68.時は来た










「お前も行くのか」

 スカーが空けた穴の下に飛び込み、下の階へと一段降りたの後をジュデッカがついて来る。

「行くでしょ! 何しに来たと思ってんの!」

 は次に降りる段差に目星をつけるために見渡しながら言った。

「死ぬかもしれないぞ」
「死なないの」

 ははっきりと言った。

「死ぬなって言われてるから」
「……そうかよ」

 とジュデッカは穴を下って行く。瓦礫と共にメイが先に降りていくのが見える。身軽だなとは思いながら、後を追った。先程の出血で体が重い。

「よっと」

 とジュデッカが最下層に降り立つと、見知った姿がいた。

「エド!」
! ジュデッカ!」

 そこには、消えたはずのエドワードがいた。エドワードがを指さしてぎょっとした。

「お前、首から血……!? 大丈夫か!?」
「それは大丈夫……ロイ!」

 周囲を見渡していた時に、膝をついているロイを見つけた。どこから来たのか、イズミが一緒にいた。がロイに飛びつく。

「無事!? 手は!? 足は!? 内臓どっか足りないところない!?」
「ぶあっ!? !? 君かね!?」

 足を持ち上げてみると、ロイは前のめりにされるがままに転んだ。ロイが振り返りながら言うが、台詞が何かおかしい。が眉を寄せる。

「は? 何言って……」
「だめだ、。大佐は……」

 エドワードが言う。まさか、と思う。

「見えないの……?」

 ロイの肩を両腕で掴んで揺さぶる。

「見えないの!? ねえ!!」
「すまん……そこにいるのか、……」

 恐る恐る手が伸びてくる。指先が頬に触れ、手がの頬を包んだ。ロイは困ったようにに目を向けていた。

「すまない……君の顔も、見えないんだ……」
「っ……」

 ロイが扉の通行料として持って行かれたのは視力だった。完全に何も見えないようだ。目の前にいる、の姿さえ。
 周囲を見渡すと、アルフォンスが倒れていた。

「アル! どうしたの!?」
「アルフォンス様! アルフォンス様起きテ!」

 メイも声をかけるが、アルフォンスは意識が戻らないようだった。
 振り返る。ジュデッカはこちらは気にせず、ずっとそれを睨みつけていた。黒い姿に、全身に目玉がついている。プライドによく似た姿だとは思った。

「あれ、誰」
「親父殿だよ」
「あれが!?」

 ジュデッカの答えに、が驚いて返した。前に出会った時は、ホーエンハイムとよく似た金色の長髪の男だった。それが、今では人間を捨ててしまったような異形の姿をしている。

「ぶはあ!!」

 ガチャンと大きな音がして、アルフォンスが起き上がった。

「アル!」
「兄さん! よかった、戻れた!」
「アルフォンス様!」
「……って、ここ……」

 アルフォンスが周囲を見渡し、『お父様』に目を向けた。
 『お父様』は嬉しそうに笑った。

「五人、揃った!!」

 五人目はどこにいるのだろうとは思った。ここには人柱と呼ばれる人々は、エドワード、アルフォンス、イズミ、ロイの四人しかいない。
 五つの頂点。五人の人柱、というわけだ。五人である必要性はわかった。

「完全に見えないのかい?」

 イズミがロイに問う。

「……そのようだ」

 ロイが両目を押さえながら言う。

「扉を見たって事は、人体錬成やっちまったのかよ大佐」
「私がそんな事をすると思うか!?」
「……だよな」

 ロイの表情を見て、エドワードは頷く。ロイが悔しそうな表情をしていたからだ。

「なんとしても言う事を聞いてくれないので、強制的に扉を開けさせてもらいました」

 プライドが言った。

「結果オーライというやつですね。これで一番やっかいなマスタング大佐の戦闘力はゼロに等しくなりました」
「納得いかねえ!!」

 エドワードが叫んだ。

「てめぇ、さっき『正しい絶望を与えるのが真理だ』って言ったな。まぁ、オレ達みたいに自発的にやらかしたのは納得するさ。だが、する気のない奴が無理やり人体錬成に巻き込まれて視力を持ってかれて……それを正しいと言うのか! そんなスジの通らねぇ真理は認めねえ!!」
「おまえが認めなくとも現実としてこうなった。事実を認めよ! 錬金術師!」

