ひとり
バチィッ。練成の音、そして青白い光が走る。
「いやぁ……ごめんね、」
申し訳無さそうにアルフォンスが言った。
「そう思うんなら、ちょっとは鎧壊さないような戦い方研究してみたら?」
ため息と呆れた表情を隠しもせずに、は練成した白い布を近くのウィンリィに手渡す。
受け取ったウィンリィは練成によって形を変えた布で、アルフォンスの鎧の壊れた部分を覆い隠していく。
ラストとの戦いで右腕を壊したアルフォンスは、両手が使えないために練成が出来ない。
仕方なく、がホテルの従業員から貰ったシーツに、手帳に描いた錬成陣で錬成をしていた。
って普通の練成も出来たんだね、と思わず漏らすアルフォンスに、わからないのなんて生体錬成くらいだとは答えた。
「わたし、エドとアル以外の人の練成って初めて見ました」
「そうなの?」
「リゼンブールには二人の他に錬金術師なんていなかったし、ラッシュバレーも機械鎧技師ばっかりですから」
あぁ……と、とアルフォンスは同時にラッシュバレーの暑苦しさを思い出す。スパナやドライバーを持って、目を光らすハイエナのような技師達。もう彼らは一種の病気に違いない。
思いながらも、は次のシーツに両手を添えた。
何枚かのシーツを使って、ようやく鎧の破損部分は覆い隠せた。
「いやー……なんとも言えない姿だね、アル」
練成を終え、座ったままのが苦笑しながらアルフォンスを見上げる。
「ハァ……兄さんが帰って来るまでこのままか」
自分の姿を見下ろしながら、アルフォンスも肩を落とした。
「さて。そろそろ私は帰るかな。明日も仕事だし」
「忙しそうですね」
「まぁ、役職上ね。仕方無いよ」
そう言って、は立ち上がって歩き出したのだが……――
「っ……」
急に眩暈を感じて、力が抜ける。
ガクン、と膝が折れたかと思えば、
「~~~~~~ッ!!」
ガンッ。見事テーブルに額をぶつけた。
「ちょ、!!?」
「さん大丈夫ですか!!?」
両手で額を押さえて悶えているに、二人がぎょっとして駆け寄った。二人には何が起こったのかわからなかったが、自身も理解出来なかった。
何故突然眩暈? 立ち眩みだろうか。
確かに最近仕事が忙しかったし、休暇をとっても出かけていて、帰って来るなり走って……と休暇とは名ばかりに全く休んでいない気がする。疲れが溜まっているのだろうな、とそう思う事にした。
「頭割れるかと思った……」
「大丈夫ですか……?」
「ああ、うん……まぁ」
大丈夫とはっきり頷ける痛さじゃない。とりあえず、涙目で曖昧な返事を返しておく。
心配そうにオロオロとするウィンリィとは打って変わり、アルフォンスは心配通り越して呆れたようにため息をついた。
「もう、。本当に一回病院行って来なよ。血は吐くし倒れるしって、洒落にならないから」
「ええ!? さん、血吐いたんですか!?」
「吐いてない吐いてない。アレ鼻血」
「嘘つけよ!」
ヒラヒラ手を振りながら否定すれば、すかさずアルフォンスのツッコミが入る。
それを無視しては立ち上がる。まだフラフラするが、まぁ大丈夫だろうと自己完結。
それじゃ、と片手をあげてドアへと向かう。
「一人で大丈夫?」
アルフォンスが頼りなさげな背中に向かって声をかける。
は顔だけこちらに向けて笑った。
「私を誰だと思ってんの? 天下の様よ? 野党の一人や二人余裕で倒せ……いでっ!」
止まって喋ればいいものを、振り返りながら歩いていたために見事壁に激突する。
思わず沈黙が流れる。
「……じゃね」
嫌な空気の中、は一言告げて部屋のドアを閉めた。
