第三研究所の件から三日。当然ながらロイとハボックは未だ入院したままだ。
 その日の仕事を一段落させると、は気分転換に街へと出て行った。
 特に行く宛も無くブラブラ歩いていたのだが、ふとエルリック兄弟の止まっているホテルの前を通りかかった。
 そういえば、あれからアルフォンスはどうしているだろう。エドワードは帰って来ただろうか? そう思いながらホテルのドアを開けると、「いらっしゃいませ」という従業員の声と共に、視界に大きな鎧が入ってきた。
 アルフォンスは誰かと電話をしていて、その脇にはウィンリィも立っていた。まだシーツでぐるぐる巻きになっているところを見ると、エドワードはまだ帰ってきていないようだ。

「……改めて見ると、すごい事になってんな。アル」
「あ、さん」

 こんにちは、とウィンリィに挨拶されても挨拶を返す。
 の傍に寄ってきたウィンリィが、改めてアルフォンスを眺めてみる。

「……ホントですよね」
「ね」

 二人は思わず顔を見合わせて苦笑した。
 すると、アルフォンスの驚く声が耳に入ってきた。

「え? 父さんが?」








39.爆弾を抱えて









「父親?」

 アルフォンスとウィンリィについて部屋へと行ってみると、何故かそこには当たり前のように居座っているリンとランファンの姿があった。アルフォンスに聞いてみれば、エドワードが居ないのをいい事に二人でルームサービスを使いまくっているらしい。帰ってきたらぶっ飛ばされるに違いない。
 そして、先程のアルフォンスの電話の話になったのだ。

「もう十年くらい行方不明だった父さんが、今田舎に戻ってきてるみたい」

 電話口の相手はリゼンブールのピナコだったらしい。
 エドワードは機械鎧の修理という事でアームストロングに拉致されて行ったのだが、未だリゼンブールには着いていないようだ。代わりに、行方不明の父が帰ってきているという。

「会いに行かなくていいのかイ?」

 リンが尋ねる。

「うーん……会っても何話していいかわかんないや」
「何で? 嫌いなの?」

 曖昧な返事を返すアルフォンスに、が首を傾げて尋ねた。アルフォンスは考えるように少し唸った。

「嫌い……とは違うな。嫌おうにも記憶にあんまり無いから。でも錬金術の話はしたいな。父さんの残してった蔵書を見る限り、かなりできそうな人だったから……って、あー……」

 突然額を押えて項垂れるアルフォンス。周りの人々には一体何が起こったのかわからず、頭にクエスチョンマークを浮かべて彼を見る。アルフォンスはため息をついた。

「きっと兄さんの事だ。父さんに無駄に反発して、錬金術の話なんてこれっぽっちもしないにちがいない。最悪ぶん殴ってるかも……」
「容易に想像できるわね……」

 長年付き合ってきた弟と幼馴染がうんうんと頷いた。
 付き合い自体は短くとも、やリン達にもその様子は簡単に想像出来た。

「リンは? お父さんと仲いいの?」

 何気なく、アルフォンスが問いかける。
 一瞬の間の後。

「……仲いいも何モ。会話した事無いナ」

 サラリと答えるリン。
 今度は数秒の沈黙が訪れた。

「……聞いちゃいけない事だったかな?」
「えーと……ご愁傷様?」
「げ、元気だして!」
「なんか勝手に俺の人生想像してなイ?」

 表情を引きつらせながら言葉をかけるアルフォンス、ウィンリィ、そして。父親と話したことが無い、イコール亡くなった、と。三人の頭の中ではそう解釈されたのだ。

「相手は皇帝なんだヨ。気安く話せる相手じゃないねェ」

 ひょいっと肩を竦めてリンが言った。

「皇帝って……シン国の?」
「そウ」
「じゃあリンって皇子様?」
「そウ!」

 リンが皇子様。
 次に、三人の頭の中に現れたのは皇子様ルックのリンだった。かぼちゃパンツ。白タイツ。無駄に煌びやかでふりふりの服。頭に王冠。顔はリン。
 途端に三人で腹を抱えて笑い出した。
 いや、ウィンリィとアルフォンスは何とか堪えている。

「あはははは!! 似合わねぇえ!!」
((ハッキリ言いすぎ!!))


