37.後悔と
「そういえば、。よくここがわかったね」
夜の街を、とアルフォンスが並んで歩いていた。
いつもより歩く速度が心なしか遅いに合わせながら、アルフォンスは尋ねた。
「あー。まぁ、勘だったけど。リンにあんたらが向かった方向教えてもらってさ。その方向にある軍の研究施設といえば第三研究所だったから」
「え!? リンの事知ってるの!?」
「うん。先週……かな。行き倒れてたところ保護して集られた」
「ああ……やっぱり……」
「アルもか……」
げんなりと言うアルフォンスの腕を、慰めとばかりにポンと手で叩く。
夜風に当たってひんやりとした鎧の温度を感じながら、そういえばあの二人は何処に行ったんだろうとふと思う。近くに大総統が居たのだ。不法入国者なのだから、逃げたのかもしれない。というか、置いてきたのはなのだが。ついて来なかったのだから放っておくことにする。どうせまたそのうち会うだろう。
誰もいない公園を見つけ、が促してベンチに座る。
で? とが突然切り出した。主語も述語もあったものじゃないが、何を求めているのかは今の状況では明確だ。
アルフォンスは小さく息を吐くと話し始めた。
ロス少尉の事は聞いてるかと聞かれ、ロイに聞いたと言って頷き返す。
ロスを留置所から連れ出したのはリンとバリー・ザ・チョッパー。
アルフォンスは以前第五研究所に忍び込んだ時にバリーと接触した事があって、顔見知りだったという。その後どういうわけかホークアイ達とバリーが出会い、バリーはファルマンのアパートに隔離される事となった(更にリンやランファン達も居ついたらしいが)
ロスの件があり、そろそろ敵の方から何か動きがあるだろうと、ロイはアパートにハボック。その付近にホークアイとフュリーを置いて監視させた。
そして案の定、敵は動いた。
バリーは生きたまま肉体から魂を引きずり出され、鎧へ定着された。その“肉体”が別の魂を入れて襲ってきたのだ。バリーの肉体を率いて居たのはホムンクルス達。逃げたバリーの方をアルフォンスとロイ、ホークアイ、ハボックが追った。
第三研究所内に逃げ込んだバリーの“肉体”とそれを追うバリーの“魂”。地下で二手に分かれ、ロイとハボックがラストと戦闘。そこで大怪我を負ったという。
一方アルフォンスとホークアイはバリー達に出会ったが、後にラストがやってくる。「人柱を殺した」と、そう言って。
だが、ロイは生きていた。
背後からの奇襲。度重なる炎の練成で、ついにホムンクルスであるラストは死んだ……――
「……そっか。あの女死んだんだ」
アルフォンスの説明を黙って聞いていたがぽつりと呟いた。
自分に大きな怪我を負わせたホムンクルス。目を閉じれば、今でも不敵に笑うあの女の顔が思い浮かべる事が出来る。
そうか。ロイが殺したのか。
ふぅ……と息を吐く。まるで仇討ちしてもらったようだ。
これでいくらかわかった事がある。
ロイ達が中央に来てからファルマンを見かけていなかったり、ハボックによってはぐらかされた行動。全てこの事だったのだ。
恐らくロイがにも知られないようにと念を押していたのだろう。どうせまた無茶をするから、と。そう考えて、は俯く。
はロイ達が無茶しないように、と。そう思って知ってる情報を何一つ教えなかった。
ロイ達もに無茶させないように、と。事を内密に運んだ。
ここで大きな食い違いが生じて居たのだ。
「……私のせいだ」
しばらく沈黙が続いたが、が唐突にそう言った。
え? とアルフォンスが聞き返す。
「ロイと少尉が大怪我したのも。アルと中尉が危ない目にあったのも。全部私のせいだ」
俯いたまま、ぼそぼそと隣のアルフォンスにしか聞こえない程度の声で喋る。
「なんで。は関係無……」
「私、知ってた。ホムンクルス達の事」
「え!?」
ガシャンと鎧が鳴る。
まさかが知っているとは。予想もしなかった。
は続ける。
「能力も、ホムンクルスだって事も……マースの事件の犯人だって事も、ロス少尉を犯人に仕立て上げたって事も」
「……もしかして、この間の大怪我って……」
は答えない。
無言は、肯定。
「何で言わなかったのさ!」
思わずアルフォンスが声を荒げる。
わかっていれば別の対応が出来ていたかもしれない。少しでも情報が欲しいと、エドワードやアルフォンスがどれだけ思ったか。ロイ達がどれだけ情報集めに苦労したか。そんなのにだってわかっていたはずなのに。
「巻き込みたくなかった」
アルフォンスの剣幕にも、声や話す調子を変えずには小さく言う。
「マースが死んで、ロイ、必死になってたから。犯人知ったら無茶して取り返しのつかない事になると思った」
一言一言静かに語る。
「もう、誰かが傷つくのなんて見たくない」
俯いたままのが、膝の上で両手を握る。
アルフォンスの高い身長では、上からの表情を伺う事は出来ない。一体、どんな顔で話しているというのだろう。
「……」
「……でも、甘い考えだったんだね」
その声に初めて、今までと別の色が浮かんだ。それは自分の考えの浅さに対する自嘲。
「私がロイ達に教えてれば……敵がどんな奴が伝えていれば。二人はもっと注意して動けただろうし、こんな事にはならなかった……」
自分は持っている情報を全く与えずに、彼らを危険な場所へと送り出した事に結果的に相違ない。