 『お父様』が言う。

「残念ながら……」
「あきらめの悪いタチでね!」

 エドワードとアルフォンスが構えた。

「……とは言え、あいつら両方相手にしなきゃならねーとは……」

 目の前には『お父様』の他にプライドもいた。その二人を同時に相手にしなければならない。

「私たちもいるんだ。なんとかなるでしょ」


 がエドワードの隣に並んだ。体は大分調子を取り戻して来た。

「人柱が揃ってちゃまずいんだろ? 逃げ……」
「逃げられんよ」

 イズミの言葉を、『お父様』が遮った。

「おまえ達はすでに私の腹の中だ」

 どういう意味かはわからなかった。『お父様』の領域であるという意味だろうか。

「そこの目玉まみれさン……不老不死なのですよネ?」

 メイが問う。『お父様』は答えなかった。

「否定しませんカ……」

 メイは一呼吸おいて、言った。

「アルフォンス様。あれは私がもらいまス」

 アルフォンスとエドワードがぎょっとする。

「ちょっ……あれは一人じゃ無理でしょ!!」
「お二人には小さい方のホムンクルスをお任せしまス」
「小さい方ったって……あれも十分やべーんだぞ」

 エドワードが顔を顰めた。

「加勢するよメイ」
さン」

 がメイの頭にぽんと手を載せた。

「私は別にあれはいらないけど、どーにも気に入らんのでね」
「……やる気かよ」

 ジュデッカが隣に並んだ。心底進まないといった様子だ。

「まだ多少の時間はある。発動しないならそれに越したことはないでしょ」

 言いながらが氷の剣を錬成した。
 メイが刃を構え、素早く投げた。刃は『お父様』の眉間部分へと突き刺さる。

「不老不死。いただきまス!!」
「おまえはこの場に必要のない人間だ。消えろ」

 刃を額に刺したまま『お父様』は言う。

「そちらが必要なくとも、こっちには必要なんでス!!」
「知った事ではない」

 ずぶずぶと刃を体内へと取り込む。

「返すぞ」

 そして、数十倍もの巨大化した刃を、メイに向かって投げつけて来た。メイが跳んで避ける。

「なかなかやりますネ!」

 そのまま跳びあがり、メイは『お父様』へと蹴りを向ける。

「ぶはぁ!」

 その時、腹部から男の顔が現れた。それは一度見た顔。

「ホーエンハイムさん!?」

 が叫んだ。ホーエンハイムは叫ぶ。

「だめだお嬢さん!! こいつはノーモーションで……」

 バチィッと錬成光が走った。メイが弾き飛ばされる。

「メイ!!」

 ジュデッカが駆け寄り、メイを受け止めた。分解の過程で止められたようだ。血を流し、ぐったりとしているメイを見て、は氷の剣を床へと突いた。『お父様』の元まで急速に凍って行く。氷は『お父様』の足元を捕えるが、すぐに分解されてしまう。

「ホーエンハイムさん! 当たったらごめんなさい!」

 言いながらは駆け出し、首を刎ねようと剣を振りかぶる。
 剣は体に届くと同時にパキンと砕かれた。

「まだまだ!!」

 折れた剣をそのまま再錬成する。刃が食い込み、『お父様』の首が裂ける。

「凍れ!!」

 裂けた首筋の両面が凍る。ノーモーションの錬成。心臓がズキンと痛んだ。
 だが、氷はすぐに分解され、首は元あったように戻っていく。

「人柱にならなかった者に用はない」

 体中の目玉がを見た。
 ドン、と体を背中から叩かれたように錯覚した。体の動きが急に止まった。

「え、あ……」

 口から血が溢れる。
 視線を下げる。床から生えた刃が、背後から腹を突き刺していた。

!!」

 誰が叫んだのかわからなかった。

!? がどうした!? おい、鋼の!」

 ロイの声が聞こえる。
 ずぶりと刺さった刃を抜かれる。はその場に膝から崩れ落ちた。
 追撃するように、の周囲に床から大量の刃が錬成された。

「このやろッ!!」

 エドワードが遠方から両手を合わせて床に手をついた。床が隆起し、を刺そうとした刃からを守る壁となった。
 その隙に、ジュデッカが駆け寄って来て、を抱えるとロイ達のところまで下がった。

「おい!」

 ジュデッカが声をかける。
 は意識があった。なんとか腕を動かし、両手を腹部の傷へとあてた。錬成光が光る。賢者の石を使って傷口を塞いだのだ。が、げほ、と大量の血を吐き出した。

「チッ」

 ジュデッカが舌打ちし、『お父様』を睨みつけた。

「やってくれるじゃねえか」

 『お父様』は目玉を向けた。

「父を裏切った者には多少の薬が必要だ」

 ジュデッカは歯噛みする。

「裏切り! ハッ! 何を言ってるんだか! 俺に『裏切り』の名を与えたのはそっちだろうが!!」

 ジュデッカが叫んだ。

「メイ! !」

 アルフォンスが駆け寄って来て、『お父様』の放った銃弾を防いだ。

「おいジュデッカ! はどうなった!」

 ロイが叫ぶ。

「う、るさいな……生きてる……げほっ」
「馬鹿野郎、喋んな」

 ジュデッカはを支えて手についた血で床に素早く錬成陣を描き、目の前に壁を作り出した。『お父様』からの攻撃が壁に弾かれる。

「遊んでいるヒマはなくなった」

 『お父様』の頭部がぬるんと形を変え、二又に分かれた。一方でアルフォンスを、そしてもう一方でイズミを捕まえる。

「あとは……」

 そう言ってロイとエドワードを捕まえ、四人を等間隔で床へと叩きつけた。

「どうやら時間が来たようだ。働いてもらうぞ、人柱諸君!」

 そして『お父様』は言う。

「時は来た!!!」