「やあ、少佐!」
廊下を歩いていたアームストロングを、が爽やかな笑みで呼び止めた。ロイやハボックだったら見た瞬間猛ダッシュで逃げ出す程、それはそれは爽やかな笑顔だ。
生憎とそこまで読み取れなかったアームストロングは単にの機嫌が良いのだろうと思って、足を止めてが来るのを待つ。
「。何か用か?」
「うん。ちょっと聞きたい事があって」
聞きたい事? と聞き返すアームストロングには頷く。そして、周りをきょろきょろと見回し、手招きしてアームストロングを人気の無いところへと連れて行く。周りに誰も聞き耳を立てている人間がいないのを確認すると、はにっこりと笑顔でアームストロングの長身を見上げた。
「ドクター・マルコーの居場所教えて」
「ド、ドクター・マルコー!?」
目を見開くアームストロングには笑顔で頷いた。
ドクター・マルコー。彼は元は中央の錬金術研究機関にいた錬金術師だった。イシュヴァールの内乱の時、資料と共に消え、以降行方不明だったのだが――
「何故それを……」
「エド達が機械鎧直して戻ってきた時、中央図書館でティム・マルコー著の資料探してたんでしょ? シェスカに書いてもらったみたいだけど。じゃあ、何で突然行方不明だったマルコーさんの資料の在り処を知ったか。本人に会ったからってのが妥当じゃない?」
スラスラとが理由を言っていく。アームストロングは唖然として言葉が出ない。たったそれだけの事で推理してしまうとは。
「会ったんでしょ?」
疑問系だが、それは確信。
「うむ……だが……」
「別に連れ戻そうとかじゃないよ。個人的に聞きたい事があるだけだから」
心配すんな、と言ってバシンとアームストロングの腕を叩く。
散々渋った後、アームストロングはにマルコーの居場所を教えたのだった。
34.真実を求めて
「へー。こんなとこにマルコーさんいるのかぁ」
イーストシティより南へ向かったところにある小さな村。
待ち時間用に椅子と雨避けの屋根がついているだけの小さな駅。周りには牧草地が広がっている。しばらくセントラルシティにしかいなかったため、こんな田舎なのは久しぶりだ。は澄んだ空気をいっぱい吸い込むと、村へ向かって歩きだした。
コンコン。
町の人に聞いたマウロという医者の家を訪ねる。マルコーはこの町でマウロという名前で医者をやっているらしい。何度かノックを繰り返す。だが、やはり返事は無い。
「いないのかなぁ……」
「お嬢ちゃん、マウロ先生に用事かい?」
道行く人に声をかけられ、はいとは返事をする。その人曰くマルコーは今往診で家々を回っているらしい。
仕方ない、とはマルコーの家の前に座り込んで待つことにした。
マルコーとはイシュヴァールの内乱の時に何度か会った。人柄の良さそうな人物だった。マルコーは自分の事を覚えているだろうか。
そう思いながら暇を持て余したは、落ちていた木の枝で地面にぐりぐりと円を描く。出来上がった練成陣にトンと木を当てると光が走った。何だかよくわからない埴輪のような置物が出来た。マルコーの家の目の前に、だ。我ながらむかつく顔をしているな、と思いながらは枝で埴輪をつつく。
ふと視線を感じて目を向ける。子供が数人、塀の影からこちらを見ている。埴輪が気になるのだろうか。は子供達に向かってにっこりと微笑んだ。
往診が終わったマルコーは家に帰ろうとして、思わず足を止めた。家の目の前に何だかよくわからない物が出来ている。埴輪やら馬やら何やらと、いくつかの土で出来た置物だ。
それが錬金術で作られたものだというのはすぐにわかった。近づいてみると子供達がきゃっきゃとはしゃぎながら馬によじ登ったりしていた。
その中心に、青い髪の少女が一人。村では見かけない人物だった。
マルコーはハッとする。
もう何年も昔の記憶。
その青い髪は、戦場にいた少女を思い出させた。
マルコーは足早に家へと向かった。
「あ! マウロ先生だ!」
「先生おかえりー!」
近づいてきたマルコーに気付いた子供達が、声をあげて駆け寄っていく。
が振り返る。そこには、六年前と変わらないマルコーが居た。マルコーも驚いたようにを見ている。
「君は……」
やっぱり、とマルコーは確信した。彼女は昔出会ったあの子供だと。
立ち上がっては会釈した。
「お久しぶりです、ドクター」
「ちゃん……だったね」
確認するように言うマルコーに今度はが驚いた。まさか名前を覚えられていたとは思っていなかった。
警戒するようにを見ているマルコーに、は笑顔を見せた。
一瞬面食らったように目を丸くしたマルコーだが、ひとまずを家の中へと入れる事にした。