 爆笑しているのは一人だ。

「……何を想像して似合わないって言ってるノ?」

 何故指を指されて笑われなければいけないのか。一瞬ランファンから殺気が飛んできたような気もしたが、の笑いは止まらない。
 リンは笑いを堪えているウィンリィの方にスススと寄って行く。

「だからね、ほら。俺のお嫁さんになれば将来皇后様ヨ? 玉の輿ヨ?」
「ほーほー」

 涙目になったまま、ウィンリィは適当に相槌を打つ。

「どうだろ、ウィンリィちゃん。ひとつ嫁ニ……」

 瞬時にどこからともなく取り出されたスパナがリンの顔面を強く打った。

「だめよぉ。この国にはわたしを必要としてくれる人がいるからぁ」
「そーかあ。あははははハ」

 笑顔溢れるその光景に、アルフォンスとは思わずフリーズした。が、当人達は全然気にしていないようだ。

ちゃんどウ? 俺のお嫁さんにならなイ?」

 殴られた頬を押えながら、今度はに向かってリンが言う。
 何を馬鹿な事を。そう言おうとして、ふと言葉に詰まる。

―― 彼氏くらいつくれよ。支えてくれる人間は一人でも多い方がいい

 そんな事を言われたのはいつだっただろう。長い月日が経ったわけでもないのに。優しく言ったその人は、もう居ないのだ。そう。もう、居ない。

……もしかして本気で悩んでる?」
「え? ああ、ごめん。考え事してた」

 怪訝そうなアルフォンスの声が聞こえて、はハッと我に返って苦笑する。無言の間が、本気で悩んでいるように思われたようだ。
 誰かが死んでしまっても、いつの間にかその人が居ない生活に慣れてしまう。四年前も、今回もそうだ。ふとした瞬間にその人が居ない事を思い出し、居ない事に慣れつつある自分が怖ろしくなるのだ。

「うーん。まぁ、王族の暮らしってのも悪くないよねぇ~」

 笑顔を作っては言った。
 ただ談笑しているだけのこの場で、そんな暗い事を考えてしまうなんて……。色々とあって自分も相当参っているのだろうな、とぼんやり思う。
 そんな感情を外に出すなんてヘマはしないため、の内心に気付かないリンは「デショデショ?」と笑顔を返した。

「でも遠慮ー。当分、この国を出て行くわけには行かないからさ」

 肩を竦めながら言えば、何故かとウィンリィが尋ねてきた。だが、「ヒミツ」と語尾にハートまでつけて誤魔化しておく。まだまだ、この国ではやらねばならない事があるのだ。他国に嫁になど行ってる場合では無い。
 それにしても、仮にも皇子であるというのに行き倒れたり食事をたかったりというのはどうなんだ、とアルフォンスが言う。そもそも文無しで歩き回るなと付け加えたのはだ。
 言われたリンはと言えば、それに対して大きなリアクションは無い。

「まぁ、確かにありがたみ無いなァ」

 と言ってカラカラと笑うだけだった。

「皇子っても二十人以上いるしナ」

 隣のランファンに同意を求める。ランファンは一つこくりと頷いた。

「正式には皇子二十四人、皇女十九人でス」
「そ、そんなにいるの!?」

 ランファンが正しい数を言えば、それにアルフォンスとウィンリィがぎょっとする。その横でふーんとは相槌をうった。

「でも、まぁ……ありえるっちゃありえるんじゃない? シン国だし」
「え? なんで?」

 アルフォンスが問う。

「シン国ってたくさんの少数民族の集まりだから。各民族の首長の娘が皇帝の妻として嫁がせられる、って何かで読んだ」
「その通リ。俺の母はヤオ族代表として皇帝に嫁いで俺を産んダ。俺は皇帝の第十二子にあたル。十分に次の皇帝の座を狙える位置にいるんダ」
「じゅ……」

