甘い話はコーヒーと一緒に






「ふぁ~……やっぱ南は何処来ても暑いなあ……」

 汽車から降り、街を歩きながらが呟いた。
 ダブリスを後にしてから、はまっすぐ中央へは行かず、ラッシュバレーに立ち寄っていた。これといった用があったわけではなく、ただなんとなく途中下車してみただけである。
 急いで帰る理由もない。どうせまだ大総統に言われた軍に関わる事を禁じる日数は経っていない。司令部にはまだ行けない。
 駅に汽車がついてからは唐突に思い立ってホームに降りていた。
 ダブリス同様、太陽がじりじりとの白い肌に照り付けた。まだ怪我も治りきっていないため、暑いにも関わらずあまり露出はしたくないため、薄手の長袖のシャツを着ている。右腕を吊るのはやめた。最低限の動きができることはデビルズネストでわかったことだ。見るからに怪我人ですと見せて歩くのは嫌いだった。
 特に目的もない途中下車の旅だ。次の列車の時間まで、久しぶりのラッシュバレーの街を歩いて回ることにした。
 さすが機械鎧の聖地と言われるだけある。どこを見ても機械鎧、機械鎧、機械鎧。身に着けている人、展示されているそれ、スパナやドライバーを持ってハイエナのように客を探す整備士。中央とは違う活気にの顔には自然と笑みが浮かぶ。

「ガーフィールさーん! 注文してたボルト、取って来ましたー!」

 元気いっぱいの少女の声がの耳に入った。聞き覚えのある声だ。だが、何故こんなところで? ある意味ここで聞こえても間違いではないと言ってもいいのだが。は声の方へと歩いて行った。

「あら、ありがとうウィンリィちゃん。働きっぱなしでしょ? 少し休憩とっていいわよ」

 ガーフィールと呼ばれた男が答えた。やはり、である。そしてとある機械鎧の店を覗き込んだ。そこにいたのは長い金髪の髪にバンダナ姿の少女。

「ウィンリィ?」

 その背には声をかけてみた。ばっと驚いたように少女が振り返る。思った通り、エルリック兄弟の幼馴染のウィンリィだった。

「え!? さん!?」

 ウィンリィが目を丸くしたあと、満面の笑みで近づいてきた。

「お久しぶりですー! お元気でしたか?」
「もちろん。ウィンリィも元気そうだね」
「はい! でもどうしたんですか? こんなところに。街の視察とか?」
「いや、今休暇中でね。中央への帰り道にちょっと立ち寄ってみただけだよ」

 そうなんですか、とウィンリィは納得する。
 話を聞くと、ウィンリィはここに機械鎧の修行に来ているというのだという。ガーフィールという整備士は腕の立つ職人で、とても良い人だと店の奥にいる男を指しながらウィンリィが説明した。
 修行は順調かと問うと、機械鎧に内蔵できる武器の発明をしたと輝かしい笑顔で答えてくれた。

「あ! わたしこれから休憩なんです。良かったらお茶しません? 近くにおいしいクレープ屋さんあるんですよ」
「まじ!? 行く!」

 ウィンリィの誘いにが即答する。そんなこんなではガーフィールの店に荷物を置かせてもらい、ウィンリィと共に街を歩きだした。

「中央に帰るってことは、何処かに行ってたんですか?」
「うん。ちょっとダブリスの知り合いのところにね」
「ダブリス! 今ちょうどエドとアルも行ってますよ! 会いましたか?」
「うん。私の知り合いって、なんと二人の師匠だったのさ」
「ええ!?」
「私もびっくり」
「そうだったんですか。あ! あの二人、また無茶とかしてなかったですか?」

 歩きながら会話をしていたが、ウィンリィのその問いに一瞬言葉を詰まらせる。

「うん、大丈夫だったよ」

 にっこりと笑ってそう言うと、ウィンリィはほっと安堵の息をついた。
 実際のところ、無茶はしまくりだ。アルは誘拐されるわ、エドは怪我するわ機械鎧は壊すわ(これは絶対に言わない方がいいとは思った)
 ホムンクルスと戦っただなんて言ったら、ウィンリィはどんな反応をするのだろうか。きっと彼女は兄弟がどんな道を歩いているのか詳しくは知らない。言わない方がいいのだろう。
 というより、仮にグリード達と出会わなかったとしても、イズミによって既にボコボコにされている。が、それも兄弟の名誉のために言わないでおく。

「あ、ここですよ」

 あれこれ話しているうちに、ウィンリィがひとつの店の前で立ち止まる。機械鎧の店ばかり並んでいるラッシュバレーでは珍しげな可愛らしい店だ。店の外にピンクと白のパラソルのテーブル席がいくつか並んでいる。店に入ると甘い匂いが漂っていて、早速二人はクレープを注文した。

