62.春









 年が明けてしばらく経ち、季節はあっという間に春になった。
 の元には、しっかりと整備した車の請求書と、どっさりと買い込んだ銃弾と銃火器の請求書が何枚も重なっていた。

「あんた達さあ……私が支払うからと思って、好き放題やったでしょ。何この額」
「てへ」
「やっていいって言ったじゃないっすか」
「言ったけど!!」

 言いながらは請求書を机に叩きつける。

「新車なに買おうかなー」
「ぐっ……既にカタログ見てるやつもいるし」

 パラパラとカタログをめくりながら言うリッドに、思わず拳を握る。

さぁん。あとーボク、MP18も欲しいんですけどぉ」

 レインが両手を組み合わせて顎を載せ、首を傾げてきらきらとした目でを見つめた。

「それなに」
「短機関銃です」

 レインがカタログのページをめくって見せて来た。

「あんた腕何本あると思ってんの!? その銃、何挺目!?」
「えー、だめですかぁ?」
「くっ……好きなの買いな!」
「やったー!」

 万歳して喜ぶレインに、は額を抱えてため息をついた。
 二人ともこちらの都合に巻き込むわけだから、多少のわがままは聞いてやらねばならない。ここまで好き勝手されるとはまさか思いもしなかったわけだが。

「はー……ここまで前準備出来ておけば、あとは『約束の日』を待つだけでいいかなあ」

 請求書をつまんでぴらぴらとさせながらが言う。

「どういう作戦でいくんすか?」
「んー。それはまたあとで。調整してから話す」

 今の所はセントラルまで来る東方軍に紛れて一緒に活動してもらうのが良いだろうと考えているが、向こうが二人を中央軍と間違えられると困るのだ。そのため、出会わせるところまではがいなければならない。東方軍も誰が来るのか把握できていない。
 自分とジュデッカは『お父様』のところへ行かねばならないだろう。国土錬成陣の発動が確定しているとはいえ、まだ止められる可能性がないわけではないはずだ。

「二人とも、相手は中央軍になると思うけど、それは大丈夫?」

 二人はに目を向けた。

「何を今更」
「殺さなくてもいいならおっけーです」

 二人が答える。聞くまでもなかった。二人ともとうに覚悟はしていたのだ。

「ごめん。甘く見てたのは私の方だ」

 ため息をついて謝罪した。
 コンコン。ノックがあり、目を向ける。

「よう。今いいか?」

 ジュデッカだった。

「いいよ」

 そう言っては立ち上がる。
 二人はそのまま屋上へと上がる。すっかりと風は暖かくなり、春の訪れを告げている。

「最後の確認だけど」

 はーっとジュデッカが息を吐き、を見据えた。

「お前、ほんっとうに逃げないんだな?」
「逃げない」

 ははっきりと言い返した。

「……わかった。もう聞かねえ」

 ジュデッカが短く息を吐く。

「こっちからも聞くけど。あんたはこっちにつくで本当にいいの?」

 が問う。

「いい。今になってあっちにつく利点がねえ」

 ジュデッカが首を振る。

「俺は何かやりたい事があるわけじゃねえ。父親に協力する気にもならねえ。中途半端にホムンクルスで、中途半端に人間の、半端者だ」

 片手を開いて見て、それをぐっと握った。

「だったら、お前とこの国を守るって方を選ぼうと思った」

 握った拳をに突き付ける。

「壊すより守る方が幾分か気分が良い。その後の事は後で考える。文句あるか」

 は微笑み、首を振った。

「ないよ」

 突き出された拳に、自分の拳を合わせる。

「ありがとう。一緒に戦うことを選んでくれて」
「フン……」

 拳をゴツンと合わせて、そのまま腕を下げた。

「あとは俺の知ってる情報の共有だ」

 ジュデッカが言う。

「プライドとラース、グラトニーは東方演習についていくみたいだ」
「そんなみんなで?」
「大総統とセリムが東方演習の見学に行くって話だ。北方軍も集まるから、そこで何かあると予想してのことだろう。東にはグラマンっつーじいさんがいるんだろ?」
「はあ、警戒されてんなあグラマンじいさん」

 無理もないか、とは思う。この時期に東方演習を行うとなれば、グラマン中将に何か考えがあってのことと思われても仕方がない。

「そろそろ東がどう動くのか探らないとなあ。うちの二人とうまく組ませないと」
「お前んとこの二人は使えるのか?」

 ジュデッカに問われ、はにこりと笑う。

「勿論。銃の腕は並みだけど抜群に速い思考能力と幅広い情報網を持ったのと、他はからっきしだけど銃火器を扱う腕だけは群を抜いてる二人だ。頭脳はリッド、腕はレイン。二人で組ませれば一分隊とは余裕でやっていける」

 街中でやり合うのであれば、中央軍も小隊レベルまでまとまった隊は出せないだろう。精々分隊までだ。十人前後であれば、二人に十分任せられる。

「プライドが近くにいないのであればちょうどいい。その時にいろいろ探りを入れよう」

 屋上から中に戻るために歩きながらが頷いた。そして振り返る。

「がんばろーね」

 にこりと笑う。

「……おう」

 ジュデッカは不器用に返した。