「散らかっていてすまないのだが……」
「いえ。お構いなく」
テーブルの上に薬品など医療器具が置かれていて、マルコーはかき集めて片付ける。
マルコーに勧められては椅子に座った。
奥からコーヒーを淹れて持ってきての前に置き、自分も椅子へと座る。
「大きくなったね……歳は?」
「もうすぐ十八になります」
「軍にはまだ……」
「はい。今、少将の地位に居ます。十四の時、資格も取りました」
マルコーが顔を顰めた。
「……国家錬金術師のかね」
「二つ名は『流水』です」
はぁ……とマルコーが深く息を吐く。
研究費など数々の特権がある国家錬金術師制度。マルコーはそれを良く思ってはいなかった。国家錬金術師は命令あらば戦場へ駆り出される。大衆のためにあるべき錬金術で人の命を奪うのだ。
「それで。どんな用件でここへ? 先に言っておくが、軍には……」
「とりあえず、軍は関係ありません」
再び警戒の色を示すマルコーの言葉を遮り、は手を振る。あくまで「とりあえず」だ。の疑問の山の中では、軍に対するものもかなりの割合を占めている。
ここに住んでいるというのもアームストロングに半ば脅しのようにして聞き出しただけで、他の者には一切知られていないというのも告げた。
だが、マルコーからしてみればそれはそれで何故が訪ねてくるのかわからなかった。
「私個人の問題で、ドクターに話を聞きたかったんです」
「個人の問題?」
は頷く。
「シュウ・ライヤーはご存知ですね」
「……シュウ……ライヤー……」
驚きに目を見開いて、マルコーはその名を口にする。
僅かに声が震えていて、その小さな変化にが気付かないはずもない。予感が当たったとわかると、すっと目を細めてマルコーを見た。
「イシュヴァールの時、あなたがシュウと何度か話しているのを見かけました。お互い口数は少なかったと思いますが、まるで長く付き合っていたかのように私には感じられました」
六年も前の事なのによく覚えているものだとマルコーは顔を顰めてそう思う。そして、の口調は問いかけではない。確認しているのだ。
「彼について、あなたの知っている事を聞かせて欲しい」
深い藍色の瞳がマルコーを見つめる。全てを見透かしていそうなその目から逃れるように、マルコーは顔を背けた。
「……彼本人に聞いたら良いじゃないか」
「彼は死にました」
「!!」
マルコーはバッと顔をの方に引き戻す。驚きに目を見開き、平然と真顔で言うを見る。
「まさか……彼が、何故……」
信じられない、と。うわ言のように何故と繰り返す。
は簡単に経緯を説明した。
四年前、一度が死んだという事。シュウが禁忌を犯し、は生き返り、そしてシュウが死んだと。
親しい人以外にこの話をしたのは初めてだった。だが、は途中で途切れることなく話を進めた。
まるで覚悟を決めたかのように。
の話を聞いて、マルコーは驚きを隠せないでいるようだった。
そして、一つ息を吐いた。
「そうか……彼が君を……」
小さく、何故か安心したような声でそう呟いた。その声の意味は、にはわからない。
「ドクター。最近……いえ、もう何年も、この国で何かが起こり続けています」
「……」
「賢者の石。ホムンクルス。各地の内乱や紛争」
断片的に言葉を紡ぐ。
マルコーの表情が曇っていく。その言葉だけで、が何を言わんとしているのか伝わっているようだ。
「ホムンクルスがシュウの存在を知っています」
の表情は依然変わらない。ただ、真実だけを追い求めるように。その表情は真剣なものだった。尚、沈黙したままのマルコーにがもう一度言った。
「教えてください。シュウの事について」
それだけ言うと、は口を閉じた。マルコーも言葉は何も発さず、家の中は静まり返った。
マルコーは思い悩むように視線を落としていて、はじっとマルコーから目を逸らさない。
簡単に教えてもいいような話だとは自身も思っていなかった。シュウの事は何処の資料にも載っていない。かろうじて名簿内にその名前と簡単なプロフィールが書いてあるだけだ。その他の事は何もない。まるで抹消されたかのように、だ。
その辺りがウロボロスのやつら。そして、大総統の養子であった事に何か関わりがあるのだろう。が今わかっているのはこの程度の事だった。
あとはバラバラのパズルのピースがただ漠然とそこにあるだけ。何も繋がらない。
だからマルコーを訪ねて来たのだ。
イシュヴァール殲滅戦以前にシュウと関わりがあったであろう人物。
マルコーはその殲滅戦の時に何かの資料と共に身を隠した。隠れなければいけなかった理由は何だ?
