65.復讐の焔










 爆発音が響いていた。ロイの炎だ。狭い通路に反響して鼓膜に届く。

「やだ……やめてよ……」

 がうわごとのように呟く。エドワードとスカーがを見た。
 爆音は止まることなく響いている。

「ロイに復讐させちゃだめ……だめなんだ……」

 エドワードがの肩に手を置いた。

「大丈夫だ。何としても止める」
「エド……」

 エドワードが頷く。も頷きを返した。
 ロイを見つけた。ホークアイがロイの背に銃を向けていた。

「あれ、エンヴィーがいない……?」
「足下だ」

 スカーが言った。確かにロイの靴に踏まれている何かがいる。

「おっと! あれか!」

 エドワードが両手を合わせた。床に手をつき、ロイの足下まで錬成が走る。足に踏まれていた小さな一つ目の生き物が宙を飛び、エドワードの右手がそれを掴んだ。

「鋼の。そいつをよこせ」

 ロイがエドワードを睨みつけた。今まで、見た事のない顔をしていた。

「断る!」

 キッとロイは隣にいるへ目を向けた。

! そいつはヒューズの、」
「知ってる」

 は静かに答える。

「知ってた。エンヴィーが犯人だって。とうの昔に気付いてた」
「なっ……!」

 ロイはを睨みつける。

!! 何故黙っていた!! お前はヒューズの仇を討とうと思わないのか!!」
「そうだね。それで一度は負けて死にかけた」

 右腕に触れながらは言う。ラストとエンヴィーを相手にして、死にかけたのはもう随分前になる。その言葉でロイは少し表情を変えた。

「エンヴィーは殺したい程憎い。けど……どうして私がロイに教えなかったかわかる?」
「わからんな」
「あんたのそんな目見たくなかったからだよ!!」

 が叫んだ。

「何だよその目……ただの憎しみしか映ってないじゃんか……! あんたが見るべきものはそんなものじゃないでしょ!?」
「何を言っているのかわからんな」

 ロイは冷たくそう言った。

「そいつには最低の死を与えてやらねばならない。よこせ」
「嫌だと言っている」

 エドワードが言った。

「そいつをよこせ鋼の!! さもないとその右手ごと焼くぞ!!」
「上等だゴラァ!! ガチで勝負してやるよ!!」

 ロイの怒声にエドワードも怒鳴って返す。

「その前に鏡で手前のツラよく見やがれ!! んなツラでこの国のトップに立つつもりか!! 大佐の目指してるもんはそんなんじゃないだろ!!!」

 エドワードが必死に叫ぶ。

「……激情にまかせ畜生の道に堕ちるか。それもいいだろう。こちら側に来るというなら止めはせん」
「おい!」

 エドワードの隣でスカーが静かに言った。

「他人の復讐を止める資格は己れには無い。ただ、畜生の道に堕ちた者が、人の皮を被り、どんな世を成すのか見物だなと思うだけだ」

 スカーの言葉にロイは目つきを鋭く睨みつける。

「大佐にエンヴィーは殺させません。だからと言って奴を生かしておくつもりもありません。私が片付けます」

 ロイに拳銃をつきつけたままホークアイが言った。

「やっとだぞ!! やっと追い詰めたんだぞ!!」
「わかっています!!! でも!!!」

 ホークアイが叫ぶ。

「今の貴方は国のためでも、仲間のためでもない!! “憎しみを晴らす”ただそれだけの行為に蝕まれている!!!」

 拳銃を持つ手が震えていた。

「お願いです、大佐。貴方はそちらに堕ちてはいけない……!」

 ロイは腕を下げた。

「撃ちたければ撃てばいい」

 そう、静かに言う。

「だが、私を撃ち殺したその後、君はどうする」
「……私一人、のうのうと生きていく気はありません」

 ホークアイは言う。

「この戦いが終わったら、狂気を生み出す焔の錬金術をこの身体もろともこの世から消し去ります」

 ロイはギリと歯を噛むと、右手で壁に思いっきり炎を叩きつけた。

「それは困る。君を失う訳にはいかない」

 ロイは俯いた。

「……なんだろうな、この状況は。子供達に叱られ、私を敵と狙っていた男に諭され、君にこんなマネをさせてしまった。……私は大馬鹿者だ」

