50.白黒猫の捜索
の執務室はいつも通りだった。レインが賑やかに喋り、時々それに相槌を打つのが、ツッコミを入れるのがリッドだ。
「急な辞令でしたね。マスタング大佐の部下、みんな地方に異動になっちゃって。しかも、ホークアイ中尉は大総統付きって。さん、何だかおかしくないですか?」
「おかしいねえ」
「もー! ボク、真剣に聞いてるんですけど!」
両手で机をばしんと叩いてレインが抗議する。は気にすることなくひらひらと手を振った。
「まあまあ、落ち着きなよレイン。それよりおかしいと思ってるのは、ロイの部下はみんな異動させられたのに、私の部下であるあんた達の異動が無かったってところだ」
リッドの視線もへと向く。
は頬杖をついてもう片手で机をトントンと叩いた。
「まったく。上の奴らはどうも、うちの部下はいようがいまいが大した問題にならないと思っているらしい。なめられたものだ」
元々のところへ問題児として異動させられてきた二人だ。その後特に大きな功績をあげたわけでもないし、が二人を連れ歩いているわけでもない。だから、上からの目を逃れた。そう考えるのが妥当だろう。
「リッド、レイン。少し働いてもらうことになるよ。心づもりだけしておいて」
「了解」
「はい!」
二人はそれぞれ返事をした。
コンコン、とノックがあった。
「いるか?」
ドアが開くと、エドワードがひょっこりと顔を出した。後ろにはアルフォンスもいる。
「いるよ。なに?」
コーヒーを飲みながらはひらりと手を振った。二人は執務室に入って来る。
「お前、あの豆粒女と一緒にいたよな?」
「豆粒女?」
「シンから来た女の子のこと……」
が眉を寄せて首を傾げるのを見て、アルフォンスが補足した。ああ、とは納得する。
「いたけど?」
「どこに行ったか知らないか!?」
「知らんわ」
何故自分が知っているのかといった調子でが返した。
「大体、あの後一緒にいたのはアルでしょ? 私が知ってるはずないじゃん」
「どこに行くとか聞いてないのか?」
「知らん。聞いてない」
「何だよ、使えねーな」
「ほう? どの口が言うんだ豆粒男」
「誰が豆粒ドチビだぁあああ!!?」
「うるせえ……」
自席で寝ていたリッドが不機嫌そうに起きた。
「何だ、来てたのか豆粒錬金術師」
「ぐぎぎ……!!」
エドワードは右手をギリリと握りしめた。リッドは怖いので反抗したくないけど反論したいという具合のようだ。
「と、とりあえず! この白黒猫を連れた女を見つけたら教えてくれ!」
エドワードがポケットから絵の描いた紙を三人に見せた。
「合成獣かなにかですか?」
レインが首を傾げた。
「すみません、こっちです」
アルフォンスがふんどしの中から別の絵の描いた紙を取り出した。
その絵はも見覚えがあった。メイと一緒にいたシャオメイという猫のような生物だ。
「まあ、気が向いたら探してやるよ」
「ボクも友達にも聞いてみますね」
「ありがとうございます、お二人とも!」
リッドとレインにアルフォンスが礼を言う。
「なんかこう、将軍権限でよろしく頼むぜ!」
「はいはい。適当に探しておいてあげる」
ひらひらとは手を振ってあしらった。将軍権限でどうしろというのか。部下に一斉にセントラルの街中を探すように命令でもしろというのか。現実的じゃなさすぎる。
そう騒いだ後、エルリック兄弟は図書館に行くと言っていなくなっていった。いつでも忙しない兄弟だなあとはコーヒーを飲みながら思った。
***
「将軍。一応、耳に入れておきたい話が」
翌朝、リッドが出社するなりのところにやってきた。
「なに?」
「ゾルフ・J・キンブリーが突然出所したそうです」
書類に向けていた目をリッドへと移す。
「キンブリーが?」
キンブリーはイシュヴァールでの上官殺しの刑で刑務所に入っていた。
「軽く調べましたけど、受刑期間は終えてません。お上の一声、ってやつっす」
は腕を組む。
お上の一声。軍の上層部が何かに紅蓮の錬金術師を利用しようとしている。彼ならば、確かに何でもやるだろう。殺人も。街を消すのも。彼にとっては簡単なことだ。
「……あいつら、あの爆弾魔使って一体何をするつもりだ?」
コンコンとドアがノックされた。
「はーい」
レインが返事をしてドアを開けた。
「失礼致します、将軍」
「でいいって。何か用少佐」
入って来たのはアームストロングだった。
「うむ、では。マスタング大佐より伝言だ。白黒猫を連れた少女は、イーストシティで目撃され、北へ向かう列車に乗って行ったそうだ」
「ああ、見つかったんだ」
よく見つかったものだと思う。しかし、北に何の用で向かうのだろうか。そちらの方面に不老不死の法に関わることでも見つけたのだろうか。
「エルリック兄弟は北へ行くとのことで……あー……その、実は将軍にお願いしたい事がありまして……」
「は? なに?」
アームストロングは額を押さえた。
「一応我輩の紹介状は渡したのですが、何分読んでもらえるかわからないため、将軍からもお一言……」
「断る!!!」
はバンと机を叩いた。
「ああ、わかった。言いたい事はよっくわかった。だが断る!!!」
「そ、そこを何とか……!」
「大体あの女帝が私の話聞くと思ってんの!? 『フン、のクソガキが私の領域に口を挟むな殺すぞ』とか言われるだけだっつーの!! 私だって話したくもないわ!!」
「ああ、アームストロング少将っすか。将軍、仲悪いですもんね」
リッドがコーヒーを作りながら言った。は完全に不機嫌になっていた。
北方司令部よりさらに北。ドラクマとの国境にブリッグズ要塞という、このアメストリス軍の最北の拠点がある。そのトップが、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将。アームストロングの実姉である。
彼女とは物凄く、それはそれは物凄く仲が悪かった。同じ地位にいること。性格がまったく合わないこと。年齢差。体格差。エトセトラ。様々な要因が合わさり、出会えば肉食獣同士の如く睨み合いになる。
エルリック兄弟が行くからよろしく、と一言頼んでくれないかというだけなのだが。
「むう……どうしても駄目ですか」
「駄目。無理。却下」
アームストロングは深いため息をついて諦めた。
「二人の仲が少しでも改善することを祈るばかりですな……」
そう言って、アームストロングは執務室を出て行った。
は不機嫌なのが収まらないようで、眉間に皺を寄せてコーヒーをぐっと飲みほした。
「そんな日は一生こないっつーの」
ダン、と音をさせてマグカップを机に叩きつけた。