66.大総統候補










「エド、ありがとう」

 先頭を歩きながら、がエドワードに向かって言う。フン、とエドワードは鼻を鳴らした。

「今生きてる大事な奴らの想い無視してまでの仇討ちなんて、誰も幸せにならねえだろ」

 エドワードは言う。

「だから、お前は大佐に教えなかったんだろ?」
「……うん」

 知ってすぐに教えることはできた。エンヴィーに初めて出会ったのも、もう随分前の話だ。ヒューズをどのようにして殺したかなんて、彼の能力を知ってしまえば簡単な推理だった。
 でも、はロイにその事を教えることはなかった。ロイの力であれば、エンヴィー如きすぐに討てるだろう。だが、復讐心で誰かを殺す、そんな人にロイにはなって欲しくなかった。高みを目指し、仲間を守る、その為に力を使って欲しかった。それはの我儘だったのかもしれないけれど、実際に復讐に燃えるロイの目を見て確信したのだ。この人に、エンヴィーを殺させてはいけないと。
 だから、例え卑怯にもエンヴィーが自死をした形に終わったとしても、はこれで良かったのだと言える。ロイにエンヴィーを殺させなかった。それで十分だった。

「しっかし……」

 はあ、とエドワードがため息をついた。

「おっかしーな。たしかこっち……いや、こっちか……」

 あちこちの脇道を指差しながらエドワードは呟いた。
 ロイを見つけるのは簡単だった。爆破音を辿れば良い。ただ、同じ通路で脇道が多い中、自分がどこから来たのか、これからどこへ行くべきなのかがわからなくなっていた。

「おーい! どこだメイー!」
「ジュデッカー! おーい、ジュデッカやーい!」

 エドワードとが叫ぶ。声がわんわんと響いた。

「迷子かね鋼の」
「まっ……」

 ピキとエドワードの額に青筋が浮かぶ。

「どこぞの無能がバカやってねーか見に来てやったからこんな目にあってんだよ!!」

 エドワードがロイに向かって叫んだ。

「誰も見に来いなんて頼んでないぞ」
「よく言うぜ!! オレととスカーがいなけりゃ、てめー絶対道踏みはずしてただろ!」
「恩着せがましく言うな。はともかく、私があそこで踏み止まれたのは中尉のおかげだ」
「ちょっとうるさいんだけど」

 が二人を睨みつける。

「このパイプの先だとは思うんだけど」

 床に這っているパイプを見ながらが言う。後ろでぎゃーぎゃー騒ぎ始めた二人と、黙ってついてくる二人の先頭を歩くことになり、は小さくため息をつく。
 ふと、上を見上げる。太いパイプが現れ、前方へと向かって伸びていた。は進行方向に間違いがないことを知る。そのまま歩くと、開けたところに出るのが見えた。後ろではまだぎゃーぎゃーと騒がしく言い合っている。コートの襟を引き、気を引き締めた。
 が足を止める。後ろの騒がしい二人もさすがに黙った。
 目の前に、人がいたからだ。

「おやおや、こんな所にギャラリーが来るとは……緊張してしまうね」

 眼鏡をかけた男だった。各所から集まった天井のパイプが、その男の上へと集まって上っていく。

「さあ……始めようか」

 ゴウン、ゴウンと何かが動く音がする。

「誰だ?」

 エドワードが機械鎧を刃に錬成しながら問う。

「私かね? うーん……キング・ブラッドレイを作った男……といったところかな」

 男が答えた。
 ブラッドレイはこの国を納めるべく、多くの人間の中から賢者の石に選ばれた人間だった。何人もの『大総統候補』がおり、キング・ブラッドレイはその中の一人であり、教養、武術を学んだ。その後、賢者の石を注入されたことにより、ホムンクルスとなったのである。

