69.反撃
「おまえ達は地球をひとつの生命体と考えた事があるか? いや、生命というよりはシステムと言うべきか」
ドクン、ドクン、と地面が鼓動のように揺れ始めた。
「おまえ達人間ひとりの情報量などとるに足りない、膨大な宇宙の情報を記憶するシステム……その扉を開けたらいったいどれ程の力が手に入れられるか考えた事があるか?」
地球の鼓動は続く。今まで眠っていた地球が一個の生命体として活動を始めたようだった。
『お父様』はにやりと笑う。
「その扉を、人柱諸君を使い、今、ここで開く!!!」
「へえ、中心はそこかい」
その背後に、今までいなかった姿があった。リン・ヤオ――グリードだった。
「親父殿、そこを俺によこしな。俺は……世界を手に入れる!!!」
硬化した左腕で、『お父様』を脳天からぐしゃりと潰す。
切り裂かれた状態で、『お父様』はグリードに目を向けた。
「来ると思っていたよ、我が息子グリード。おまえは私から生まれた『強欲』だからな……私が欲しいものはおまえも欲しいものなぁ……!」
『お父様』は自ら体を液体のように潰した。中からホーエンハイムが現れる。
「てめ……」
そうして液体は遠くへと飛んで行き、どぷんと椅子の上へと載った。
「真の中心は、ここだ」
人柱達を引きずるようにして、『お父様』はそこに座った。
そして、テーブルの上の錬成陣に手を載せた。
「くそっ、やられた……!!」
ホーエンハイムが言う。
人柱達の体に、目玉が現れた。黒い影が『お父様』に集まるように伸びている。
バチバチと激しい錬成光が稲妻のように室内を駆けた。高エネルギーが室内に集中していることを肌で感じる。
「ぐぅ……はっはっは! そうだ!! 扉同士闘え!! 反発しあえ!! すばらしいエネルギーだ! この私が抑えるだけで精一杯ではないか!!」
『お父様』は笑った。
「この力をもってして、この惑星の扉を開ける!! そして……」
錬成光は止まない。ドクン、ドクン、と地球の鼓動も大きく聞こえる。
眩い光に、周囲は何も見えない。
そんな状態が続き、そして急に収まった。
げほ、げほ、と人柱となった五人が咳き込んでいる。黒い『お父様』からは解放されていた。
「げほっ、な、にが……」
が声にする。口の端から血が流れた。
「何があった? 皆無事なのか?」
ロイが問う。
「……やけに静かだ」
「静……皆賢者の石になっちまったのか!?」
エドワードがハッとして言った。
「そうだ」
ひた、と足音が聞こえる。煙が立ち込める中、素足が見えた。ノーモーションで錬成が行われ、靴が、服が錬成されていく。
「神を我が内に捉え続けるために、莫大なエネルギーが必要なのだ。この国の人間にはそのエネルギーになってもらった。今や、神も人も、すべて私の中だ」
「くそ……やりやがったな」
ホーエンハイムが睨みつけた。
「ああ、成功だ」
『お父様』――ホムンクルスは笑った。
「協力感謝するよ、諸君」
そこにはエドワードに良く似た、金髪に金の目を持った少年が立っていた。
ホムンクルスは中心となる椅子へと腰かけ、足を組んだ。
「アメストリス国民を賢者の石にしテ……神を抑え込むのに使っている……ですっテ?」
メイが血を流しながら言う。
「いったい何人犠牲にしたんだい……」
「この国の人口は約五千万人だ」
イズミの問いに、ロイが答えた。
ドクン、ドクン、と鼓動は聞こえる。
「ご苦労人柱諸君。おまえ達の役目は終わった」
ホムンクルスが言う。
「……皆、俺のそばに来い」
ホーエンハイムが立ち上がって言った。ジュデッカがに肩を貸し、ホーエンハイムの背後へと回った。
「もう錬金術を使う事も、扉を開ける事もしなくてよろしい」
ホムンクルスが指をトンと叩いた。ぶあっと空気が変わる。
エドワードが両手を合わせて床を叩いた。
「くそ!! 錬成できない!!」
バンバンと床を叩くが、一向に錬成は行われない。
「さらばだ人柱諸君」
天井がチッと光った。
直後、雷のようなエネルギー体がズドンと頭上へと落ちた。
だが、直接的なダメージはなかった。
ホーエンハイムが片腕でエネルギー体を抑え込んでいた。
「全員、俺のそばを離れるなよ!」
ホムンクルスが、トン、と再び指を打った。
ドンと頭上からのエネルギーが増す。ホーエンハイムは両手でそれを支えるように防御した。
「ほう……たかだか五十万人分の賢者の石で頑張るものだな。だが、時間の問題だ」
地面がボコボコと隆起していく。足場が不安定になる。エドワードがまた両手を合わせたが、術は発動しなかった。
「上からの攻撃を防ぐのが精いっぱいで足元まで防御が回るまい」
「くそっ! 術が発動しない!!」
だが、足下の攻撃はすぐに収まった。
足下でも錬成光が走っていた。メイが両手を床へとつけている。
「メイ!!」
「地面の防御はお任せください、アルフォンス様」
メイは言う。
