56.情報交換










 シュウ・ライヤーがホムンクルスに拾われたのは、偶然であった。ちょうど人間の子供の手駒を手に入れたいと思っていたところで、母親に捨てられたばかりのシュウを見つけたのはブラッドレイだった。そして、養子にするという名目で自宅で育てながら、幼い頃から錬金術研究所に連れて行き錬金術を学ばせた。シュウは優秀だった。錬金術もすぐに自分のものにした。研究所で、賢者の石の研究員の一人にさせるのもすぐだった。
 他にも、剣、銃、体術と、様々な訓練を施した。成長した後、ブラッドレイの右腕とさせるつもりだったからだ。シュウは飲み込みが早かった。すぐにすべてを実戦で使えるレベルまで鍛えられた。
 こうして、感情をもたないホムンクルス達にとって都合の良い人間の駒が出来上がった。
 ただ、予想外だったのが、の存在だった。
 はシュウがいくら拒絶しようともついて回った。彼の周囲で声をかけ続けた。笑い続けた。そしていつしか、シュウは笑顔を見せるようになった。シュウ・ライヤーはこうしてただの駒から人間になったのである。
 それは、ホムンクルス達にとって不都合だった。シュウが研究を拒み始めたからだ。
 ホムンクルス達はを消すことを決める。東部で事件を起こし、そこに二人を派遣させる。そこでを殺し、シュウがそれを見て絶望させ元の駒へと戻そうと考えたのだ。
 だが、そこでホムンクルス達の予想を覆す出来事が起こる。シュウが人体錬成でを助けたのである。結果として、が生き残り、シュウが死ぬこととなった。
 ホムンクルス達は焼け落ちる小屋の中からシュウの遺体を回収した。そこに『お父様』からの賢者の石を入れ、ブラッドレイと同じく人間ベースのホムンクルスを作成したのである。既に死体であったシュウに賢者の石を入れても、元となる魂はない。反発は起こらず、シュウ・ライヤーを模したホムンクルス、ジュデッカが生まれた――

「なるほどねえ……」

 司令部の屋上でジュデッカから話を聞いたはそう呟いた。

「ねえ、ジュデッカ」

 がセントラルの街並みに目を向けながら声をかけた。

「なんだ」

 の背後でジュデッカが答える。

「シュウは、幸せだったのかな」

 ぽつりと、そう問いかける。
 ジュデッカはしばし無言であった。

「……俺の口から言うのは間違っているとは思うが」

 そう前置きして。

「あいつは、お前と一緒だった二年間。幸せだったよ」
「……そっか」

 いつだったかマルコーが言っていた。自分の命をかけるほど守りたいと思える存在が出来たことを嬉しく思う、と。きっと彼は幸せだったと思う、と。
 それを間接的ではあるが本人の心が聞けて、は苦笑した。そうか。彼は、幸せだったのか。

「ジュデッカ、これからどうする?」
「……」

 の枷になっているという現状で、決して気持ちが良いとは言えないだろう。

「……今まで通り、しばらくはホムンクルス側にはついている」

 ジュデッカは言った。

「何か情報があればメモで渡す」
「そう。それは助かるよ」

 今日のように創作言語でのメモであれば、例え他の誰かが目にしたとしても意味はわからない。
 ジュデッカは言うことは終わったとばかりに、コートを翻して屋上を出て行こうとする。

「最後に一つだけ」
「うん?」

 が振り返る。ジュデッカがこちらを見ていた。

「『お父様』は来春、『来るべき日』に扉を開ける。巻き込まれたくなかったら国外にでも逃げてろ」
「来春? 来るべき日? どういうこと?」

 が問い返す。ジュデッカは肩を竦めて、屋上のドアを開けていなくなっていった。



「来春に何かあるんですか?」
「それがわからんから困ってる」

 リッドの運転する車に乗って、三人は情報交換をしていた。どこに行くわけでもなく、車を走らせているだけだ。

「来春。何があるっていうんだ?」

 は腕を組んで、片手を顎にあてて考える。

「関係ないかもしれませんけど、来春のビッグイベントと言えば日食ですよ」
「日食?」

 リッドの言葉に、が隣に目を向ける。

「知りませんでした? 何百年に一度だかの皆既日食です」

 はしばし考え、目を見開いた。

「リッド。皆既日食が見える地域は」
「アメストリス国全域っす。他の国からは部分日食でしか見えないはずです」
「それだ」

 え? と後部座席からレインが声をあげた。

「どういうことですか?」

 は頭をフル回転させる。

「アメストリス国全体に作られた国土錬成陣。そして皆既日食。皆既日食で太陽は月に隠れ、円ができる。それが国土錬成陣と融合して発動するんだ」

 は続ける。

「錬金術記号で太陽は雄・男性を表し、月は雌・女性を表す。太陽と月が交わる事は雌雄同体、つまり完全な存在を表す。錬金術をかじっていれば子供でも知っている知識だ」

 トントンと額を指で叩く。
 随分と綿密に計算をしたではないか。この皆既日食が見える範囲分、国土を広げたというのだから。

「来春。太陽と月が交わる皆既日食の日。国土錬成陣と人柱で扉を開け、『お父様』は完全な存在になる、か。……人柱……人柱ねえ……」
さん、人柱候補なんでしょう? 候補ってことは、まだ人柱ではない?」
「そういうことだね」

 はそのまま額で指を止める。

「エドやアルは人柱確定と聞いた。となると、人体錬成をしたことがあるものが人柱確定とみていいだろう」
「そんな、さんが人体錬成をするのを待ってるってことですか? する予定は……」
「あるわけないでしょ。大体においてそっちは私の専門外だ」

 の専門は化学、物理学が主だ。医療や生体研究に関する部分は触れていない。

「じゃあ、可能性は低いですね」

 レインがほっとしたように言った。

「でも、それを知っているはずのジュデッカが、『巻き込まれたくなかったら国外に逃げろ』と言った。それが気になる」
「人体錬成をしなくても人柱になる可能性があると?」

 リッドが問う。は頷いた。

「もしかすると、その方法があるのかもしれない」
「単純に国土錬成陣から逃げろって意味じゃないんですか?」
「うーん、それもあるかもしれないけど……」

 は改めて腕を組んだ。

「まあ、どのみち逃げるつもりはないんだ。来春まで時間があるとわかった。あとは情報だ」

 あ、とリッドが声をあげた。

「言うのすっかり忘れてました」
「なに? 何かあった?」

 リッドがため息をついた。

「鋼の錬金術師が行方不明だそうです」
「……は?」

 は隣に目を向ける。

「ブリッグズ近くのバズクールの坑道で爆発があってから、鋼の錬金術師とキンブリー、キンブリーの部下二名が行方不明です。まあ、十日探しても遺体は出てないらしいんで、どこかで生きてるでしょ」
「うん、うん……それは大丈夫だと思う。どこかで生きてると思う」

 少しの不安を持ちながらも、は頷いた。ただ、エドワードとしばらく連絡を取ることは難しくなったと言えるだろう。『来るべき日』のことも話したいし、意見も聞きたいが、それどころではないようだ。

「アルはブリッグズにいるの?」
「いないみたいですね。こっちは行方不明というより、意図的にブリッグズから離れたようですけど」

 なるほど、ブリッグズにはオリヴィエの代わりに中央の上層部が入り込んでいる。戻るよりは、そのまま姿をくらました方が都合が良いだろう。

「さて。来春まで出来ることをやっていきましょうか」

 そう言って、車は中央司令部に向けて走り出した。