72.最後の錬成
「削れ削れ!!」
聞き慣れた声が聞こえて、は目を向けた。
「行きます!!」
グレネードランチャーを構えて撃っているのはレインだ。その脇で、通信機を持ってリッドが指示を送っている。
は口元に笑みを浮かべる。部下達は大きな怪我もなく、戦闘に加わっていた。
「これは、かっこ悪いところ見せられないなあ!!」
上空に氷の小さな塊を大量に作る。それはやがて大きな雲へと変わる。氷同士がぶつかり合い、静電気が発生する。
「落ちろ!!」
静電気は雷となり、空気を裂くような音をさせてホムンクルスの頭上に落ちた。
兵士達が撃ち続ける。ランファンが、合成獣たちが、攻撃を仕掛ける。
ロイがホークアイのサポートの元、炎を放つ。真理を見てしまったため、両手合わせの錬成が出来るようになっていた。
ロイの炎を包むように、イズミの錬成で地面が隆起する。そうしてホムンクルスを蒸し焼きにしようとする。
バキン、と隆起した地面が破壊され、炎が漏れた。
「あの防壁をなんとかせねば……!」
「弾が足りん!! もっと持って来い!!」
攻撃音は止まない。
「無駄だ。人間ごときでは、私に指一本触れる事はできん」
「人間がダメならホムンクルスはどうだ!!」
煙の中からグリードが飛び出した。
「ぬぉらっ!!」
グリードが殴りかかる。拳はホムンクルスの頭部に当たった。
グリードの拳は、ホムンクルスに飲みこまれていた。
「いい所に来たなグリード。親孝行な息子よ」
ホムンクルスが笑う。
「ちょうど賢者の石が欲しかったところだ。貰い受けるぞ」
ずぶずぶとホムンクルスがグリードの賢者の石を奪い取ろうとする。
「なんつってな! 賢者の石を欲しがってるなら、俺と接触するために防御を一旦解くだろうと思ってよ!!」
ホムンクルスの背後にエドワードが迫っていた。
パァン、とエドワードの拳が弾かれるのと、グリードが離れるのは同時だった。ノーモーション錬成で防御を作り、エドワードの拳をガードする。
バチバチと錬成光が走る。
その時、エドワードの右腕が壊れた。
「エド!!」
が叫ぶ。
エドワードが弾かれながらも、諦めずにホムンクルスに向かって足を振り上げ蹴りを入れた。
ホムンクルスはそれを素手で受け止めた。
「素手で受け止めた」
が呟く。
「奴の現界だ!!」
ホーエンハイムが叫んだ。
「あいつはもう神とやらを押え込んでいられない!!」
ドスン、と皆が吹き飛ぶ程の大きな衝撃波があった。も吹き飛ばされ、受け身を取る間もなく地面に叩きつけられた。
「石……賢者の石……」
ふらりと立ち上がったホムンクルスは、近くにいたエドワードに目を付けた。エドワードはコンクリートの鉄筋に腕が刺さり、身動きできない状態だった。右腕はない。刺さった鉄筋を抜く腕がない。
そんなエドワードの元へホムンクルスはじわじわと近づいていく。
エドワードの失われた右腕の部分に、メイが使っている刃が刺さった。メイは壊れすぎて身動きの取れなくなったアルフォンスと共にいた。アルフォンスが両手を合わせようとする。
「勝てよ、兄さん」
そう、一言だけ言った。
「やめろ――っ!!!」
エドワードが叫ぶ。
パン、と両手が合わさった。
錬成光が光る。
次の瞬間――エドワードに、生身の右腕が戻っていた。
「バッ……カ、野郎―――ッ!!!」
エドワードが“両手”を合わせた。
地面が隆起し、ホムンクルスを攻撃する。エドワードは鉄筋を抜くと、次々に錬成をした。ホムンクルスはもう防御する余裕がないのだろう、攻撃をすべて受けていた。
「効いてる……」
「いける……」
誰かが呟いた。
「行け――!! 小僧――っ!!」
「やったれチビ助!!」
「エドワード君!!」
「エドワード・エルリック!!」
「エド!!」
「エドワードさン!!」
友が叫ぶ。
成り行きで一緒になった人達が叫ぶ。
司令部にいる皆が叫ぶ。
シンの者達が叫ぶ。
仲間たちが叫ぶ――
「行け、エド――ッ!!」
そして、が叫んだ。
「立てよ、ド三流」
膝をついたホムンクルスに向かって、エドワードが言う。
「オレ達とおまえとの、格の違いってやつを見せてやる!!!」
エドワードが殴る。殴る。殴る。
錬金術など関係ない。素手で、エドワードはホムンクルスを殴り続けた。
ホムンクルスが口元を手で押さえた。
「……おさえ、ら、れん」
めきめきと体が膨張していく。そして、それを一気に吐き出した。
再び衝撃波が襲い、エドワードは弾き飛ばされる。
ホムンクルスはグリードに襲い掛かった。その腹に拳を叩きこんだ。
「石をよこせ……」
「うお、」
だが、バキン、とホムンクルスの腕が硬化を始めた。
「!!」
「来い!! ランファン!!」
その声はグリードではなくリンのものだった。
ランファンが駆け寄り、ホムンクルスの腕を叩き切った。
グリードの賢者の石を取り込んだホムンクルスの体が、炭化能力でボロ炭へと変わって崩れていく。
「グリィィィィド!!! なぜ父に逆らう!!!」
ホムンクルスが膝をつく。体が崩れていく。
「小賢しい!! 消えよグリード!!!」
ブチィ、と音がした。ふわりと消えていく黒い影があった。
エドワードがホムンクルスの懐に駆け込んだ。そして、その胸を殴り、穴を開けた。
「クセルクセスの皆を解放しろ」
胸の穴はもはや修復されない。
「そして、生まれた場所へ帰れ。フラスコの中の小人」
胸から黒い腕が大量に現れた。それはホムンクルスを掴んで胸の穴の中へ引きこもうとしていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!]