怖くなったから。
そして、何か隠さなければならない事があったからだ。
それと度重なる謎と何か関係があるのだろうとは踏んでいた。
確信は何も無い。全ての推理に過ぎないのだ。
一体どれだけの時間沈黙が続いたのだろう。
意を決したように、マルコーが息を吐いた。
「私は……かつて第五研究所で、賢者の石についての研究をしていた」
声が震えている。
だが、それは既にもいくらか知っていた事だった。
何故その話をするのか……――
がハッと息を飲んだ。
「……まさか」
その様子を見て、マルコーは眉を顰めた。
「シュウ・ライヤー……彼はかつて、私と共に賢者の石の研究をしていた」
マルコーの衝撃的な言葉に、は声を発する事が出来なかった。ただ、目を見開いて目の前のマルコーを見つめる。
シュウが賢者の石の研究員だった。それは初めて知った事実だ。
驚きの表情を露わにするを見て、マルコーは目を伏せた。
「彼がいつからそこに居たのか、正確には覚えてはいない。だが、彼は当初から大人に匹敵する才能を見せていた」
と出会った時でシュウは十四歳。研究をしていたのはそれ以前のはずだ。その頃から大人に匹敵する実力を見せていたとは。
両手の指を組みテーブルに肘をつけると、マルコーは大きく息を吐いた。
「……賢者の石が何で出来ているか。知っているかね?」
視線を上げてを見る。
今度はが視線を落とす番だった。
「憶測ではありますが……生きた人間ではないでしょうか」
重々しく言うに、マルコーは表情を曇らせて「ああ、そうだ」と頷いた。
その言葉をもってして、の憶測は確信に変わった。今はもう崩壊してしまった第五研究所。石はそこで研究されていた。隣接して刑務所が建てられいるため、死刑囚を材料に使うのに丁度良かったのだろう。もしかしたら、最初からそのつもりで研究所と刑務所をあの場所に建てたのかもしれない。
マルコーは話を続けた。
シュウが無表情で次々と死刑囚を使った実験を行っていたこと。
まるで人の命が失われる事になんの思いも抱かないかのように、だ。
何度かマルコーが研究を辞めないかとシュウに声をかけた事があるらしい。まだ年端もいかない子供がこの悪魔の研究に関わっているのが、どうにも居た堪れなかった。だが、彼は何の感情も無い目で一瞥しただけで、すぐに研究に戻ったという。
研究所に入る以前の事は? とが訊くと、マルコーは首を横に振った。
いつから研究所に居たのか。いつ大総統の養子となったのか。その前に捨てられたはずのシュウが何故大総統と出会うに至ったのか。
マルコーが知っているのは研究員としてのシュウ・ライヤーであって、他の事は何もわからないようだった。
「……彼は天才だった。そして、誰よりも冷酷だった」
思わずが眉を寄せる。
「彼は我々研究員の中でも、もっとも完成に近いだろうと言われる石を作った。完成に近いという事は……」
「……それだけ多くの人間を使っている、と」
「……我々でも手を出さなかったほどの量の、な」
ぞっとした。
確かにイシュヴァールの時初めてシュウに会って。シュウが人を殺しているところも見た。だが、それだけの多くの人を……大人でも踏み止まる程の事をシュウはやったというのか。まだ十五歳にも満たない年齢で。
一体彼は何を思い、何を感じて生きてきたのだろう。
は無言のまま考えた。
そしてその考えはシュウの事から、賢者の石の事へ……――
「……マルコーさん……聞いてもいいですか」
黙ったままだったが声をかける。
何だね、とマルコーは話を促す。
「シュウは完成に近いと言われる石を作ったって言ってましたよね」
「ああ」
「その石はその後どうなったんですか?」
「……恐らく、彼が所持したままだっただろう」
「……」
は少し黙った後、もう一度「マルコーさん」と声をかけた。
震える声で。
