47.セントラル地下
「さて」
は手帳を取り出し、挟まっていた地図を取り出した。第五研究所を含め、第一から第五までの研究所に印をつけていた。
「私の考えが正しければ、この線上のどっかに地下への入口があると思うんだけ、ど」
どこから攻めるべきか。広いと言えば広い。セントラルシティをぐるっと歩くことになる。そして人目につくようなところに入口があるとも思えない。人目につかないところとなると、廃工場、路地裏、スラム街……――
「とりあえず今日は時間あるんだ。地道に歩くか」
はひとまず廃工場の方向へと向かった。
脇の稼働中の工場では既に仕事が始まっていた。それを横目に歩く。目的は人がいる方ではない。
その時。
「あ」
見た事のある顔と曲り道で出会った。――スカーだ。
「流水の錬金術師……!」
スカーが構える。も背後に跳んで間合いを開けて構える。そうだ、結局昨日スカーは捕まらずに逃げられたのだった。
まずい。今の身体でまともにスカーと戦うことなど無理だ。どうすればいいかは思考をめぐらす。
「スカーさん、お知り合いですカ?」
少女がスカーの脇から出て来た。スカーが少女と一緒にいるとは思わず、は思わずスカーと少女を何度も見比べる。
「…………娘?」
「違う!!」
スカーが勢いよく否定した。
「……あー……私、今日は非番だから。あんたとやり合う気ないし、他に用事もあるし……会わなかったことにしてあげるから、ここでさよならしない?」
表情をやや引きつらせながらが提案する。スカーは黙っている。なによりスカーから殺気が感じられない。今なら提案を飲んでもらえるかもしれない。そんな期待に賭ける。
「あの、スカーさん。早くしないとあの鎧の人ガ……」
少女がスカーの服を引く。
「えっ、鎧? もしかして、アルのこと探してるの?」
「知ってるんですカ!?」
「こういう鎧の……」
「そうでス!!」
額に一本人差し指を立てて見せると、少女ははっきりと頷いた。
「私も探してるんだけど……なに? 昨日の続きやるつもり?」
が問う。
「……今の己れの目的はそれではない」
スカーは表情を変えずに言った。
「は? じゃあ、まあいいけど……」
はやっと構えを解いた。
「アルを追ってるなら私もついて行くけど、いいよね」
「……己れがお前を殺すとは考えないのか」
「だから、今日は休戦しよって言ってんじゃん……」
「……まあいい」
気付かれないようにほっと息を吐く。スカーと戦う必要が無くなっただけで、ここまで安堵してしまう自分が情けない。
「それで、この子は? スカーの娘ってのはまあ冗談で、まさかシンから来たとか言わないよね?」
「えっ!? どうしてわかったんですカ!?」
「やっぱり……何人か知り合いがいてね」
同じ訛りだったため気が付いたというわけだ。
「メイ・チャンと申しまス。あなたも国家錬金術師なのですカ?」
頷いて、自分よりも小さなメイに手を差し出す。
「流水の錬金術師の・だよ。よろしく」
「よろしくお願いしまス」
そう言って握手をかわす。その間、スカーはやはり襲ってくる様子も無く黙って見ているだけだった。
話を聞くと、シャオメイという名の動物がいなくなってしまい、アルフォンスと共にいるところを見かけたという情報を得たのだという。昨日スカーとの戦いの最中で離れてしまったというから、この少女もスカーとの戦いの現場にいたということだ。
ガシャンと音がした。目を向けると、アルフォンスの背中が見えた。一緒にいるのは以前エンヴィーと共にスラム街にいた顔、グラトニーだ。
アルフォンスの顔の近くに、確かに何か小動物が乗っていた。
「シャオ……」
「待て」
スカーが飛び出そうとしたメイの肩を掴んだ。
「あの太い奴……確かホムンクルスと呼ばれていた」
「ホムンクルス?」
メイが問う。
「不死身に近い再生力を持っている。うかつに手出しできん」
「不死身だなんて願ってもなイ! 追いかけましょウ!」
「うかつに手出しできんと言っただろう。簡単にいく相手ではないぞ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずでス! シャオメイもあそこにいるのに、何をためらう必要があるのですカ!」
「ム……」
先に飛び出して行ったメイの後ろ姿を見送る。
不死身なんて願っても無い。彼女も不老不死の法を探しにシンからやってきたのだろう。
それにしても、何故アルフォンスがホムンクルスと一緒にいるのか。エドワードは一緒にはいないようだ。郊外でホークアイ達と別れた後に、また何か問題が起こったと考えるのが妥当だろう。
「何故、鋼の錬金術師の弟がホムンクルスと共にいる。グルか?」
スカーが小声で問いかけて来た。