「地の力の流れを読み、利用するのは錬丹術師の十八番!! しかもその力が大きければ大きいほド……こちらの利用できる力も大きくなるんでス!!」
ふう、とホムンクルスは息を吐いた。
「あまりここを壊したくはないのだが……まぁ、後で再生すればいいだけだ」
ホムンクルスの手の中にエネルギーが集まって行く。
「……ちょ……おまえ、それ……」
「気付いたか」
ホーエンハイムが目を見開く。
「神を手に入れた私は今や、掌の上で疑似太陽を作る事も可能だ」
「太陽って……核、融……」
「消えて失せろ、錬金術師」
ドクン、と大きな鼓動が聞こえた。
ドクン、ドクン。鼓動は絶えない。
「む……」
ホムンクルスが胸に手をあてる。
「気付いたか? さっきからずっと聞こえている心音に」
ホーエンハイムが言う。
「この国の人々の魂は、精神という名のひもでまだ身体と繋がっている。そう……例えるならへその緒で母体と繋がる赤子のように。完全におまえの物になっていないという事だ」
「……何をしたホーエンハイム」
ホムンクルスがホーエンハイムを睨みつける。
「長い年月をかけ、計算に計算を重ね、この日のために俺の中の賢者の石を……仲間を各地に配置しておいたのさ」
ドクン、ドクン。鼓動は続く。
「何をする気が知らんが、ただポイントに賢者の石を打ち込んだだけか? それで何ができる? 錬成をするにしても円というファクターが無ければ力は発動せん」
「円ならあるさ」
ホーエンハイムは言う。
「時が来れば勝手に発動するようになっている……空から降って来る、とびきりでかくてパワーのあるやつがな」
「あ……カウンター……」
が呟いた。
「日食によって大地に堕ちる月の影……本影だ!!」
ドクン、ドクン。
「邪魔をするか、ホーエンハイム!!!」
「そのためにここに来たんだよ、ホムンクルス!!!」
両者が叫ぶ。
「おまえが神とやらを手に入れた時には、すでに人間の逆転劇は始まっていた!!」
ズン、と大きな揺れがあった。
「魂は肉体と絶妙かつ緊密に結びついている。それを無理矢理ひっぺがしてよそに定着するには相当なエネルギーがいるが……その逆は簡単だ。魂を解放してやればいい。元の健全な肉体が存在すれば、魂が勝手にそっちに呼ばれていくのさ。磁石みたいにな」
ホムンクルスの中の、アメストリス人の魂たちが剥がれていく。上空へ、渦を巻いて。そして、元の肉体へ戻っていく。
ドクン。大きく鼓動が打った。
「アメストリスの人々の魂はそれぞれの身体へと帰った。元から持っていたクセルクセス人の魂だけでは、そのとてつもない『神』とやらを抑え込んでいられまい」
「ふむ……この状況でこれを解放するのはリスクが高いな」
ホムンクルスは掌の中の疑似太陽を握りつぶした。上からの攻撃も下からの攻撃も止まった。
「ぶはぁ!!」
「父さん!!」
「大丈夫かメイ!!」
ホーエンハイムが腰を下ろし、メイが大きく息を吐いた。ホーエンハイムの両手は焦げていた。
「はっは……どうだ! 今は『神』とやらを、その身体の内に保ち続けるだけで精一杯なのではないか?」
ホムンクルスは耐えるように椅子を握りしめていた。
「……資源はまだまだいくらでもある。また賢者の石を作れば良いだけの事だ。一億でも十億でも、人間というエネルギーはこの地上に存在するのだから」
ごぉっと強大な風が起こった。それは渦を巻いて皆を襲う。
「竜巻!?」
「天気まで思うがままかよ!!」
「おじさま正面!!」
メイが叫ぶ。ホーエンハイムがガードしたが、高エネルギー体がホムンクルスから飛ばされてきた。
「踏ん張ってくださいおじさマ!! 防御の陣が壊れル!!」
メイの地面の陣が壊れようとしていた。ホーエンハイムは正面からのエネルギー体を受け止めるので精いっぱいだった。ずるずると後ろに追い立てられる。
その背を、エドワードとアルフォンスが押さえた。
「父さん頑張って!!」
「てめぇこの野郎!! 気ぃ抜くんじゃねぇ!!」
「……まいったね、こりゃ」
ホーエンハイムは口元に笑みを浮かべた。
「ボンクラ親父だけど……いいとこ見せたくなっちまうなぁ!!」
両手でエネルギー体を押し返す。
「早くしないと、父さんの中の賢者の石が尽きる!!」
「まだか……まだなのかスカー!!」
エドワードが叫ぶ。
スカー? とは思う。スカーが何をするというのだろうか。
「まさか……」
「ジュデッカ……?」
を支える手に力が入った。
ズン、と今までと違う大きな揺れがあった。
「来た!!!」
エドワードとアルフォンスが同時に手を合わせた。床が、壁が、急速に錬成されて変形し、ホムンクルスを襲う。大きな音を立てて、ホムンクルスの座っていた椅子が瓦礫へと変わった。
「ざまぁみやがれ、えらっそーにふんぞり返ってた椅子が粉々だ」
エドワードが言う。
「好き放題やってくれやがったなこの野郎。クソ真理と一緒にぶっとばす!!!」
そう言ってエドワードが、アルフォンスが、イズミが構えた。