おかしい。おかしすぎる。いくら普段からおかしな行動が目立つであっても、あそこまで抜けているのはいかがなものか。疲れているにしては度が過ぎている。
そして、アルフォンスが心配しているのは野党がどうこうでは無く、が無事に家までたどり着けるのかという事だ。
「……アル」
しばし無言だったウィンリィがぽつりと呟いた。
「送って行った方が絶対安心すると思うのよね。わたし達が」
「うん……ボクも思う」
二人は目を合わせて頷き合う。
「さーん! 待ってー!」
ウィンリィがドアを開けて、何もないところで転びそうになっていたの背に声をかけた。
何で年下に心配されて送って貰わなきゃいけないんだ、とは散々文句を言ったが二人に聞き入れられる事は無く、仕方なく黙って送られる事にした。
三人が辿りついたのは中央司令部から歩いて十分程の軍の寮。二階建てで、似たような造りの建物が二棟並んでいる。曰く、他の場所にも軍所有の寮が建っているらしい。寮と言っても普通のアパートと何ら変わりは無い。
はそのうちの一つの階段を上り、一番奥の部屋へと向かうと鍵を回して開けた。
「へー。ここがさんちですかー」
の肩越しにウインリィが部屋を覗き込んで呟いた。
「意外?」
「将軍だからもっと豪華なところに住んでるのかなーって」
「こんな子供一人住むのに豪華なとこなんて必要ないでしょ」
ウィンリィの言葉にが笑う。へー、と言いながらアルフォンスも部屋の中を覗きこむ。
そんな二人を見て、は笑いながら部屋の中を親指で指した。
「あがってく?」
「いいんですか!?」
パァッとウィンリィの表情が明るくなる。そう言われるのを待っていたかのようだ。
「でも、疲れてるんじゃ……」
「ああ、別にいいよ。どーぞ」
適当に言って、自分は先に入っていく。
「お邪魔しまーす」と、ウィンリィとアルフォンスもその後に続いた。
暗かった部屋に明かりを付けると、二人はきょろきょろと珍しいものを見るかのように部屋の中を眺めだした。汚いからあんまりじっくり見ないで、とは苦笑する。そう言っても、部屋は綺麗に片付いていた。
「へー。軍の寮ってこうなってるんだー」
「一人なら結構快適そうだね」
「適当にくつろいでて。ウィンリィ、ココアとか飲む?」
「お気遣い無く!」
はコートを隣の部屋へと置きに行ったらしく、その場から消える。
とりあえずソファに座ろうかと思った時、ウィンリィはふとサイドボードの上に目を向けた。
「あ! 写真だ!」
嬉しそうに声をあげると、サイドボードに駆け寄る。その後ろをガシャガシャとアルフォンスもついて行った。
サイドボードの上に立掛けてあるコルクボード。そこに何枚もの写真が貼ってある。
ロイやヒューズ、ハボック、そしてホークアイ。と仲の良い軍人達が一緒に映っている。銀時計をこちらに見せ付けている写真。国家資格を取った時のものだろうか。
最近の写真は無いようで、映っているは全て髪も短く、顔も幼い。
「うわー。さん可愛いー!」
「こうやって見ると、って結構小さかったんだね」
「エドも伸びる日が来るかもね」
今のは、結構身長は高い方であろう。だが写真でロイと並んでいるは、今のエドワードと同じくらいの身長のようだ。と同じ身長になったエドワードを想像して、二人は顔を見合わせて笑った。
「あれ? さん! これって彼氏ですか!?」
ココアを淹れる為にお湯を沸かしているが、興奮したようなウィンリィの言葉を聞いて「はぁ?」と返事を返して振り返る。
ウィンリィは一枚の写真を、それは楽しそうな笑顔で指差していた。
「この黒い髪の人! やだもう、さんてば恋人いませんみたいな事言っておいて、この頃いたんじゃないですかー」
ウィンリィが指差す写真。