 ロイは振り返ると、ホークアイの拳銃に触れた。

「銃を下してくれ中尉。すまなかった」

 ロイはその場にどかっと座った。背を丸め、力が抜けたかのように。
 ホークアイもほっと息を吐いて座り込んだ。

「バッカじゃないの」

 沈黙を破ってそう言ったのはエンヴィーだった。

「綺麗事並べてさ、人情ごっこかい? 虫唾が走る!! あんたらニンゲンがそんな御大層なものかよ! 本能のままにやりたい様にやっちゃえよ!」

 エンヴィーは叫ぶ。

「マスタング大佐! スカーはあんたの命を狙ってたんだぞ? なぁ、おチビさん! あんたの幼馴染の両親を殺したのもスカーだよなぁ!! なぁ!?」

 確かにそうだった。

「そうだ! イーストシティのあの女の子! 犬と合成されたあれ! あれを殺したのスカーだろ!?」

 それも、確かだった。

「そしてこのエンヴィーが引き金を引いたイシュヴァール戦! それで父親をイシュヴァール人に殺されたよなあ、少将! あっはっはっはァ!! おかげでいっぱい人殺しできただろホークアイ中尉!!」

 間違いない。

「スカー! 目の前に同胞を大量虐殺した男と女がいるんだから、こんなチャンス無いだろ!! ははは!! 豪華な面子だ!! 憎んで泣いて殺して殺されてのたうち回れよ!! 地を這いつくばれよ!!」

 間違いないけれど。

「仲良く手ぇ繋いでなんてあんたらクソ虫どもにできる訳ないだろ!! なぁおチビさん!! ホークアイ!! マスタング!! !! スカー!!!」

 誰も、エンヴィーに言葉を返すことはなかった。

「……んでだ。なんでだ! なんでだ!! なんでだ!!! ちくしょおおおお!!!」

 エンヴィーの叫びが通路に反響する。

「エンヴィー、おまえ……人間に嫉妬してるんだ」

 エドワードが右手で掴んだままのエンヴィーを見て言った。

「お前らホムンクルスよりずっと弱い存在のはずなのに、叩かれても、へこたれても、道をはずれても、倒れそうになっても、綺麗事だとわかってても、何度でも立ち向かう。周りが立ち上がらせてくれる。そんな人間が、お前はうらやましいんだ」

 エンヴィーは何も言わなかった。
 そして、

「ふぬっ……」

 機械鎧で掴まれている手から自力で抜け出そうとする。

「あ……こら、逃げるな!」

 それでもエンヴィーはやめなかった。

「バカ! 無理に抜けたら……でっ!!」

 左手で止めようとしたが、噛みつかれてしまった。機械鎧から抜け出し、床にぽとりと落ちる。

「往生際の悪い……」
「待て」

 銃を構えるホークアイをスカーが止めた。

「もう永くない」

 エンヴィーはずるずると身体を引きずって、全員を見渡した。

「へ、へへ……屈辱だよ……」

 よろりと身体を動かす。

「……こんな、ボロぞーきんみたいになって……あんたらニンゲンに……クソみたいな存在にいいようにやられて……」

 自分の口元に手を向ける。

「しかも、よりによって、そのクソの中でも更にクソみたいな……こんなガキに理解されるなんて……っ!!! 屈辱の極みだよ……」

 エンヴィーは泣いていた。
 それは理解された屈辱の涙なのか、嬉しさの涙なのかはわからなかった。

「はは……この先その綺麗事がどこまで通じるか、せいぜいがんばる事だね」

 自分の体内から賢者の石を取り出す。それを両手で押し潰した。

「バイバイ、エド、ワード、エルリック……」

 エンヴィーはさらさらと消えていく。涙を流したまま。

「……自死か。卑怯者め」

 額を押さえて俯き、ロイはそう呟いた。
 は歩き出した。ロイの目の前に膝をつく。

「ロイ……」
「……

 は泣きそうな顔をしていた。ふっとロイがようやく笑った。

「君にそんな顔をさせてしまったなんて知れたら……ヒューズに怒られるな」

 ロイはの頭に手を載せた。

「……すまなかった」
「……ばか」
「ああ……」

 ロイが頷く。

「私は、大馬鹿者だよ」