「んなわけないでしょ。何かあったんだよ」
そこで、ちょうど耳に足音と声が聞こえて来た。話の内容からして彼らは――
「やべ」
はスカーの背中を押してメイの向かった方へ行き、アルフォンス達が消えた扉の中へと入った。
「……何故お前まで憲兵から隠れる」
「今日非番だって言ったでしょ。見つかるとめんどくさいんだよ」
が覚えていない憲兵だろうが、向こうはを見れば誰なのかすぐにわかる。そうなれば、護衛をつけろだのなんだのとうるさいに決まっている。この隣の男のせいで、である。
「どうした?」
メイが震えていた。
「……いエ……ここ、変……」
「変?」
が問いかける。
「この国に入ってから、違和感を感じていたのですが、なんと言うカ……その感覚を表現しようが無くテ……でも、今、その感覚がわかりかけてきましタ……」
メイはごくりと喉を鳴らす。
「足の下をたくさんの何かがはいずり回っていル……」
「足の下を……?」
は下に続く階段を見つめる。
この国に住んで十七年、足下に何かがはいずり回っている感覚など持った事はなかった。他国から来たから感じるものなのか。はアメストリスから出た事が無いからわからない。
「大丈夫? 行かないなら一人で行くけど」
が階段を下り始める。
「行きまス!」
の後ろをメイが、そしてスカーがついてくる。
鉄格子を開けて、階段を下りていく。
「流水の錬金術師」
スカーが声をかけてきた。
「なに?」
「ひとつ聞きたいことがある」
スカーに目を向ける。
「お前は、イシュヴァールの殲滅戦には行っていたのか?」
「行ってたけど。それが?」
「そこでイシュヴァール人の少女を一人、助けた覚えはあるか」
「ああ、勿論。覚えてるよ。……ていうか、何で知ってんの?」
は視線を逸らして、階段へと目を戻す。
「……その少女は、今も元気に生活しているそうだ」
「……そう。あの人達、無事に逃げられたんだ」
ふっと笑みを浮かべる。
「よかった」
「……」
スカーは何も言わなかった。
通路を歩き始めると、途端に叫び声が聞こえた。天井からドスンドスンと合成獣が落ちてくる。
「げっ」
は咄嗟に腹を押さえた。だが、すぐには両手を合わせて氷の剣を錬成する。
襲い掛かって来る合成獣を斬って捨てる。頭を割り、首を落とす。
「合成獣は勘弁してくれないかなあもう!」
合成獣を前にするといつも考える。あの時今の力で戦えていれば、何の悲劇も起こりはしなかったのに、と。
メイが体術と刃を投げて攻撃する。スカーが分解する。門番は襲ってくる度に倒されていく。
「ずいぶんと変わった門番ですネ」
「合成獣というやつだ。錬金術が生み出した悲しき生物よ」
前方にまだ大量に合成獣がいた。
「キリが無いな」
「仕方ない」
は剣を昇華させると、右手を床に叩きつけた。錬成光と共に氷が床を走る。氷は合成獣たちの足をとり、そのままその体を氷像へと変えた。
「ふぅ……ゲホッゲホッ」
咳き込みながら立ち上がる。
「これで幾分楽になったでしょう」
「ああ」
ひとまず目の前にいる分は氷が溶けない限り身動きは取れないはずだ。
「下……いやダ……下……」
メイがか細く呟いた。
「やっぱり、何かいまス……」
「まだ下に合成獣がいるのか。やっかいだな」
「違いまス」
メイが否定した。
「これハ……人……?」
「人……?」
はスカーと顔を見合わせる。地下から人の気配などしないからだ。
「行くのやめる?」
が問いかける。メイはぐっと言葉に詰まったが、ふるふると首を振った。
「シャオメイが待ってまス!」
メイは足を進める。
「そういえば聞きそびれてたけど、メイがさっきから使ってるの錬金術だよね?」
「え? ハイ。シンでは錬丹術と言いまス」
「ふーん」
見た事の無い錬成だった。刃を対象に投げ、足下に別に陣を作り発動させる。シンでは遠隔で錬金術を発動させることができるようだ。
「いいなー。今度暇出来たら教えてよ」
自分の知らない錬金術がまだあるのだと知った。今の自分は笑顔に違いない。
「あ、ハイ、モチロン! 代わりに、アメストリスの錬金術も知りたいでス!」
「オッケーオッケー教えちゃうよお」
「雑談をしている場合ではないぞ」
合成獣の氷像を抜けると、また頭上からドスンドスンと合成獣が降って来る。
「げえ」
あからさまにが嫌そうな顔をした。
その時だった。
――風が吹いた。
「え、なに……」
ビリビリと鼓膜を揺らすこの音は何だ。
「来るぞ」
スカーが言う。合成獣が攻めてきていた。スカーが合成獣を頭から分解していた。
はまた剣を錬成しようとする。
「あれ!?」
「どうした」
ピタリとは動きを止めてしまった。
「……錬金術が使えない」
いつもつけている黒い手袋の下にある錬成陣に異変はない。つい先程まで使えていたのに!
