73.拳を合わせて










 アメストリス国全土を巻き込んだホムンクルス達の騒動から二年が経った。
 中央司令部は再建され、新たな大総統には元東方司令部のグラマン中将が就いた。ロイはホークアイや部下達と共に東へと戻り、新たなイシュヴァール政策を行っている。
 そしては――

さーん! お客様ですよー!」

 レインがにこにこしながら声をかけてきた。

「客? 誰?」
「エドワードくんです。元鋼の錬金術師の」

 そうして久しぶりの顔が部屋へと入って来る。

「どうだい調子は。西方司令部司令官さんよ」

 にっと笑ってエドワードが問う。
 前よりも何倍も広くなった執務室の机で、両手を組んで、はため息をついた。

「前みたいに上手くさぼることができなくて面倒極まりないわ」
「オイ」

 エドワードが呆れた目を向けた。
 が椅子に深く座る。

「まあ、クレタとの国境いざこざもあるし。暇より多少忙しい方が性に合ってるから、やる事欠かなくていいけどね」
「そっか」

 息を吐くに、エドワードも笑みを返した。

「で? 何かあちこちに挨拶周りしてるって噂だけ聞いてて、エドもアルもさっぱり顔見せに来やしないと思ってたんだけど。まさか私が一番最後とか?」

 机に頬杖をついて、が問う。ぎくりとエドワードが表情を変えた。

「うっ……! いや、まあ……そのまさか……だけど……」
「へー? ほー?」
「ちょうど西に行こうと思ってたから、その途中で寄るのが一番いいと思ったんだよ……あとついでに国境越えの許可証発行とかしてくれねーかなあとか……」
「西?」

 が頬杖をやめて問いかける。

「ああ。クレタの方に行こうと思ってる」

 エドワードが頷いた。

「クレタだけじゃない。西の方の国を周って、この国には無い、新しい錬金術の知識を手に入れてくる。オレは西。アルは東、とりあえずシンのメイのところ行くっつってた」
「でも、あんた錬金術使えなくなったって言ってなかった? 勉強してどうするの」

 エドワードは二年前、アルフォンスを取り戻した。
 代価にしたのは、エドワードの『錬金術を使う力』だ。エドワードが言うには、それが『扉』だった。『扉』は誰の内にもあるもので、それは誰もが『錬金術を使う力』を持っていると同意であった。それを使うか使わないかは人それぞれ。
 エドワードはそうしてアルフォンスを取り戻し、自身は錬金術の使えないただの人間へとなった。

「別にオレだけのために勉強するわけじゃねえよ」

 そう言って、エドワードは俯いた。

「……ニーナのことが、今でも忘れられないんだ」

 も眉を寄せる。
 ニーナの事件。タッカー邸で行われた人間と動物との合成獣を元に戻す術を、自分達は持ってはいなかった。そんな技術も、知識もなかった。そして、未だその方法はわからないままだ。

「シンの錬丹術みたいに、錬金術にはまだまだ可能性がある。他の国にも行って、たくさんの技術や知識を身につけて、そうしてオレとアルが持ち帰って来たものを合わせれば……もしかしたら、ニーナみたいな子を助けてあげられる方法がわかるかもしれない」

 そして拳を握る。

「今になって、死んだニーナの事を助けてやることはできない。でも、もう二度とあんなことが起こらないように。ニーナみたいな子を助けてやれるように。オレ達はもっともっと錬金術について研究がしたい」

 真っ直ぐにを見つめる。その目は二年前から変わることがない。
 が深く呆れたようにため息をついた。

「ったく。あんた、ホント全然変わんないねえ」
「なっ! 背は伸びたぞ! お前に見下ろされることも無くなったんだからな!」
「違う違う、そうじゃないよ」

 はひらひらと右手を振り、そのままその手でまた頬杖をついた。

「人は何もせずに一定を保っていることはできない。常に上を目指し続けることでようやく一定、そして上昇を続けることができる」

 は口元に笑みを浮かべる。

「思考の停止は人類進歩の停止だ。あんたは根っからの錬金術師だよ。鋼の錬金術師」
「流水の錬金術師殿にそう言ってもらえるとは、光栄だね」

 エドワードが笑みを浮かべて返す。
 そしてはにっこりと笑顔を浮かべた。

「で。その話したってことは、面白い技術情報手に入ったら私にも教えてくれるってことだよね?」
「ゲッ。やっぱりそう来たか」

 エドワードが顔を顰める。

「当たり前でしょ? その間、アメストリスの錬金術についても新しいことわかったら教えてあげるからさ」
「アメストリスの?」

 うん、とは頷く。

「この国の錬金術を、一から調べ直そうと思ってる。ホムンクルスによって確立された錬金術だけど、洗いざらい調べなおせば、見落としていた何かや、新しいことがわかるかもしれない」

 この国はホムンクルスによって造られたが、それでもたくさんの錬金術師がいた。約三百五十年。その間の錬金術を小さな文献から調べ直せば、隠れていた何かがわかるかもしれない。可能性がゼロではない限り、やる意味はあるに違いない。

「今は西の再建のためにここにいるけど、落ち着いたら中央に戻すようにグラマンじいさんには言ってある」
「へえ。じゃあ、オレが帰って来る頃には、もう西にはいないかもしれないのか」
「そうだね。ていうか、どのくらい行くつもりなの?」
「さあてね。満足するまでかな」
「じゃあ、しばらく帰って来ないね」
「よくわかってんじゃねえか」

 お互いに笑顔を向ける。それは互いを信頼し続けた笑みだ。互いを励まし合った笑みだ。
 立場も状況も変わったが、二人が友人で仲間であることに変わりはない。

「とりあえず、許可証は書いてあげるけど。西行くってんなら、国際問題だけ起こさないでよね。私が中央に戻るの遅くなるから」
「オレのこと何だと思ってんだよ!!」

 あはは、とが笑う。

「気をつけて行っといで」
「おう!」

 伸ばされた拳に、拳をごつんと合わせた。