断末魔と共に、ホムンクルスはだんだんと収束され、そしてバキンという音と共に姿を消した。
静まり返っていた。勝利の声は聞こえない。
勝利したのに、誰もまだ喜んではいなかった。
「アルが、戻って来てない……」
が歩いて近づいた。
アルフォンスは自分の魂を代価に、エドワードの持って行かれた右腕を取り戻した。アルフォンスは全てを持って行かれてしまった。壊れた鎧は動かない。
「ごめ……なさイ。ごめんなさイ……」
メイが泣いている。
「おまえのせいじゃない。アルの判断だ」
エドワードが言う。
「エド! 『通行料』ならあル!」
リンが小さな瓶を見せた。中には赤い液体が入っている。
「使エ! 賢者の石ダ! これでアルを取り戻セ!」
エドワードはそれを見て、拳を地面へとつけた。
「……ダメだ。オレ達の身体を取り戻すのに、賢者の石は使わないとアルと約束した……!!」
アームストロングが泣いていた。
かつて、エドワードはアルフォンスの魂を引っ張り出すために右腕を犠牲にした。魂しか引っ張り出せなかったのである。アルフォンス一人分を引っ張り出すとなると、どれほどの通行料がかかるだろう。
も考えた。考えたけれど、こんな時に何も思い浮かぶものはなかった。
「将軍!」
「さん!」
「リッド、レイン」
二人の部下が駆け寄って来た。
「もしかして、アルフォンスくんが……」
「うん……」
が二人と共に目を向ける。
何を通行料にアルフォンスを取り戻せばいいのか、わからなかった。
「エドワード」
イズミに肩を借りて、ホーエンハイムが歩いて来た。
「俺の命を使って……アルフォンスを取り戻せ。ちょうどひとり分残ってる」
エドワードが目を見開いた。
「バカ野郎……そんな事できる訳ないだろ!! オレ達兄弟が身体を無くしたのはオレ達のせいだ!! アルを取り戻すのに人の命は使わねぇって散々言ってるだろうが!! だいたい、なんでてめぇが命を懸ける必要がある!!」
「父親だからだよ。必要とか理屈とかじゃないんだ。おまえ達が何より大事なんだ。幸せになってほしいんだ」
ホーエンハイムは静かに言った。
「二人ぼっちになって寂しくてトリシャを甦らせようとした。おまえ達の身体がそうなってしまったのは、放ったらかしにしてた俺のせいでもある。……すまなかった」
「……」
「俺はもう十分生きた。最期くらい、父親らしい事をさせてくれ」
エドワードは両拳を握った。
「バカ言ってんじゃねぇよクソ親父!!」
エドワードが叫ぶ。
「二度とそんな事言うな!! はったおすぞ!!」
エドワードは泣いていた。
「……はは。やっと親父と呼んでもらえた」
ホーエンハイムが笑った。
エドワードが涙を拭う。
「メイ……アルのためにこんなに泣いてくれるのか」
メイを見て言う。
「ゴリさん、ザンパノ。合成獣のおっさん達は巻き込まれただけなのに最後まで付き合ってくれた。ブリッグズのみんな、厳しいけど頼りになったな……」
エドワードが周囲を見渡しながら言う。
「少佐はまた泣いてら」
エドワードが少しだけ笑った。
「リンとランファン……自分の国の事もあるのに、賢者の石を使えだなんてお人良しすぎる」
リンとランファンがまっすぐにエドワードを見つめていた。
「師匠にはよく叱られたなあ……」
イズミはホーエンハイムに肩を貸している。
「大佐と中尉……それから、グラクシー少尉、ハインド准尉」
そうしてエドワードがこちらを向いた。
「」
目を合わせ、エドワードは一度俯き、顔を上げた。そして拳を握る。
「メイ。ちょっと離れてろ」
エドワードは木の棒を握ると、地面にガリガリと円を描き始めた。
「これは……」
「人体錬成の陣!?」
木の棒を放り投げ、エドワードが両手を上げる。
「ちょっと行ってくるわ」
そして、エドワードは両手を合わせた。
「鋼の錬金術師、最後の錬成にな!!」