将官の少女





 エドワード達がリゼンブールに滞在して三日が経った。
 機械鎧技師であり幼馴染のウィンリィと、その祖母のピナコの手により、失ってしまった右腕の機械鎧の新規製作、そして左足の機械鎧も調整を行い、ようやく元通り両手足を自在に動かせるようになったところだった。
 両手が揃ったことでアルフォンスの壊れた鎧も錬成して元に戻し、機械鎧の動作確認も兼ねて数時間、アームストロングも交えて組手を行った。そうして帰って来たエドワードの作ったばかりの機械鎧が泥だらけになっているのを見て、ウィンリィが眩暈を感じたのがつい先程のこと。

「オレ達の師匠が『精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ』ってんでさ。こうやって日頃から鍛えておかないとならない訳よ」

 夕食を食べながら、エドワードが言った。

「それでヒマさえあれば組手やってんの? そりゃ機械鎧もすぐ壊れるわよ」

 ウィンリィは呆れた顔でエドワードを見てため息をついた。彼女が丹精込めて作成した最高級機械鎧が跡形も無くなっているのを見て、力の限りスパナで殴ったのはつい三日前だ。

「まぁ、こっちは儲かっていいけどねぇ」

 そう言ってカラカラと笑うのはピナコである。
 同意するように、アームストロングが頷いた。

「ふむ。しかし、正論であるな。健全な精神は鍛え抜かれた美しき肉体に宿るというもの。見よ! 我輩の
「アル、そこのソース取って」
「はーい」

 突然シャツを脱ぎ捨てて自身の肉体を披露するアームストロングの姿は、兄弟の視界には入っていなかった。

「そういえば、の体術もすごかったよね」

 ソースを取ってエドワードに渡しながら、アルフォンスが言った。
 イーストシティでスカーを相手にしていた時のことだ。彼女は錬金術や拳銃も使っていたが、それと同時にスカーと渡り合える程の見事な体術を見せていた。エドワードも思い出したのか、ああ、と頷く。

「伊達に将軍職にいるわけじゃないってことかね」

 そう言いながら、ソースを受け取る。
 そんな兄弟の会話に、ウィンリィが首を傾げた。

って?」
っていう、ボクらよりちょっと年上の少将の女の子だよ。イーストシティで会ったんだ」

 まだ会ったことのない幼馴染へ、アルフォンスが説明する。

「ちょっと年上って……まだ十代ってこと?」
「17って言ってたっけ?」
「ああ」

 最初に会った時はその年齢を聞いて驚いたものだが、言動は確かに年相応と言える。だが、やはり自分達のように、否、恐らく自分達以上に戦い慣れしていた。そして改めて、彼女がまだ17歳の少女と言える年齢であることに驚かざるを得ないのだ。

「でも少将って、かなり偉い人なんじゃないの?」
「まあ、上から数えた方が早いよな。何てったって将軍様だし」

 ウィンリィの問いにエドワードが答える。
 軍隊には、上から順に将官、佐官、尉官という士官や将校と呼ばれる階級があり、その下に、准士官、そして下士官、兵という階級が続いている。軍人の大多数は下士官または兵に属している。少将であるは、その内の将官に位置づけられる。
 ウィンリィは、はあ、と驚きの声を吐き出すことしかできない。エルリック兄弟と共にやってきたアームストロングの階級は少佐だ。この大人の男性よりも、自分達に年齢の近い少女の方が階級が高いとは、一体どんな人物なのか想像も出来ない。

も日々鍛えておるからな。セントラルにいる時は我輩もよく手合わせに付き合っておる」

 脱ぎ捨てたシャツを着なおしながら、アームストロングが言った。

「うええ……少佐と……?」
「あー、でもそう考えると納得の強さ……」

 つい先程アームストロングとも組手をした身としては、頻繁に彼と手合わせをしているという言葉だけである程度納得はできる。アームストロングは片腕でアルフォンスを担げる程の腕力を持っているのだ。そんな人物とまともに格闘できるのであれば、相当な腕前なのだろう。

「ていうか、軍人ってそんな子供でも入れるものなの? 学校とかあるんでしょ?」

 ウィンリィが問う。
 軍には各地域に士官学校があり、その学校を卒業した者が軍への入隊を許可される。士官学校への入学も、勿論年齢制限だってあるはずだ。

は大総統から特例で軍への入隊を許可されたそうだ。確か軍に所属したのは10歳の時だったはず」
「10歳ィ!? ただのガキじゃねーか!」

 アームストロングの回答に、エドワードがぎょっとする。

「12歳で国家資格取った兄さんと大して変わらないじゃんか」
「オレのはただの国家資格! あいつは仕事だろ! 軍人!」

 やれやれと息を吐くアルフォンスにエドワードは反論する。
 国家錬金術師の資格受験に年齢制限はない。職業軍人になるのとは話が別だ。

「つーか、少佐や他の軍人達、あんな子供が上司で腹立ったりしねえのかよ」

 アルフォンスに向けていた顔を逆側へと向け、エドワードは眉を寄せて問いかける。
 もし、自分より年下の上司なんていようものなら、自分だったら到底耐えられないとエドワードは思う。

