55.司令本部
カタン。
が食事をしていると、向かい側にトレイが置かれた。顔を上げると、そこにはジュデッカがいた。ここに座ろうか、どこかに行こうか、という顔だ。
「どうぞ」
は先手を打って、にっこりと笑った。
ジュデッカはため息をついての目の前に座った。
「昨日、プライドに会ったよ」
「な」
パンをちぎりながら何でもないように言うと、ジュデッカは表情を強張らせた。
「家に突撃してきた」
「突撃って、お前っ、なんでそんな危険な……!」
そう口走って、ジュデッカは口を押えた。
「……シュウの話と、あの時の事件は私を消すために起こされたんだって話も聞いて来た」
「ふーん……お前が計画なしで行動を起こすやつだって事がわかった」
「何言ってんの。いつだってぶっつけ本番だっつの」
ちぎったパンを口の中に放り込む。
「周り敵だらけなんだ。いつ何が起こったって不思議じゃないでしょ」
この食堂にいる何人が味方で、何人が敵なのか。今ではそんなことすら考えてしまう。恐らくはほとんどが何も知らない兵ばかりだ。上層部と一部の下位軍人だけが今起こっている事を知っている。それが実情だろう。
「プライドはお前になんて?」
「気になる?」
ジュデッカは眉を寄せた。
「なーいしょ」
はにこりと笑った。ジュデッカは更に眉を顰める。
「……その頬と手の傷、プライドにやられたのか」
「目ざといね。そうなんだよ」
の頬と手にはプライドにつけられた細い切り傷があった。絆創膏をはるまでもないためそのまま放置している。
「アレは影を自在に操ると思っていいのかな」
パンの最後の一ちぎりを口の中に放り込んでが言う。
「影を操るだけならかわいいもんだ」
ジュデッカがフォークでパスタを丸めながら言う。
「ふむ。その影はナイフみたいな鋭利さを持っている、か」
頬の傷に触れながらは言った。
昨日は細い影しか出さなかった。それでも、巻き付いていた腕や足には痣が残っていた。あれが更に巨大に動くのであれば、確かに脅威になるだろう。人を切断するのなど簡単なほどの威力はあるに違いない。
「あんまりこっちに首突っ込んで、寝首かかれても知らねーぞ」
ジュデッカが言う。は目を丸くし、にんまりと笑った。
「お? なに? 心配してくれてる?」
「ばっ……! ちげえよ!」
ジュデッカがテーブルを叩いた。はその反応を見てくすくすと笑う。の反応に、ジュデッカは不機嫌そうに眉を寄せ、無言で食事に戻った。
「その後どうなの? ホムンクルス達とは仲良くできてる?」
食後のコーヒーを飲みながらが言う。
「何でお前にそんな事心配されなきゃならないんだ」
不機嫌なままジュデッカが言う。
「相変わらず良くはない、と」
「……チッ」
ジュデッカは否定はしなかった。
「さてと」
そう言ってはコーヒーを飲み切り、立ち上がった。トレイを持ちながら、ポケットからメモ用紙を畳んだものを取り出す。
「暇だったらうちの執務室にも遊びにおいで」
メモをジュデッカのトレイの下に入れながら、が言った。ジュデッカの視線に手を振り、はトレイを片付けて執務室へと戻った。
バン、とノックもなしに執務室のドアが開いたのは、食堂で別れてから一時間も経たない頃合いだった。
「やあ。いらっしゃい、ライヤー中尉」
は驚く事もなく、にこりと笑顔で出迎えた。わけがわからず顔を見合わせるのはリッドとレインだ。
「……これは……本当のことなのか」
が残したメモを片手に、ジュデッカが言う。
そのメモは普通の人には読めない、の手帳の文字と同じだった。と、シュウだけが読める。二人で作った錬金術に特化した創作言語だからだ。
「ちゃんとメモが読めたんだね。感心感心。そして、ここに来たということはその気があるってことかな?」
「……」
はメモに、昨日のプライドとのやりとりを書いた。シュウ・ライヤーにとってがそうであったように、ジュデッカという存在はの枷として存在している。ジュデッカという存在が人質となっていると。確かにはジュデッカを盾にとられたら反抗できないと自分で思う。
プライドは昨日の話は誰にもするなと言った。だが、そこで言いなりになるようなではない。読めない文字でメモを書けば、いくらプライドといえども何が書いてあるかはわからない。
「こっちはリッド・グラクシー少尉。そっちがレイン・ハインド准尉」
二人を指差してが説明する。二人が会釈して挨拶をする。
は両手を組んで、にこりと笑った。
「ようこそ、ジュデッカ。ここが、私たちの司令本部だよ」