61.未来の約束










「やっほい、ジャンくん元気かい?」

 ドアをノックして病室に顔を突っ込んで問いかける。

! 久しぶりだな、おい」

 ハボックは嬉しそうな表情で迎えてくれた。
 はドアをちゃんと開けて中に入り直した。

「そろそろ東に行っちゃうんだって?」
「ああ。誰から聞いたんだ?」
「リザ中尉」

 ハボックの足の上に、大き目の包みをボスンと載せた。

「何だこれ」
「転院見舞い?」
「なんだそれ」

 言いながら包みを開ける。出て来たのは大きめのサイズのブランケットだった。

「膝掛けにいいかなーと思って」
「おー、ありがてえ。退院したら車椅子生活だろうから、助かるわ」

 ブランケットを広げてみながらハボックは笑った。
 は隣の空いているベッドへと座る。

「あと、はい。銘柄これで合ってたっけ?」

 ポケットから煙草を取り出して渡した。

「おお! サンキュー! ちょうど切れるところだったんだよ!」

 受け取った煙草にキスするのを見て、はむっとする。

「折角のプレゼントより結局煙草か」
「えっ。いやいや、こっちはこっちでめちゃくちゃ嬉しいぞ? いやまじで」

 ぽんぽんと膝に置かれたブランケットを叩きながらハボックが言う。
 ふーん、へー、ほー。からの視線は冷たい。

「あー……今日の分吸ってないから吸っていいか?」
「どうぞー」

 が口を尖らせながら言う。ハボックはため息をつきながら、残り一本になっていた煙草を取り出して火をつけた。ふう、と吐き出される煙が天井に上る。はそれを目で追った。

「あー。ジャン少尉の匂いがする」

 が言う。

「あ、悪い。病室狭いから臭うよな」
「いいよ別に。嫌じゃないから」

 は首を振った。

「父さんも煙草吸ってたんだ」

 ぽつりとが言う。

「そうなのか」
「うん。仕事中は吸ってなかったみたいだけど、家に帰って来ると吸ってた」

 実際吸っているところを見たのはほとんどない。部屋に残る匂いで、吸っていたのがわかるだけだった。当時准将だったの父親は、に構う時間が無い程毎日忙しかった。六歳の頃に北から中央へ引っ越してきても、それは変わることはなかった。
 は学校へ通っていたが、既に錬金術の勉強をしていたにとって学校の授業は退屈この上なく、父親と喧嘩もしつつも学校をやめて、司令部の一室で錬金術の勉強を続けることになったのだ。は父親と司令部に一緒に来る事になり、それだけで共にいる時間が増えて嬉しかったものだ。
 そんな父親も、が九歳の頃、イシュヴァールの内乱初期に、戦地で亡くなる事となる。親戚とは疎遠だったようで、を引き取る人間は誰もいなかった。

――軍に入隊させてください。

 が大総統に直接そう言ったのは、もう八年前になる。大笑いした大総統は、特例としてこれを許可した。それから、の軍人生活が始まったのだ。その頃の大総統は、まさかがここまで『お父様』の計画に関わることになろうとは考えてはいなかっただろう。

「父さんとの記憶より、ロイやマースと一緒だった記憶の方がたくさんあってさ。ジャン少尉やリザ中尉と一緒の記憶もどんどん増えて。私の家族って誰なんだろうって、そんな事考えたこともあった」

 足下に目を向けながら、は自嘲するように笑う。

「……少し前に、エドとアルのお父さんに偶然会ってさ。家族っていいなって、改めて思ったとこだったんだ」

 は顔を上げ、笑顔を向けた。

「ジャン少尉は、お兄ちゃんみたいで好きだよ」

 ハボックはぽかんとした顔でを見た。

「灰! 落ちる!」
「え、ああ」

 さっと灰皿を差し出したところで、ちょうどよくぽとりと灰が落ちた。

「どうしたの」
「いや、いきなり告白されてびっくりしてるとこだけど」

 灰皿片手に、ハボックは言う。

「ええー? 彼女に告白されたわけでもないのに」
「やめろ! それは俺のいろんな傷を抉る!!」

 心臓を押さえ、ハボックは苦しみ出した。

「お前さー……これから色々あるってのに、急にそんなこと言うなよな。映画とかでよくあるじゃねーか。いつも言わないような事言ったら戦地で死ぬみたいな。ほらあれだよ」
「そう簡単に死にませんー」

 べーっと舌を出しては言った。

「まだまだ死ぬわけにはいかないよ。私は生きなきゃいけない」

 ハボックが煙をふうっと吐く。
 ちょいちょいと手で呼ばれた。が首を傾げて腰をあげる。その手はそのままの頭に載った。

「お前はさ、もうちょっと肩の力抜いて生きろや。そんなに生きることに義務感持たなくてもいいんだって」

 ぽんぽんと頭を撫ぜられる。はふっと笑ってハボックの手を取り、頷いた。

「うん、ありがとう。義務感持ってるわけじゃないんだけど……少しくらい生きる事に頓着しないと、私はきっとすぐにこの命を投げ出しちゃうと思うから」

 自己犠牲を良しとしているわけではないけれど、そんな自覚はあるから。
 は微笑んだ。

「生きるよ。私は」

 ハボックもふっと笑う。

「……そっか」

 ハボックはに取られた手を無理やり動かし、またの頭を撫ぜた。

「そうだそうだ。生きて、いい女になって、彼氏つくって家庭持てよ! んで、幸せになれ!」
「少尉、マースと同じ事言うー」
「さっきから言おうと思ってたけど、もう退役したから少尉じゃないですー」
「えー、いいんだよ少尉で。だって戻って来るでしょ?」

 ぴたりと撫ぜる腕が止まる。手を離して、ハボックは苦笑した。

「……ったく、お前も厳しい事言うなあ。だーれも怠けさせてくれねえ」
「怠ける気もないのによく言うよ。なにこれ」

 ベッドの下に置いてあるダンベルを持ち上げてが眉を寄せた。

「ブレダが置いてった」
「筋トレしてろよってことでしょ。ちゃんと怠けないでやりなよ」

 二・三回ダンベルを片手で持ち上げたところで、ハボックにダンベルを奪われた。

「そうだな」

 ぐっとダンベルを持ち上げるその腕には力がある。

「入院してたから腕の力鈍りましたなんて、かっこ悪くて言えねえよな」

 その目は、以前ロイに置いて行かれた時のハボックの目とはまるで違っていた。はふっと笑う。

「戻って来るの待ってるね」
「おう」

 いつになるかはわからないけど。
 決して遠くはない、未来の約束。