58.能ある鷹は










「……か?」

 背後から声をかけられ、は振り向いた。ロイがそこに立っていた。驚いたように目を丸くしている。

「なんでそんな疑問形なの」
「いや。どうしたんだ、眼鏡なんてかけて」
「ああ、忘れてた」

 眼鏡をはずし、キャスケットをとって頭を振る。ポニーテールが左右に振れた。

「ちょっと遊びに行ってたから、軽く変装」
「遊びに? どこへ」
「内緒」

 はべっと舌を出した。

「また一人で危ない事をしているんじゃないだろうな」
「さあね」

 眉を顰めるロイに、は肩を竦めた。

「ねえ、マースよ。こうしてロイはまたやかましいんだ。どうにかしてくれ」
「やかましくない」

 ヒューズの墓の前で、とロイはそんな事を言い合う。
 遠くで葬儀が行われているのが見えた。は立ち会えなかったが、ヒューズの葬儀もあのように行われたんだろうなとは思う。

「心配しなくても、まだあんな風になる予定はないよ」

 葬儀の列を見ながらは言う。ロイも目を向けた。

「当たり前だ。また大怪我をすれば、今度こそ死ぬのだろう?」

 ジュデッカから聞いた話は、以前の家で全て話した。
 今度の石は使った人数が少ないと言っていた。大きな怪我をすれば、すぐに石のエネルギーを使い切ってしまうのだろう。

「うん、そうね」

 はヒューズの墓石へと目を戻す。

「『約束の日』については聞いたか?」

 ロイが声を落として問う。

「知ってる。ジュデッカに聞いた」

 ロイが眉を寄せる。

「君はまだあのホムンクルスと関わっているのか」
「うん。仲間にした」
「は?」

 は隣を見上げ、にやりと笑った。ロイは眉間を押さえる。

「……もういい、わかった。好きにしたまえ」
「うん。物分かりのいいロイは好きよ」

 はにっこりと微笑んで言った。

「こっちはこっちで動くから心配しなくていいよ」
「そういえば、君の部下は異動はなかったんだったな」
「そ。甘く見られたもんだよね」

 ロイは怪訝そうに眉を寄せた。

「あー……すまないが、私にもあの二人の長所がわからなくてだね」

 一人は上官に対しても態度の悪いリッド。もう一人は女子との方が仲が良いレイン。確かに外から見ればそんな二人だ。何の役に立つのかわからない。

「私がまったく役に立たない部下をそのまま置いておくと思ってるの? そこまで人が良くないよ私は」
「ほう? じゃあ、彼らにも何か君の役に立つことが?」
「当然」

 はにこりと笑う。

「能ある鷹は爪を隠すって言うじゃない?」


***


 パンッ。発砲音が響く。
 パンッ。弾倉にある分すべてが撃ち終わり、弾倉を下に落として左手で受け取った。

「珍しいな。お前がここにいるの」
「リッドくん」

 レインが弾倉を取り替えながらにこっと笑った。
 射撃訓練場だった。人はまばらで、レインとリッドの会話を気にする者はいない。

「最近サボってたから勘を取り戻しておかないとね」
「ふーん」
「リッドくんこそ、ここに来るの珍しいね?」
「暇だから散歩。将軍も今日いねーし」
「そうだねえ。さんお休みだもんね」

 今度は左手に持ち替え、レインはまた的をまっすぐに見つめて拳銃を撃ち始める。
 パンッ。パンッ。パンッ。パンッ。

「お前、利き腕右だよな?」
「そうだよー」

 パンッ。パンッ。パンッ。パンッ。
 全部で八発。これで弾倉の中身が空になる。

「両腕で撃てないと、片腕死んだ時に困るからね」

 弾倉を入れ替え、腰のホルスターへと戻す。

「なんだ、終わりか?」
「終わりー。リッドくん、ティータイムしよー」
「しねえ。戻って寝る」
「ぶーぶー。ティータイムしてから寝なよー」
「うるせえ、寝る」

 レインが撃った人型の的は、額と心臓の二か所にしか穴が空いていなかった。