46.確信
「将軍。やっぱりあなた、退院して歩き回れるような状態じゃないですよ。もう一度入院しませんか?」
は立ち上がりながら首を振った。
「冗談じゃないですよ。これ以上仕事溜めてられませんって。じゃ、お世話になりました」
コートを羽織って駐車場で待っている車へと戻った。運転席にはリッドがいた。
「医者なんか言ってました?」
「もう一度入院しませんかだって。冗談じゃないっつーの」
バタンとドアを閉めながらが言った。
リッドはため息だけついて、車を発車させた。
ザ、ザザ、と無線の音が聞こえた。リッドが音量を上げる。
『――ちら中央三区憲兵隊。至急応援求む。至急応援求む』
『中央憲兵司令部へ――第十七区――スカーを発見――至急応援を――』
『何がどうなっている!? 十七区にもスカー!? じゃあ三区のは何だ!?』
『三人目のスカーだと!?』
『誤報が飛び交っている』
『――なんだ四人目のスカーって』
『中央憲兵司令部より、第八区へ――スカーが少年と交戦中。少年は国家錬金術師。発砲はするな!』
「なにこれ」
が呟いた。
「なんか誤報祭りっすね。誰が流してるんだか」
「エルリック兄弟がスカーのこと探してたみたいだから……でも、あいつらが軍に誤情報流して回れるとは思えないし」
「となると、軍の協力者っすね」
「……かなり絞り込めたな。なにやってんだあいつら……」
は眉間を押さえた。エルリック兄弟に手を貸す軍人など、自分でなければロイ達に決まっている。
「スカーのこと殺されると何か不都合があるから、誤情報流して攪乱してるんでしょ。鋼の兄弟は何でそれで不都合があるんすか」
「さあ……」
もわからなかった。
前にハボックが、エルリック兄弟がスカーに見つけて貰いたいように目立つ行動をしていると言っていた。そしてついに出会ったというところだろう。スカーに何か用があるからおびき出した。だから、殺されては困るし、かと言ってスカーとの交戦中に軍警が来ないとも限らない。だから、ロイ達が誤報を流している、とこういうところだろう。
「ったく……何が今後は互いに情報交換しながらやっていこうだっつの」
はため息をついた。
「リッド」
「行きませんよ」
「命令」
「嫌っす」
が隣を睨みつけた。リッドはちらりと横目でを見てから、また前を見た。
「自分の体考えてください。そんな体でスカーとまともにやり合えると思ってんですか。ろくに動けないまま殺されて終わりっすよ」
「……」
は苛立たし気にため息をつきながら頭を掻いた。
「司令部に戻ろう」
「あれ。やけに聞き分けいいじゃないですか」
リッドが意外そうに言った。
「あいつらから何か情報来るの待つ」
窓ガラスに頬杖をつきながら、は不機嫌そうに言った。
「向こうから言って来なかったら聞き出しに行ってやる」
***
「……で、結局来ないし。ロイも昼に視察に出たまま帰って来てないっていうし。まったく……」
はコートを着て司令部を出ると、エルリック兄弟が泊まっているホテルへと向かった。だが、ロイも帰っていないとなると、エルリック兄弟もいない可能性がある。
スカーに会うのが目的ではなく、やはりスカーをおびき出す事で、何かをしようとしていたということだ。それは何か。スカーに会うとどうなる。殺し合いになるだろう。そこから何か導き出せる?
「将軍、お疲れ様です」
突然声をかけられて、は驚いて顔をあげた。いつの間にかホテルに辿り着いていた。そして、ホテルの前に何人も憲兵がいては首を傾げた。全員が敬礼をしていた。
「お疲れ……っていうか、何でこんなところにこんなたくさんいるの」
「スカーを取り逃したので、鋼の錬金術師殿の警護を……のはずなのですが」
「どうやら、夕方から帰っていないようで」
「夕方から?」
夕方には一度ホテルに戻っている。ひとまず、無事ではあるようだ。
「ええ。幼馴染の少女を駅に送ったまま……駅の方も見たのですが、どこにもいないようでして」
「……」
ウィンリィを駅まで送った後、兄弟揃ってどこかに行った。
「将軍も、こんな夜分に出歩くなら、護衛をお付けください。スカーは国家錬金術師を狙っているんですから」
「ああ、うん。そうだね。気を付けるよ」
そう言って、はホテルを後にした。
念のためと思い、ロイの家にも寄ってみた。明かりはついていない。ノッカーを鳴らしてみるが、やはりいないようだ。
「ロイも家に帰ってない、か……」
は自宅に帰ることにした。明日は非番だ。いくらでも動きようがある。
「足を止めるな……考えることをやめるな……」
この動かない体で何が出来るか、考えることをやめるな。
翌朝、まだ外が白んでいる早い時間には家を出た。息を吐くと白くなった。司令部にロイ達が戻っているか確認をすることにした。別に今更私服で司令部に入ったところで文句は言われないし、そういう地位に就いている。それに、こんな早い時間にいる人間も限られているというものだ。
そして早速見つけた。軍の門の前に車が一台、そしてそこに立っている軍人がいた。
「リザ中尉!」
呼びながら駆け寄る。ほんの少し走っただけで動悸がした。ホークアイが驚いた表情でを見ていた。
「! どうしたの、こんな朝早くに……」
「今日非番だから、エドやロイ達探そうと思って。昨日ずっといなかったでしょ?」
「もしかして、昨日ずっと探していたの?」
頷く。一日中探していたわけではないが、司令部を出たのは就業時間終わってすぐだったし、遅くまで歩き回っていたのは事実だった。
「……そう。ごめんなさいね、心配かけて。大佐も私も大丈夫よ」
ひとまず息を吐く。ロイも無事らしい。
「エド達は?」
「エドワード君達は一緒に帰って来ていないの。途中で別れてしまったから……」
エドワードとアルフォンスは未だホテルにはいない、と。
「スカーとやり合った後、何があったの?」
問うと、ホークアイは肩を落としながらため息をついた。
「……ここで立ち話するような話じゃないわ。もう、いろんなことがあったわ。盛りだくさんよ」
「エド達とはどこで別れたの? 場所は?」
ホークアイは首を振った。
「車じゃなきゃ行けないわ。郊外だもの」
ふむ、と思う。は車の運転はできない。場所を教えられても行くことはできないだろう。
「……郊外じゃないとできないような話で、しかもそんなところで別れなきゃならないような問題が発生した、と」
「……ええ」
は周囲を確認する。早朝のため、誰もいない。
「……もしかしてホムンクルス関連?」
それも声を落として聞いた。ホークアイは小さく頷いた。
「そう」
は頷いた。
確かにホムンクルス関連であれば、郊外にでも出なければ話が出来ないだろう。
「で、中尉はこんなところで何してるの?」
ホークアイは司令部を睨みつけた。
「大佐を待っているの。今、上層部を探りに行っているから」
「上層部?」
が怪訝そうに眉を寄せる。
何故、今上層部を探る必要がある? 上層部に関する何かが判明したから。それも、確実性のある何かを。そして、それはホムンクルスに関連している。つまり、上層部にホムンクルス関連の何かを探りに行っているというわけだ。
「……大体内容理解してきた。私の予測が概ね当たってたってことか……」
ホムンクルスと上層部は探らなくとも関わりがあることはほぼ間違いないだろう。がずっと想定していた事だ。
「じゃあ、ロイは任せる。私は別の方向から調べますかね」
「別の?」
「そ。別に危ないことするつもりないから心配しないで」
ひらりと手を振って、は朝靄のかかる街の中を歩き出した。