それにはと、黒髪の少年が一緒に笑って映っている。たった一枚だけ写っている黒髪の少年。
アルフォンスがハッとする。
この少年、前に見た事がある。
「ウィンリィ……その人は」
「あー? シュウの事? 彼氏じゃないよ。友達」
はめんどくさそうに言葉を返し、マグカップにお湯を注ぎだす。
「まったまたー。今も軍に居るんですか?」
ほほほ、と楽しそうにウィンリィは質問する。
本当に女ってのは恋愛話が好きだ、とは思う。
ハァ、とため息を一つ。
「いないよ。死んだから」
「え!?」
あっさりと事も無げに言い放つ。
一瞬それが事実なのかどうか判別がつかず、アルフォンスに目を向ける。事実を知っているアルフォンス。小さく頷いた。
「あ……その……ごめん、なさい……」
「いいって。もう四年も前の話だし」
マグカップを二つ持ってが近づいてきた。
ソファに座るように促して、ウィンリィの前にマグカップを一つ置く。もソファに深く座ると、ココアを一口飲んでようやく落ち着いたとばかりに深く息を吐いた。
ウィンリィは悪い事を聞いてしまったと申し訳無さそうにしながら、両手でマグカップを持って静かにそれを飲む。
それに見かねて、アルフォンスが話題提供をした。
「ってずっとここに住んでるの?」
「ちょっと前まで地方回ってたから、ほとんど帰ってこなかったけどね。二、三ヶ月に一回くらい。まぁ、父さん死んでからだから……七年は住んでるか」
ずずっとココアを飲む。
パッとウィンリィが顔を上げる。
「え? さんのお父さんって……」
「イシュヴァールの内乱でねー」
「お母さんは……?」
「私を生んですぐ病気で」
「……」
本当に……世間話でもするかのように言う人だ、とウィンリィは思う。
シュウにしても両親にしても。どうしてこうもあっさりと「死んだ」と言えるのだろう。悲しくないわけでは無いだろうに。
「あれ? ちょっと前まで地方回ってって言ってたけど。今は?」
アルフォンスが気付けば、は思いっきり眉間に皺を寄せた。
「残念な事に知らぬ間に中央司令部勤務になったんだよ。くっそー。頭固いジジイどもめッ」
「でも、そういうのって上層部が決めるんだろ? 無視で決まるなんて……」
「でしょ? 有りえないよね」
ビシッとアルフォンスを指差しては言う。
「絶対何かあるんだよなー……」
はそう呟いて目を細めた。
その表情を見て、アルフォンスは思う。
は本当に色んな表情をする。それは表情が豊かだと言えばそれまでかもしれない。でもの場合、表情どころか空気、雰囲気、全てがガラッと変わる。人が変わったように。のはまさにソレだ、と。アルフォンスはそう思った。
「ねぇ、アル」
の家からの帰り道。静かに歩いていたウィンリィが、隣のアルフォンスに呼びかけた。なに? と先を促す。
「さん……寂しそうだね」
ぽつりと、小さくそう呟く。
「お父さんもお母さんもいなくて、友達も死んで……さん1人じゃない」
まるで自分ごとのように。まるでの代わりのように。悲しそうに、ウィンリィは言う。
「私も父さんと母さん死んだけど、ばっちゃんが居て、アルもエドも居た」
「そういえば……って血の繋がってる人、誰もいないんだね」
両親が死んだウィンリィ。でも祖母が居て、幼馴染の兄弟が居た。
アルフォンスも、母は病死、父は行方不明。それでも兄のエドワードが居て、ウィンリィ達が居た。
でもには、兄弟も、両親も、誰も居ない。
「……寂しいよね」
「……うん」
自分達と然程歳は変わらないというのに……。
あの小さな部屋で、は一人で何を思って暮らしているのだろう。
重い沈黙のまま、二人は帰路につく。