71.流水の錬金術師
ゆめをみた。
私を生んだ母がいた。
私を育てた父がいた。
私を可愛がってくれた兄たちがいた。
私と共に歩んでくれた友たちがいた。
あれ
だれか、わすれている
「うっ……」
は目を覚ました。嘔吐感があり、勢いよく身体を起こしてその場に吐き出した。全部血だった。手で口元を押さえる。やけに、身体がすっきりしている気がした。
「わたし……たしか、死ん……」
周囲を見渡し、すぐ横で瓦礫を背に座り込んでいる姿を見つけた。
「ジュデッカ?」
「……調子はどうだ」
か細い声でそう問われた。
はすぐに気が付いた。
「……私を助けるために、石を使ったの」
「ああ……全部構築し直した」
ジュデッカは頷く。
「頭から、足の先まで、全部、再構築した。腹の傷も消えた」
「私の中の石は……」
「もう無い」
そう言ってジュデッカは口元に笑みを浮かべる。
「おめでとう……これでお前は、全うな人間だ」
以前、ホーエンハイムは言った。
頭から足の先まで全部を完全な状態に作り直す。心臓は正常に機能し、脳細胞も綺麗に整い、障害は何も残らないようにすれば、賢者の石のサポートも不要になると。そして、それを行うためには賢者の石が必要になると。
だからジュデッカは、自身の内にある賢者の石を利用した。
「っ……」
はジュデッカに近づき、胸倉を掴んだ。
「それで! あんたが死んだらどうすんの! 父親を裏切ってこの国守るんでしょ!? ほら、立って!!」
「無茶言いやがる……」
ジュデッカは力無く、胸倉を掴むの手を掴んだ。
「おまえに全部任せる。俺の分まで、ぶん殴って来てくれ」
ジュデッカは言う。
ずるり、との手を掴む手が緩む。
「頼んだぜ…………」
そして、手は床へと落ちた。
「……ジュデッカ」
が呼びかける。
「ねえってば」
返事はない。
「なに死んでんの」
返事はない。
「ねえ」
返事は、ない。
「……なにさ……今まで人の名前まったく呼ばなかったくせに……こんな時ばっかり」
じわりと滲んだ視界を、目を瞑って頭を振って無かった事にする。
そしてまっすぐにジュデッカを睨みつける。
「……満足そうな顔で死にやがって」
胸倉を掴んだままだった手を下した。少し傾いた体を支えて、床に横たわらせた。
は立ち上がると、両手で自分の両頬を思いっきり叩いた。
頭がすっきりしている。身体の調子もいい。すべてジュデッカのおかげだ。
「あとでシュウと一緒に墓でも作ってやるから、そこで寝てろ、馬鹿ジュデッカ」
はそう言い残すと、地上を見上げた。
***
「む! !」
「!」
「少佐! 中尉!」
氷を使って地上へ向かって上っていると、途中でアームストロングとホークアイに出会った。
「だと!?」
ロイがホークアイと共に立っていた。
「ロイも無事で……ゲッ!!」
「!!」
オリヴィエがいた。右腕を吊っている。お互いに嫌そうな顔を向け合った。
「、無事なのか!? そこにいるのか!?」
ふらふらと手を伸ばしてくるロイにため息をつき、その手を取った。
「ほら、生きてるよ。ここにいる」
そのままぐいと腕を引かれる。そしてその両腕の中に収まった。
「良かった……っ」
「……心配かけた」
は文句も言わず抱きしめられたままでいた。
「おい、あいつはどうした」
グリードが聞いて来る。は何も言わず、ただロイの腕から離れた。
「それより、早く上に行こう。あのホムンクルスをどうにかしないと」
「……まあ、そうだな」
グリードは察したようだった。
「さあ。普通の人間はここで降りな」
グリードが言う。
「さ、閣下。ここで降りましょう」
「なに?」
オリヴィエが眉を寄せた。
「上でまだ闘ってる奴がいるのだぞ! 私が指揮を執る!」
「閣下!」
部下が通信機をオリヴィエに渡す。
恐らくブリッグズの部下から何かを聞かされたのだろう。オリヴィエは通信機を部下へと返した。
「アレックス! 通信機を持って行け」
部下が背負っていた通信機を下してアームストロングへと渡す。
「必ず勝て!」
「言われずとも!」
「お前も役に立たなかったら承知せんぞ!」
「誰に向かって言ってるんですか」
がフンと顔を背けた。盛大な舌打ちが耳に届いた。
「よし、行くぞ」
ロイがホークアイを連れて言った。
「おいおいケガ人は置いてけっつったろ」
グリードが眉を寄せる。
「奴の賢者の石を使い切らさなければならんのだろう? 私の力と、それを使うために中尉が必要だ」
ホークアイの肩を抱き、ロイが言う。
「おま……」
「行くゾ」
「おう、早く行こうぜ」
ランファンと合成獣の二人が言った。
「行きますぞ! ぬん!!」
アームストロングの錬金術で、地上に向かって高く上って行く。
上りきると同時、は真っ先に地上に降り立った。周囲の状況を確認する。
「司令部が……!」
司令部が半分吹き飛んでいた。ホムンクルスの攻撃によるものだろうことはすぐにわかった。
は走り出す。
両手を合わせ、氷の槍を作り出す。
「せーのっ!!」
それを思いっきり投げた。背後からの攻撃。背後まで護りがついており、槍はホムンクルスに届く前に壊れてしまった。
ホムンクルスが振り向いた。
「今のジュデッカの分ね」
そう言うと、は右手を上に掲げた。
「そんで!」
上空に集まった巨大な水の塊が、氷の刃に変わる。冷気が漂い、の口から白い息が漏れた。
「これが私の分!!」
巨大な氷の刃を頭上から落とした。氷の塊は先程と同じようにホムンクルスに届く前に砕け散った。
ホムンクルスは身動きしなかったが、驚いた表情をしていた。
「その顔、私が元気な事に驚いてるな?」
「・……ジュデッカの奴、そこまで……」
ぐいと腕を伸ばし、首を左右に振る。
「あー、身体の調子が良いって素晴らしいね。良き良き」
こきこきと首を鳴らして、は満足したように笑みを浮かべた。
身体の調子はすこぶる良い。スカーのお陰で錬成も容易に出来るようになった。
「覚悟しなさい。今の私は……強いよ?」
冷気が漂い、が白い息を吐いた。