 ようは、腹違いの兄と姉が十一人いるという事だ。ついでに弟と妹は三十一人も居る……。アメストリスでは考えられない風習に、言葉を無くさずにいられなかった。

「はーん。なるほど。相続権争いで、自分の一族の地位を上げようとして不老不死の法を探してるわけだ」

 納得したようにが言う。
 リンは笑って頷いた。

「察しがいいネ。そうなんダ」

 シン国の皇帝は、最近病に臥せっているらしい。先も長くないようだ。その為、今シンでは各族で覇権争いの潰しあいが始まっている。
 自分が死にそうだから、不老不死にすがる。そうしてリン達は不老不死の法を探して、このアメストリスまでやってきたのだ。だが、実際は『不老不死の法らしき物』を持ち帰って一時的に皇帝を喜ばせるだけで良い。皇帝が生きているうちにリン達の居るヤオ族の地位を引き上げて貰えばいい。その後は自分で玉座をぶんどる、とリンはきっぱりと言い切った。

「で? 結局不老不死の法は見つかりそう?」

 色んな国があるんだなー等と悠長に話を聞いていたは、欠伸混じりに尋ねる。

「アルフォンス」
「え?」

 名を呼ばれ、ぽかんとするアルフォンスにリンはビシッと指を突きつけた。

「君の身体の秘密を知っタ。鉄の身体に魂の定着……滅びる肉体の無い君は不老不死に一番近イ」

 そうだロ? とリンは笑みを浮かべる。
 一瞬しんと静まり返った室内。
 だが……――

「……は、ははははは!」

 突然、アルフォンスが笑い出した。楽しいから笑っているわけでは無い。それは、自嘲に似た笑い。

「無駄だよリン。不老不死どころか、まっとうな人並みの人生分もあやしいもんだ」

 え? とウィンリィの口から疑問が漏れる。
 一拍の間をあけ、アルフォンスは言葉を紡いだ。

「時限爆弾付きなんだよ。この身体」

 爆弾。
 なんとも物騒な言葉ではないか。
 何のことかと問うリンに、アルフォンスは説明する。
 鉄の身体に人の魂。相反するもの同士が結合された姿が今のアルフォンスである。本来結びつくはずの無いものが結びついている、とても不安定な状態なのだ。
 第三研究所の件の時、実験動物の魂を入れられたバリーの肉体が襲ってきた。だが、その肉体はぼろぼろになり、そして死んでしまった。拒絶反応が起こったのだ。
 それが明日起こるのか、それとも十年後か百年後か。はたまた一分、一秒後。いつ起こるのかはわからない。爆破までの残り時間がわからない時限爆弾。アルフォンスは自分がそれだと言う。

「わかっただろう? この身体は不老不死には程遠いんだよ」
「そんな……じゃあ、一日でも早く元に戻らないと……」

 不安げに表情を歪めてウィンリィが言った。
 だが、リンがそれに待ったをかけた。

「その身体がやばくなったら、魂を他のものに乗せ変えて生き続ける事はできないカ? 痛みを感じない、食べ物もいらなイ。便利でいいじゃないか、その身体……」
「いい訳ないでしょ!!」

 リンの言葉を遮り、ウィンリィが立ち上がって叫んだ。
 目を丸くした四人がウィンリィを見上げる。

「……何も、知らないくせに……!!」

 今にも泣き出しそうな顔で。震える声で。
 ウィンリィはぎゅっと拳を握ると、「ごめん」と一言言って部屋を飛び出して行った。その背に向かってアルフォンスが声を投げかけたが、バタンとドアは閉められてしまった。
 しんと静まる部屋。
 気まずい空気の中、

