それで私に押し付けようってことね」

 はあ、とはため息をついた。

「仕方ないから貰っとく」
「助かるよ」

 そう言って、ロイは寮の前に停めた車を指差した。花がドアから溢れていた。

「多すぎじゃない馬鹿なの!?」

 ぎょっとしてが叫ぶ。
 結局は一抱え分の花束を押し付けられた。

「まったくもう!」
「ハハ、すまないな……」
「この埋め合わせは高くつくからね」

 が不機嫌そうに言った。

「それじゃ」
「上がってく? コーヒーくらい出すけど」

 が言う。

「いや、いいよ。もう時間も遅いからな」

 ロイは首を振った。

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」

 ロイが部屋を出て行ったのを見て、はドアを閉めた。まったく、この一抱えもある花束をどうしろというのか。

「花瓶……花瓶か……何で作ろうかな……」

 一輪でよければマグカップででも作れそうなものだったが、なにせ両腕で抱える程の量だ。半分といわず三分の一くらいは執務室に持っていこうとは思った。
 ひとまず、いつ使ったのかわからないバケツを発見したので、そこに全部入れることにした。

「ん?」

 花の中に紙が挟んであった。はそれを取り出して目を通し、目を細めた。
 そこにはロイからの情報が書いてあった。
 キンブリーとレイブン中将が北にいるという。大怪我をしたキンブリーは即退院。リッドの情報とも一致する。
 アメストリス国全体を使った賢者の石の錬成陣……残りはブリッグズ近辺。だから、北は東方司令部の軍とタッグを組みたがっている。東方軍はイシュヴァール戦も戦い抜いた攻に秀でた軍隊。逆に、北の大国ドラクマを相手にしている北方軍は攻よりも守に秀でた軍隊だ。毛色が違う二つの軍が互いを補い合うのは良い判断だ。

「さすが、アームストロング少将ってとこか……気に入らんけど」

 ということは、キンブリーとレイブン中将が北へ向かったのは、そこで何か事件を起こすためか。キンブリーを出所させたのがそれを裏付ける。キンブリーの錬金術を、賢者の石で増幅させて使えば事は容易に進むだろう。
 はコンロの火をつけて、紙をすべて燃やしてしまった。


***


「やっほー!」

 元気に声をかけられ、ジュデッカは思いっきり嫌そうな顔をした。

「お前……俺がどれだけお前と関わりたくないと思ってるかわかってないだろ」
「そうなの? 私はあんたに興味津々なんだけどね」
「興味?」

 はにんまりと笑い、答えなかった。ジュデッカは深くため息をついた。

「ああ、こいつの記憶にもあるぞ……お前、拒絶しまくってたこいつにひたすら付き纏ってたんだよな。こいつはそれが鬱陶しくて仕方なかったんだ」
「ふうん。で、あんたの感想は?」
「すげえ鬱陶しい」
「そりゃどうも」

 は肩を竦めた。

「ていうかね、あんた自分がシュウじゃないって言うんなら、何かと話に出すのやめなさいよ。別に私はシュウに話しかけてるわけじゃないんだから」

 ビシッと指を突き付けて言う。ジュデッカは言い返す言葉が無かった。自分がシュウの話をよく出すことは確かだったからだ。

「だったら、なんで俺に……!」
「げっ!!」

 ジュデッカの言葉を遮って、が正面を向いて叫んだ。ジュデッカも怪訝に思って視線を正面に戻す。
 目の前の長い金髪をなびかせて歩いていた人物は、の顔を見て不機嫌そうに足を止めた。そして聞こえるように舌打ちをした。

「まだいたのか、のクソガキが」

 オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将だった。
 ピキッとの額に青筋が浮かぶ。

「おかげさまで。アームストロング少将もお変わりないようで何よりです。北の国境放って、遥々中央まで何しに来たんですか?」

 は辛うじて笑顔を保ったまま問いかけた。

「貴様も相変わらず、年上に対する礼儀というものがなっていないようだな。大総統閣下に呼ばれたからだが?」
「大総統に?」

 が表情を変える。

「貴様には関係ない」

 オリヴィエは不機嫌なのを隠さずにそう言った。

「ああ、そうですか。それじゃ」

 チッとまた舌打ちが聞こえた。

「まったく。貴様といい、エルリックの赤チビといい、くそ生意気なガキばかりだな」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 はにっこりと笑った。オリヴィエはから目を逸らし、付き人達と共に大総統府へと向かった。
 そしては表情を変える。エドワードの事を出して来たということは、彼らはちゃんとブリッグズ要塞でやっていけているようだ。そして、恐らくオリヴィエのことだ、エドワード達から根掘り葉掘りすべて聞き出しているに違いない。彼女は中途半端は嫌いな人間だ。
 そして、エドワードの名をわざわざ出して来たということは、大総統に呼ばれたのはホムンクルスや賢者の石関連と予想できる。そして、には関係ないということは、『向こう側』に足を踏み入れたということだろう。

「ったく……いつ会っても本当におっかない人だ」

 は呆れて息を吐く。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」

 いつだったかメイが言っていた言葉を思い出した。

「それで? こういう情報はあんたにまで下りてきてんの?」

 隣で二人の口論を聞いていたジュデッカが突然声をかけられて驚いた顔をした。そしてすぐに眉を寄せる。

「関係ないだろ」
「下りてきてないんだ」

 ぐっと言葉に詰まる。

「……俺は今はシュウ・ライヤーとして不自然のない生活をしろとしか言われてない」
「ふーん。まあ、それが妥当か」

 まだ復帰したばかりで目立つ身だ。皆の目が慣れるまでは下手な行動はしない方が良い。

「じゃあ、やっぱり私が近くにいた方が自然じゃない? ほれほれ」
「あーうるせえうるせえ! いいから近づいてくんじゃねえよ!」

 にまにまと笑いながら近付いてくるを突き放して、ジュデッカは立ち去って行った。

「うーん。似てるんだよなあ……」

 は腕を組んで、ジュデッカの後ろ姿を見送った。