合成獣が襲ってくる。
「あばばばば!!」
突進してくる合成獣をギリギリで避ける。
「メイ! 何か武器錬成できない!? 剣とか!」
「ハイ!」
メイが錬成した剣を投げてくる。それを受け取って合成獣の首を落とす。
「仕方ない……しばらくこれで行くしかないか……」
は剣術の訓練をしたわけではない。自己流だ。体術の方が得意と言えるが、今の自分が役立つレベルの体術を披露できるとも思えない。
「……足下のこれが原因かもしれないでス」
メイがまた足下を見た。
「何かいるっていう? 人だっけ?」
「はイ……」
「それが錬金術にどうして影響が……っていうか、なんで二人は錬金術使えてんの!?」
錬成光をバチバチとさせながら合成獣を破壊し続けているスカーに気付いて、は叫んだ。
メイの錬金術は錬丹術というシンの国の錬金術だという。もしかすると、その違いなのだろうか? だが、今までが錬金術師として生活してきた中で、錬金術が使えなかったことなど一度もなかった。
「ねえ、スカー! あんたもしかしてその腕、錬丹術が元だとか言わないよね!?」
スカーは合成獣を屠りながら言った。
「そこの娘が、錬丹術を元にしてこの国の錬金術を合わせたようなものだと言っていた」
やはり、錬丹術なら使えて錬金術は使えない。状況から見ればそういうことになる。
だが、何故だ? 何故錬金術が使えない。
「また新しい問題が出来ちゃったなあ、もう!」
合成獣の頭に剣を叩きつけながらは叫んだ。
「扉でス!」
先を行くメイが指さした。
「開けよう!」
合成獣を叩きつけるようにしてスカーが扉を開けた。
広い部屋だった。
「スカー!?」
「と、あの時邪魔した女の子!? ……と、」
「「!?」」
巨大な合成獣のような生物の足下に捜し人を見つけた。
「エド! アル! それにリンも! 良かった、無事だったんだ!」
「何でお前がそいつらと一緒に行動してんだよ!」
「いやあ、なんか成り行きで……」
頭を掻きながらが言う。
「? ・か?」
エドワードと同じ金色の髪に金色の目を持った男が言った。
「誰こいつ」
「ホムンクルスの親玉ってとこだ」
エドワードが言う。ゲッとは眉を寄せた。今日はあまり無理をする予定ではなかったという目論見はついに潰えたと言える。
状況を確認する。
ここは地下のどこか。ホムンクルスの親玉がいるということは、彼らのアジトの中心部と見て間違いはないだろう。門番の数が多かったのもそれを裏付ける。
そして、巨大な生物、グラトニーがおり、そこにリンが一緒に立っている。
「ハハハ! 流水の錬金術師、ちょうど良かった! ここに連れて来る手間が省けた!」
「その喋り方……あんた、エンヴィーか」
が眉を寄せる。何に変身しているつもりか知らないが、合成獣のなり損ないのような巨大な姿をしている。エドワードとアルフォンスの二人はエンヴィーに床に押さえつけられて身動きが取れないようだ。
「鋼の錬金術師!」
「エ!? どこですカ!? エドワード様はどコ!?」
「あれだあれ」
「そこにいるよ」
もスカーと一緒に指をさす。
「どこにもいないじゃないですか!」
「だからアレだと言っている。あの小柄なのが鋼の錬金術師だ」
エドワードの表情が不機嫌そうに変わった。こちらの言葉が聞こえたのだろう。相変わらずの地獄耳だ。
「!!!!!」
メイはあんぐりと口を開け、
「乙女の純情を弄んだわねこの飯粒男――ッ!!!」
「なんだとこの飯粒女!!」
「兄さんあの娘に何したんだよ!? 責任とんなよ!!」
「なんもしてねぇ!!」