自分はなんて愚かなんだろう。なんて馬鹿なんだろう。
こんなにも浅はかで。こんなにも甘い考えで。先の先まで見越した考えを持てていなかった。
知らなくたって、自分で調べて動く。それがロイじゃないか。一体何年付き合っているというのだ。しかも、彼らが何かやっているというのに気付いていながらも、深く調べなかった。結局、自分は情報を持ったまま、無傷でのうのうと過ごしていた。
「私のせいだ……」
そんなの今になって言ったって仕方ない。そんな事はわかってる。
後悔だけじゃ前には進めない。わかってる。
わかっていたって。頭でわかっていたって……。
「……違うよ。のせいじゃない」
アルフォンスが静かに言う。
「でもッ」
「」
バッとアルフォンスを見上げる。
やはり泣きそうな顔をしていた。それでもやっぱり泣かないんだなぁ、と心の片隅で思いながら、アルフォンスはの肩に手を置く。
「過ぎた事を言っても仕方ないよ。二人とも命に別状無いみたいだし。それに、はそれが最善と思ったから言わなかったんだろ?」
「……」
再びが俯く。
「さっきは怒鳴ってごめん。でも、がそんな弱気でどうするんだよ。ラストが死んで、他のホムンクルス達も動いてくるかもしれない」
ね? と言うと、は間を置いてこくりと頷いた。
そして、顔をあげて少し笑った。アルフォンスが安堵の息を吐く。
「だよなー……うだうだ言ったって仕方無いんだよ」
ぶつくさと言いながら、は立ち上がり首に手を当ててコキッと音を鳴らす。
「こうしてる間にも次の事考えないと……うん。頑張らないとな」
そう言って、しっかりと前を見据える。
アルフォンスも立ち上がった。
「でも、。無茶しないでよ。ただでさえ古傷あるっていうのに……ていうか、ホムンクルスと一人で戦ったとか……」
「過去は忘れろ。私は今を生きる女よ」
「今さっきまで散々後悔して、自虐的になってたのはどこの誰だよ」
そこまで言って、とアルフォンスは顔を見合わせて笑いあう。
そして、夜の公園を二人揃って後にした。
「そういえばエドは?」
「ああ。少佐に誘拐されちゃった」
「は?」
歩きながら隣を見上げる。
「リゼンブールに行くって」
アルフォンスが答えた。
「リゼンブール……か。なるほどね」
はそれで納得した。リゼンブールは東部の田舎町だ。まさかそんなところに用があるわけではない。そこから更に東には何がある? いくつかの小さな町を通り越した先。国外にまで足を伸ばせば、クセルクセス遺跡がある。その先に大砂漠、そしてシン国がある。
「え? どういうこと?」
「少佐が内緒にしていったんなら言わない」
「はあ……うーん、でもこれだけの言葉でわかっちゃうんだもんなあ」
「私は伊達で将軍職ついてるわけじゃないの」
唸るアルフォンスに、頭をトントンと指でたたきながらは言った。上層部でやっていくには、頭はいつでもフルに回転させなければならない。だからこそは上層部に喰らいついていられる。
「ボク、ほど頭の回転速度が速い人会ったことないや」
「そりゃあどうも」
は肩を竦めた。
「お客様……中に入ってお待ちになってはいかがですか?」
エドワード達が宿泊しているホテルの前。
ドアからホテルの人間が声をかけている相手はウィンリィ。寒くなってきたこの夜に、一人階段に腰掛けてじっと待っていた。大丈夫、大丈夫、と寒さに震えながら繰り返す。
そんな時。ガシャン、ガシャンと金属の音が遠くから聞こえる。
ハッとしてウィンリィが立ち上がる。
その音はだんだんと大きくなり、暗がりの中から現れたのは。
「ア……ル」
ぼろぼろの鎧姿。
ウィンリィがずっと待っていた人物。アルフォンスだった。その横にも居た。
「えーと、ただいま」
ウィンリィの近くまで来て、アルフォンスが軽く腰をかがめた。
思わず視界がぼやけるが、ずびっと鼻をすすってウィンリィは言った。
「ばか! おかえり!」
ばかとは酷い言われようだ。
だが、この姿で帰って来ては弁解のしようも無い。
思わず苦笑いするアルフォンスに、ウィンリィもつられて笑う。
離れた所で微笑ましいその光景を見ていたも、仕方無いなといったように笑みを浮かべた。
だが、次の瞬間。
「あ」
アルフォンスの右腕がもげた。微笑ましかった空気が一瞬にして凍りつく。しかも困った事に、ホテルのスタッフはまだその場に居た。
「キャーッ!! もげたもげた!!」
「やばい元に戻んない! 兄さーん!!」
ギャーギャーと大騒ぎするアルフォンスとウィンリィ。
慌しい光景には盛大にため息をつく。
そして未だ放心状態のホテルのスタッフの下へと近づき、肩を叩く。
「驚きましたよね。彼、マジシャン志望なんですよ」
「え、ああ……そうなんです、か?」
一瞬納得したように思えたが、結局最後は疑問系。そうなんです。とはにっこりと笑顔で断言した。
相変わらずギャーギャー煩い二人の声を耳に入れながら、小さく息を吐いた。
「とりあえず……お金払うんで、何枚かシーツいただけますか?」
お願いします、と言うと従業員は頷いてホテルの中へと入っていく。
その背を見送ると、未だ騒いでいる二人に近づき「やかましい」とアルフォンスだけに蹴りを入れた。