70.錬金術










「何が、どうなったの……?」
「この国の錬金術が本来の力で働いていないことを、誰かが気が付いたんだ」

 ジュデッカが言う。

「本来の、力……?」

 この国の錬金術は約三百五十年前に確立していた。
 力の源は地殻運動のエネルギーと言われており、東の賢者がこの国に持ち込んだ方程式で何の問題もなく発動し、人々に恩恵をもたらして来た。
 だが、本当のところは、それは間違いだった。

「この国の錬金術は、親父殿……つまり、ホムンクルスが国中に張り巡らせた賢者の石によって発動していたんだ」
「……もしかして、メイがずっと言ってた、地下を人が這いずっているような感覚って……」

 ジュデッカは頷く。
 まさしく、地下を人の魂が這いずり回っていたのである。その力で、アメストリスの錬金術師は錬金術を行って来た。そして研究してきた。
 スカーが間違いであると気が付いたということだろうか。スカーが錬成陣を発動させ、その賢者の石の力を取り除いたというのは確かなようだ。恐らくは、これで正しく地殻エネルギーを使えるようになったのだろう。
 試そうと思っても、の体は思うように動いてはくれなかった。
 エドワードが、アルフォンスが、そしてイズミがホムンクルスへと攻撃を続ける。錬成は速い。ホムンクルスの錬金術封じはもう意味を成さなかった。
 だが、攻撃はどれもホムンクルスに届きはしなかった。眼前で止められてしまう。

「こんにゃろ! こっちが強くなっても、焼け石に水状態じゃねぇか!!」

 言いながらエドワードが攻撃をする。

「焼け石に水でもかまわん!! ガンガン行け!!」

 ホーエンハイムが言う。

「奴の身体は今、『神』とやらを押さえ込むのに精いっぱい! はち切れ寸前の風船みたいなものだ!! 少しずつでも石の力を削り取って行けばいつか奴の身体にも限界が来る!!」
「いつかっていつだよ!!」
「わからん!! わからんが防御はまかせろ!!」

 ホーエンハイムの賢者の石がどんどん削られていく。
 は立ち上がることすら出来ず、ただホーエンハイムの背後で成り行きを見守るしかなかった。
 攻撃は止まらない。部屋の中が瓦礫の山になっていた。
 突然、ホムンクルスは足下の錬成をし、地上へ向けて高く上って行った。

「奴め、賢者の石を調達しに行ったな!!」

 ホーエンハイムが叫び、同じように足下の錬成をして高く上って行く。
 グリードも後を追うように鎖を上って行った。

「追わなきゃ……!」

 が立ち上がろうとした。
 パキン。そんな、崩れるような音が、耳に届いた。

「あ……」

 切れた。
 が思ったのは、そんな言葉だった。

「おい!!」

 が血を吐いて崩れ落ちた。ジュデッカがそれを受け止める。
 はもう意識がなかった。ホムンクルスからの攻撃で身体は大きなダメージを負っていた。それを修復するために賢者の石を使い切ってしまったのだ。
 ジュデッカが舌打ちする。

!」

 イズミが叫ぶ。

はどうなっている! おいジュデッカ!」

 ロイが続いて叫んだ。

「大丈夫だ。なんとかする」
「本当だろうな。その言葉、信じていいのか!?」

 ロイが見えない目で睨みつけてくる。

「……安心しろ。信じていい」

 ジュデッカはそう答えた。

「……じゃあ、任せたよ」

 イズミはそう言って、ロイを連れ、ホムンクルスやホーエンハイムのように足下の錬成をして高く上って行く。アルフォンスもメイを連れて同じように上って行った。
 エドワードだけがプライドに足止めされていたが、ジュデッカはそちらを見てはいなかった。
 深呼吸する。
 腹は決めた。
 ジュデッカは床に陣を描き始めた。


***


「そこで待ってろ。バカセリム」

 エドワードがプライドとの戦いを終えた時、初めてその場にジュデッカとが残っている事に気が付いた。
 は床に寝かされている。身動き一つしない。ジュデッカは黙々と陣を描き続けていた。エドワードが近付き、その陣を見て目を見開いた。

「ジュデッカ、お前これ……!」

 それは人体錬成の陣だった。
 ジュデッカは陣を描き終えると、を抱えて陣の中心へと寝かせた。

「こいつを助ける為だ」
「死ぬ気かよ」

 ふ、とジュデッカは笑う。

「元々死人だよ。賢者の石で動かされてる、ただの死人だ。……だったら、生きてるやつを生かしてやらないと」

 エドワードは気が付いていた。ジュデッカが自身の賢者の石を使って、を助けようとしていることに。

「行ってろ。後でこいつが追うだろう」

 ジュデッカが言う。
 エドワードは何か言おうとして口開き、そして閉じた。

「……わかった」

 出て来た言葉はそれだった。
 二人の間を邪魔する言葉は、自分には持ち得ていなかった。

「じゃあな。ジュデッカ」

 ただ言えたのは別れの言葉。

「ああ」

 ジュデッカは頷いた。
 エドワードが他の錬金術師達と同じように地上へと上っていく。
 それを見上げて、エドワードが見えなくなると、ジュデッカは横たわっているに目を向けた。呼吸は浅い。脈もほとんどない。刻々と死へと近づいている。

「シュウ・ライヤー……お前の気持ち、今ならわかるよ……」

 脳裏に数々の笑顔と言葉を思い浮かべて、ジュデッカは目を閉じた。

「こいつは、死なせちゃならない」

 そう言って、ジュデッカは錬成陣に手を置いた。