ぎゃーぎゃーと騒がしい様子を見て二人とも元気ではあるようだと、安堵の息を吐く。
問題は、ホムンクルスの親玉と呼ばれた男だ。無表情で、何を考えているのかわからない。ただの方をじっと見ているのは確かだ。
「バカめ! この状況に飛び込んで来るとは! 片付けろグラトニー! 流水の錬金術師は飲むなよ!」
「はぁい!」
「奴は今術を使うことができない!!」
「そうでもないんだなあ! やっちゃえスカー!」
が叫ぶ。スカーはゴキンと指を鳴らすと、右手をグラトニーにぶつけてその身体をバラバラに分解した。
「許せませン……乙女心を踏みにじりおまけにシャオメイ誘拐まで……天誅!!!」
メイが刃を投げる。遠隔で錬成されたものはエンヴィーの下から大きな拳となって突き上げた。
「なぜお前らここで錬金術を使える!?」
エンヴィーが叫んだ。
「エド! アル!」
「お前もか!」
が普通の剣を持っているのを見てエドワードが言った。は頷く。二人もやはり錬金術を使えない。
「スカー!」
エドワードが叫んだ。
「イシュヴァール内乱の真実を教えてやる! 内乱のきっかけになった子供の射殺事件は、このエンヴィーってホムンクルスが軍将校に化けてわざと子供を撃ち殺したんだ!」
え、との口から言葉が漏れる。
「内乱はこいつらの差し金だ! こいつらはあの内乱のすべてを知っている!!」
「……詳しく話を聞かせてもらわねばならんようだな」
スカーが怒りをあらわに言う。そして復活したグラトニーをまた分解し、床に手をつけて床板をバラバラにしてしまった。
「ちょっと場所考えなさいよバカ!」
足下の床板がバラバラになるのをなんとか体勢を整えて転ばないようにする。
だが、イシュヴァールの内乱がホムンクルスの差し金だとすれば、あの内乱を大きくした要因でもあるキング・ブラッドレイはやはり――
「ふむ。お前が・か」
「っ!?」
目の前に男がいた。
剣を向ける前に、は背後に急に現れた壁に囚われた。
「こ、のッ! 放せ!!」
腕も足も拘束され、持っていた剣も手を放れてしまった。
「ふむ……なるほど。もうほとんど残りカスのようなものだな」
の身体を見つめて、男は言った。
錬金術は相変わらず発動しない。は手を合わせずとも錬金術が発動できるため、このような拘束普段ならばすぐに壊してしまえるというのに。
「何の話をして……」
ずぶり。
「え、」
男の手がの心臓を貫いた。
急激に頭が働かなくなった。頭が痛い。古傷が痛む。身体が重い。視界が白くなって、吐き気がする。ごほっと吐き出したのは大量の血だった。
「「!!」」
エドワードとアルフォンスの叫び声が遠くに聞こえた。
拘束が解け、はその場に崩れ落ち、倒れた。
「!」
エドワードが駆け寄ろうとするが、それをリンが阻んだ。アルフォンスはエンヴィーに再び囚われた。
は動かない。
「くっそ! ! おい、返事しろ! !!」
「なんだ、お祭り騒ぎだな」
カンカンと音を鳴らして、一人の男が階段を降りて来た。
「シュウ・ライヤー!」
シュウが軍服のまま降りてきていた。
「お前、やっぱりホムンクルスの仲間だったのか!!」
リンと戦いながらエドワードが叫ぶ。シュウは面倒そうに頭を掻いた。
「もう連れてっていいのか?」
「ああ。連れて行け」
倒れたの元へ行くと、そのまま横抱きにして抱え上げた。は意識がないのか、反応しなかった。
シュウはそのまま元来た階段を上って行く。
「テメエ! を何処に連れて行くつもりだ!!」
シュウは答えない。
「!」
アルフォンスが叫ぶ。
「!!」
扉がバタンと閉まった。