45.「何か」
「やっほー、シュウ!」
は廊下で目当ての人物を見つけると、元気に片手をあげて声をかけた。対象には思いっきり眉を寄せられた。
「……何か用か?」
低く問われる。
「つーか、お前この間俺に銃向けて、エンヴィー? とかいうやつと間違えてたけど……」
「あー、それね! それはもういいんだ、忘れて」
ひらひらと手を振り、が言った。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、時間空いてるよね?」
問答無用である。
「……悪いけど、これから外回りあるんだ。また今度な」
そう言ってシュウはくるりと体を反転させて歩き出した。
「えー、サボれよそんなの」
「お前と一緒にすんなっつの。じゃあな」
ひらりと手を振って、シュウは歩いて行ってしまった。
はため息をついて両手をポケットに突っ込んだ。
「……避けられてるな。自分から近づいて来たくせに」
はめげなかった。
「やあ、シュウ!」
翌日も。
「よっ、シュウ!」
翌々日も。
「シュウ! 話があるんだけど!」
そして次の日も声をかけた。
「チッ、上手く避けやがる……」
執務室で不機嫌にコーヒーを啜った。乱暴に組んだ足は机の上に載りそうだった。
「あのライヤー中尉って方、さんのお友達なんですか?」
レインが問う。
「あー、うん。そう」
「行方不明だったんですよね。戻って来て良かったですね!」
レインが笑顔で言った。はあ、とため息をついたのはリッドだ。
「楽観的だなあ、お前は」
「え?」
「四年音信不通の行方不明だったやつが、平然と軍に戻って来るかよ」
レインが首を傾げる。
「えっ、だって戻って来てるじゃない」
「それがおかしいっつってんだよ」
今度はがため息をついた。
「そう。おかしいんだよ」
くるりと椅子を回して机に頬杖をつく。コーヒーをずずっと啜った。
「……」
その様子を、レインは眉を寄せて見ていた。
「シュウ・ライヤーさん?」
声をかけられ、シュウは振り返った。立っていたのはレインだった。
「誰だお前」
「さんの部下ですよ」
にっこりと笑ってレインが言う。シュウは眉を寄せた。
「あいつの部下が何の用だ」
「やだなあ、そんな怖い顔しないでくださいよお。ちょっとお話ししてみたかっただけです」
レインは笑顔を崩さなかった。
「なんで行方不明だったんですか?」
「お前に答える理由がない」
「じゃあ、なんで急に戻ってきたんですか?」
「それも答える理由がない」
「じゃあ、最後にもう一つ」
レインは笑顔を捨てて、問いかけた。
「さんに何かするつもりですか?」
シュウの目がすっと細められる。
レインは続けた。
「なんで行方不明だったのかとか、なんで戻って来たのかとか、本当はどうでもいいんです。……ただ、さんに手を出すことだけは、ぼくが許しません」
シュウはハッと笑った。
「随分忠誠心が厚い、」
「許しませんからね」
レインは強い口調で言葉を被せた。睨み合うこと数秒。
「あっ、シュウ見つけた! おーい!」
遠くからが手を振りながら駆けて来た。シュウは舌打ちすると、レインの前から去って行った。
「チッ、また逃げられた」
レインの横まで来ると、も舌打ちをする。そうしてレインの方を見る。
「今、何話してたの」
「大したこと話してないですよ。自己紹介してただけです」
後ろで手を組んで、レインはにこりと笑った。は眉を寄せる。
「あんまり近づかないで。あれが何かまだわからないから」
「シュウ・ライヤーさんじゃないんですか?」
「……」
は答えない。何者なのかはにもまだわからないし、それはレインもリッドも知る必要のないことだ。
「とにかく、近づかないで。リッドにも言っといて」
が立ち去る。その背中を見ながらレインは息を吐く。
「まーた除け者だあ」
***
1910年5月
東部オリンズの違法合成獣の取り締まり
中央司令部所属 ・大尉、シュウ・ライヤー中尉
東方司令部所属 ミッチェル・カートライト中尉、ドルー・パージター中尉、デニス・ブレイズ少尉
違法合成獣の殺害に成功。また、当該研究員は全員死亡。死因は合成獣の暴走による。
ミッチェル・カートライト中尉、ドルー・パージター中尉、デニス・ブレイズ少尉、同様に死亡。死因も同様。
・大尉、重傷。合成獣の暴走による。イーストシティ軍属病院にて治療を受ける。
シュウ・ライヤー中尉、行方不明。
シュウ・ライヤー 1894年06月22日生
セントラルシティ出身、セントラルシティ在住
「……って、情報これだけかよ」
ぴらりと紙をめくってリッドが呟いた。
事件報告書とシュウの軍人名簿だった。
あまりにもシュウの情報が少なすぎた。他の人間はもっとプロフィールが細かく記載されている。いつ入隊したのか。いつどこに所属していたのか。異動があったのならば、その情報も。だが、シュウの名簿にはその情報が一切書かれていない。
折角コネを使って無理に情報を取り寄せたのに、これでは情報は手に入らなかったに等しい。
「ふぁ……」
欠伸をしながらが執務室に入って来た。リッドはメモをぐしゃりと握りしめるとポケットに突っ込んだ。
「あれ、リッドまだいたの? 珍しいね」
「もう帰りますよ」
就業時間はとうに過ぎていた。が執務室に入るのと逆に、リッドは席から立ち上がった。
「将軍、まだ帰らないんすか」
「これ片付けたらねー」
机の上の書類を叩いてが言う。そしてコーヒーを作るために歩いて行く。
「無理矢理退院してること忘れないでくださいよ」
「はいはい」
お疲れーとが言う。お疲れっすとリッドも返し、執務室を出た。
ポケットの中のメモをぐしゃりと握りつぶした。