「という事は、そっち側の人間か」

 ロイが手袋をはめる。

「おっとっと。やっぱりそうなるのかい。しょうがないね」

 男が片手をあげた。天井に開いたパイプの間から、男達が降りて来た。片手に剣を持っている。

「おまえ達、少し時間を稼ぎなさい」

 降りて来た男達は皆、無表情であり、言葉は発さなかった。ただその剣でまっすぐに敵と認定された達に攻撃を仕掛けてくる。も氷の剣を錬成し、襲い掛かって来た剣を受け止めた。その剣は素人の物ではなく、とても重い。

「なんだこいつら!!」
「人形兵……!?」
「いや、人形兵とはあきらかに動きがちがう!」

 皆が戸惑いながら剣を避ける。

「『キング・ブラッドレイ』になれなかった男達だよ」

 男が言った。

「生まれてすぐにここに集められ……大総統になるためにあらゆる訓練を耐え抜き、生きのびたのに……あの実験で十二人目にして『キング・ブラッドレイ』が出来上がってしまったので用無しになった……賢者の石を入れられる事の無かった、余り者だよ」

 なるほど、年齢はブラッドレイと変わらないくらいだろう、とは思った。落ち窪んだ瞳は、ただ眼前の敵を倒すことしか見えていない。ホークアイのライフルが弾き飛ばされた。スカーの右腕が捕えようとするが、速くて届かなかった。指を弾こうとしたロイの腕に蹴りが刺さる。

「言っておくがこの者達は六十年間ただひたすらに、戦闘訓練を積んできている。キング・ブラッドレイほどではないが……強いぞ」

 振り下ろされた剣を両手で受け止めた。重い。なんとか弾き返して、距離を取る。

「殺しはしないって、約束してんのに……!」

 殺さずに彼らの動きを止める事が果たしてできるのか。は氷の剣を床へと立て、そこから錬成で氷を床に這わせた。男はそれに捉われる前に避けていく。一気に距離を詰めて来た男の剣を、がすれすれで避ける。数本の髪が宙を舞った。
 銃声が聞こえた。ホークアイが眼鏡の男を狙っていた。だが、それがブラッドレイの余り者が壁になるようにして庇った。

「16号、17号、21号、23号、26号、おいで」

 眼鏡の男が言った。五人の男が言われるままに素直に戦いをやめて近づいていく。眼鏡の男を囲むようにして等間隔に男達は立った。足下に錬成陣があることに今更気が付いた。

「いくよ」

 男が錬成陣へと手を置く。バチィっと錬成光が周囲の男達を巻き込んで光った。否、光は更に広範囲へと伸びていく。

「何をした!!」

 エドワードが叫んだ。

「ただの第一段階だよ」

 男は言った。

「この中央に大総統府直轄の錬金術研究所がいくつあるか知っているかね?」

 がハッとする。

「まさか……!」
?」

 何故、ジュデッカは第二研究所の近くに入口があると知っていた? 他に地下への入口は第三研究所のものが確認されている。もし、他の研究所にも地下への入口があったとしたら?

「錬金術研究所は全部で五つ……それぞれを頂点に円が描ける!」

 第五研究所は既に稼働を停止している。だが、そんな事は関係なかった。
 五人の男、五つの研究所、五つの頂点。

「五つの頂点を持つ、錬成陣……!?」

 それは、エドワードが第五研究所で見た賢者の石の錬成陣と同じ。

「まさか第三研究所のあのカーブした地下通路……研究所を繋ぐ正円を描いていたの!?」

 ホークアイが叫んだ。
 ドン、と大きな揺れがあった。中央の錬成陣から発せられる錬成光が突き刺すように眩く辺りを照らす。
 五人の男は分解されるように姿を消した。
 その時。エドワードの足下に巨大な目玉が出現した。

「な……!」

 エドワードが足元から分解されていく。

「エド!」

 が駆け寄り手を伸ばす。

ッ……!」

 エドワードが手を伸ばした。
 だが、届かなかった。
 エドワードは指先まで分解され、姿を消した。の手は何もない空を掴んだ。

「鋼の!!」

 ロイが叫ぶが、エドワードの姿は周囲には確認できなかった。
 エドワードは消えてしまった。