「……あくまで私の憶測でしかないんですけど」
「……ああ」
マルコーも頷いた。
「恐らく彼は賢者の石を使って、君を生き返らせたのだろう」
勿論彼本人が居ないのだから想像でしかない。だが、ほぼ間違いないという確信はあった。
シュウが賢者の石の研究員だった事。
完成に近いといわれた石は、製作者であるシュウが所持したまま。
そして、一度死んだが生き返った。アルフォンスのような血印も無く。
が賢者の石によって生き返ったであろうという考えに至るのは必然だった。
その色々な事実がピタリと結びつき、別の問題も確信へと変わった。
軍の施設での賢者の石の研究。それだけでも上層部が絡んでいるだろう事は明確だった。だが、大総統の養子であったシュウさえもその研究を行っていた。まさか自分の子が何処で何を研究しているのか、大総統が把握していないはずもない。
大総統は賢者の石の研究の事を知っている。賢者の石と何らかの繋がり、関係があるであろうホムンクルス……ウロボロスの印を持つ彼ら。彼らと大総統も関係がある。つまり、軍は彼らと関わりがあるということだ。
しんと静まり返った家の中。
すると、その静寂を破るように家のドアがノックされた。
「せんせー!」
中の返事を待たずに男の子が飛び込んできた。
「アーシュラ。どうしたんだね?」
「セロンが怪我したんだ!」
アーシュラという男の子が言うと、その後ろから泣きべそをかいた別の男の子が入ってきた。転んだようで、膝が擦りむけて血が滲んでいる。
「ああ、ちょっと待ってて……」
そう言って、マルコーは椅子から腰を浮かせて一度止まってを見る。
それに気付いたは苦笑して手をヒラヒラと振った。
「お気になさらず。……ちょっと自分の中で整理したいんで」
「そうかい……すまないね」
少し頬を緩めると、マルコーは二人の男の子の元へと向かった。
部屋で一人になったは、ふーっと長く息を吐いて椅子の背もたれへと体を預けた。
そのまま天井を見つめる。
マルコーのところへ来れば何かわかるだろうと思ったが、まさかこんなに大きな収穫があるとは思わなかった。
「……私が賢者の石で生き返らされたって?」
今まで考えたことも無かった「仮定」の話。
禁忌と呼ばれ、今まで誰も成し得なかった人体練成。シュウはそれを成功させたのだ。……その例が自分だ。どうやってやったのか。何故成功したのか。今まで幾度も考えたこともあった。だが、賢者の石が使われているだのと誰が想像しただろう。
は独り言を呟いて、ふっと口元を緩ませる。それは自嘲にも似た笑み。
「ほんっと……最期の最期に随分と大きな面倒事残していく……」
もう二度と会う事の無い友の顔を思い出し、は深くため息をついて目を閉じた。
「それじゃ。突然お邪魔してしまってすみませんでした」
は頭を下げて礼を言った。それを見てマルコーが笑う。
「構わんよ。……ただ、私がここに居る事は」
「誰にも言いません。約束します」
不安げに言うマルコーに、がにこりと微笑んだ。マルコーも安心したようでほっと息を吐く。
「では。お元気で」
「ちゃんも」
お互いに笑い合う。
恐らくもう会う事は無いだろう。彼らは何となくそう感じていた。
マルコーの玄関先の階段を下りていく。
その後姿をマルコーは見ていた。
「ちゃん」
が階段を下りきったあたりで後ろを振り向く。
呼び止めたマルコーは目を俯かせて、言うか言うまいか迷っているようだった。
「私は、彼が自分を犠牲にしてまで何か守りたいと思うような……そんな考えを持てるようになってくれて嬉しく思う」
何を突然言い出すんだろう、とは軽く眉を寄せる。
「きっと、彼は幸せだったと思うよ」
マルコーは微笑んで、優しい口調でそう言った。
は目を丸くする。
そして、笑みを返した。
「そうだといいですね」
燃え盛る炎の中で、最期に見た彼の笑顔を思い出した。