「うむ……我輩は何も思ってはいないが……確かに彼女の敵が少ないとは、決して言えぬな……」

 言葉を濁しながら、アームストロングは答える。

「あー、やっぱり……」
「あいつ能天気そうだから、全然気にして無さそうだけどな」

 心配そうに言うアルフォンスに対して、エドワードはふんと鼻を鳴らした。

「普段のしか見ていなければ、そう思うのも無理は無い」

 エドワードの反応に、アームストロングは首を振った。

「だが実際、彼女は年齢に見合わない実力を持っているのだ。体術や錬金術等の戦闘能力に加え、判断力、指揮力……長年軍に勤めている大人達に引けを取らないどころか、秀でる程の能力を身に付けている。異例の昇進速度ではあったが、少将という地位は確かなものだ」
「ふーん」

 エドワードは相槌を打ちながら、確かにタッカーの事件後の様子や、スカーと対峙していた時の様子を思い出してみれば、それなりに軍人らしい姿ではあったかもしれないとも思う。

「だから、少佐は特に気にしてないってことなんですね」
「うむ。東方司令部の者達を見たであろう? 確かに敵は多いが、決して慕う者が少ないわけではない」

 アルフォンスの問いに、アームストロングは笑みを浮かべて頷いた。

「東方司令部の人達と仲良さそうだったもんね」
「大佐とは仲良すぎっつーか、好きな事言い放題だったな」

 トレインジャック後の駅での様子や、その後の執務室の様子を見ても、はロイに言いたい放題だった。階級が上とはいえ、10歳は年齢が優に離れているであろうにも関わらず、まるで近しい友人のようにも見えた。

「マスタング大佐とヒューズ中佐との三人は、が軍に入る前からの付き合いと聞いている。幼い頃からの付き合い故、あの二人にとっては妹のような存在なのであろう」
は二人のこと兄貴だとこれっぽっちも思って無さそうだったけどな」

 特に大佐、とエドワードは付け加える。

「そういえば、少佐ものこと名前で呼んでますけど、それ怒られないんですか?」

 アルフォンスが問う。
 東方司令部の人間にも数人、彼女を名前で呼ぶ人間がいた。いくつも階級が上の将軍である人物に対して、随分とフランクな付き合い方をしている。

「む……中央で他の者がいる時には階級付けで呼んでおるがな……が我輩より階級が下だった時からの付き合い故に、今も名前で呼んでおる。にも下手に扱いを変えるなと怒られてな……」

 頭を掻きながらアームストロングは困ったように言った。
 恐らくはロイとヒューズ以外の東方司令部の人間達も、数名はそういう理由で彼女を名前で呼び続けているのだろうと、二人はその話を聞いて納得をする。

「軍のことはよくわからんが、そういうこところがその子の慕われる所以なんだろう」

 黙って話を聞いていたピナコが笑いながら言った。
 確かに、敵が多いとアームストロングは言ったが、東方司令部ではそんな様子はまったく見られなかった。司令官がロイというの身近な存在である事も理由かもしれないが、彼女自身の人柄のお陰なのかもしれない。

「軍人さんってお堅い人や男の人が多いんだと思ってたけど、そんな女の子もいるのねー」
「あちこちの支部回ってるみたいだから、次はいつ会うかわかんねえけどな」

 目を丸くして聞いていたウィンリィが感想を述べると、エドワードはテーブルに頬杖をつきながら答えた。行儀悪いよ兄さん、という弟の言葉は無視した。
 次はニューオプティンに行くと言っていた。イーストシティにいた日数を考えても、そう長く滞在しているわけではないだろう。
 自分達はこれから賢者の石の情報を求めてセントラルへ向かう。機械鎧も直ったため、明日にでも旅立つ予定だ。
 今度はいつ彼女に会うことになるのやら。今まで一度も会わなかったことを考えても、しばらく会うことは無いだろうとエドワードは思う。


 しかし、その思惑ははずれ、一月も経たぬうちに再会することになるとは、まだエドワードもアルフォンスも思いはしなかった。