53.好奇心









「ブリッグズは完全に中央の上層部に押さえられたみたいっすね」

 リッドが言った。

「問題ないよ。あそこの軍は一枚岩だ。トップが変わったところで、揺らいだりしないよ」

 は朝刊を読みながらコーヒーを啜った。

「それよりも、私はあの人と会う回数が増えた事が気に入らん!!!」
「それは仕方ないっすね」

 新聞を持つ手に力が入りぐしゃりと紙が歪む。リッドは諦めろと言わんばかりに欠伸をした。
 オリヴィエは完全に上層部の仲間入りをしたらしい。軍議でも廊下でも鉢合わせてしまうため、は苛々して仕方がない。

さーん」

 ガチャリとドアを開けてレインが入って来た。

「ジュデッカさん、食堂にいましたよ」
「おっ」

 はコーヒーの残りを飲み干すと、新聞とマグカップを机に置いた。

「じゃあ、今日も構ってくるか」

 立ち上がってぐっと伸びをする。そんなをリッドが怪訝な目で見た。

「あいつ将軍の昔馴染みじゃなくてホムンクルスなんでしょ? なんでそんなに構うんです?」

 はしばし無言になってから、ぽつりと言った。

「なんかほっとけないんだよね」

 そんなわけで、はカウンターでコーヒーだけ淹れると、ジュデッカの席の向かいに座った。ジュデッカは顔を上げ、眉間に皺を寄せた。

「やあ、ご機嫌いかがかな?」
「……今悪くなった」

 深い深いため息をつかれた。

「なんでお前はそうなんだ? こいつの時もそうだった。何でこんなにも拒絶されて、鬱陶しがられても近づこうと思えるんだよ。おまけに俺は敵だぞ?」

 を指差し、眉を寄せたままジュデッカが問う。

「好奇心かな」
「は?」
「自分じゃない記憶を持って、その人の役割を演じることを強制させられて、でも自分は違う人間だっていうのはどんな気分なのかしらと思って」

 は微笑んだまま首を傾げる。

「そういうことでしょう? ジュデッカ」

 シュウ・ライヤーの記憶を持ち、シュウ・ライヤーであることを強制されている、ジュデッカというホムンクルス。それは一体どんな心情であるのか。
 ジュデッカは舌打ちした。

「お前と話をすると気分が悪くなる」
「それは大変だね、食事中なのに」

 ジュデッカも食後のコーヒーを飲んでいた。

「もう一つ気分の悪くなる話してあげようか?」

 にやりとが笑う。

「何だよ」

 ジュデッカが再び眉を寄せた。
 がジュデッカの目を指差した。

「あんたの目、昔のシュウと同じ目してる」

 ジュデッカの目が見開かれる。

「他のホムンクルス達とうまくいってないの?」
「黙れ!!」

 ガタンと音をさせてジュデッカが立ち上がる。周囲が一時沈黙した。その様子に気付いたジュデッカはまた舌打ちし、トレイを持っていなくなってしまった。沈黙はすぐにがやがやと騒がしさへと戻る。

「図星ってとこかな」

 はコーヒーの残りを呑気に飲んでいた。


将軍」

 廊下を歩いていると背後から声をかけられた。

「大総統閣下」

 大総統が一人で廊下を歩いていた。

「いかがしましたか?」

 が問う。大総統が首を傾げた。

「敬礼は無しか」

 は以前まで大総統に声をかけられれば敬礼をして迎えていた。例え軍に忠誠を誓っていなくても、序列については勿論把握している。

「形だけでもしておいた方が良かったですか?」

 は問いかける。

「生憎ホムンクルスに敬意を表す気はないもので」

 はっきりと言い切った。
 大総統は目を丸くする。

「はっはっはっは!」

 そして、すぐに声をあげて笑い出した。ただそれだけだった。帯刀している刀が抜かれることもない。

「ジュデッカが随分世話になっているようだな」
「ええ。シュウ・ライヤーとして来たのであれば、私が近くにいた方が不自然がないでしょう?」
「何故そうまでして昔の関係を維持しようとする? 君には何の旨味もなかろう」
「……ふふ。閣下のご想像を超えた事をしているというのは気分が良いものですね」

 くすりとが笑った。

「簡単なことですよ。私は未だにあの顔が懐かしいだけです」

 それを真実と受け取るかどうかはそちら次第だが。はそこまで言わなかった。

「ちくったな小心者め」
「は?」

 は今日もジュデッカの前で食事をとっていた。
 の言葉にジュデッカは眉を寄せる。

「私があんたと接触してるってこと、大総統に言ったでしょ」
「言ってねえよ。なんでわざわざんな事言わなきゃならないんだ」

 意外そうに目を丸くしたのはだった。

「あら、違うのか。じゃあ、向こうが単に疑問に思ってただけってことか」

 ふーん、とは行儀悪く頬杖をついて納得した。
 ジュデッカはコーヒーカップを持つ。

「ラースになんか言われたのか」
「二人は仲が良いなって」

 ブフッ。
 ジュデッカはカップの中にコーヒーを噴き出した。

「ラース、あの野郎ッ……!!」
「嘘だけど」

 ガタンと立ち上がったところでが言う。
 を睨みながら座るジュデッカを見ながら、やはりシュウではないなあとは改めて思った。ジュデッカは、シュウより喜怒哀楽がはっきりしている。シュウも怒ることはあったが、彼は叫んだりはしなかった。彼は感情の変化が薄かった。

「前から思っていた疑問があるんだけど」

 ランチを食べ終え、もコーヒーカップを持ち上げた。

「ラスト。エンヴィー。グリード。グラトニー。ラース。これはいわゆる『七つの大罪』と呼ばれるものだ。人を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すもの。ということは残りはプライドとスロウスがいるんでしょう」

 トントンと机を叩きながらは言う。

「これらは『お父様』が生み出したというから、お父様から生み出された、もしくは切り離された欲望や感情のことだと推測できる」

 ジュデッカはただの推測を黙って聞いていた。

「ここで問題だ」

 テーブルを叩くのをやめてはまっすぐにジュデッカを見る。

「八番目のあんたはどこから来たの。父親から何を切り離して生まれた?」
「……」

 ジュデッカはに目を向けてから、立ち上がった。

「答える理由がねえな」

 そう言ってトレイを片付けて食堂を出て行ってしまう。

「つれないねえ」

 いつものようにだけが残されて、コーヒーを啜った。