「やば、これめっちゃ美味しい!」
「でしょでしょ! ここはオススメですよ!」

 は甘い物に目がない。満面の笑みでクレープを食べているその表情さえ溶けているようだ。
 そんなをウィンリィはじっと見つめていた。視線に気付いてが首を傾げる。

「なに?」
「あ、いえ。ちょっと」

 尚も不思議そうな顔をする。ウィンリィは未だを見つめたままだ。

さん」
「んー?」

 は適当に返事をしながら、一緒に注文したコーヒーを飲み始める。少し考えるような間をあけて、ウィンリィは言った。

「彼氏いないんですか?」

 ブッ。
 唐突なその言葉に飲みかけたコーヒーをカップの中に思わず噴き出した。そしてゲホゲホと咽る。

「なっ、何を急に」
「え、聞いちゃまずかったですか?」
「いや、つーか何がどうなってそんな話題に……」
さん美人だなーと思って。いないんですか?」

 咽すぎて涙目のに対し、ウィンリィは真剣に問いかける。

「いないいない! そんなのつくってる暇無いし」
「あー、そうですよね。将軍って忙しいそうですからねー」

 そっかぁ、と納得しながらクレープを食べるのを再開するウィンリィ。そうそう、と頷きながらは気を取り直してコーヒーを飲もうとしていた。

「じゃあ、好きな人はいないんですか?」

 ブッ。
 再びコーヒーを噴き出した。

「い・ま・せ・ん」

 ものすごく引きつった笑顔ではウィンリィに言った。
 だが、それで怯むような彼女ではない。

「えー? でも中央にならかっこいい人いそうじゃないですか。隠したって無駄ですよ。さあ!」
「いないっつーに……」

 さあ! と言われても言うものが無いとどうしようもない。そんな体験は皆無に等しい。身近な男たちは恋愛対象になんてなってはいない。
 キラキラと目を輝かせ、向かい側の席から身を乗り出して問い詰められようとも、いないものはいないのだ。

「じゃあ、好きなタイプは? こんな人ならいいかなーみたいな!」
「え……いや……」

 今日のこの子は一体どうしてしまったのだろう。顔を近づけてくるウィンリィから少しずつ引いていく
 ウィンリィとはエリシアの誕生日にヒューズの家で会っただけだが、その時彼女はこんな性格だっただろうか? むしろ、こちらが素か?
 そして、こんなに言いくるめられている自体も希少であった。普段は逆の立場にいるだ、自身も戸惑っていた。

「さあ! どうなんですか!」
「えー……っと……とりあえず……私を自由にしといてくれる人が……いいかな……なんて……」

 ぼそぼそとが喋りだした。言いながら思う。何を話しているんだ、自分は。
 そんなとは裏腹に、ウィンリィは楽しそうに両手をパンと叩いた。

「あー! それいい! 束縛されたくないタイプなんですね! で、他には?」
「ええ? ……じゃあ、私が好きになった人がタイプってことで」
「えー?」
「いや、ブーイングすんなよ」
「じゃあ、今までに誰かと付き合ったことは?」
「ないってば……」
「ないんですかあ!? ったく、中央の男たちはどこに目をつけてるのよ! こーんな美人がいるってのに!」

 他人の事なのになぜか腹を立て始めるウィンリィに、は乾いた笑みを浮かべるしかない。
 そういえば女の子はこのての話が好きだっけ、とは今更ながらに思った。
 噂話、人の恋バナ。事務のお姉さんたちも仕事中によく話していたような気がする。は通りがかりに聞いただけで、その話題に混じった事はもちろんない。
 だが、軍務に当たっている女性たちはそのような話は皆無と言っていいほどしない。ホークアイが一度でも他人の恋バナを自分からしただろうか? まずありえない。
 そんな中に、しかも幼い頃からそこで育ってきたに、女の子と恋の話をしたりなんて全く経験のないことだった。
 だからこんなに動揺しているのか自分、と何だかは自分で自分が可笑しくなってきた。

「で、ウィンリィはどうなのよ」」
「え? わたしですか?」
「そう。ウィンリィの理想はどんな人?」

 フフフと反撃とばかりに笑みを浮かべるが、いっぱいいっぱいのの表情は引きつっている。
 ウィンリィは笑顔を浮かべた。

「とりあえず、わたしより背の高い人で」

 どんまいエド。
 笑顔で平然と言い切ったウィンリィを見て、は即座にエドワードに同情した。

「なんでまた……背低くちゃだめなの?」
「だめですよ! 前に見た映画で、女の人が男の人にうーんと背伸びしてキスしたんです! もう、わたしそれに憧れちゃって!」

 もうただの夢見る乙女だ。さいですか……と力なく返事をすると、は話しとは反対に全然甘くないブラックコーヒーを飲みほした。
 結婚式は真っ白なドレスを着たいとか、夫と子供と機械鎧に囲まれて幸せに暮らしたいとかとか――。
 それから延々一時間、ウィンリィの話は止まらなかった。