「……はぁ」

 がほとほと呆れたといった様子でため息をついた。
 静寂の中のため息だったために、ドアに向けられていた三人の視線がに移った。

「アル。ウィンリィよろしく」
「え? ああ、うん」
「あんたはお姉さんから説教」
「エ」

 ひょいっとドアを指差してアルフォンスに言うと、その指を今度はリンへと突きつけて言い放つ。説教だと宣告されたリンはひくっと口元を引きつらせた。アルフォンスはとばっちりを受けないようにと言わんばかりの素早さで部屋を出て行った。
 三人だけになると、はテーブルを挟んで向かい側に座っているリンを見て再びため息。

「大人に見せかけておいてもまだまだガキか。ちゃんと考えて物言いなさい」
「俺はただ単に利点を言っただけデ……」
「じゃあ、リンがアルの立場だったら?」

 悪いことは言っていないと言いたいリンの言葉を遮って、は問う。

「眠らない人間はいない。アルはエドと二人で旅してるから、エドが眠る時、眠れないアルは必然的に一人ぼっちになるよね。その時、アルは何を考える? その長い長い夜を、どうやって過ごせばいい?」

 考えるように目を伏せるリン。そんな事考えもしなかったのだろう。
 は少し腰を浮かすと、両手でリンの片手をとり、ぎゅっと握った。
 驚いたリンがパッと顔を上げる。真剣な表情で自分を見ていると目が合った。

ちゃン?」
「暖かいでしょ?」

 じんわりと、握られている手にの体温が伝わる。
 人と人とが触れ合うぬくもり。

「アルはぬくもりを感じる、そんな感覚さえないんだよ」
「……」

 ハッとして、リンは再び俯いた。

「悲しい時、辛い時……涙も流せない。喧嘩して殴りあったって、自分に痛みは全く無い。……そんな身体に利点なんてあるのかな」
「……ゴメン」
「私じゃなくてあの二人に言ってあげなよ」

 謝罪を述べるリンに、はやんわりと微笑んだ。
 握っていた手を離して、浮かしていた腰をまたソファに沈める。

「ちなみに言うと、魂を他のものに乗せ変えたとしても危険性に変わりは無い。それに、乗せ変えるのだって上手くいく可能性は限りなく低い。鎧に描かれてる陣に少しでも傷がついたりしたら、鎧と魂の繋がりは切れちゃうから」

 まぁ、私は専門じゃないから詳しくはわからないけどね。と付け足して。

「それに、万が一上手くいって不老不死になったとしても……自分の知ってる人がみんな死んでしまっていく中、一人で生きているのは寂しいし辛いと思うな」

 たった一人二人居なくなってしまうだけで、こんなにも寂しいのだから。

「……そっカ。そうだネ」

 それでも自分達は不老不死の法を探さなければいけないんだけど、とリンは心の片隅で思う。
 そして、説教というよりも諭されたようだ、とも思う。
 優しく笑っているを見て、リンは困ったように笑みをこぼした。

「……ちゃんには敵わないナ」
「褒められていると思ってもいいのかな?」

 そう言葉を漏らせば、クスクスとはおかしそうに笑った。
 然程歳は変わらないはずなのに。こんなにも彼女が大人びて見えてしまうのは、経験の差なのだろうか。
 そんな事を考えていると、徐にが立ち上がった。

「さってと。そろそろ私は帰るかな」

 ぐーっと伸びをしながらが言う。
 唐突すぎて、リンとランファンは思わず顔を見合わせた。

「エ? もう帰っちゃうノ?」
「あんたら不法入国者と違って、こっちは仕事もあって忙しいの」
「不法入国者だって忙しいヨー」
「言ってろ」

 実際、気分転換に司令部を出てきただけであって、まだ勤務時間は終えていないのだ。普段は真面目にやっているからいいんだ、と自分で自分に言い訳をする。二人の部下も勤務時間がどうだとかごちゃごちゃ言ってくるような人物では無い。むしろ、自分よりも部下の方が全然不真面目だ。大丈夫。問題ない。一人、脳内で結論付けるとは一人で頷いた。

「じゃーね。二人によろしく言っといて」
「うン。わかっタ」
「ランファンもまたねー」
「はイ」

 二人に手を振ると、は部屋を後にした。
 廊下に出たブーツの音が遠ざかり、聞こえなくなった。